「では、346プロさん側がもう少しで準備が終わるとのことなので少々お待ちください」
スタッフの号令で私たちを撮っているカメラの赤い撮影ランプが消え、スタッフや司会のタレントさんから安堵のため息が聞こえてきた
スタッフ数人が雛子さんたちのテントに向かい、他のスタッフの方は司会の人や美世さんの元で台本と共に流れを再確認するなど短い時間の中で次のために動いている
私はというと、そんな周りの雑踏に身を隠す様にスタジオの椅子にちょこんと座ったままだ
目の前ではディレクターとアイドルの方が仲良さそうに通訳の人を介してリサさんと話している
リサさんはシルビアに乗れたのがよほど嬉しかったのか、笑顔を浮かべながら相手のアイドルの方と会話が弾む
改めて雛子さんのテントを見るが、何をしているのかわからない
時おり中を覗いているスタッフと会話しているのか、スタッフの方たちが頷いているのが見えるだけだ
「ありす」
「あ、プロデューサー」
肩を軽く叩かれて、私はロビーにいた時と同じ反応をプロデューサーに返す
しかし、そこから会話が続かなかった
プロデューサーも私と同じように目の前のリサさんと雛子さんのテントを見比べて難しそうな顔をする
カメラが回っていなくてよかった、こんなのアイドルがする顔じゃない
「・・・なぁ、ありす」
「何回も呼ばなくても・・・わかります」
言葉がなくても、プロデューサーの気持ちがその声色からひしひしと伝わってくる
普段よりもトーンが低く、消え入りそうなその声が、不安な気持ちを隠しきれていない
それは言われなくてもわかる、きっと私も同じだから
「あ、り、す、ちゃ〜ん」
そんな私の気持ちをかき消すかのように、呑気でおちゃらけた声で話しかけながら、その人は近づいてくる
雛子さんのテントから正面に視線を戻すと、ニコニコとした笑顔を浮かべて、後ろに手を組み若干ステップを踏みながらそのアイドルの方が歩み寄ってきていた
もう準備ができたのか、周りのスタッフが持ち場に戻り始め、プロデューサーも舞台袖へと戻っていった
今だけは、ちょっと側にいてほしかったかも
「ねーねぇ、どうだった?凄かった?凄かったでしょ?」
「・・・はい」
「でしょ〜?凄かったでしょ〜?あのね〜、すっごい私のプロデューサーと考えたんだ〜、そしたらディレクターの人が協力してくれて〜、車も用意してスタッフの人たちも用意してくれてそれでね〜」
聞いてもいないのにペラペラ次から次へと、その人は話し続ける
少しずつ顔を伏せる私に構わず見せつけるように腰を曲げて覗き込みながらあーでもないこーでもないと言ってくるが、もうその人の言葉は右から左へと頭の中を通り過ぎるだけだ
「だからね〜、ありすちゃん。楽しみにしてるぅ〜ねっ?」
最後に語尾を甘ったるく伸ばしてそのアイドルの方は元の席へと戻っていった
「・・・橘です」
ボソッと呟いたそれは、きっと相手には聞こえていない
アイドルの方は背後に来たディレクターとさっきの事で楽しそうにまた話し、嫌味ったらしくこちらをチラチラ見ながら笑ってる
そんな様子を見ていると、それを遮るように私たちの間の席にリサさんが戻ってきた
『あら、ミスアリス、どうしたの?疲れてしまったのかしら?』
「いえっ、全然そんなことないです!ないですから・・・」
あの二人に向けていた表情のまま一瞬リサさんを捉える
その時、私はどんな顔をしていたのだろう
リサさんが今まで見たことがないほど真剣な表情で私と目を合わせていた
しかし私は自分でも驚くほど瞬時に笑顔を作って再びリサさんと向き合うと、リサさんは『そう?』と一言だけ言いカメラへと視線を戻した
この時ばかりは表現力のレッスンに助けられた、こんな時に使いたくなかったけど
「はい、撮影入りまーす!スタッフの方は位置に着いてくださーい!」
その号令で話していたディレクターを含め、私たち以外のスタッフがカメラの前から舞台袖へとはける
そしてカメラの撮影ランプが再び点灯すると、司会の方の言葉から撮影が再開された
「では、準備が整ったようなのでそろそろ始めましょう!お次は346プロダクション!」
その瞬間、雛子さんたちのテントの幕がスタッフの方の手で開かれた
みんなの視線が一気に集中する
その時にアイドルの方の顔が見えた
自信満々に笑顔を浮かべて、まるで子供のように何か何かと待っている
それはもう恐いものなんて無いとでも言いたそうな、緊張が全くない
頭が重い、私はもう半分諦め掛けたその時にエンジンを掛けようとする音が聞こえてきた
次の瞬間、その車があるテントだけでなくこの飛行場まで包み込んでしまうような、地の底から響いてくるような凄まじい低音が響き渡ってきた
普段の車の音と全然違う
その迫力は、まだ距離が離れているのに思わず顔を少し後ろに引き、息を呑んでしまうほど
「おおっと、これは・・・」
「おお〜・・・」
司会の人も美世さんも、思わず言葉を失っていた
アイドルの方もその迫力に笑顔が引きつり始める
そしてその音が少し大きく響くと、雛子さんの車がテントから顔を出した
「Oh my god!!」
その瞬間にリサが口に手を当てて、目を見開いて大層驚いた声をあげる
それもその筈、雛子さんの車はいつもの雰囲気と全く違っていて、さっきのシルビアのように程々にスポーツカーという見た目では無くなっており、車の車高はバンパーが地面と擦るんじゃないかというほど下がり、前のタイヤは少し斜め、前から見るとハの字に傾いて取り付けられていた
そんな車が大きな音を響かせながら私たちの前までやってきて停まる
その迫力に私までもたじろいでしまった
「これは、シルビア・・・でしょうか?先程のスポーツカーよりも一世代前の車になります」
「・・・!これは!」
司会の人も困惑気味で、美世さんも絶句して見守っている
そんな私たちに応えるように運転席の窓が開き、白いヘルメット姿の雛子さんが見えた
視線は前を向いたまま変えず、腕だけ窓から外に出して、リサさんにおいでとこまねいていた
「OK!OK!」
リサさんは言われるがまま車の右側へとまわり、車へと乗り込む
「Amazing. Ha!Ha!Ha!」
車内のカメラ映像から、リサさんは中に入るや否や雛子さんや車のメーター、ハンドル、シフトレバーに至るまで興奮気味の様子で手を叩きながら喜んでいる
まるで子どものようにはしゃいでいるリサさんをチラッと見た雛子さんは、こちらの司会の人にOKと手でサインを送った
「はい!では走っていただきましょう!お次は346プロダクションです!行ってらっしゃいませ!」
その司会の人の号令と共にリサさんが横からシートベルトを引っ張って締めると、車はその低い音を響かせてゆっくりと発進していった
「いやー、それにしてもいい音がしますねー。まさにチューニングカーと言ったような」
「いやいや、まだまだこんなものではないと私は思いますよ」
美世さんの解説を受けながら、雛子さんの車は最初のS字へと差し掛かっていく
雛子さんなら何かやってくれると期待したが、それはそれはお手本のようなゆっくりとした減速を見せ、丁寧にカーブを曲がっていく
モニターからも、内部では雛子さんは落ち着いた様子で冷静にシフトレバーを操作し、丁寧に車を動かして特に問題なく抜けていった
「ふー・・・なんだ、大した事ないじゃん。ね?ディレクター?」
「ああ、私の方がタイヤの音が鳴っていたしな」
いつの間にかアイドルの方の後ろで見ていたディレクターがそう言う
それ以降も雛子さんはお手本のような綺麗な運転を見せて、次のL字、S字、そして最後の大きな半円のカーブを抜けてまた私たちの前のストレートへと戻ってきた
変わったことといったら、最後の半円のカーブに差し掛かる直前に少しタイヤの音がしたくらい
そして雛子さんはまた私たちの目の前で車を停めた
さっきディレクターたちはそのまままた二周目へと入っていったが、どうしたのだろう。何かあったのだろうか
「おっと、どうしたのでしょうか?車が止まってしまいましたが?」
「・・・」
困惑する司会の人と、何も言わずに見守る美世さん
ふとモニターを見ると雛子さんが中で何かを操作している
リサさんが座っている助手席側からパソコンを引っ張りだして開き、キーボードを叩いていた
そしてその操作が終わった瞬間に、車の音が変わる
さっきまでの安定したエンジンの音ではなくなり、今にもエンジンが止まってしまうんじゃないかというような不規則で変なリズムの音が聞こえるようになった
「なに〜?壊れちゃったの〜?これじゃあもうまともに走れないんじゃなーい?」
「ほら、やっぱりそうですよ。見た目だけカッコつけて古い車に乗っているからこうなるんですよ。しっかり優秀なスタッフが整備してからこそ・・・」
ディレクターが解説を始め出したその瞬間だった
雛子さんがアクセルを踏み始めエンジンが回り出すと、一気に爆音が響き渡る
というよりも爆発音だった
エンジンが振り切ってただでさえ凄まじく音が響いているのに、それに拍車をかけるように後ろのマフラーから火が吹き出して爆発音が鳴り響いていた
それに合わせてエンジンからは謎の空気が漏れるようなプシューッ!という音と共にキュルキュルキュルと何と表現したらいいか分からない音も聞こえる
これにはその場にいたみんなが耳をおさえていた
「キター!キタキタキター!!」
今まで沈黙していた美世さんが興奮気味に解説ではなく実況にまわっていた
雛子さんたちはというと、モニターを見るとリサさんがシートベルトを取り外し、代わりに壁ではなくシートに取り付けられている両肩からまわしてくるようなシートベルトへと付け替えていた
ーーーーーーーーーー
「おおー!これはきたでごぜーますよ!」
「雛子さんカッコいいー!!キャーッ!!」
ロビーではモニターではなく、仁奈とみりあがガラスに顔と手をピッタリとくっつけて、直接見える雛子の様子に興奮気味に声をあげる
「な、何なのあれは?」
そんな仁奈とみりあとは打って変わって、周りで見ているスタッフたちと同じように困惑した様子を見せている梨沙だった
中継しているモニターでは、後ろのタイヤがその場で空転しながら凄まじい白煙を上げ始めて現場を包んでいき、ガラスから外を見てみてもその様子がハッキリわかる
「凄いな・・・どうなっているんだ?」
プロデューサーも困惑しているその時、ロビーに慌てて入ってくる人物が一人
仁奈とみりあの隣まで駆け寄り、ガラスから直接現場を覗き始めた
「「監督!!」」
「おお、仁奈ちゃん、みりあちゃん、さっきはお疲れ。どうだ?もう始まったか」
「これからでごぜーますよ!どうして監督はここにきたですか?」
「そりゃあ、またあのドラテクが直接見れるなら来るさ」
会話もそこそこに、三人は再びガラスの外へと釘付けになる
ーーーーーーーーーー
その場を支配する白煙と、タイヤが地面と擦れる大きな音に包まれながら、雛子さんの車は勢いよく発進していった
「さぁ!第一コーナー!一体何を見せてくれるのかー!!」
美世さんの実況が響く
さっきまでならもうブレーキを踏んでいるはずの距離だが、雛子さんの車の勢いが止まらない
さらにエンジンが唸り、なんと曲がる方向とは逆に一瞬ハンドルが切られた
「来るぞ来るぞ来るぞー!キター!キタキタキタァァァー!」
そして一気に曲がる方向へとハンドルが切られると、モニターの画面内で雛子さんが一瞬サイドブレーキを引いたのだ
それに合わせて後ろのタイヤの回転が一瞬止まり、そのまま滑るように車の後ろ側が滑っていく
スピンする一歩手前、だが車のコントロールは失っておらず、曲がるのとは反対方向にハンドルを切り、さらにエンジンを唸らせながらタイヤを回転させ、白煙をあげながら曲がっていく
「これだよコレコレ!!FRの車といえばやっぱりコレ!!ドリフトドリフトドリフトー!!」
その勢いのままS字の最後も曲がり切り、次のL字へと向かっていくが、その道中の真っ直ぐの道でも車が正面を向いていない
常に白煙を巻き上げて、車が真っ直ぐじゃないのに真っ直ぐ走っている
「なんとここで直線ドリフトー!!ストレートの道を滑らせながら駆け抜けるという高等テクになります!直ドリ直ドリ!!どこまで魅せてくれるんだぁぁぁー!」
美世さんの実況がヒートアップする中、エンジン音も収まる気配がなく、常に高回転で回しながら凄まじい爆音でL字を滑りながら駆け抜けていった
雛子さんが走った後を見てみると、タイヤの後がまるで旋律のようにアスファルトに刻まれており、直線が一切ない
「おっと、最後の半円に差し掛かる直線に誰かがいるようですが・・・?」
司会の人が言う通り、ヘルメット姿の誰かがいつの間にかそのストレートの道中に立っており、手にはペットボトルのような物を持っている
顔は見えないけどあの感じ・・・零次さん?
「これは大丈夫なんでしょうか?このままでは・・・おおっ!」
「おおぉぉぉぉー!!今度は円書きだぁぁぁー!!!」
雛子さんは零次さんの手前で一瞬止まると、今度は零次さんの周りをクルクルと滑りながら円を書くように回り始める
零次さんにぶつからないまさにギリギリのところで車のベッドライトを零次さんに向けながら一回転、二回転とその場を回るたびに白煙が立ち上り、まるで竜巻のように上空へと消えていく
そしてモニターを見ると、雛子さんがそこからストレートへ戻り半円へと向かう直前でリサさんが零次さんからペットボトルを受け取り、それを嬉しそうに車内のモニターに向けていた
「さていよいよ最後!大きな半円のコーナーに差し掛かっていきますが、何を見せてくれるのかぁぁぁー!!!」
美世さんの実況に、その場で見ていた誰もが釘付けになっていた
雛子さんはさっきとは違い真っ直ぐ走りながら徐々にスピードを上げていく
減速する素振りを見せない、そのまま半円のコーナーに突っ込んでいく
と思いきや、全く予想外の動きを見せた
そのコーナーに入る直前で思いっきりサイドブレーキを引いて車が回転したのだ
走っている方向とは真逆、180度車が回転し、完全に後ろ向きの状態でコーナーへと入っていく
「これは大丈夫なんでしょうか!?操作ミスでしょうか!」
「いや違います!コレは凄い!凄すぎる!!なんて見事なイリュージョンドリフト!!普通はコーナーに入ってから車を滑らせますが、これはすでに滑らせ切ってからコーナーに入っていくテクニックになります!!」
美世さんの言う通り、雛子さんはミスしたわけではなくそのままコーナーを曲がり切っていく
不思議と車は滑りながら綺麗に半円のコーナーを曲がっていくその姿はまさに芸術的なまでのテクニックだった
コースアウトするわけでもなく内側の三角コーンを倒すわけでもない、絶妙な距離感で曲がっていく
今まで以上にエンジンが唸り、もう回り切らないのかエンジンが不規則な高音を奏で、またキュルキュル!という音と共に空気がプシュー!と抜ける音が連続して聞こえ、白煙が車を包みながら綺麗に滑っていく
そしてその白煙をかき分けて車はストレートに入り、私たちの前へと戻ってくるのだった
「何よこれ・・・何なのよこれ!!」
アイドルの方が撮影を忘れて叫ぶが、雛子さんの車はそのまま止まって終わりかと思いきや、なんとリサさんが助手席の窓を開けてその隙間から体を出してドアに跨った
それを確認した雛子さんは、今度は私たちの目の前で爆音を轟かせてクルクルとその場で回り始めたのだった
「おおっ!何と見事なロデオ乗り!これは・・・」
「Fooooo-!!」
もう実況の声すら聞こえなくなる爆音の中、リサさんの楽しそうな声が聞こえて白煙が巻き起こる
ディレクターが思わず咳き込み、アイドルの方も思いっきり耳を塞ぐ
そしてしばらくすると車が止まり、煙が晴れていったのだった
ーーーーーーーーーー
「きゃー!!カッコいいでごぜーます!!」
「すっっっっごかったね!!プロデューサー!!やっぱり雛子さんすごーい!!」
「あ、ああ。最後のアレなんてどうなってるんだ?車が反対に向いたまま曲がっていったぞ」
「さすがお嬢ちゃん。変わらないねー。見に来た甲斐があった」
周りがそれぞれ感想を述べる中、私と桃華は呆然としていた
あんな動きをする車なんて見たことがない
一体何者なんだあの人は
桃華も同じ感想なのか、二人して目を合わせる
「くっくっく、さすがひなちゃん。魅せてくれるぅぅぅ〜」
「ひなこ姉さんカッコよかったね?ユイどうだった?」
「シルヴィアかっこいい!!」
周りの人達もざわめき始める中、ロビーから出ていったあいつが戻ってくる
戻ってくるとヘルメットを外して、大きく息を吐きながら私たちの近くのベンチへと座るのだった
「ああ〜、相変わらずやっぱ凄いな。さすがだわひな先輩」
「ねぇ、教えなさいよ。あの人一体何者なの?」
「ん?ああ、あの人は・・・」
ーーーーーーーーーー
会場で大きな拍手が巻き起こる中、エンジンが切られると、まずリサさんが降りてくる
満面の笑みを浮かべたまま私の元へと駆け寄り、私の両手を取って上下に大きく振りながら感想を述べる
『とっっっても素晴らしいギフトだったわ!この体験が出来たのも久しぶりよ!!本当に本当にありがとう!!ミスアリス!!!』
次の瞬間には私は抱きしめられ、そして抱き上げられた
咄嗟の事に困惑する私は何もすることが出来ずなすがままだった
それでもリサさんは興奮がおさまらないのかさらに言葉を続ける
『私に内緒にするなんてミスアリスは小悪魔なのね!!何より今日・・・』
リサさんが私に話しかけている最中、リサさんの背後からドアの閉まる音が聞こえてきた
その瞬間にリサさんは私から手を離し、今度は雛子さんに向かって駆け寄っていく
「現役の時よりも絶対腕落ちた。体中痛すぎ」
「Silvia! Silvia! Long time no see! Silvia!」
「っておい!やめろっ!降ろせ!降ろせって!お・ろ・せ!」
身長差から、完全に抱き上げられている雛子さんが必死に抵抗し、ひとしきりリサさんに振り回されるとやっと地面へと着地する
『さぁ、そのカワイイお顔を見せて』
するとリサさんが雛子さんの顔からヘルメットを外す
雛子さんはその際に乱れた髪の毛を治しながら、困ったようにリサさんを見上げるのだった
「あぁぁぁー!!やっぱり!やっぱりそうだった!あの車!そのレーシングスーツ!やっぱり私間違ってなかった!!」
「どういうことでしょうか?原田さんもご存じということは有名な方なのですか?」
「有名も何もっ!!」
美世さんの解説にその場の視線が雛子さんへと向けられた
「D1の蘭道選手といったらもうその界隈ではレジェンドですよ!海外のフォーミュラDまで制覇したドリフト界の女神と呼ばれたプロドライバーですよ!!」
「んな大袈裟な。それに''元''だよ''元''」
「彼女こそ!蘭道・ひなこ・シルヴィア選手!!引退してからめっきり姿を見せなくなってからどうしたのかって噂だったけど、こんなところで会えるなんて感激ですぅぅぅっ!あの、あのっ!握手してもらっていいですか!」
「あ、ああ。そんなに持ち上げないでくれ。主役はリサなんだから、昔の話だし。ちょいまち、いまグローブ脱ぐから」
私たちを完全に置いてけぼりにしたまま、美世さんは司会席から飛び出し、恥ずかしそうにしている雛子さんと握手を交わす
「D1・・・?フォーミュラ・・・って何?ディレクター」
「いや、私にもよく・・・」
隣の二人もさすがに困惑していた
だが、私には気になったことが一つある
「あ、あの・・・」
「んー?はい、ありすちゃん」
周りが黙り込む中で、私は思わず美世さんに学校の授業の時ように手を上げて発言する
「今の雛子さんの紹介に、''蘭道''っていうのは苗字だとわかったんですが、その、''シルヴィア''っていうのは?」
「えっとだな、その、あー・・・」
雛子さんが答えづらそうにしていると、なんとリサさんが答えた
『''シルヴィア''は、彼女のファーストネームよ』
「え?じゃあ、''雛子''さんっていうのは・・・」
ーーーーーーーーーー
「''ひなこ''っていうのはひなちゃんのミドルネームなの。本当の名前は''シルヴィア''、でもひなちゃんそう呼ばれるのは苦手だから、みんなには''ひなこ''って呼んでって言ってる。漢字は当て字なんだって」
「なるほど〜」
「病院とかで呼ばれるときはちょっと恥ずかしいらしいよ?私は、ハーフだし見た目が可愛いんだからいいじゃないって言ってるんだけど。早苗ちゃんはあえてその名前で呼んでよくからかってたわ」
美空さんの説明に私たちも納得する
アイツも会社に入ったときは最初にそう呼んで直されたそうだ
「あら?もしかしてうちの子の知り合いかしら?」
「はっ、ひなちゃんのお母さんですか?はい!ひなちゃんは私と一緒に働いておりまして〜」
「あらあら、うちの娘がお世話になってます〜」
雛子さんのお母さんなのだろうか?
アメリカ人・・・の見た目をしていて、綺麗な人
これなら雛子さんが産まれるのも納得がいく
「それにしても二台とも凄かったでごぜーますね〜」
「うんっ、確かに凄いよ〜。相手のディレクターが車の中で言ったこと、この車紹介サイトにそっくりそのまま書いてあるんだもん!」
みりあがそう言うと、携帯の画面を私に見せてくる
「それただ同じこと丸々喋っただけじゃないのよ」
「それに、相手は最後エンストして終わってたしな」
ーーーーーーーーーー
「それじゃあプレミアの時、私が車から降りた後にシルヴィアシルヴィアって言っていたのは・・・」
『ええ、あんな見た目をした240SXに乗ってるのは日本でシルヴィア以外にきっといないわ。どうして挨拶していかなかったのかしら、私寂しかったのよ?』
『降りていけるわけないだろ、ただの送迎ドライバーなのに』
雛子さんが英語で答えていた
そうか、やっぱりあの時リサさんは間違っていたわけじゃなかったんだ
''あの乗ってきた日本のスポーツカー!シルヴィアと来てくれたじゃない!''
それならインタビューの時のリサさんの言葉にも納得がいく
その時、相手のディレクターが一歩前に出て話し始めた
「では・・・リサさんの言っていた車は、シルビアではないのですか?」
「あー・・・くぅぅぅ!いいですか?いいですか!?私言っちゃっていいですか!?いいですよね!!」
司会席戻った美世さんがまた興奮気味に目の前のマイクが置かれている机を叩きながら話す
「まったく、どこのテレビ局もまったく!いいですか!リサさんがいつも乗ってる黒い車は日本編以外は180SXじゃ無いんですよ!!それをもうみんなしてっ!!」
「そうですよ。リサさんが乗っている車の名前は''200SX''(ツーハンドレッドエスエックス)と言います。雛子さんが乗っているその車の名前は''240SX''(ツーフォーティエスエックス)です。''シルビア''ではありません」
『さすがね、ミスアリス。インタビューの時にそう言ってくれたのはあなただけよ、シルヴィアの一番弟子なだけあるわね』
「はい、映画でも左ハンドルでしたから」
「いや、弟子ってわけでもないんだけど・・・」
続いて美世さんから解説が入った
日本で売っている日本車を海外仕様にして海外で販売する場合、名前が変わることはよくあるのだそうだ
「それにしても私がもう一つ気になったのが、蘭道選手はリサさんととても親しげな様子なんですが、お二人は知り合いだったんですか?」
『知り合いも何も、シルヴィアと私は幼馴染で親友よ。この映画を作るきっかけを作ってくれたのも彼女だしね』
「幼馴染・・・!?」
アイドルの方が絶句している
『ええ、元々私の母とシルヴィアママが友人だったの!小さいころシルヴィアのお家に遊びに行った時は沢山日本のスピリットを学んだわ!』
「私の240SXも、海外のフォーミュラDに参戦した時にリサのママに譲ってもらった。その時の事は・・・恥ずかしいからここでは控えさせてくれ」
次から次へと様々な新しい情報が飛び交って私も何が何だか分からなくなってきていた
相手側のディレクターに至っては運転していた時のような余裕は既になくなっており、目が点になっている
『その時は私も、女優として全然活躍出来ていなくて、全然仕事がなかったのよ?本当に、なりたくてなったのにね。そんな時でもシルヴィアは走りたくて走りつづけてチャンピオンになっていた。私は思わずシルヴィアに相談したわ、このままの私でいいのかって。そしたら・・・』
「私は自分の力を全部出し切って、全力で走ってるだけ。他の奴らなんて気にしなくていい。目の前を走ってるのが邪魔だったら追い抜いてしまえばいいって言ってやったんだ。・・・なんか懐かしいな」
『でもそのおかげで、この映画が生まれたのよ?それだったら車が好きなんだから、スポーツカーに乗った女が主人公の映画があってもいいじゃないって、その時は吹っ切れたの!』
そんな経緯があったとは、私も知らなかった
『だから、シルヴィアは恩人で親友なのよ。今日はシルヴィアに会わせてくれてありがとう、ミスアリス。もうお互いに中々会えないから、素晴らしいプレゼントだったわ』
そう言うと、リサさんは私の手を取り、深く握手を交わしてくれた
その光景に周りからも拍手が贈られる
周りの出演者、アイドルの方やディレクターだけではなく、スタッフたちもみんな拍手を贈ってくれた
そしてリサさんは元の席に戻り、雛子さんは車に乗ってテントへと戻っていく
「では、気になったプレゼント対決の結果ですが、リサさん!・・・リサさん?」
リサさんに結果を委ねようと司会の人が合図を送るが、リサさんはそんな司会の人に手のひらを見せて止める
『今回はどちらも、私にとって素晴らしいギフトをくれました。こちらの方々からは素晴らしい車をいただき、そしてミスアリスからは親友との再会、それぞれ素晴らしいプレゼントだわ。それに優劣をつけるなんてとても出来ない、心を込めた贈り物に、良いも悪いもないのよ?』
そうリサさんは返事を返すと、会場では拍手が巻き起こり、対決は引き分けで幕を閉じたのだった
ーーーーーーーーーー
「くっ・・・!なんでこんな目に会うのよ!」
「計算外だった。事実は小説より奇なりというが、こんな事もあるんだな」
「346の一人勝ちじゃないのよ!」
会場にいたどこの事務所かもわからないアイドルが、自分のプロデューサーに向かってプリプリ怒りながらロビーの出入り口から出て行った
「じゃ、ひなちゃん。私たちは先に行くから、また後でね」
「うん、わかった。今日はありがとう」
「早く帰ってきてね!ガレージで勝利のパーティを開くんだからひなちゃんいないとお料理作れないんだもん!さっ、レイジ君!帰るわよ!今日は誰くるの?誰くるの!?」
「わからないですよ・・・梨沙とみりあは来るって言ってましたけど」
そして二人も、ロビーを抜けて外で待っている梨沙ちゃんたちに合流し、零次がどやされながら駐車場へと向かっていくのだった
「・・・ふぅ〜」
ロビーには私だけ、近くにあった自販機で缶コーヒーを買って一口飲む
家族も今夜のガレージに招待された関係で食材を買いに行った
少し夕日が差し込み始めた時間帯、久々に動かした体を休めるように一人でベンチに座り、ボーッとガラスから飛行場を眺めていた
「あの···雛子さん」
「ん?ああ、ありすちゃん。お疲れ様」
声のした方に振り向くと、そこにはすっかり帰り支度の済んだありすちゃんが佇む
「今日は、ありがとうございます」
するとありすちゃんは深々と頭を下げるのだった
「別に、そこまで感謝されることじゃないよ。好きに走らせてもらったのは久しぶりだったし、むしろこっちがありがとうだよ」
「でも、助けてくれたことには変わりありません。相手のディレクターも相当悔しがっていましたし」
「それはよござんした」
私がそう言うと、ありすちゃんはまた頭を下げて出口へと向かっていく
またしばらくボーッとしていると、後ろから声をかけられた
『シルヴィア』
『・・・まだいたの?』
『冷たい事言わないで、まったくいつもクールなんだから。あ、これって日本の''おじさんギャグ''ね!』
『''おやじ''な』
「そうだったかしら?んー、それにしてもこのオレンジジュースは格別ね。なぜホッカイドウでしか売っていないのかしら?アメリカでも輸入するべきだわ!」
そんなことを言いながら、リサはコースで零次から受け取ったペットボトルを持って私と同じように右に座る
『時間はいいのか?忙しいんだろそっちは』
『大丈夫よ。話せる時間はあと、8分あるわ』
『・・・そう』
こうしている時間が懐かしい
それが車の中だったり、プールサイドだったり、図書館だったりサーキットだったりした
それが私には当たり前で、でもいつの間にか当たり前じゃなくなって
彼女は世界で知らない人はいないんじゃないかというほどの有名な女優になって、私は今こうして一般人としてここにいる
あの時の彼女はこんな気持ちだったのだろうか
『聞きたいことが山ほどある』
『あら、どうぞ?』
『ありすを選んだ理由、あれはなんなんだ』
『いいじゃない、純粋にそう思ったのよ?キュートでカワイイからって!』
『だからってそのまま言うか!?職場で吹き出したコーヒー返せ』
『電話口で、あれだけシルヴィアに似たような子がいるって言うから会ってみたくなったのよ。実際にいい子だったわ!あなたが教えてくれた通り!』
そう言ってついさっき携帯で撮ったであろうツーショット写真を見せてきた
ありすちゃんはすっかり緊張から解放されたのか、清々しい笑顔で一緒に写っている
『そりゃそうだ。いい子たちばかりだぞ。あの子の仲間たちも』
『ミスアリスに感謝しないといけないわ。私たちを巡りあわせてくれただけでなく、私のために努力してくれたのだから』
『ああ、頑張ってたよ。実際に車を触って』
『それは知っていたわ、インタビューの時に手袋を外したら、職人のような手になっていたもの!』
そこはありすちゃんに謝らないといけないな
『しかし、どこでも争いは起きるものね。私はそんなつもりはなかったのに』
『まぁ、今回は少なからず私にも原因があったし、久しぶりに楽しませてもらった。相手も手のひらの上で踊ってくれって言いたそうにしていたからその通りにしてやっただけさ』
『変わらないわね、あなた』
『ああ、性格が''曲がってる''のは自分でもわかってる』
『あなたも私に車をくれてもよかったのよ?』
『やるわけないだろ、私の魂なんだから』
そう言うとリサはクスクスと笑うのだ
まるで子どものように
『大切にしてくれてるみたいで嬉しいわ。それに···ミスアリスは本当の本当にキュートだった、彼女なら立派なシンデレラになれる。自分でシンデレラストーリーを作っていくタイプね、だから今の彼女があるのだと私は思うわ』
『・・・今回はありすちゃんをエスコートしてくれてありがと。こういう場は初めてらしいから』
『とっても楽しかったわ!まるでスパイ映画みたいで!今度のコンセプトに加えてみようかしら!』
リサは嬉しそうにそう言うが、すぐに黙り込んでその場から立ち上がる
『会えてよかったわシルヴィア。今度はいつ会えるのかしらね、楽しみよ』
『今度会う時はもっと有名になっていてくれ、その時にサインは貰ってやる』
『ええ、また時間があったら連絡するわ。次回作が決まったときとかね。スパイ役が子どもとか面白いと思わない?』
何を企んでいるのか、リサはまた笑う
そして私の手を取って引っ張り上げると、再びハグされる
『またね』
『・・・ああ』
丁度いいタイミングだったのか、私から離れた瞬間に、出入り口にリサのマネージャーが到着していた
『最後に一ついいか?』
『何かしら?』
『ブルーレイボックス、もうちょい安くならない?』
『それは日本のパブリッシャーに言って?』
『だったら、通常版にもメイキングつけろ。お前の仕事姿が見れない』
『あら、嬉しい。私の事が大好きなのね』
『会えないからそうでもしないとお前の姿が見れないんだよ』
『ふふふっ。またね、シルヴィア』
そういうとリサは、そのまま去っていく
今度いつ会えるのだろう
あの時みたいに買い物したり、ゲームセンターに行ったり、何気なく散歩したり、そういうことが出来なくなっていく
親友が有名になっていくのは嬉しいが、同時に寂しくもなる、そんなことを考えた一日だった
と思ったら夜のパーティーに会食を抜け出してひょっこり現れやがった
その場にいた奏ちゃんがひっくり返り、その場のメンバーからサイン責めにあっていた
まったく、どこまでも自由な奴だ
そのままバレないように夜散歩して、近くのコンビニでお菓子を買った
こんなので良かったのかと尋ねると、普段高い食事とか高級店ばかり行くことが多いから逆に新鮮だという
今度また日本の駄菓子をアメリカへ送ってくれと言われた
そんなリサから、ありすちゃん宛に再び連絡が来るのは、ほんの少し未来のお話