ヘイ!タクシー!   作:4m

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シルヴィア20

地面に敷き詰められた一面のアスファルト

そしてそのアスファルトを越えた先にある海と、そのまた先にある並び立っているビルたち

青空の下、その普段暮らしている喧騒から少し離れたこの場所で、私はスタッフの人たちの作業を遠くからボーッと眺めていた

飛行機のタイヤの黒い跡が残る広々とした場所の一角を借り、そこにオレンジ色の三角コーンが点々と置かれていく

その三角コーンが作り出す道を指でなぞりながら、今日の事について考え始めていた

 

朝、この現場に着き、飛行場が見渡せる大きなガラスのあるロビーから現場を覗いてみると、飛行場には大きなトラックが到着していて、その中からシルバーのスポーツカーが運び込まれていた

そして相手側のディレクターの指示のもと、飛行場の端にある大きな倉庫の中へと運び込まれ、その中へと美空さんが着ていたようなツナギを着たスタッフの人が数人入っていき、それに続いてディレクターも中へと入っていく

 

「ありす」

「あ、プロデューサー」

 

ロビーの受付で入場の手続きをしていたプロデューサーが戻ってくると、私と同じようにガラスから外を眺め、その様子を見た

目を細め、腕を組み、一つため息をつくと、プロデューサーは重々しく口を開く

 

「アレか」

「はい」

 

スタッフの人がその倉庫へ出たり入ったり、腕にはバインダーを抱えて、その顔を中の車へと向けたりバインダーへと向けたり、何かしらの調整を行っているように見える

そしてその隣にディレクターが出てくると、満足そうにスタッフの人に向かって笑顔で頷いているのだった

 

「・・・会場も会場だし、なんとなく予想はしていたが、やはりこういう事だったか。そりゃあリサさんも喜ぶわな、日本のスポーツカーに乗れるだなんて」

「考えることは一緒だったってわけですね」

 

そして、その倉庫と並んで私たちが撮影場所として用意された一角を挟んで反対側、そこにはお世話にも相手のように''豪華''とは言い難い急ごしらえで作られたような白いテント小屋が一つポツンと建っており、その横には''青葉自動車''と書かれた搬送車が止まっていて、その荷台にもう車がない事からすでにテントの中に運び込んでいるのだろう

 

恐らくこの会場に一番乗りだったのだと思う、私たちがここに到着する頃にはすでにこの状態だった

テントの横には私たちに見えるように''関係者以外立ち入り禁止!''と書かれた張り紙が貼り付けられていて、その紙の隅っこには雛子さんの似顔絵のような絵が描かれていた

これは恐らく美空さんが書いたのだろうか

 

「任せてほしいと言われたからその通りにしてみたが、これはどうなんだ?なぁありす、本当に大丈夫なのか?」

「そうですね、雛子さんは''絶対大丈夫だから心配するな''って言ってくれましたが、私にも何をするのか見当がつきません」

 

今回のプレゼント企画について、私たち側は完全に青葉自動車さん指導の元、準備が進められてきた

プレミアの次の日、またアドバイスを貰おうと私の職場体験の時と同じように青葉自動車さんの元へと集められ、今回の件について話し合いが行われた

その時に、プレミアの会場では雛子さんの車を見てリサさんが大変喜んでいたという旨をプロデューサーが雛子さん達に伝えると、まるで何かを確信したかのように雛子さんは静かに頷いていた

 

そして話の本題に入り、もう撮影は明日だが一体どうするかと考えはじめようとしたその時、雛子さんが手を上げて答えたのだった

''私の車に乗せて飛行場の中をドライブする''

とシンプルに一言だけ言い切る、私の車を見て喜んでいたのだから乗せてあげたらもっと喜ぶんじゃないかと一言添えていた

会場が会場だから相手も同じような事を考えているかもしれないとプロデューサーも心配していたが、雛子さんは''大丈夫''と念を押した

時間が無かったので渋々その案をプロデューサーは呑むと、早々に相談会は終了し解散となった

 

その時に雛子さんがいつものスーツ姿ではなく私服だったのが気になった

個人で休みだったらしい

 

「もうどうこう考えても仕方ない、見に行ってみたいが時間が無いから、とりあえずありすは控え室に行っていてくれ。スタッフから連絡があるまで待機だ」

「はい、わかりました」

 

プロデューサーがその場を去っていく中、私は相手側と違ってテントの中に入ってから一切の動きがない雛子さんたちを気にしつつ控え室へと向かっていったのだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、では始めましょう!ファイナルスピード最新作公開記念特別企画、プレゼント対決ー!!」

 

司会のタレントの人の挨拶からいよいよ撮影が開始された

飛行場に用意された特設スタジオでそれぞれゲストの皆さんを含め椅子に座り、拍手が巻き起こる

私の隣には先日会ったアイドルの方が並び、私と話していた時とは対照的にインタビューをしている時のような口調で話していた

 

「いや〜、楽しみにしてましたよ〜!もうきっと喜んでくれると思って考えたんです〜。346プロのありすちゃんと対決っていうからそれも楽しみで〜」

「それは期待が持てますねー、なんでもそちらはディレクター自らが''案内人''になるという事を伺っていますので、どういう事なのか気になります!」

 

司会の人がそう言うと、アイドルの方は楽しみにしていてください!と元気に返事を返した

そして司会の人が次に私に向かって視線を向けたその一瞬、アイドルの方はまるで勝ち誇ったような笑顔を向ける

目を若干細め、口元がいやらしいほどに怪しくつりあがっていた

 

「では346プロ、橘ありすさん!相手は自信満々のようですが、意気込みのほうはいかがでしょうか?」

「あ、えっとそうですね」

 

司会の人の言葉にハッと私は我に帰り答え始めると、アイドルの方は元の笑顔に戻った

 

「私たちも、リサさんに喜んでもらえるように仕事仲間に協力していただき、プレゼントを用意しました。是非楽しんでもらえればと・・・思います」

 

最後に一瞬、チラッと隣の雛子さんたちのテントが目に入った

中で何が行われているのか本当にわからない

信じていないわけではないが、私は先程のアイドルの方の笑顔に体に緊張が走る

そんな様子を悟られないように、私は笑顔でコメントを終えるのだった

 

「そうですかーなるほど。ではでは!ここでいよいよあのスペシャルゲストに登場していただきましょう!ファイスピといえばこの人!はるばる日本までようこそお越しくださいました、リサさんでございます!!」

 

司会の人が言い終わると、私たちがこの飛行場に来た時に使った出入口の方から、勢いよく空気が放出される音がした

驚いて振り返ってみると、そこには小さなレッドカーペットが敷かれていて、その両側に空気の音に合わせて白い煙が噴き出ている

その煙が薄ら晴れると同時に、リサさんが変わらぬ笑顔で通訳の人とこちらへ歩いてきていた

手を降り、スタッフの方や私たちに向かって少しお辞儀をしながらこの特設スタジオまでやってくる

 

「いやいやいや!はるばるようこそお越しくださいました!本物ですよ皆さん!本物のリサさんです!」

『まさか日本のテレビに出られるなんて思っても見なかったわ!今回はサプライズが沢山ね!どうか私と楽しい時間を過ごしましょう!』

 

リサさんの挨拶にまた拍手が巻き起こる

アイドルの方が興奮した様子でリサさんに話しかけると、リサさんはそれに応えるようにニッコリと笑い、私とアイドルの方の間に用意された椅子へと座るのだった

 

「では、早速企画の方へ移ってまいりましょう。リサさんは今回の事はご存じで?」

『ええ、二人が私にとてもステキなプレゼントを用意してくれていると聞いたの!それが楽しみで昨日の夜も眠れなかったわ!』

「一体何が待っているのか非常に楽しみです!まずは、番組サイドからご紹介させていただきましょう。あちらにご注目!」

 

司会の方が手で示した方向、私から見て左側にみんな顔を向ける

その先にある倉庫のシャッターが重々しく開いていくと、それと同時に聞こえてきたエンジンを掛ける音

そしてそれに続き、雛子さんの車よりも少し抑えられてはいるが同じような低く響くような車の音に包まれながら、そのシルバーのボディがゆっくりと顔を出してきた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「プロデューサー!早く早くっ!」

「始まってしまうでごぜーますよ!」

「ま、待ってくれ。もう体力が・・・」

 

みりあと仁奈がロビーの出入口をくぐり、奥の飛行場が見える大きなガラスの側まで走っていくのとは対照的に、このチビプロデューサーはロビーに入るや否や膝に手をついて肩を動かし呼吸を整えていた

まったく情けないわね、普段運動しなさいってあれだけ言ってあげたのにサボるからこうなるのよ

 

「プロデューサーちゃま、大丈夫でございますわ。雛子さんたちは逃げも隠れも致しません」

 

そう言う桃華も浮き足立っているのか、そうプロデューサーに告げると横を素通りし、みりあたちの元へと向かうのだった

 

「ほらほら行くわよ。本当に始まっちゃうわ」

「ちょっ、待ってくれ梨沙。もうちょい、ゆっくり・・・」

 

そんなプロデューサーにお構いなしに、私は背後にまわり、その背中を無理やり押してみりあ達のところまで連れて行く

ガラスの側にあったベンチにプロデューサーを座らせると、プロデューサーは肘を膝の上に置き、前屈みになって項垂れていた

 

「それにしてもよかったねっ!撮影現場が近くて!」

「梨沙ちゃんも来るなんて知らなかったでごぜーますよ!」

「私も見に来れるなんて思ってもなかったわよ。たまたま雑誌のインタビューが午後にずれ込んだからラッキーだっただけ。桃華は休みなのによく来たわね」

「友人の晴れ舞台ですもの。それに、私も一目ハリウッド女優を見てみたかったのですわ!」

 

色々な偶然が重なり、私たちは今ここにいる

ありすと仁奈は去年の春頃に撮影していたドラマの特別編の撮影、私は時間があったからありすと仁奈を迎えに行くプロデューサーにくっついてきただけ、桃華はたまたまオフだったからだ

それにしても、あの子本当にハリウッド女優と話してるなんて今でも信じられない

目の前で見ている光景そのものが私にはなんだか浮世離れしていて、違う世界にいるようだ

 

「あっ!あの壁のおっきなモニターで中継するんだって!」

「ほんとだー!あっ、ありすちゃんでごぜーます!」

 

ロビーには私たち以外にもぼちぼち人がまばらに存在していて、おそらくは飛行場に入れなかったスタッフたちだろう。今日一日は関係者以外は入れなかったはずだ

 

「車!」

「カッコイイ車」

「飛行場へようこそ」

「・・・ねーサヤ、アルトリアちゃんは?」

「今日はアルトリアちゃんはいないの。もう・・・園長先生とアリア姉さんどこ行ったんだか。ここで待ってよう?」

 

関係者なのだろうか、小さな子供が四人と高校生くらいの女の子が赤ちゃんを背負って一人、子どもたちをあやしながらベンチに座っていた

 

「始まるよ!梨沙ちゃんっ!」

 

みりあの言葉に私は再度、モニターを見る

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『ワオ!こんなに綺麗なspecRは久しぶりに見たわ!これに乗せてもらえるなんて夢のよう!S15は初めてなの!』

「はい、リサさんに似合う素晴らしいスポーツカーをご用意しました。短い間ですが楽しんでいただけたらと思います。プレミアの入場の際にシルビアが好きだと言っていたのは偶然中の偶然、幸いでした」

 

私たちが座っている目の前に、そのスポーツカーは佇む

綺麗に磨き上げられ、後ろについているウィングがそのスタイルをより際立たせる

雛子さんの車と同じようなつりあがったようなヘッドライトが、私を睨みつけていた

その前にディレクターが立ち、説明を続ける

 

「素晴らしいですねー。普段も中々にお目にかかることのできない珍しいスポーツカーと聞いております。それを運転するのは、この番組を取り仕切っているディレクター自ら。この特設コースを走っていきます」

 

司会の人から説明されたコースは、S字、L字、S字、そこから少し真っ直ぐ走り、そして最後にこのスタジオの目の前を横切るように用意された、真っ直ぐなストレートに続くように大きく曲がる半円のコーナーといったようなシンプルなものだった

 

「ではどうぞご案内します。助手席へどうぞ」

「Thank you!」

 

そしてディレクターのエスコートに従って開かれた助手席にリサさんが乗り込み、シートベルトを締める

中の様子は取り付けられたカメラから中継されて、スタジオに用意されたモニターに映っていた

 

「さらに今回は特別に解説役としてこの方をお呼びしております。346プロダクションから原田美世さんです!」

「どうもどうも原田美世です!いやそれにしても綺麗なS15ですね!私も久しぶりに見ましたよ!」

 

紹介された美世さんも早々に相手側の車を誉めていた

確かに私の目から見ても綺麗に整えられた車だと思う

内部を見ても、シートも雛子さんの車の様なスポーツシートでシフトレバーも自分で動かすマニュアル仕様なところも一緒、まさにスポーツカーといった作りになっていた

 

「では、行きましょうか。結構刺激的で荒っぽい運転もするかもしれませんが、それでもよろしいですか?」

『ええ、全然構わないわ。撮影で慣れているから!』

 

リサさんがそう返すと、ディレクターが運転席へと乗り込み、車が発進する

助手席のリサさんはその瞬間に盛り上がり、その楽しそうな様子はモニターを通して中継されていた

運転の方はというと、発進の時に一瞬エンジンが止まりかけ少しガクガクっとしていたが、それ以降はスムーズに走行を続けていた

 

「やっぱりこのフィーリングですよね、シフトを変えた時に車が応えるこの感触。これがMT車の醍醐味、自分で操るというのがまさに人生と同じ、好きなように生きるのと同じですよ」

『ええ、確かに。それがマニュアル車のスピリットの一つだもの』

 

リサさんを乗せた車はS字、L字、S字とスムーズに抜けていく、低い音を響かせてコーナーに入る前にそれが徐々に小さくなり、抜けていく時にスポーツカーの吹き抜ける様な音を大きく響かせた後に、少しずつ加速していった

モニターを見ても、比較的スムーズなシフト捌きをみせる

 

「ディレクターさんすごーい!!」

 

隣でアイドルの方が叫ぶのと同時に、車は最後の大きな半円のコーナーに差し掛かっていった

 

「では、ここから荒っぽくなりますが、準備はいいですか?行きますね!」

『ええ、楽しみだわ』

 

ディレクターの方がそう言うと、車は少しずつ加速を続けて、私たちの目の前のストレートを駆け抜けていく

 

「少しスピードが上がりましたね!」

「大丈夫ですよ。specRなら許容範囲ですから」

 

美世さんの言う通り、加速して最初のS字に差し掛かっても車は十分に減速できていて、そのままコーナーに入っていくが、先程とは違い少しキュキュッとタイヤが路面と擦れて甲高い音が響いていた

 

「おお!結構攻めていますね!」

「大丈夫です。姿勢は崩れていませんし、少しふらついてはいますがコントロールはドライバーにまだあります」

 

モニターを見ると、ディレクターはハンドルを両手で握って歯を食いしばって必死に運転を続けており、それを知ってか知らずかリサさんはワクワクしているような無邪気な笑顔を浮かべていた

 

そしてスタジオで見ていたスタッフも盛り上がる中、最後の半円のコーナーに入る前にエンジンを少し唸らせると、スピードを上げて一気に駆け抜け、目の前のストレートへと戻ってきた

 

「いや素晴らしかったですね!見事にスポーツカーを操り我々の前に戻ってきます!」

「やっぱりspecRはいいですね。走っている姿を見るだけでも様になってました。私も何だか懐かしい気持ちになりましたね」

 

美世さんの冷静な解説と共に、シルビアは目の前に到着する

その際に少し後ろのタイヤが滑り、また少しスキール音を鳴らして車が完全に停止した

その際に同時にエンジンが止まる

 

「ふ〜っ!!あぁ〜楽しかったですね!やりましたよ!」

 

ディレクターが両手を上に挙げて車から降りてくると、会場から拍手が上がる

その様子に私は心が締め付けられるような感覚がしたが、なんとか同じように拍手を送る

 

『とっても楽しかったわ!また機会があったら乗ってみたいわね!』

 

リサさんも満足したのか、車から降りると拍手をしてディレクターと握手を交わしていた

 

「いやいやリサさん。これからはずっと楽しめますよ」

『あら、どういうことかしら?』

 

すると隣に座っていたアイドルの方がディレクターの元へと駆け寄り、リサさんと向き合う

 

「何とですね、今回の我々との出会いを記念して、このシルビアをリサさんプレゼント致します!」

「いたしまーす!!」

 

ディレクターに合わせてアイドルの方も同じように車に手を掲げ、車に注目する様に促していた

 

「Oh! Really!?」

 

突然の事に驚いているリサさん

私も含め会場のスタッフにもどよめきが広がる

 

「なんとこれは、凄い展開になりましたね!」

「羨ましい!羨ましい羨ましい羨ましい!!私が欲しいくらいなのに!」

 

これには冷静に解説していた美世さんからも叫び声と呼んでもいいくらいの声が上がった

 

『なんて素晴らしいギフトなの!これほどのプレゼントは久しぶりよ!』

「わたくしどもの優秀なスタッフが整備しておきましたので、どうぞ今度はご自身で楽しんでいただければと」

「Thank you! Thank you!」

 

興奮冷め止まぬ様子でリサさんは二人と握手を交わしていた

その様子に会場は大盛り上がり、再び拍手が巻き起こる

私も合わせて拍手をしていたが、チラッと雛子さんたちのテントにまた目を向けていた

 

どうしよう、本当に大丈夫なのかな・・・

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「じゃ、ひなちゃん。私たち上に戻ってるから」

「うん、ありがとう。じゃあまた後で」

「頑張ってください。俺は準備ができたら戻ってきます」

「ああ。よろしく頼む」

 

姉さんと零次の二人が私に声をかけてテントから出て行くと、私は車のボンネットを閉めて、車に乗り込む

助手席の足元のインパネに備えられているパソコンを開き、セッティングの最終チェックに入った

グラフに表示されている数字を確認し、それが理想の値に近いかどうか調べる

 

そうしていると、運転席の窓がトントンと軽く叩かれた

二人が何か忘れ物だろうか?

そう思って私が外を見ると意外な人物が二人こちらを覗いていた

 

「・・・ママ、パパ」

 

私と目が合うと、二人は少し手を振る

私は一旦作業を止め、外に出た

 

「なんで、どうして」

「娘の晴れ舞台だもの、専務さんから連絡が来たわ」

「だからって・・・昨日の今日みたいなもんじゃん」

「子どもたちもな、雛子の運転してる姿が見たいって言いだして聞かなかったんだ。費用はこっちでもつから行ってあげてほしいってね」

「じゃあ・・・」

 

私の言葉を察したのか、ママがテントの外のほうを指差す

恐らく飛行場のロビーを指差しているのだろう

 

「その姿を見るのも久しぶりね」

「・・・私ももう着る事はないって思ってたから」

 

久しぶりに引っ張り出してきた白のレーシングスーツ

袖を通すとあの頃と変わらない感覚が戻ってきた

擦り傷もヨレもかわらない、その格好に何だか私は恥ずかしくなる

 

「雛子」

「ん?」

 

少し車に戻ろうとしたら、パパから声が掛かる

 

「もういいんだぞ。今日はお前の思った通りに走りなさい。私たちはもう大丈夫だから。自分の好きに楽しんでいいんだ。な?そうだろう?」

 

その言われると、私はそのまま運転席に戻る

そして、助手席からヘルメットを取り出して再び二人の前に立った

 

「勘違いしてもらっちゃ悪いんだけど。私は、自分の好きに走ってきたつもり、なんだけど。今までもだし、きっとこれからも」

 

私が手に持ったヘルメットをクルクル回しながらそう言うと、二人は一瞬黙って顔を合わせる

そして何だか安心した様に笑い合うと、再び私にその顔を向けるのだった

 

「じゃあ、そろそろ時間だから」

「うん、わかった。私たちはロビーに行くわ。頑張ってね」

 

それだけ伝えると、二人はテントを出て行く

 

「それと」

 

ママは出口で立ち止まり、一瞬こちらに振り向いた

 

『さっきのS15の運転を見てたけど・・・大丈夫よ、安心して。大した事ない』

 

最後にそう言い残しテントから出て行った

一人残った私は、ヘルメットを手でまたクルクル回すと、正面のバイザーを眺める

 

『・・・久しぶりだよ、その言葉』

 

そして私はヘルメットを被り運転席に乗り込む

このこもる様な息遣い、バイザー越しに見えるフロントガラス、メーター、インパネ、ハンドル、何もかもが懐かしい

 

「・・・よし、OK。これも、OK。セッティングよし。点火準備に入る」

 

ああ、久しぶりだ

助手席のパソコンを閉じる、そして私は車のキーに手を掛ける、何もかも一緒

自分でも驚く程スムーズにそのシークエンスを終える

 

そのタイミングで、ちょうど良くスタッフが目の前のテントの幕を開けた

 

そして私は、車の鍵をゆっくり捻る

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