ヘイ!タクシー!   作:4m

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始まりのレター09

初めから出鼻を挫かれた感覚だ

随分と大層な物言いだと思う

彼は一体何なんだ?

四月に新人のスタッフが入ったとは聞いた

いつもの態度をやめろときたか

しかしいきなり変えろと言われても難しい

 

「うっわ···酷いなここ、なんで洗わないんだ。なぁ?酷い話だよな」

 

誰も話しかけるやつもいなかったので、さっきの一件も交えながらバスへと話しかける

丸い古いヘッドライトを磨いてやると出るわ出るわ、茶色い泥汚れやら黒ずんだ錆やらがまるで涙のように洗剤と一緒に流れ出る

 

そうだよな、お前もこんなにされるまでほっとかれたら泣きたくもなるよな

 

「大人の対応ねぇ···」

 

ある程度磨いたら、洗車ガンで一気に洗い流す

 

それを言うならあいつらを何とかしてくれ

凛や加蓮や唯とか未央とかLiPPSとかなんてタメ口だし、チビッ子たちなんてそれプラス呼び捨てだし、その中じゃ千枝や桃華くらいじゃないのかちゃんと話してくれるのは

 

そっちこそ''大人''への対応をだな···

などと考えながら、ブラシの先に付いたゴミを洗い流すためにバケツへと赴くと、上の階から聴こえてきていた音楽が鳴り止んでいた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、じゃあ各自クールダウンは徹底すること。今日は以上だ、しっかり体を休めるんだぞ」

『はい!』

 

レッスン室の全員が揃って並び、ベテラントレーナーさんに最後の力を振り絞るように元気よく返事を返すと、トレーナーさんはバインダーに挟まっている紙に何かを書き込み、そのままレッスン室を出ていってしまった

そしてトレーナーさんが開けた扉が音を立てて閉まった瞬間に、膝から床へと崩れ落ちるメンバーたち

 

かろうじて凛さんと奈緒さんは腰に手を当てて前屈みになっていたが、その隣にいた加蓮さんは床に倒れこんでしまっていた

心配そうにしゃがみこむ奈緒さんだったが、加蓮さんは親指を立てて返事をしているあたり大事には至っていなさそうだ

こずえちゃん、夕美さん、三船さんは床に女の子座りでペタンと座り込み、千枝ちゃんがそんな三人に飲み物を持ってきている

文香さん、唯さんとスタイル的には真逆な二人が座り込みながらレッスンの感想を言い合い、その輪に中和剤のように未央さんと卯月さんが加わって会話が弾んでいた

 

「あの···、これどうぞ」

「あっ!ありがと~!別に気を使わなくてもよかったのに~。未央ちゃんも全然かまってあげられなかったからさ」

「何もしないのもアレだったので、さっきは唯さんにいただきましたし」

 

見てるだけではアレだったので、サーバーから飲み物をコップに注ぎ、まずは未央さんと卯月さんに渡す

自分で持っている人を除いて、りあむサンはトライアドの三人、そして私は続いて文香さん、最後に唯さんに飲み物を渡す

こんなに疲れているのに文香さんはふわっとしたおとなしい態度で、受けとるコップの下に手を添えて丁寧に両手で受け取り、唯さんはさっきと変わらない笑顔で応えてくれた

やっぱりプロって凄い

 

「でも、やっぱりみんなって凄いよね。入ったらぼくに出来るかどうか···」

「違うよりあむちゃん。出来る出来ないじゃないんだよ?」

「ど、どういうこと?加蓮ちゃん」

「''出来る'' ''出来ない''じゃなくて、''やる''の」

 

加蓮さんの言葉にみるみるりあむサンの顔から血の気が引いていくのが見ていてもわかった

その様子を見ていた三船さんに苦笑いが浮かび、未央さんは大丈夫だいじょーぶ!とフォローを入れる

しかしそれに反してりあむサンは消え入りそうな声で''はい···''と呟くと、私の隣へと戻ってくるのだった

 

「それにしても、最近事務所もピリピリしてるよねー。未央ちゃんも中々からかうタイミングが難しくって」

「あ、それ唯もー」

 

ライブが近いからか、他のアイドルの方々も普段の会話にライブの話がちょくちょく出てきたり、遊びに行きたくてもレッスンや打ち合わせ、宣伝などで仕事を入れられたり、結構縛られることが多いようだ

しかしながらそれはアイドルとして活動する以上避けては通れない道であり、仕方ないと思いながらもやるしかない

 

「あー、やっと口に出せて言えた。思うことはみんな同じなんだね」

 

思うところがあるのか、そんな未央さんの意見に誰も反論しなかった

自分ならやはりストレス発散ならゲームだ

全員が全員そうならいいけどそうもいかないだろう

それがショッピングしたりドライブしたり、散歩したりと色々ある

そんな時間を上手いこと見つけられればいいのだが

 

「さて、そろそろ帰りますか。しぶりんたちはどうするの?ニュージェネの打ち合わせそのまま行く?」

「私は一旦事務所によってからプロデューサーのところに行くよ」

「あ、私もですー」

 

未央さんが動き始めると、凛さん、卯月さんと、それに合わせて他の方々も動き始めた

 

「あ···」

 

そんな中、ふと窓の外を見ていたこずえちゃんが小さく呟く

 

「れいじ···」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

洗車ガンのトリガーを引き、バスの前面に水を当てながらブラシで軽くこする

溜まりに溜まった汚れがそれに合わせて流れ落ち、綺麗な車体が現れてきた

本当にどれほど洗車してこなかったのだろう

一旦ブラシをバケツに放り込み、しゃがんで黒く汚れた手を水で洗い流す

 

「れいじー?」

「んん?あ?」

 

ピチャピチャと小さな足音が連続して聞こえ、俺の目の前で止まる

顔を上げてみると、そこにはレッスン着姿のこずえが不思議そうにこちらを見下ろしていた

結構激しい練習だったのか、汗をかいた跡がある

 

「なにしてるのー?」

「···見たらわかるだろ、こんなんなってたら洗車しないと。使うし」

「ふーん」

 

それだけ言うと俺の後ろへまわりバスの側面を覗き込む

これまた戻ってくると今度は反対側の側面を覗き、俺の前へと帰ってきた

 

「てつだう」

「んー、ん?」

 

バケツからブラシを取り出したタイミングでこずえがそう言ったので、ブラシの先を向けて''お前が?''とジェスチャーすると、こずえは無言で頷く

 

「それじゃ···コレでケツのテール磨いて。待ってろ、今バケツと洗車ガン持ってくるから」

「てーるってなに?」

「テールっていうのは···あぁ、ほら後ろ行った行った」

 

口で説明するより見たほうが早いので、こずえをバスの後ろへ行くように背中を押して促す···途中でこずえが走り出して一足早く後ろへまわる

レッスンの後なのに元気だなぁオイ

 

「この後ろのテールライトだ。はい、これでゴシゴシ泥落として」

「わかったー」

 

こずえは言われた通りにブラシを持ち、子どものおぼつかない手先のままテールを擦り始めた

ブラシはその伸びた取っ手を持って磨くんだが、もう先っちょのほうを両手で持って磨いている

 

まぁいいか綺麗になるなら

俺は新しいバケツとブラシを蛇口まで取りに戻ってバスに戻ろうとしたところで横の玄関が開き、千枝が俺に声を掛ける

 

「あ、やっぱり零次さんだったんですね」

「おう、お疲れ。悪い、こずえ借りてるわ」

「それなら私も手伝います!」

「わ、私も!」

 

いつの間にか後ろにいた夕美も加わり二人して俺に詰め寄る

それならと俺は洗車用具を横の物置から取り出すと、二人も加わってバスの洗車が始まった

 

人が増えたこともあって順調にバスの洗車は進み、こずえは中に入って内窓を拭く中、俺はその窓に外から洗車ガンで水を当ててこずえをからかう

ビックリして一歩身を引いたこずえを笑っていると、後ろから霧状の冷たい水が頭から降ってきた

 

「冷てっ!···何すんだこのやろう」

 

そんな戦犯たちに俺も反撃して洗車ガンで一瞬水を撒き散らすと、玄関先で俺を笑っていたメンバーから黄色い悲鳴が一瞬響く

 

「真面目にやれ、真面目に」

「こずえちゃんいじめてたのは誰にゃっ!」

「そうだそうだー」

 

未央が予備の洗車ガンを片手に抗議の声を上げていた

 

「お前洗車ガン手に持ったんだから責任もって手伝いやがれ」

「ちぇー、わかったよぅ」

 

そう悪態をつくが、その顔には笑顔が浮かび、後ろにいたみくも凛も唯も本屋ちゃんもレッスン着のままバスへとやってきて、バケツの中のスポンジを手にとった

先に来ていたこずえと千枝も手を上げて歓迎する

 

それぞれがそれぞれ自分の場所を見つけ、擦り、水で流していく

 

「ふぅー···、あれ?出ない···って誰か踏んでんだろホース」

 

色んなことが起こりながらも、洗車は進んでいき大体がいい感じで終わっていった

 

「···なぁ、お前たちさ、何で車って動くか知ってる?」

「知らなーい」

 

会話もなく黙々とやっていたので、ふと俺が周りにいたメンバーにそう呟くと、未央の返事を皮切りに夕美、凛、唯、卯月と首を横に振る

 

「おしえてー」

 

話を聞いていたこずえが車内から声を掛けてきた

 

「丁度本屋ちゃんがいるじゃないか、きっとわかりやすく教えてくれる。頼むわ」

「···ふふふっ、分かりません。教えてください」

「おし、いや···教えてったってなぁ···」

 

本屋ちゃんから予想外の声が返ってきたので、俺はバスの開いていた乗降口に座って考える

本屋ちゃん、知らないと言ってる割には何だか楽しそうにクスクス笑いながら俺の言葉を待つ

俺が考え込んでいる間に、他の奴らも手を止めて集まってきた

 

「えっとまず、エンジンの中のピストンっていうのが下に下がって空気を吸い込むのね、そしてそれで入ってきた空気と、インジェクターっていうパーツから吹いた燃料を混ぜた混合気にプラグっていうパーツが火花を起こして爆発させるの、その爆発でピストンを動かしてそのピストンの下にくっついてるシャフトを回してそれでタイヤが回る、わかったか?」

「わかんなーい」

「頭悪いだろお前ら」

「もっとわかりやすく説明してよ」

 

わからないというこずえに、凛からもツッコミが入る

それに合わせて周りからもそうだそうだと反論が返ってくるのでしょうがなく

 

「あー、んーっとなつまり、インジェクターちゃんとかプラグちゃんとかピストンちゃんとかが一つでも欠けたり動きがバラバラだとタイヤちゃんが動かなくて車が走らないっていうそんな感じ、わけわからんかもしれないけど、車にいらない部品はないの。これでわかったか?どうよ本屋ちゃん」

 

その辺にいた千枝とか卯月とか唯とかの頭をパーツの名前を言いながらポンポン叩き、最後に本屋ちゃんに今回の講義の評価をいただく

 

しかし、何だか俺の話を聞いていた本屋ちゃんは少し驚いたような表情をすると、なんだか優しそうな顔に変わって、そのまま周りにいたメンバーに視線が移っていく

ふと唯の顔を見ると、こちらも何だか嬉しそうな顔に変わり、えへへ~と笑顔を浮かべていた

 

「わからないー」

「もっとよく説明するにゃ」

「あ?ああ、もういいもういい。こっからは自分で勉強しろ、な?はい、続き続き」

 

微妙な空気になったので、俺はそれを誤魔化すように立ち上がってそう言うと、周りは意外と素直に作業に戻っていく

さっきと違いお互いに何だか変な緊張が解けたように笑いながら、車を洗うメンバーたち

 

「···そうですね、この本なんか車について詳しく書いてあったのでオススメで···」

 

本屋ちゃんに至っては隣で作業していた千枝に聞かれて車の本をオススメしていた

なんだ、知ってたんなら言ってくれてもよかったのに

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