「「ご馳走様でした!」」
「・・・ご馳走様でした」
二人と同じように目の前で手を合わせる
食事中も二人から、趣味だとか好きな物、お気に入りのアイドルはいるのかなど根掘り葉掘り聞かれ、その答えに詰まるなど久しぶりに楽しかった昼食だった
十時さんのサンドイッチとパンケーキを交換したりと、学生時代に経験していればさぞ嬉しかったであろう体験ができたので、少し複雑な気持ちになった
「菜々ちゃん!お会計おねがーい!」
今は食器を持ってカウンターに行き、店内のスタッフにお礼を言われて食器を返却した後、レジで会計を行なっている
昼休みも終わりに近づき、客足もまばらになっていた
「はいはーい!ええと、サンドイッチと・・・」
ウサミンさんが手慣れた動作でレジに打ち込み合計を出した
しかし、パンケーキ一食分が含まれていない
「あの、ウサミンさん。これ会計間違ってませんか?一食分抜けてますよ?」
「パンケーキは、菜々からのサービスってことで!」
キャハっ!とまたポーズを決めるウサミンさん
「ずるーい!」と川島さんや十時さんからブーイングが入る中、俺は一言お礼を言い、三人は店を後にした
ーーーーーーーーーー
「少なからず、みんなあなたに感謝してるのね」
「・・・逆に申し訳ないです」
「お兄さんモテモテですね、なんか羨ましい」
本館に向かう渡り廊下を歩きながら、川島さんと十時さんにからかわれていた
二人もそうだが、KBYDやウサミンさんも含めて、基本いい人たちばかりなんだと改めて感じることができた
そんなことを考えていると、いつの間にか本館の大きな階段の前まで到着していた
「私たちはこれから仕事だからここでお別れね。今日は本当にありがとう。また、会いましょう」
「私も今日は楽しかったです!男の人をナンパするのって初めてだったから、少しドキドキしちゃった・・・」
そう言って腕を後ろに組んで、恥ずかしそうに俯く十時さん
それを見ていた川島さんが、はっとした表情を浮かべて言う
「い、いや〜ん!瑞樹もチョードキドキしちゃった!もう、チョベリグー!って感じで〜!」
体を少し捻り、両手を顔に当てて恥ずかしがる仕草を見せる川島さんを俺はポカーンとした表情で見つめ、十時さんはというとチョベリグーという奇々怪々な呪文に頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた
この人中々面白い人なんじゃないか
川島さんは大きく深呼吸すると
「さ、愛梨ちゃん。仕事の準備しに行きましょうか」
「え?瑞樹さん?あ、じゃあねー!お兄さん!み、瑞樹さん。そ、そんなに引っ張らなくても大丈夫ですよ〜」
十時さんの手を引き、中央の階段をスタスタと登っていってしまった
その後ろ姿はさながら、覚悟を決めレースカーに乗り込むドライバーそのものの雰囲気を醸し出していた
二人を見送ったあと、俺も出入り口へと向かう
途中でフロントの女性と目が合い、軽く頭を下げた
「あ、兄さん悪いね!」
声のした方に顔を向けると、KBYDのプロデューサーが鞄を抱えて慌ただしく入ってくる
「もう終わったんだね。今荷物を置いたらすぐに車取ってくるから」
鞄を手に下げて、少し息を切らしながらプロデューサーはそう言う
「いえ、そんなに工場から離れてないですし、歩いて帰ります」
「そうか?じゃ気をつけて帰ってね。今日は本当にありがとう!」
プロデューサーはまた鞄を抱え、オフィスビルの方向に慌ただしく走っていった
壁に掛けられていた大時計がもうそろそろ1時になろうとしている
俺は出入り口に向きを変え、工場に向かって歩き出した
出入り口から出ると、昼の時とは打って変わり、車が数台行き交い、さっきよりも多くの社員達が書類やパソコンを持ち出入り口を行き来している
その横を俺は申し訳なく、書類を持って通り過ぎる
正門から出る直前何気なく振り返り、他のビルより小さい8階建てくらいの一室を見ると、幸子ちゃんがジャージを来て窓側に寄り掛かり、他のメンバーと談笑しているのが見えた
レッスン?と言っていたので、おそらく準備して待っているのだと思う
ふと、幸子ちゃんが外に視線を動かし、俺と偶然目が合った
あちらも驚いたのか、少し顔を後ろに引くと遠慮がちに手を振ってくれた
それに俺も手を上げて答え、正門から出る
振り向きざまにその窓に他の女の子が何人か寄ってきたが、恥ずかしかったので足早に美城プロダクションを後にした
ーーーーーーーーーー
工場への帰路につくと、俺は様々な事に思いを馳せてぼーっとしながら歩道を歩いていた
専務の話、千川さんの話、そしてアイドル達
この約1時間で色々なことがありすぎて、頭の処理が追いついていなかった
みんな口を揃えて言っていたのは、''一緒に仕事ができる日を楽しみにしている''というセリフだ
川島さんが言っていた''新しい何か''とは一体何なのか
経験からくる言葉だったのか・・・
''私についてきてみないか?''
''私についてこない?''
昼過ぎの忙しない車の音たちに、考える暇もなく思考がかき消されていく
・・・会社のみんなにどうやって説明しよう
そうトボトボ歩いていると、車のエンジン音が後ろから通り過ぎることなく、俺の歩いている歩道ピッタリに止まった
右を向くと、ハザードを点灯させ助手席の窓を開けてミニバンが一台止まっていた
「おい」
中から聞き慣れた声がする
「ひな先輩?」
よく見てみると、運転席の辺りにクリーム色の髪の毛がちょこんと見えていた
「そこで何してる」
「あ、いや、別に。今事務所に戻ってる途中です」
俺は無意識に手に持っていた書類を胸に当て、極力悩んでいたことを気づかれないようにそう答えた
ひな先輩は俺が持っている書類をじっと見る
「・・・よし、乗れ」
「え、でもこれお客様の車じゃ・・・」
「異音確認の試乗も兼ねての車取りだ、お前も手伝え」
そう言われ、助手席に乗るように促される
助手席を開け、ひな先輩の鋭い視線を受けながら、俺はシートベルトを締める
車のナビの時計を見ると、すでに1時半を回っていた
ーーーーーーーーーー
しばらくして、会社の預かり車用駐車場に車を止める
「エンドだな」
「はい、おそらく」
ひな先輩と言葉を交わし、そのままひな先輩はエンジンを切る
お客様の車情報が書かれた紙にメーターの走行距離をメモすると、二人同時に車から降りる
駐車場には他にお客様の車もなく、社員駐車場に社長の車も止まってることから、みんな会社にいるようだ
「そういえばどうやってお客様のところに?」
「私のT30なげてきたの」
そう言って事務所の扉を開けて中に入る
一人で車を取りに行く時はそういうことが多い
代わりの車に乗り、その車を置いてくるかわりに、お客様の車に乗って帰ってくるのだ
「まぁ、それにしても・・・仕事がない」
「この時期なら仕方ないですよ」
席について上着を脱ぎ、駐車場を見ながらひな先輩がそう呟く
車業界は2、3月が繁忙期で、そこを過ぎると徐々に暇な月となってくる
俺も席につき、パソコンの予約を確認しても、今日の仕事は取ってきた車でほぼほぼ終わりのようだ
「あら、ひなちゃんお帰り〜」
「ん、ただいま」
「遅くなってすいません」
工場から姉さんが書類を持って入ってくる
「あれ?レイジ君じゃん。どうやって帰ってきたん?」
「私がたるき亭の前で拾ったの」
「あ、今度また飲みに行こうよ!今日はよかったの?隣のゲーセン行かなくて。王冠を取り返すとかどうのこうのは?」
「仕事中に行かんわ。ネメかおりに借り返すのはまた今度」
「なーんだ。あ、それよりも!」
空いてる席に座り、姉さんがワクワクしながら俺に尋ねてくる
「ねぇねぇどうだったどうだった?アイドルに会えた?何のお話だったのさ!」
「いや、それが・・・」
ひな先輩はそんな姉さんを横目に、さっき取ってきた車の情報をパソコンに打ち込み、オーダーを作成していた
「姉さん、デリカ持ってきたから先工場入れて上げて見て。前からコトコト音だけど多分エンド。オーダーは後から持ってくから」
プリンターに印刷用の紙を差し込みながら、ひな先輩が言った
「え〜、後で面白い話沢山きかせてよ〜」
ふー、と息を吐きながら姉さんは外に車を取りに行く
ひな先輩はというと、プリンターの印刷音をBGMにパソコンに向かい続けていた
「あのまま話してたら、またこの前みたいになるからやめとけ」
「・・・そうですね」
「で、何だそれは」
キーボードを打つ手を止め、俺のデスクの上にあるファイルを指差して尋ねてきた
「今日会った相手側の専務から頂きました。実際に見ていただいた方がいいかもしれません」
そう言ってファイルをひな先輩に渡す
すぐさま書類を出し、腕を組んで確認し始めた
「・・・で、お前は何て答えた?」
「俺ですか?」
ガラガラと姉さんが工場のシャッターを開ける音を聞き流しながら、ひな先輩は顔を少しこちらに向け尋ねる
俺はそんなひな先輩から顔を逸らして答えた
「俺個人の誘いはお断りしました」
「あっちの方が待遇いいのに?」
パソコンの横に置いてあるお菓子を一つつまみ、ひな先輩は再び尋ねる
「姉さんやひな先輩と仕事するの、結構好きなんで」
そう答えると一瞬沈黙した後、少し驚いた表情をして書類をデスクに投げ出し、「なんだよそれ」と少し笑いながら、椅子に乗ったままこちらに近づきお菓子を俺の顔の前に持ってくる
「ほらほら、お前のだーい好きな優しいお姉さんがお菓子を一つ分けてしんぜよう。ほらあーんしろ、あーん」
とクスクス笑いながら俺を見上げるひな先輩。目の前に差し出されたお菓子を俺は顔を動かして回避するが、それを追って口の前に持ってくる
「もう何なんですか、ん、もう。あむ・・・」
しょうがなく口に加えたお菓子をモグモグ食べてる様子を、ひな先輩は机に戻り肘をつきまるで悪戯っ子のように笑いながら見ていた
「でも、どうしましょうかね?これ」
「まぁとりあえず、これは私だけでもどうにもならん」
食べ終わると、ひな先輩は立ち上がって社長室の扉を開けて社長に一言言った
「社長。今日仕事終わりに職懇やります」