小道から敷地に入り車を停める
小型車の隣にぶつけないように慎重に
二階建ての小綺麗な新築のような一軒家
かなり新しい、最近建てたのかもしれない
言われた通りの所で止まり、エンジンを切る
手ぶらで本当によかったのだろうか
お菓子の一つでも持ってくればよかった
くまなく探したが、車内にはそんな物はない
「ん、んー···。零次さん、ありがとうございます」
千枝は後部座席から外へと降りると、手提げの小さなバッグを片手に腕を大きく上に上げて伸びていた
「いや、いい。···でも、近くで見ると新築みたいだな。今さらだけど」
「零次さん、いつも道路に停めて私を降ろすだけですもんね。私がこっちに来るときに建てたんです」
「だったら新築じゃんか」
「中に入ったらまだ新しい匂いがしますよ。あ、こっちです。こっち」
俺は千枝に連れられて、言われるがままにその後ろをついていく
夕暮れ時、赤い日差しがその家を照らし出し、大きなガラスに反射した光が芝生の庭てらしていた
家に近づいていくにつれて、壁に掛けられている換気口から美味しそうな匂いが漂う
「っていうか、広いな家」
「そうですか?引っ越す前はマンションに住んでいたから、あまり基準がわからなくて」
いや、都内の土地買って住むんだったらこれは中々な規模だぞ
車停めたのだってアスファルトの屋根付きの車庫だし、俺の車を含めて余裕で三台は停められるスペースだし
洗車できるように蛇口まで延びてる
そこから、家の門へ続く道と玄関へ続く道はおしゃれなタイルで繋がっていて、それを挟んで反対側に広い庭が広がっていた
「···やっぱり、何か気が引けるわ」
「もうっ、それ何回目ですかっ?ママもいいって言ってたし、私もいいからいいんですっ」
少し不機嫌そうに両頬をぷくっとさせた千枝は、自分よりもトロトロ歩いていた俺の手を取って引っ張り、グイグイと玄関の扉の前まで引っ張っていく
そして懐から鍵を取り出すと、そのまま鍵を開けて玄関の中へと俺を引っ張り込むのだった
「ただいまー。ママー?ママー」
後ろで扉が閉まる
それと同時に奥の、おそらくリビングから綺麗な声で返事が返り、千枝によく似た綺麗な女性がエプロン姿でスタスタと若干駆け足になりながらも、可愛らしく走りながら玄関へとやってきた
「おかえりなさい千枝。あらあら、零次さん。いらっしゃい」
俺と目が合うと、途端に笑顔になって少しだけ頭を下げる千枝ママ
笑ったときの目元、そしてニコッとした表情のまま、唇が少し開いて若干顔が斜めに傾くところなど本当に千枝にそっくりだった
「ああ、どうもお久しぶりです。すみません突然」
「いいんですいいんです。久しぶりのお客さんで私も嬉しくて。どうぞどうぞ上がってください。少し散らかってるかもしれないですけど、ごめんなさいね」
「いやいや全然ですよ。むしろ片付けすぎじゃないかと思うくらいです」
千枝よりも全然短いサラサラで綺麗な黒いショートカットなヘアスタイル
前髪は邪魔にならないように7:3くらいに分けて少しおでこが見える
これなら家事をするときに邪魔にならないだろう
体型もスラッとしていて、女性としての起伏もハッキリ見えてモデルのようだった
「じゃあ私、自分の部屋に荷物置いてくるから、零次さん先に行っててね」
「ああ、わかった。すみません、お邪魔します」
「どうぞどうぞ、狭いところですが」
そんなことは断じてなかった
千枝の言う通り、新築のあの木材のような透き通る清々しい匂いが包み込み、玄関横の小物置き用の棚や、千枝が今駆け上がっていった入ってすぐ廊下の右側にある階段は木目調でシックなイメージでとても上品
壁は白に統一されてとても清潔感があるし、何より廊下が広くて解放感が半端ない
今の俺の部屋に比べたら全然優良物件だった
凄いな、廊下の電灯が天井からぶら下がってるんじゃなくて壁に備え付けられてる
まるで高級ホテルみたいな作りだ
「適当に座って待っていてくださいね。上着は···ソファーの上にでも置いておいてください」
「いやいやいいですいいです!床にでも置いておくんでっ」
そう言って遠慮する俺に''すみませんね''と申し訳なさそうに頭をペコッと下げたあとにキッチンに向き合う千枝ママ
俺は言った通りに自分の上着をソファーの横の床に置いておくが、それすらも躊躇うほどに綺麗に整頓された室内だった
家具も綺麗に白に統一されていて清潔感に溢れているし、テレビ台やテーブルの上なんてほこりの一つもない
壁際にテレビが台の上に乗せられて設置されて一つと、その前に下が透けて見えるガラスのこれまたオシャレなテーブルがあり、その回りをコの字に囲むように二人掛けの白いソファーが設置されている
その下にはモコモコとした質感が特徴的な絨毯がその一角だけに敷き詰められ、部屋全体ではなくここの区画に絞り込むことにより元々の木のフローリングと合わせて見せることでより解放感がアピールされていた
っていうかこんな高そうな絨毯の上に上着を置くのはよそう、ソファーの後ろのフローリングの部分でいいや
とにかく、普段の手入れが行き届いている綺麗なリビングだった
「もう少しで出来るので、ちょっと待っててくださいね。千枝ももう降りてくると思うので」
料理はもう完成したのか、千枝ママがリビングにある食卓に食器を並べながら俺にそう言う
「いやいや、ゆっくりでいいですよ全然全然」
口ではそう言うが、体は空気を読んでくれないのかキッチンから漂ってくる美味しそうな匂いに連れられて俺の腹が情けなく音を立てた
「あらあら。なるべく、急ぎますね。ふふふっ」
「···はい」
そんな俺を見て、口元に手を当ててクスクス笑う千枝ママに俺は若干顔を伏せながら消え入りそうな声で返事をして頷く
そんな姿が面白かったのか、千枝ママは時折小さく笑いながら意気揚々と食卓での準備を進めていた
何だか凄い恥ずかしかった
「零次さん、今日は何もご予定はなかったんですか?千枝がいきなり誘ったようなものだったので」
「俺ですか?夜なんて何も予定無いんで全く問題ないですよ本当。ええ、全く」
「あら、そうなんですか?いつも千枝を降ろしたらすぐに帰っていってしまいますし、てっきり···恋人でもいるのかな~って勝手に思ってたりしていました。ごめんなさいねこんな話」
「いないですいないです。寂しく一人暮らしですよ。最近になってですかね、周りに人が増えたのは」
「あ、やっぱりそうなんですね。千枝がよく零次さんの話をするものですから···。あ、これ言ったら千枝に怒られちゃう」
''いけない、いけないわ''と呟きながら、口元に両手の指を当てながらわざとらしくお茶目に左右に頭をフリフリと振る仕草は何だか可愛らしく、この母にしてあの娘ありとつい思ってしまった
「お待たせしましたー···どうしたの?ママ?」
千枝ママが口元に指を当てたまま、チラッと目線だけがリビングの入り口に立つ千枝に向いた
「いけないいけない、いけないわ」
と、再度頭を左右に振ると、ササッとキッチンの中へと入っていく千枝ママ
そんな様子を見た千枝の表情が段々と何ともいえないしかめっ面に変わっていき、その目線の矛先が千枝ママではなく俺へと向いていく
「ねぇ、零次さん。ママ、何か変なこと言いました?」
可愛らしい部屋着に着替えた千枝がスタスタとリビングに入ってくると、そのままの速度で俺が座っている隣に腰を降ろして、ズイッと迫ってくる
そんな千枝に俺は若干離れるように身を引く
「···別に、何も」
「ほんとーにぃ?」
そうやって首を少し傾けるところなんか本当に親子そっくり
「···あんまし変なことママに言わんといてくれよ」
「あぁ!やっぱり何か言ったんですね!もうっ、ママ!」
何か心当たりがあるのか、ぷくっと頬を膨れさせてママに抗議する千枝だった
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肉、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん
それらがカレーのルーを身に纏い、皿の上でより魅力的なオーラを放つ
適温に温められているおかげで湯気と共に先程から香っていた美味しそうな匂いが目の前で食欲をそそりにそそりまくっていた
「いやー、最高っすね」
「ふふふっ、もう零次さんったら。まだ食べてないじゃないですか。お粗末なもので申し訳ないです」
「いや、これはもうこの時点で最高だってわかりますよ。間違いない」
「お待たせしました。はい、お水です。ママと、零次さん」
食卓で向かい合って座っていると、俺と千枝ママの前に可愛らしいプラスチックのコップに入れられた水が置かれる
「じゃあ、いただきましょうか」
「よいしょっと。はい、いただきます」
「いただきます!」
俺の隣に座った千枝の号令に合わせて、夕食が始まった
「んんっ!やっぱり間違いなかった。最高ですわ、お母さん料理上手いっす」
「そんなもう、零次さんお上手ですね。誰でも作れますからふふふっ」
「ママのカレーは我が家の自慢なんです!」
俺のやり取りを見て千枝が得意気にそう言う
適度に調理された具材がルーとまざりあい
ルーも水っぽくなりすぎず、かといって固くもない絶妙な感じでとても食べやすい
各家庭でカレーの味はそれぞれ違うと聞いたことがあるが、これはとても俺好みだった
ひな先輩の料理もおいしくてもちろん好きだが、これはこれでとてもいい
これが母の味と言うやつか
「でも、すみませんなんか。旦那さんも居ないのにこんな夕食までご馳走になって」
「いいんですよ。主人もよろしく伝えてほしいと言っていました。普段千枝がお世話になっているのに直接挨拶できず申し訳ないと言っていて」
「いやいや、俺のほうが申し訳ないですよ。こんなつもりなかったのに」
「あ、また零次さん。私が誘ったからいいじゃないって言ったのに」
今日この機会を設けてもらえたのは千枝のおかげだった
千枝のロケの終了後、俺がチラッと今夜の晩飯は何にしようとぼやいていると、千枝が声を掛けてきたのだった
今日は珍しく誰も家に来ない、だから晩飯は何にしようかと千枝に相談したところ、それならと現在に至る
「いやー、このサラダも最高です。一人じゃ中々ここまで作らないですから」
「一人暮らしでしたっけ?大変ですね。千枝も前にお世話になって」
「全然ですよ、よく人は来るので。普段は職場の同僚と会社の寮···的な場所で暮らしてるんですが、最近は自分のアパートにも帰るようになりましたね。なにぶん訪問者が増えたので」
「ふふふっ、千枝からよくお話を伺ってます。モテモテですね零次さん、ふふふっ」
そう言ってクスクス笑う千枝ママだった
千枝、一体どこまで話しているのか