どちらも固まったままうごかない
こちらの様子を見るように女性の目が動く
体が地面に縫い付けられたようだ
糊で貼り付けられたように足も動かない
黙ったままお互いに動く様子もなく
冷酷にも時間だけが過ぎていく
覚悟を決めて自分から話しかけることにした
「「あ、あの···いえ、どうぞ」」
そう思ったのはあちらも同じようだ
まったく同じ反応をして、お互いに譲り合っている
日本人の悪い癖だ
「えっと、じゃあ···お姉さんも呼ばれたんですか?その、アイドルに」
「えっ?もしかしてキミも!?あ、そうそう!この手紙!」
「ああ、えっと···これデスか?」
「そう!それそれ!」
自分が懐から手紙を取り出して見せると、お姉さんが嬉しそうに手紙を照らし合わせながら、ほらほら~!と喜んでいた
「やっぱりそうだ!本物だったんだよかった~!これで来た瞬間に、事務員としてだよプププ~とか言われたらどうしようって思ってたからさぁ、よかったぁ~!」
そう言ってお姉さんは手紙をクシャクシャに握りしめながら両手でガッツポーズをし始めた
このお姉さん、思ったよりも子供っぽいところがあるのか?
よく見てみれば見た目も、なんだか部屋着みたいな薄着だし、家が近くにあるのかもしれないけど
首にはハートのアクセサリーがあしらわれたチョーカー
さっきは気付かなかったが、髪の毛の毛先に少し水色が混ざっている
「立ち話もなんですし、中に入りませんか?自分が言うのも何ですが···」
「それもそうだね!お互いまだ何もしらないわけだし!これからよろしく!」
とりあえず、中に誘導することには成功した
まだこのお姉さんについて何も情報がない
これがFPSゲームのストーリーモードなら、このまま椅子にでもふん縛ってスナイパーライフルでも突きつけて情報を吐かせるんだろうけど、このお姉さんならこっちから何も言わなくても勝手に話してくれそう
「わぁ···凄いよこれ」
「···おお」
中に入ると真っ先に目につくのは天井から釣り下がっている大きなシャンデリア
見た目だけではなく、中までお城のようだ
中央から上に伸びる階段は途中から左右に別れて、上の階へと繋がっている
壁には天井から大きなポスターがぶら下がっており、そこには346プロのアイドルがデカデカと描かれていた
その下にある掲示板には、広告なのか346プロのアイドルが出演している様々な番組や映画のポスターが貼ってある
最近やってるゴールデンの番組、西園寺琴歌の連続ドラマ、ファイスピのポスターまであった
「本当にアイドルの事務所なんデスね」
「どうしよう、ぼくもう緊張してきたよ···ほらもう手汗ヤッバい」
そう言いながらも手紙を握りしめて進むお姉さんの隣を自分も歩いていくのだった
空調のきいた暖かいエントランスをゆっくり進んで、奥のフロントへとたどり着く
「すみません、ここのアイドルのプロデューサーという方に招待を受けて来たのですが···」
「はい、うかがっております。そちらの手紙を拝見させていただいてもよろしいですか?」
フロントのお姉さんはそう言って、自分が持っていた手紙に手を差し伸べたので、言われた通りに手紙を渡した
「ありがとうございます、少々お待ちください。···砂塚あきら様ですね、お待ちしておりました。そちらの方もよろしいですか?」
「あ、はい!どうぞ!」
お姉さんも言われた通りに手に持っていたクシャクシャの手紙をフロントのお姉さんに渡すと、パソコンを使って何やら作業を始める
「夢見···りあむ様ですね、お二人とも遠いところよくお越しくださいました。346プロダクションへようこそ」
「あ、どうも···」
「ありがとうございます!」
お姉さんは自分たちに丁寧にお辞儀をすると、それに応えるように自分たちも頭を下げた
そしてカウンターの上に、首から下げるネックストラップの先にプラスチックのケースのついたネームプレートが差し出された
ケースの中に入っているネームプレートには自分たちの名前と''来客用''と書かれている
「砂塚様と夢見様はまだ346プロダクションと本契約を結ばれていないため、申し訳ありませんがゲストという扱いにさせていただいております。何とぞご理解いただけたらと思います。社内にいる際は、忘れずにそのネームプレートを携帯して行動してください」
そしてフロントのお姉さんは、自分たちから見て右手の渡り廊下を手で指し示した
「この渡り廊下を渡りきりましてオフィスビルへ入るとすぐにエレベーターがあります。入ってすぐ右手のエレベーターを20階へ上がりますと案内の者が待っていますので、以降はその者の指示に従ってください」
「わかった!ありがとう、お姉さん!」
「はい。では、お疲れ様でした」
そう言うとお姉さんはニッコリ笑い、自分たちにネームプレートを渡してくる
それを言われた通りに受けとって首からかけると、自分たちは渡り廊下へと向かうのだった
ーーーーーーーーーー
「砂塚あきらちゃんっていうんだ、これからよろしくね!」
「まだ入ると決めたわけじゃありませんが···、よろしくお願いしマス。夢見···りあむサン」
お互いに自己紹介も程々にしながら、自分たちは渡り廊下を進んでいく
その窓から外を見回してみると、この会社がいかに大企業かを思い知らされる
携帯の地図で調べたときにやたらと広い土地だなと思ったが、実際に見てみると圧巻だ
中庭だろうか?そのエリアにはカフェのようなものが存在しており、そこでは朝のモーニングコーヒーを楽しみながら仕事をしている者、サンドイッチのような軽食を注文して朝食を食べている者
そして中庭に備えられている小道にはベンチもあり、その上で女の子が楽譜を広げてギターを引いていた
っていうかあれ、多田李衣菜じゃないか?
#本物?
「凄いよ···っていうか、あのカフェにいるの高垣楓じゃない!?うっわ!エモ···!」
周りの景色が信じられない
普段テレビで見ていた光景が目の前に広がっている
まるで未知の世界に足を踏み入れたような、そんな感覚
これが日常になっていくのか、自分の中で期待の反面、不安げな気持ちが生まれてくる
「えっと、このエレベーターだよね。めっちゃ沢山あるけど」
「入ってすぐ右って言ってたので多分これデスね」
建物に入ってすぐお姉さんの言う通り、エレベーターが自分たちを出迎えた
壁に向かいあって二つずつ、言われた通りに右のエレベーターのボタンを押した
エレベーターのデジタルパネルの数字が20階から徐々に下に下がってくる
少し時間がかかるようだ
よく見たら階層が30階まである
こんなのゲームの中でしか見たことがない
そのフロアの奥には休憩所があり、自販機、テレビ、その目の前にはテーブルとソファーがあって一息つけるようになっていた
「それで、凛はどうしたんだ?今日は休みのはずだろ?」
「少し掃除して片付けてから帰るって、鍵はいつものところに置いて帰るって言ってた」
そしてその中によく見たことがある人物が二人
「エッッッッモ···!カレンチャン!」
「凄いですね、さすが芸能事務所···って何やってるんデスか?」
「いや、なんかピックアップ引いたら出た」
そう言ってりあむサンは携帯の画面を自分に見せてくる
まだ現状に気付いてないようだ
それとなく背後に目を向けるように促すと、見た瞬間りあむサンは途端に声を失う
「···!北条加蓮ちゃ···!トライアド···!」
「んー?なんか呼ばれた気がするー。あ、おはよー」
「なんだ、知り合いか?」
「ホラ言ってたじゃん、新しいアイドルの子が入って来るって」
二人がこっちに手を振ってくれていたので、自分も軽く頭を下げる
が、しかし、りあむサンが動かない
恐る恐るその顔を覗き込んでみると、うっすらと額から頬へ冷や汗が伝い、完全にフリーズしていた
「そのエレベーターから上に上がるとちひろさ···、黄緑色のスーツ着た女の人がいると思うから、その人が案内してくれるから心配しなくていいよー」
「わかりました、すみません。ありがとうございマス。りあむサン、行きますよ」
「あれは本当に本物?3Dホログラフとか···ここまで大きな会社なんだからそれもあり得るかも」
丁度エレベーターが到着したので、わけのわからないことを言い始めたりあむサンを早々に腕を引っ張ってエレベーターへと連れていくことにした
頑張ってねーと北条さんが言ってくれていたので、それに頭を下げつつエレベーターへと乗り込む
そして言われた階層のボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと動き出すのだった
ーーーーーーーーーー
「どうしようどうしよう!ぼくまともに挨拶できなかったよぅ···、生意気なやつだとか思われてたらどうしようっ!そして後々いじめられたりしたらどうしよ!やむぅぅぅ···」
「大丈夫デスよ、見た感じそんなに悪い人たちではなさそうですし」
落ち込むりあむサンを必死に励ます
昔、有名な人がテレビの中こそ、その人の真の姿を映し出すとも言っていたし大丈夫と声をかけると、少し落ち着いたのかゆっくりと顔をあげる
そう言う自分も、今は凄く緊張しているのがわかる
エレベーターの鏡のような壁のせいで、360°どこを見てもそんな不安そうな自分の顔が映っていたからだ
ゲームのネット配信の時はそんなことは無いのに、またそれとは別の緊張感が自分に襲い掛かってくる
まるで体がフワッと空中に浮いてしまいそうな、足の先に血の気が感じられないような、そんな感じ
それはエレベーターの動きのせいであると、半分神頼みのように自分に言い聞かせる
そして、エレベーターの到着のチャイムではっと我に返る
デジタルパネルが目的地の20階を指し示し、ゆっくりとドアが開く
「おはようございます。砂塚あきらさんに、夢見りあむさんですね?」
「はい、おはようございます···デス」
「お、おはようございます!」
「お待ちしておりました、只今事務所の方にご案内しますね」
北条サンの言う通り、エレベーターを降りるとお姉さんが待っていた
黄緑色のスーツにサイドポニーの似合うその女性は、お腹の前に両手を当てて丁寧にお辞儀をして自分たちを出迎えてくれた
それに合わせて自分たちも軽く頭を下げる
「では、こちらへどうぞ」
そしてお姉さんについていく形でそのフロアを進んでいく
オフィスビルと聞いていたので内装もあのロビーとは違い普通のビルのように無機質なものなのか思ったが、全然違った
壁には木目調のおしゃれな物があしらわれ、その影には照明が設置されて、こもるような光がフロアをおしゃれに彩る
床はキズも汚れも無く、ワックスによって綺麗に整備されており、その白い床にはお姉さんのピンヒールの音だけが特徴的に響いていた
「事務所には他のメンバーも到着しているので、プロデューサーが来るまで一緒に待っていてくださいね?」
「他のメンバーって···、自分たち以外にもスカウトされた方がいるんデスか?」
「そうですね、一人はオーディションだったかな···、スカウトされた方が多いですね」
「えっ!?ぼくそれ聞いてない!大丈夫かな···仲良くやっていけるのかな···」
りあむサンのぼやきを聞いたお姉さんは何かを思い出しているのか、クスクスと笑い始めた
「フフフッ、大丈夫だと思いますよ~。私の目から見ても、全然悪い人には見えなかったですから~」
心なしか、さっきのテンションとはうってかわって軽くそう言うお姉さん
どこか楽しんでいるような、そんな感じ
「お待たせしました、こちらの部屋になります。どうぞ、中でおくつろぎください」
そう言ってお姉さんが扉を開けたので、自分たちはその誘導に従うように中へと入る
それを見届けるとお姉さんは扉を閉めて歩いていってしまった
「これが···事務所」
「なんだか社長室みたいだね」
りあむサンの言っていることもあながち間違っていない
事務所と聞くともっとこう、沢山並べられた机の上にそれぞれパソコンがあって、その隣に固定電話があって、そして沢山の書類が並べられているイメージだが、それとは真反対だった
廊下と同じような木目調の壁に、白い床
奥の開けたスペースへと繋がる短い廊下には向かい合ってそれぞれ左右にドアが一つずつあり、奥のスペースにはガラスのテーブルを取り囲むように黒いソファーが配置されていた
「なんだろう、給湯室か何か?」
「りあむサン、あまり触らないほうが···」
そして周りを見回しながら奥のスペースへと向かおうとしたその時だった
「んごー!!」
とその奥のスペースから女の子の声がした
「禁断の果実ではーちゃんを誘惑しようなどと、この凪の目が黒い内は···」
「違う違う!違うんご!!そんなつもり全然無いよ!というかどっちかっていうとこっちが被害者だよ!」
「なーちゃん、このリンゴめっちゃ美味しいよ!ごめんね、てっきり差し入れかと思ったから···」
「···たとえはーちゃんの体が奪われようとも、心はいまだ半分凪の中に」
奥のスペースへと行ってみると、灰色ロングのツインテールの女の子と茶髪ロングの女の子が対峙していて、それをなだめるように、姉妹だろうか?同じような灰色のロングの女の子が二人に詰め寄っていた
#どういう状況?