あの後ジャパンプレミアは無事終了し、帰りは346プロが用意した車で会社へと戻っていった
帰る時にもう一度リサさんに会いたかったが、彼女たちも彼女たちで色々なところに顔を出さなくてはならず、すぐにテレビ局へと向かってしまったそうだ
世界的に人気の俳優たちだ、そうなるのも頷ける
帰りの車内、いつものようにタブレットを開いてみると、SNSでは早速ジャパンプレミアの話題で持ちきりだった
会場に来ていた私たちを含めファンの人たちも、映画はまだ公開前ということでスタッフの方からネタバレに関しては厳禁だと念を押され、確かファンの方々はプレミアに申し込むときに誓約書を書いていたと思う
なのでSNSでは主にイベントの参加報告で溢れていた
しかしそれらを目で追ってみると、イベントに関しては好印象な意見が多数で、少なくとも私に関して悪く言っている人はいなかった
よかった、ファンの人たちにがっかりされるのだけは避けたかったのでそれだけでも収穫だ
これが美世さんの言っていた''民度が高い''というやつなのだろうか?
それどころか会場に集まっていたファンの人たちのみならずプレミアのライブ配信を見ていた視聴者からも舞台挨拶の私のセリフが好印象だったのか意見が多数寄せられていた
ファイスピやリサさんに並び私の名前もトレンドに表示されていて、なんだかむず痒い
「じゃあ、ありす。先に事務所に行っててくれ。俺はちひろさんに報告してから行くから」
「はい、わかりました」
SNSを追っているうちに、気がつくと車は会社の正面玄関前に停まり、プロデューサーは私が降りるのを待つ
外に出ると辺りはすっかり夕日が差し込み、オレンジ色に彩られていた
あれだけぽかぽかと暖かかった気温もすっかり冷え込んできていて、肌を刺すような少し冷たい風に私は一瞬身震いする
私が降りたのを確認すると、プロデューサーは車を発進させて地下駐車場へと入っていった
「あっ!帰ってきたよっ!ありすちゃーん!!」
足早に本館へと入った私に、元気に第一声を掛けてきたのはみりあさんだった
だけどその場にいたのはそれだけではなく、壁際の休憩スペースから数人が立ち上がり、私の元へと歩み寄ってくる
「ありすちゃん、お疲れ様です。とてもとても・・・立派でしたよ」
「文香さん・・・」
「ありすさん。貴方の振る舞い、とても素晴らしかったですわ。周りの方々と比べても遜色のない、素晴らしい応対でした」
「ありす、お疲れ様。リサに会えるなんて羨ましいわ。それでその・・・サインとか貰ってきたりしてないかしら?」
「奏さんすみません・・・そんな時間が無くて」
文香さん、桃華さん、奏さん、そしてみりあさんが私の事を待ってくれていた
それからオフィスビルへと向かう最中も、私へと声を掛けてくれる仲間たちが多く、みんな労いの言葉をくれた
「みんなずっと観てたよね!丁度お昼にやってたからっ!」
エレベーターに乗り込むとみりあさんが興奮気味に説明してくれた
千枝さん、こずえさん、そしてあの梨沙さんも私の舞台挨拶を固唾を飲んで見守り、中々お昼ご飯が進まなかったとか
文香さんや奏さんのところも同じような状況だったらしい
事務所に入り、皆さんに手伝ってもらって私はいつもの格好へと戻る
朝と同じ場所へと戻されたドレスを見て、さっきまでのことは夢だったんじゃないかと、すでに遠い日の出来事に感じてきてしまっていて、何だか寂しく感じた
ーーーーーーーーーー
「残ってもらって悪いな」
「いえ、大丈夫です。私も気になってましたから」
皆さんが帰った後、私はプロデューサーと二人で事務所に残り、話を聞く
急ごしらえで用意したような、お世辞にも丁寧とは言い難い数枚の紙が私とプロデューサーの目の前のテーブルに置かれて、二人でそのテーブルを挟み、その資料に目を通す
「最後まで専務には出演を取り下げてもらえるように上に頼んでもらえないかとお願いしてみたが・・・やはりそれは難しいと却下された。ギリギリまで粘って、出演ならいつも通りに仕事をこなしてもらおうと思ったんだが、まさかこんな企画を用意しているとは思わなくて。すまない、こればっかりは俺の確認ミスだ」
プロデューサーが謝ってくる傍ら、私は資料を手に取り、ペラペラとめくって目を通す
特番のエンタメコーナーの一つで、今回のファイスピ最新作を記念してリサさんを招き、そしてアンバサダーである私を交えての企画が催されるのだそうだ
その中での目玉企画として用意されているのが、プレゼント企画
番組側、そしてゲストの私たち側でリサさんが喜びそうなものを用意して、どちらが喜ぶかといった単純なものだったが、その企画の撮影される場所が問題だった
「飛行場を貸し切って・・・ですか。これなら何でもできますね」
「''何でもできる''のが問題だ、何を仕掛けてくるか検討がつかない」
やる事は簡単だった、しかしここで失敗すればせっかく築くことのできた信頼関係に泥を塗ることになる
相手側に引導を渡してしまえば、そこからまたズルズルとした上下関係が続き、去年聞いていた最低な行為に繋がりかねない
プロデューサーはそれを一番心配していたようだった
考えすぎな気もするが、可能性は捨てきれない
相手が何を考えているのか検討がつかないのだから
「それにしても、いくらなんでも時間が無さすぎです。明後日なんてあと一日しかないようなものじゃないですか」
「・・・すまない」
「いえ、あの・・・責めたわけでは」
プロデューサーが悪いわけではない、そんな事はわかってる。さっきから私に謝ってばかりだ
このタイミングでこの企画を相手側から伝えてくるなんて、もう自分達が勝とうとしてるのが見え見えじゃないか
どうする、何をどうしたらいい?
今から何を探したらいいのだろう
何か物をあげるにしたって、リサさんなら何でも喜んで受け取りそうだけど、そうではない
きっと相手も何か仕掛けてくるはずだ
「何か今日のインタビューで言ってたりしないか?ありす。なんでもいい、何かヒントになるような事とか」
「そう言われましても・・・」
考え込むが、時間ばかりが進んでいく
リサさんが言っていた事といえば、スポーツカーが好きというのと、人との出会いや繋がりはとても大切だということだった
とても素晴らしいことだが、そこからプレゼントに結びつけるとなると難しい
「・・・少し、相談してみます。今日の夜、ガレージにお呼ばれしているので」
「そうか・・・、もし何もなかったらまた考えよう。今日は疲れただろう、また明日な」
「はい。プロデューサーもお疲れ様でした」
ーーーーーーーーーー
「というわけで!ありすちゃんプレミアお疲れ様会&青葉自動車退職の送別会を行わせて、て、て・・・いやだぁぁぁ、ありすちゃんやだよぉぉぉ、行かないでよぉぉぉ・・・!」
「美空さん、また遊びに来ますから」
既に少しお酒が入っているのかスンスンと泣きながら、隣に座っている私の肩に泣きついてくる美空さんだった
ガレージの二階のリビングでテーブルの上に料理を並べ、美空さん、雛子さん、零次さんを交えて、ありがたい事に送別会を踏まえたジャパンプレミアお疲れ様会を開いてくれた
あくまでも決して送別会がメインではないと美空さんが強調している
そうしたら寂しくなるからだそうだ
「久々に緊張感のある二週間だったよ。''お子ちゃま''のお守りもしてもらったし」
「ちょっとひな先輩勘弁してくださいよ。未だにあの視線に慣れないんですから。いいな、もう来るんじゃないぞ」
「ダメです。また定期的に来て様子を見にこようかと思ってました」
「よかったな零次、随分と立派に育ったじゃないか。ん?」
お酒では無く、私と同じオレンジジュースが入ったグラスを左右に降りながらそう言う雛子さんに頭を抱える零次さん
ふんっ、そうでなくては専務は務まりません
サボりなんて許しませんからね
「教えてくれた上司が良かったですから」
「役職はありすちゃんの方が上だよ」
「ありすぢゃぁぁぁん・・・ヨヨヨ」
「美空さんもありがとうございます」
「ゔぇぇぇぇん!!」
私の肩に寄り添ってビールをゴクゴクと飲みながら枝豆をほうばっている美空さんだった
二人とも・・・零次さんは席を空けていることが多かったけど、本当にお世話になった
だからこそ、切り出すのが申し訳ない
「で、相談事っていうのは?」
「あ、でもあの・・・こんな事、何だか重ね重ね申し訳なくて」
「何、ありすちゃんの悩み事?お姉さん聞いてあげちゃう」
しれっと復活した美空さんも私の声に耳を傾ける
零次さんも雛子さんも黙って私の話を待っていた
「実は、明後日に映画の公開を記念してリサさんを交えた特番の撮影があるのですがその・・・例のテレビ局です。その際にプレゼント企画と題しまして、何かリサさんに贈り物を贈って対決するっていうコーナーがあるのですが・・・」
今日起こった詳細を三人へと伝える
リサさんとのインタビューも何かヒントがあるのではないかと思い伝えてみたが、零次さんも美空さんもまだイマイチピンとは来ないみたいだ
唯一、雛子さんが何やら考え込んでいるみたいだが
とうとう美空さんが自分の髪を掻き乱し、ビールの入ったコップを口につけ一気に流し込む
「んくっ・・・!っかぁぁぁ!まったく、何で世の中そんなイジワルなの!そもそも悪いのは自分達なのにお門違いも程があるじゃない!」
「時間が無さすぎる。怪しいところも沢山あるし、飛行場を貸し切るってところが大いに引っかかる。まぁ、そこまでそのリサが喜んでたんならありすが何をあげても喜ぶとは思うけどな俺は」
「それは私も思いましたが、相手側が何をしてくるのか検討がつきません。それがわからない以上下手にこちらから出るのも・・・」
「んんん・・・う〜ん・・・」
美空さんがテーブルに突っ伏して持っているグラスでトントンと小突きながら唸っているが、中々次の言葉が出てこない
零次さんも思いつかないのか黙ったままだ
「・・・結局、相手の手のひらの上で踊らされてるってわけか」
「そういうことになるんでしょうか?」
「最初から最後までな。少なくとも相手側はそう思ってるだろう」
雛子さんが言う通り、考えてみればこのジャパンプレミアの企画から特番までそのテレビ局が関わっているのだから、そう考えるのも納得がいく
ハリウッド側、リサさんから私に指名があったのは相手側にとってもまた関わる事のできるうまい口実になったのだろう、346プロもハリウッドからの仕事を断るほど馬鹿ではない
そして最後は私を利用して自分達の株を上げればいい
これでハッピーエンド、シナリオ通り
まさに映画のような展開が完成する、よく考えられたものだ
「・・・でも、楽しかったです。まさかハリウッドと仕事ができると思わなかったですし、リサさんとも会うことができました。実際会ってみると素晴らしい人でしたし、何だか私の仕事の幅が広がった気がします。青葉自動車さんにもお世話になって、本当に・・・楽しかったです。ここまでできて、悔いはありません」
「・・・ちょっと、ありすちゃん。何諦めてんのさ」
雛子さんが顔を上げて私と目を合わせてくる
「だって、もうどうしようも・・・」
「その割には、''諦めたくない''って言ってるように聞こえるんだけど?」
よいしょっと、と雛子さんは立ち上がって、バルコニーの柵に寄りかかり下を覗き込む
そこには零次さんと美空さんと雛子さんの車、それを眺めながら雛子さんはオレンジジュースを一口飲む
「相手側が何をしてこようが、リサが本当に喜ばないと意味がない。高級な物を贈ろうがどうだろうがね?まだ打つ手はある」
「でも、ヒントも何も無いんじゃ・・・」
「ヒント?あるよ、あるある。''アレ''と''コレ''だ」
「・・・はい?」
「''アレ''と''コレ''」
私は雛子さんの元へと歩み寄り、再び雛子さんの指を指す方向を確認する
アレと、コレ、と雛子さんの言っている物を見た
一つは雛子さんの車、そしてもう一つは・・・雛子さんが持っているオレンジジュース?
「ねぇ、姉さん。私の''足''、下にまだあるんだよね?」
「うん、前に大掃除した時にしまっておいたけど・・・」
「明後日会社の搬送車使っていい?」
「・・・まさかひなちゃん、やるの?」
「ここまでありすちゃん頑張ったんだ。私が思いつく限りではコレしかない」
「マジですか、ひな先輩」
何やら私の知らないやり取りが三人の間で交わされている
その顔は何かを企んでいるかのように雛子さんが二人の問いかけに頷くと、零次さんと美空さんは嬉しそうにニヤッと笑った
「うんしょっと。じゃ、ありすちゃんも。はい、乾杯」
「え?あの、はい。乾杯・・・」
席へ戻ると、雛子さんの音頭に合わせて少し遅れた乾杯が行われ、四人でグラスを合わせる
カチャンと乾いた音がガレージに響くと、それぞれが飲み物に口をつけるのだった