「はぁ・・・」
外にあるテラス席に座り深く腰掛けると、俺は手に持っていた書類をテーブルに投げ出し、ため息をついた
346カフェは案外簡単に見つかり、美城の景観に溶け込んでいたその外観はとてもオシャレで、室内、外共に席が設けられており、今も何人かの社員が使用していた
街中にあっても違和感が無いような、小洒落たカフェになっていた
「それにしても・・・運転手ってか」
書類をまた手に取り、専務の話を思い出しながら、メイドさんが持ってきてくれた水を少し口にして物思いにふける
話自体は悪いものではない、だが仕事として捉えると中々踏み切ったことが出来ないのが現状だ
どうしたもんかと書類と睨めっこしていると、カチャンという音が自分のテーブルから聞こえてきた
テーブルに目を向けると、うさ耳姿のメイドさんがコーヒーを一杯持ってきてくれていた
「まだ何も頼んでいませんが・・・」
そう伝えるとそのメイドさんは
「あちらのお客様からです」
と言い体を少し右にずらした
その先には同じようにテラス席に座っている女性二人組がいた
一人はテーブルに肘をつき、手に顎を乗せながら少し微笑んで小さく手を振っているポニーテールの綺麗な女性
もう一人は、開放的と言っていいのか少し薄着な格好をした、ツインテールの似合う女の子が満面の笑顔を浮かべてこちらに手を振っていた
俺は軽く頭を下げて、いただいたコーヒーを口にする
うん、中々に美味しい
自分で作るインスタントコーヒーとは違う、プロによる完成された深い味だった
346カフェ、意外とやるじゃないか
期待に胸を膨らませて、今度はメニューを見る
サンドイッチにパンケーキと、軽食も豊富に揃っており、さらにデザートまで付いてくるという太っ腹ぶり
どれにしようかと迷っていると、俺がいるテーブルの別の椅子が引かれる音がした
「ここ、いいかしら?」
「お兄さん、こんにちは〜」
顔を上げると、いつの間にか向こうの席に座っていた女性二人組が俺と同じ席に座ってくる
「・・・他に空いている席はあると思いますが」
「私達を助けたヒーローに、インタビューよ」
そう言って手で前髪を払いながらこちらに微笑むその女性
「あ、あなたは・・・」
「うふふ・・・」
女性は先程と同じように手に顎を乗せると
「誰でしたっけ?」
ゴチンッ!とそのまま顎を滑らせて額をテーブルにぶつけた
そんな様子を見ながら、もう一人の薄着の子は苦笑いを浮かべている
「お、おかしいわね・・・これでも結構テレビに出てる筈なんだけど・・・CDデビューもしたんだけどなぁ。私が自意識過剰なだけ?わからないわ・・・」
「えーと・・・あ、そうだ!川島瑞樹さん!」
「正解よ、ちなみにこっちは?」
おでこを押さえている川島さんに手を向けられた女の子はまた「は〜い」と言いながら俺に小さく手を振った
「えぇと・・・確か、とと・・・とき?あいりさん・・・でしたっけ?」
姉さんが瑞樹とあいりの、だかなんだかって言っていたのを思い出し恐る恐る切り出す
「あ、おしい〜。十時愛梨です。よろしくね、お兄さん!」
少し首を傾げてニコッと笑うその笑顔に魅了されてしまうのはさすがアイドルと言ったところか
いやそれよりも
「というかなんでアイドルがこんなところに?」
「なんでって・・・」
キョトンとした顔で十時さんは川島さんと顔を合わせてクスッと笑う
「一応私達も美城プロの社員っていう扱いだから、どこにいても不思議じゃないわ。仕事で出てる以外は、レッスンもあるし、ここが私たちのホームグラウンドってとこね」
「ちなみに〜」
すると十時さんはさっきのうさ耳姿のメイドさんを呼ぶ
「サンドイッチお願いしまーす。彼女も美城のアイドルですよ?」
そう言って、メイドさんに手を向けた
「そう、今は訳あってバイトをしていますが・・・しかしてその実態は!歌って踊れる声優アイドル!ウサミン星からやってきた・・・安部菜々で・・・!ぐっ!キャハっ!」
ぐっ、辺りで腰に軽く手を押さえ、もう一方の手でこめかみ部分にピースを作るウサミン・・・さん
色々とインパクトが強すぎてウサミンしか頭に入ってこなかった
川島さんが顔を後ろにそらしながら、手で口元を押さえてプルプル震えている
「ああ・・・パンケーキ、お願いします・・・」
「私も、同じの、ふふっ、お願い」
川島さんが色々と抑えきれないのか、始終笑いを堪えながらオーダーを決めた
「か、かしこまりました!」とウサミンさんは半分逃げるように店内に帰っていくと、オーナーに慌ただしく注文を伝えていた
「・・・色んな人がいるんですね」
「人材が豊富なところが美城のいいところよ。ところで」
今度は俺に目を向けて川島さんが尋ねる
「なんであなたは美城プロに来たの?」
「ああ、言わなきゃダメ・・・ですか」
「私も気になるなぁ」
そう十時さんにも言われ、俺はテーブルに置いた書類のことも含めて説明した
「運転手さんかぁ・・・」
「はい、その件を含めて美城専務に呼ばれたんですが・・・」
「へぇ、専務がそんなことを・・・あら、あなた楓ちゃんと同い年なのね」
書類をパラパラとめくりながら川島さんが呟いた
「楓ちゃん?」
「ごめんなさい、こっちの話。名前は・・・北崎零次君ね。これからよろしく」
書類をファイルに入れてテーブルに置く川島さん
「あ、いや。まだ決まったわけでは」
「私は、ヒーローさんと一緒に仕事ができるなんてすっごい嬉しいけどなぁ」
十時さんそう言った時に、俺はここに来た時から抱えていた疑問を二人にぶつける
「聞きたいんですけど、その''ヒーロー''って何なんですか?ここに来た時も言われましたし、俺はそんな柄じゃないと思いますけど・・・」
そう言うと二人ともふふっと笑い出し、その様子を俺は不思議そうに眺める
「最初に言い出したのは、幸子ちゃんなのよ。ボク達を助けてくれたヒーローがいる!ってね」
「あの時はみんなで盛り上がってましたよね。まさかそのお兄さんと会えるだなんて、愛梨嬉しい」
「いや、本当にそんな大したことでは」
すると川島さんはまたファイルを手に取る
「専務は適当に人を選んだりしない。今までも・・・きっと、これからもね」
そのファイルを俺に向けて差し出し、俺はそれを黙って受け取った
十時さんはそのやり取りを少し笑みを浮かべながら見つめている
「あなた達はきっと、私たちに新しい何かを教えてくれると思う。一緒に仕事ができる日を楽しみにしてるわ」
そう言い、川島さんも笑顔を向けてくれた
「お待たせしました!サンドイッチ一つと、パンケーキ二つになりまーす!デザートは食後にお持ちしますね!」
気がつくと、さっきのウサミンさんが料理を運んできてくれていた
目の前に美味しそうな料理が並べられる
「さぁさぁ!頂きましょう!うん、相変わらず美味しそうね!」
「ああ、やっぱり二人のも美味しそう!一つずつ交換しましょう!」
そんな二人のやりとりを見て、俺も一つの答えが心に浮かびかけていた