てっきりみんな戻ったのかと思ったら、
ガラスの外から声が聞こえる
見下ろしてみるとみんながバスを囲んでいた
西に沈む夕日に照らされながら、
少し騒がしくも楽しそうにしている
ルーチンワークのように車を洗いながら
「あれ何やってんだろ、洗車?」
ガソリンスタンドにでも行ってやってもらえばいいのに、と隣で同じように窓から下を覗いているりあむちゃんが呟く
零次君に色々と言われてるみたいだけど、何だかみんな楽しそうだ
会社に勤めると、自分が色々と変わっていってしまうことがある
最初は意欲に溢れていたのに、それが段々と流されるだけになって、最後は完全に自分がなくなりただの歯車になる
ダメになったら変えればいい
仕事のことばかり考えて、話しかけられると愛想笑いが自然と浮かぶようになる
みんなには、そうはなってほしくなかった
「あ、三船さん。お疲れ様デス」
「お疲れ様です!」
レッスン室から出ていこうとした私に、彼女たちが声を掛ける
私たちの仲間になるかもしれない新人の二人、その姿は昔、私が人生で初めて会社というものに入ろうとしていた姿に似ていた
そんな二人に私は荷物を片手に持ち、扉に手を掛けながら、その言葉に笑顔でお疲れ様と返事を返した
そのまま廊下を進んでエレベーターへと乗り込み、一階のボタンを押す
みんな最近はライブの準備で忙しくて、会社では少しピリピリしていたからあんな風に純粋に笑いながらいるのを見たのは久しぶり
何が彼女たちを変えたのだろう?
最初からそれが疑問だった、彼の何処に魅力を感じたのだろうか?
送迎ではお世話になるが、そこまで絡んだことがない
どちらかといえば、彼の上司である美空さんや雛子さんとの絡みが多い
二人して''子どもっぽい''と彼を評価していた
確かに普段は子どもたちのお世話をしたり、からかわれたりすることが多いようだ
他にも、ご飯を食べに行ったり遊びに行ったり、若い子たちにも慕われていて、それは仕事上の付き合いというよりは仲のいいお兄さんというように見える
その''子どもっぽい''一面があるから、気持ち的に対等に何でも話せるのかな
私にも昔そんな人がいたら、人生が変わっていたのかもしれない
そんな事を考えているうちに、エレベーターが一階へと到着する
すぐ横にある出入り口から外を見ると、丁度バスのこちら側を零次君が洗っていた
水を出す洗車用のノズルとブラシ、そしてバケツを側に置いて大きなタイヤを磨いている
私は恐る恐る近づいて零次君を眺めていると、それに気づいた彼がこちらに振り向いた
「お疲れ様っす」
「あ、お疲れ様です···。洗車···ですか?」
「ええ、随分と年季の入ったものをあてがわれまして。みてくれだけでもよくしておかないとって。···はい、どうぞ」
「···へ?」
「···?手伝ってくれるんですよね?」
「あ、あぁ···はい。まぁ···」
断るわけにもいかず、私は一旦荷物を置いて、零次君に渡された洗車ガンを浮けとり、言われた通りにその大きなタイヤへと近づく
「この、ここですね。ホイールのこのあたりにちょっとかけてください」
「こ、ここですか?」
「あ、はい。そうです。ちょっとギュッと握ったら出るんで。ああ、もうちょい近づいたほうがいいっすよ」
その瞬間、弱く握っていた筈のトリガーが思ったより強く押ささってしまい、一気に水が吹き出てしまった
それがホイールに勢いよく当たり、跳ね返った水が零次君に当たってしまう
「す、すいませっ···!」
とっさに顔を腕で覆って身を引いた零次君に慌てて謝ると、零次君は何も言わず元と同じようにブラシでホイールを磨き始めた
「ここと、ここらへんお願いします」
「は、はい。わかりました」
私はその場にしゃがみこんで、同じようにブラシを手に取り擦っていると、反対側から彼女たちの話し声が聞こえる
「···あの」
「はい」
対照的に、こちらは沈黙が続いたので思わず話しかけた
話しかけたのはいいが、どうしよう、内容が思い付かない
何をやっているんだ私は
ちょっとの沈黙、私はとりあえず思い付いたまま話すしかなかった
「零次君は、どうして彼女たちにそんなに世話を焼いてくれるんですか?家族というわけでもないのに···」
とっさに思い付いたのがそれだった
それこそ家に遊びに行ったり、ご飯に連れていってくれたり、何かとお世話になることが多い
私もガレージにお邪魔したりすることもあるし、単純に疑問だった
よく喧嘩をしているのも目にするし、ホントは厄介に思ってるんじゃないかと
「···。お世話···とはちょっと違うかもしれないです」
「違う?」
「あいつらは···、何ていうか···そうすっね、いやあいつらですね、いつの間にか電気代払ってくれてたり、光熱費とか、水道代とか、飯作ってくれたり、風呂沸かしてくれたり、掃除したり、後は···くだらない話をしたりとか···」
「は···はぁ」
ホイールを磨きながら、零次君は話を続ける
「そういうことをしてると思うんです、家に帰って、家族がいたらこんな感じなのかなって」
「家族···ですか?」
「しばらく会ってないんで」
「あ、なるほど···」
そういえば私も、しばらく帰ってないような気がする
この仕事に就いてから、お休みなんていつ取れるかわからないし、地元に帰るなんて考えたこともなかった
運が良ければロケか何かで帰れるかな、とか考えるくらいだ
以前の仕事の時も···
「で、三船さんは?」
「···私、ですか?」
唐突に言われたので少し驚いてしまった
「いや、何で''アイドル三船さん''なのかなーて」
「···そうですよね、''アイドル''ってイメージないですよね、私」
「いやそこまで言ってないですけど···」
何だか少しバツが悪そうな表情になる零次君に、私は少しずつ話し始めた
会社、同僚、仕事、上下関係、人付き合い、そして歯車
折れたヒールに、プロデューサーさん
今まで何回この言葉を繰り返したのだろう
いまだにクローゼットにしまってある制服を見るとあの頃の思い出が甦る
その頃は想像も出来なかっただろう、今の自分がその時とは真逆のきらびやかな衣装を身に纏っているだなんて
「ふーん、歯車ねぇ···」
話を聞いた零次君は一瞬手を止めると、一言そう呟いてまたホイールを磨き始めた
「三船さん、何で車って曲がるか知ってます?」
「それは···ハンドルを回すから?」
「何でハンドルを回すと車って曲がるんでしょう?」
「それは···何でなんでしょうか···」
そう言いながら私は、ははは···と苦笑いを浮かべると、零次君はタイヤ前側の内側を指差した
私は言われるがままにそこを覗いてみると、そこには一本の棒がタイヤが付いている付け根の部分に刺さっていて、それが同じように反対にも車の下を横切るように伸びている
「この棒がハンドルを回すと、この真ん中らへんにくっついてるギアボックスが中で動いてこの棒を左右に動かすからタイヤがそれに合わせて動くんです。だから舵を切ることができるんです」
「あぁ、そうなんですか」
知らなかった、そんな作りになってるんですね
「それでこのギアボックスが、中でたくさんの歯車が組み合わさって出来てるんです。一つでも欠けてしまったらハンドルなんて切れなくなるんです。一見大丈夫そうに見えても、中は全然大丈夫じゃないんです。車本体の舵取りには、絶対必要なものなんです」
「車そのものの···」
「だから、きっと三船さんのやってきたことは間違いではないと思います。三船さんがいなくなって絶対困ったと俺は思う。ギアボックスを分解して中の歯車を取り替えて動くようにするなんて相当時間が掛かります。それと同じです、だって''歯車''なんでしょ?」
「···」
「舵を切ろうとしてもタイヤが動かない、変なチェックランプが点いて上司···じゃないやドライバーに伝わる、分解してちゃんと動いて仕事を出来るようにする、それだけで大変なことなんです」
「···うん」
「だから俺は、もっと胸を張っていいと思います。外から見ても何やってるかなんて他人にはわからないんだから。···なんつって」
彼は、最後に今まで言ったことを誤魔化すように一瞬笑うと洗車ガンを手に取った
···驚いた
そんなことを今まで言ってくれる人なんていなかった
会社も最後はあっさり辞めて、送別会もただ他の人とまとめられて行って、最後の挨拶も聞いているんだか聞いていないんだか、言い終わった後に頭を下げたのは覚えてる
陰口の言い合いで、見た目で得してるなんて言われて、上司に普通に接していただけなのにポイント稼ぎとか、褒められたことなんてなくて、仕事は大変で、でもこんな私だから誰にも相談できなくて
でも、胸を張っていいって
そんなの言われたことなかった
あぁ··························あー············はぁ、あ················ぼやける
視界が······みるみるうちに、左上、右上、ぼやけが下まで侵食していく
私がやっていたことは、間違いでは······なかったんだ
「ヒャッ!」
次の瞬間、私は叫び声を上げていた
いきなり顔面あたりに何か冷たいものが飛びかかってきた
思わず顔を伏せて両手を顔にあてる
「あ、''すいませっ''」
わざとらしくそう言った彼は、それに続いてハッハッハと小さく笑う
顔を上げてみると、洗車ガンをこちらに向けて構えていた零次君がいた
私はその顔面にかかった水を拭き取るのに紛れて''それ''も一緒に手で拭き取ると、わざとらしく頬を膨らませて、手に拳を作り大きく振り上げた
そしてゆっくりとその拳を上から下ろすと、零次君の頭にコツンと置く
「ごめんなさいっす、三船パイセン」
「···許してあげる」
「水に流してくれると思ったんですけど」
「これは流してあげない」
私も大概子どもっぽいかも
何だか流されるのが嫌で反発したくなった
「もう···、彼女たちには、優しくしてあげてね」
「いや、これでも優しくしてあげt」
次の瞬間、今度は彼の上から水が降ってきた
頭がびしょ濡れになるのと同時に反対側から聞こえてきたみんなの楽しそうな声に零次君は立ち上がる
「あんっっっのやろっ···!」
すると洗車ガンを持ったまま、零次君は反対側にまわっていくのだった
「おいっ!誰がやりやがったこの野郎!真面目にやれっつったろうがっ!おいおい!やめろ!こっち向けるな!みくおまっ···!冷っってぇ!」
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「···やっぱ仲悪いんじゃないのあれ?」
一緒に覗いていたりあむサンがそう言った
あのお兄さんが洗車用のガンを持ったまま、アイドルのメンバーを追いかけまわすのだが、逆に水をかけられたりと大はしゃぎになっていた
「おっ疲れー!···何あれ?」
「お疲れんごー···、何あれ?」
「お肌ツヤツヤ、凪の新鮮度200%アップ。肌荒れなし、346プロエステ、恐るべし。」
自分の隣に来た二人が同じような反応をしながら下を覗く
凪ちゃんは入るや否や壁際の大きな鏡で自分の肌を観察し始めたが
「喧嘩?」
「···たぶん、そうだとは思いマス」
颯ちゃんの問いかけにそう答えたが、正直わからない
でも、何となくみんな仲良さそうなのはわかった