ヘイ!タクシー!   作:4m

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ジューンプライド14

車を庭の駐車スペースへ停め、肩の力を抜く

ライトを切り、エンジンを止め、外に出た

異次元からの帰還にほっと胸を撫で下ろす

 

「楽しかったですわ零次様!私、いつかお父様のお車を見せてあげたいと思っておりましたの!」

 

助手席のドアを閉めながら、琴歌はそれはもう楽しそうでご機嫌なご様子でそれはそれは意気揚々とそう言う

そうかい、それは楽しそうで何よりだ

こんな体験二度と出来ないだろうな、社長にでもならない限り

 

そういう''社長''は俺の隣で車を停め、エンジンを十分に休ませてからゆっくりと車から降りてくる

お互いに趣向の違う''超高級車''のエンジンサウンドが止まり、このだだっ広い中庭には静寂がおとずれて、駐車場を照らす灯りがチリチリと音をたてている

海外にあるような街灯のデザインだが、これも取り寄せたのだろうか?

 

「いやいや、楽しかったよ。自分で車に乗るのもいいが、外から走っている様子を見るのもこれまた乙なものだね」

 

社長は手に持っている車の鍵をスーツのポケットにしまうと、襟を正して俺たちの前へと赴く

そんな楽しそうにしている社長を見て、琴歌は満足しているのか、嬉しそうに笑っているのだった

 

「ここはよく、仕事で行き詰まって悩んだり、リフレッシュしたいときなんかに来るんだ。世界を飛び回って色々なところに行くんだが、やはり家が落ち着く」

「···社長でも悩むことってあるんですね。西園寺グループなんてどこでも見るくらい超大手ですから、そんなことないように思っていました」

「はっはっは、そう見えるかい?私も人間だ。経営状況、利益に人材、会社の方針、見えないところで沢山の物事が動いていて、いつも頭を悩ませているよ。世界の経済情勢なんて簡単なことで変わる、それに対応して社員の信頼を得るのも私の仕事なんだ。社員は皆家族だからね、家計が苦しいからって家族を追い出す家主はいないだろう?」

 

なんて出来た人間なんだ

この社長なら社員がついていきたいと思うのも頷ける

社員の意識調査でも実施しようものなら余裕で''あなたは会社に貢献できることを満足に感じていますか?''とかの欄が80%以上''はい''で埋まりそう

 

「それに私は、単純なことが好きな性分でね。私の会社の商品も、ユーザーが日々''こんなものがあったら便利だ''とか''こんな時にこれがあったら''とか、そういう普段何気なく単純に思ったことに応えてきただけなんだ。難しいことは何もない、ただ皆が必要とした物を作ったり実施したりするだけさ」

 

社長は車のトランクを開けて何かを探しながらそう言っていた

俺の隣に来た琴歌も、お父様のこういうところが好きと言っている

自分や会社の儲けの為だけではなく、あくまで作るのはユーザーの為の商品なんだというその姿勢のおかげできっと、ユーザーだけでなく社員もついてくるのだろう

 

「さて、北崎君。せっかく中庭まで来たのだから···」

 

ゴクリ···と息を飲む

お次は何だ?

俺に一体何をやらせるつもりなんだ?

高級車を整備しろと?

それだけはお断りしよう、こんな車たち触って何かしたらタダではすまない

然るべきところへ連絡してもらうように諭さないと

 

「私と、キャッチボールをしよう」

 

そう言うのと同時にトランクから取り出したのは、ごくごくふつーの野球グローブとボール

高級な見た目でもなんでもない、使い古されたような一般的なものだった

途端に俺の頭の中でクエスチョンマークが宇宙空間の中でぐるぐる回っているようなシチュエーションが繰り広げられる

 

わからない、お金持ちの考えることってホントにわからない

てっきり俺は、この庭の造形が···とか、このテラスに置いてある家具がどうの···とかそういう展開になっていくのかと思ったらキャッチボール?

庶民的で大変親近感が湧いてありがたかったが、何かこれにも裏があるのか?

 

「やりましょう零次様!もう、是非やりましょう!ああっ、何て楽しそう!」

 

···まぁ、横にいる琴歌も手を合わせて喜んでるみたいだし、変に疑うのも悪い気がしてきた

とりあえず俺は話に乗ることにする

が、しかし、これだけはお願いした

できるだけ、なるべく、本当に車から離れたところでやりましょうと、それだけはお願いしますと頭を下げた

これならどんだけノーコンでもこの''超高級品''たちにはダメージは入らないはずだ

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「り、梨沙ちゃん。これは···どうかな?」

「···いーんじゃない?」

「じゃあじゃあ、これに合うのは···コレ?それとも···コレ?」

「···いーんじゃない?」

「梨沙ちゃんお願いだよ···もうちょっと、もうちょっとだからっ!」

「あんたねぇ···」

 

試着室のカーテンから顔と手だけを出して、その目の前の椅子に座っている梨沙に千枝は必死に拝み倒していた

しかしその相手の梨沙の顔は怒っているわけでも呆れている訳でもなく、完全に疲れきっている表情をしている

 

かれこれ夕方に仕事が終わってから夜の今の今まで、梨沙はパパのお迎えを待つ間に千枝の''お買い物''という名のデートの前準備に散々付き合わされ、デパートの中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり、かと思ったらあっちへ戻ったりと歩き回された挙げ句、結局は最初に入ったファッションショップに入り浸る結果になってしまっていた

 

「見せパンなんだからそこまで気合い入れる必要ないじゃない。何?あんたわざわざスカートめくって自分から見せるつもりなワケ?それじゃあただの変態よ」

「そ、そういうワケじゃないけど···」

 

千枝は両手にそれぞれ持っている黒と白のペチコートを見比べながら梨沙の意見を待つが、疲れきっているのか梨沙からは中々返事が帰ってこない

 

「···そうね、あいつは白が好きだって言ってたみたいだけど」

「本当!?じゃあ、こっちにするね!」

 

このままじゃ永遠に悩み続けて埒があかないと思った梨沙は、事務所で聞いた噂話をふと思い出し、千枝にアドバイスを送る

それで納得したのか、千枝は自分の荷物を持ってそそくさとレジへと向かうのだった

 

''よいしょっと''と営業で疲れきっているサラリーマンみたいな声を出して梨沙も重い腰を上げてレジへと向かう

そこにはそれはもう楽しそうな表情でお会計を済ませていた千枝がいて、それを見ていると疲れすぎて変なテンションになっているのか、梨沙は自分の事のように嬉しくなってしまっていた

なので自分も買っておいたほうがいいかしら?と変に思ってしまう

 

「お待たせ~。えへへっ、これでOKです!」

「···そ、よかったわね」

 

しかし、棚に置いてあるペチコートに伸ばし掛けた手を引っ込める

私が買っても意味がない、明日の主役は千枝なんだからと梨沙は自分に言い聞かせ、別にあいつに気を利かせる必要ないじゃない、いつも通りでいいのよいつも通りでと無理やり自分を納得させた

 

「梨沙ちゃんも買うの?」

「い·ら·な·い!」

 

終わったんならいくわよ!と梨沙は千枝の手を引っ張ってショップを出ていくのだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ねぇ、梨沙ちゃん。これで零次さん、喜んでくれるかな?」

「何よ、まだ不満なの?大丈夫よ、アタシが選んであげたんだから自信持ちなさい。一応流行も取り入れてみたんだからこれで文句言ってきたらあいつが時代遅れなだけよ。そもそも相当変な格好しない限り女性のファッションに文句言ってくる男なんてアホ野郎なんだから」

「ア···アホ野郎···」

 

デパート出て少し歩きながら、今度は千枝のお悩み相談に乗る梨沙

外に出て涼しい風を浴びたおかげで少し疲れが和らいだ梨沙は、続けて相談に乗るのだった

 

「でも、零次さんは大人だから、本当は私が一緒懸命オシャレしても、意味がないのかもしれないよね···子どもだもん。私何やってんだろ、変に舞い上がっちゃって···零次さんは、一緒に遊園地をまわってくれるだけなのにね」

「何言ってるのよ···」

 

まったく···と梨沙は心底呆れたように一言呟いて続ける

 

「女の子がオシャレを追求して何が悪いのよ。好きな男の人に少しでも可愛いって思われたいと思って何が悪いのってハナシよ。もしそれがダメならファッションショーもファッション雑誌もこの世に存在しないじゃない。いいのよ、文句言ってきたらアタシが殴り飛ばしてやるわ。あんたにはオシャレをする権利があるの!」

「そ、そう?じゃあ私頑張ってみるね!そ、それと!零次さんの事は好きって訳じゃなくてっ!なんていうか···そう!頼れるカッコいいお兄さん!って感じで!一緒にいて安心できるというか!そんな感じっていうか、そんな感じです···はい」

「···あっそう」

 

聞いてもいないのに一生懸命に説明するというか弁解する千枝に梨沙はもう言葉を返す気力がなかった

そもそも梨沙は今まで一言も零次の名前を出していないが、と思ったがそれも言葉にするのを止めた

千枝も何だか嬉しそうな表情をしているしと自分を納得させる

 

これであいつが変なことを言ってきたら本当にひっぱたいてやろうと決心を固めるのだった

 

「あんたは元々素材がいいんだから何着ても似合うのよ。アタシだって今日地味に迷ったんだから」

「そうなの?結構攻めてるような気がするけど···」

「バランスが重要なのよ。あんまり露出が増えると逆にイメージに合わなすぎて引かれる事だってあるし。ほどほどにしておかないと泣きを見るのは自分。ほら、あの公園のお姉さん二人みたいな」

 

梨沙は気づかれないように小さく、通りかかった公園の中にいた女性二人を指差して千枝に教える

 

「コトハでーす···。わ、悪い子でーす···!」

「ワル~イ。どんなワルいコトするの~?」

 

公園の中で、暗くてよく見えないが長髪の女性と、同じ長い髪で三つ編みのようにしている女性が何にやらポーズをとってお互いに言い合っている

モデルのような体型だ、高校生くらいに見える

 

「ワルいことを言いまーす。この、い、犬···!ご主人様にワンと鳴きなさい!鳴くの!」

「ワル~イ!」

 

少し目をこらすと、二人とも何だか肩やらお腹やら足やら露出の多い格好をしているように見え、千枝がどう言うのかと思ったら''何だか寒そう''と感想を漏らしていた

そんなピュアな千枝の手を引いてパパとの待ち合わせの場所へと歩いていく梨沙

まだ''そういう''汚れを知らない千枝をこの場から早々に立ち去らせる必要があった

 

「わかった?やりすぎるとああいう''変態''みたいなイメージになるからやめといたほうがいいのよ。あんな女の相手の男が思いやられるわ」

「そ、そうかな?セクシーだと思うけど···。そういうほうが零次さんも···」

「ダメよ!とにかくダメ!そういうのは時と場所を選びなさい!アンダスタンッ?」

「ア、アンダスタン···」

 

梨沙は千枝を無理やり納得させ、その場を後にする

まったく世の中ろくたら奴がいないと改めて千枝を正しい方向へ導く決意をする梨沙なのだった

 

ヘ···ヘンタイ···

コトハシッカリシテ!ダイホンオトシタヨッ!


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