お洒落な衣装に身を包み、座って合図を待つ
冷風が頬を撫でる橋の下、台本を片手に
残りの撮影のスケジュールを確認する
まずはラストシーンの一つ前
私と主人公の俳優さんとの会話のシーン
立派なこの橋の上での密会の場面だ
街灯の下に立つのは、夜のシーンとの対比
「す、すみません。遅くなりました。琴歌さん、おはようございます···!」
外に設置された仮設テントの中から出てきたのは、妹役の智絵里さん
私と同じ、スタッフが用意してくれた暖かい上着を身に纏い、目の前で可愛らしく頭を下げていた
衣装がミニスカートなのか、太ももから下が見えてしまっていて、6月といえど少し寒そうだ
「おはようございます、智絵里さん。大丈夫ですわ。まだ撮影は始まっていませんし、私だって、ついさっき着いたばかりです」
「あ、そうだったんですね。よかった···朝の情報番組の生放送が予想以上に長引いてしまって···」
「零次様のお車の中で拝見しましたわ。とてもよくドラマの紹介をしていただいて、私、何だか見ていて自分が恥ずかしくなってしまいましたもの。あんなに智絵里さんに褒められてしまっては···」
「いえっ!あの、琴歌さんは本当にとっても素敵ですからっ···!」
そのまま立ち話も申し訳なかったので、智絵里さんに私のとなりの椅子に座るように促すと、ペコペコと可愛らしく小刻みに頭を下げながらゆっくりと椅子へと腰を下ろした
椅子が少し冷たかったのか、座った瞬間体が一瞬跳ねてプルプルと身震いする
少し寒いですものね、と智絵里さんに声を掛けると、恥ずかしそうにはにかみながら持っていた台本で口元を隠し、またペコッとお辞儀をする
本当にこんな妹がいたらどんなに可愛らしいのでしょう
「はい、智絵里ちゃん。毛布どうぞ、寒いでしょ?」
「あ、すみません。ありがとうございます···!」
「女の子が下半身を冷やしちゃダメだからね。琴歌ちゃん、おはよう。今日もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
後ろから掛けられた爽やかな男性の言葉に、私も丁寧にお辞儀をして返す
こんなときに咄嗟にそういう行動がとれるあたり、家柄に感謝している
私に続いて、智絵里さんもまた同じように頭を下げるのだった
相手のその俳優さんは私よりも全然年上なのに、それを感じさせない程に若く見える
メイクのせいもあるだろうが、その端正な顔立ちに整った髪型
私と並んでカメラに映っても違和感を感じさせない若々しさはまさしく俳優と呼べるものだった
その中での年の差という弊害がドラマの中での一つのスパイスとなっており、奥様方に人気がある理由らしい
「それにしても寒いね、本当に6月なのかな」
「今日から徐々に暖かくなっていくらしいですわ。ラストシーンになる頃には、丁度よいお天気になるみたいで···」
その俳優さんは両手を合わせてすりすりと交互に擦りながら寒そうに息を吐く
かく言う私も、スタッフから貰った上着に身を包みながらも、この季節外れの冷風に少し身を凍えさせるのだった
「あ、そうですね。琴歌さんの言う通り、朝のお天気のコーナーでも同じことをわぁ···」
そんな智絵里さんの驚く声と同時に、私が太ももの上に置いていた自分の両手が何か温かいものに包まれた
智絵里さんから顔を戻して前を見ると、その俳優さんが私の前にしゃがみこんで、私の両手を握ってくれていた
なんて紳士な方なのでしょう、きっと彼も寒い筈なのに
「うわっ、本当に冷たいね。待ってよ、確かスタッフのテントにカイロか何か···」
「私は大丈夫です。それでしたら智絵里さんに···」
「私も本当に大丈夫です···!大丈夫ですので!お気遣いなく!」
「···そう?まぁ、本人たちがそう言うなら···」
「ええ、本当に大丈夫ですわ」
私は笑顔でそう答えると、彼から手を引き抜こうとする
しかしそれとは逆に、彼は私の手をギュッと握りしめてくるのだった
私がポカンと彼を見つめると、彼は鋭い眼差しで私の目を見つめる
「本当に何かあったら言うんだよ。それじゃ、俺は打ち合わせに行くからね」
「···はい、ありがとうございます」
彼はそれだけ言うと、ゆっくりと私の両手から手を離して立ち上がり、川沿いで準備作業をしていたスタッフの元へと歩いていく
私は自分の両手を見つめ、手を結んでは開き、残った彼の温もりを感じていると、それを隣からボーッと眺めていた智絵里さんに気づくのだった
「···智絵里さん?」
「あっ!す、すみません···」
何だかほんのりと頬を赤く染めている智絵里さんが、慌てて私から顔を背けて前を向いた
しかしながらやはり気になるのか、私の方をチラチラと見て、何かを言いたそうにしていた
「···大丈夫ですわ。慣れていますから」
「慣れている···ですか?」
私の返答に、頭を傾げる智絵里さん
聞きようによっては、少しはしたなく感じてしまうかもしれませんね
これも家柄、こういった集まりの際に男性と向き合うと、こういう仕草をされることは決して珍しくなかった
外国の方々などはよくあって、そのままダンスのパートナーにされることもある
それが礼儀、当たり前の作法だと私はつい最近まで思い込んでいたのだから、人間とは恐ろしい
小さい頃からずっとそう。子供の頃は、それこそみんな私を可愛がるように、お父様の目の前で、握るというよりは軽く握手をするくらいの可愛いものだったが、私が年齢を重ねていくにつれ、その私を見る瞳の奥から感じ取れる異様な感情
そんなものが何となくわかるようになっていた
私への西園寺家のご令嬢としての態度はもちろん、私の背後にある権力と財産、そしてそれを手に入れんとする策略、競争心
そして···それを手に入れる手段の一つである、私の中に見える''女''の部分の支配
男性には、私の身体はそれなりに魅力的に見えるようで、自分でもそれは何となく感じていた
私を見つめる視線が、ところどころ、頭から順番に体の特定の部位に移り変わっていくなんてことも何度もあった
しかし、そんなはしたないことを考えているなんて悟られたくなかった。相手に対してもあまりにも失礼である
だから私は、それは自分の中だけに生まれた歪んだ感情だと、心の中に閉じ込めた
そんなことあるはずがない
父に招待される、綺麗で、優雅で、まるでおとぎ話に出てくるような素敵なパーティーにそんな人がいるなんて
自分の中の夢を壊したくなかったのである
これは私の中だけにある闇なのだから
「あの方は、いつも私のことを気にかけてくれていて、とても親切な男性ですわ。智絵里さんも、''あの''共演者の男性と方と親しく話しているところをよく見かけますが···、今日はまだいらっしゃらないようですね?」
「そうですね···、いつもギリギリのところがあるみたいで。確かに今日はまだ姿を見てません」
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「···っ!」
「あ、失礼~、おにーさん。ごめんごめん、わざとじゃないからさ、許してよ。急いでんのごめんね。じゃっ!」
またこいつか
俺はよろけて転んだ地面から立ち上がりながら、その調子のいい言葉をかけて走り去っていく男を見つめる
膝についた土埃を払い、そのぶつかってきた相手の無駄に整った顔立ちにため息をついた
琴歌の今日の相手役、さっき琴歌たちと話していたイケメンとは別のイケメン···何だか言ってて腹が立ってくるな
劇中では琴歌との結婚を決められた許嫁役だ
そのドラマの少し真面目キャラとは違い、現実ではノリが軽い
そして、いつも俺が琴歌や智絵里、今日はいないが星花と話しているのが気にくわないのか、ちょくちょくちょっかいをかけてくる
さっきみたいにぶつかってきたり、まだ話しているのに琴歌の手を引いて俺から引き離したりと俺の事を快く思っている様子ではなさそうだ
たまにさっき琴歌と話していたイケメンの俳優が仲裁に入ってくれたりもするが、とにかくめんどくさい。年下のくせに
何が''失礼~''だまったく
そうこうしている内に、琴歌と俳優陣、そしてスタッフの一同がが橋の上へと移動を始めた。撮影が始まるようだ
俺はそれを見届けると、一瞬目が合って軽く手を振っていた琴歌にこちらも手を軽く上げて応え、その場を後にするのだった