受付で待っていると、側の事務所の扉が開く
ルックスは最近のそれで綺麗に纏められ
撮影の時とは違う、大人びた清楚系
彼女はそんな服を、違和感なく着こなす
強くその両手は体の前で握られていて
ただギュッと目を瞑って立ち尽くす
理由は一つ、俺の一言を待っているんだろう
「お、お待たせしました···」
消え入りそうな声でそう言う千枝は、恥ずかしそうにゆっくりと、うつむき気味だった顔を上げて俺にそう言うのだった
一体どう声を掛けてやるのが正解なのだろう
梨沙には、今日は千枝を''女の子''として扱うようにと念を押されてしまった
普段は何をやるにしても、それがたとえ仕事の合間の勉強だとしても真面目にこなす千枝は、歌やダンスだけでなくそういう部分も含めてプロのアイドルだった
俺の中では少なくとも千枝はそういう位置付けで、誰に聞かれようとも千枝は''可愛いアイドル''だと言える
だがそれは言い換えると、他のアイドル達にも言える事だった
今、目の前にいるのは他の誰でもない
その格好も、きっと色々雑誌を見たり、他の人に聞いたりして沢山悩んだ末に選んだんだと思う
いや、''選んでくれた''のかも
だってそうだろう、その着ているTシャツやスカートにはヨレもシワも汚れも見当たらない
用意してくれる衣装とは違う、きっと今日の為に···
「あの、何か言ってくれると···助かります」
「···ああ」
千枝の顔も、さっきの撮影用にスタッフが施したメイクが残っていてまるでジュニアモデルのように整っていて、恥ずかしそうにしている表情をより女の子らしくさせている
「凄く、''似合ってる''。千枝っぽくて違和感がない」
「···!本当ですか!?」
さっきまで自信なさげだったおめめをパッと見開いて千枝は顔を上げると、綺麗な白い歯をうっすらと見せながら笑顔を浮かべていた
これまたメイクのおかげでそんな何気ない表情すら際立って見える
ただ単に可愛いと言うのは簡単だが、今回はそれではダメな気がした
「それじゃあその···行きましょうか」
「···行くか」
そして、俺たち二人は歩き始めた
普段とは違う、アイドルではない千枝と肩を並べて出掛けるのは始めてだ
千枝に合わせて、少し歩くスピードを遅くすると、千枝は一歩俺の方に距離を詰めてくる
肩と肩、というよりは千枝の身長的に頭が丁度俺の肩くらいに来るのだが、そのせいで表情がよく見えない
あんまり退屈させると梨沙に後で何言われるかわからないし、変な噂を流されるかもしれない
俺が面白そうと思うことが千枝も面白いと思うかどうか、ジェネレーションギャップが発生するほど歳も離れてるし
悩みは尽きない
とにかく今日は、楽しんでもらうことが目的だ
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「病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も···」
神父役の俳優さんが、誓いの言葉を読み上げる
わたくしは教会内に並べられた長椅子の一番前に座り、お言葉をいただいている二人を眺めていた
ステンドグラスから差し込む光が綺麗に壇上の二人に降り注ぐ正午のこの時間、今頃しかこの風景は撮れないのだそうだ
スタッフさん達もこの為に色々と準備をして、琴歌さんと俳優さんのこのラストシーンを撮るためにスケジュールの調整をしてくれていた
今ならいくらでもCGでどうにかできるみたいなのだが、最後のこのシーンだけは本当にカメラで収めてみたかったのだそう
「···愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
琴歌さんと並んで立っている俳優さんが、普段の···なんといいますか、軽い口調ではなく、しっかりとした男性らしい受け答えで返している
一方琴歌さんは、相手がセリフを言い終わるまで、黙って新婦役に没頭するように佇んでおり、その背中は見惚れてしまうほどに綺麗だった
スカートの長いトレーンが、その美しさをより引き立てていて、撮影前は智恵理ちゃんと、この最後の教会のシーンでのみ参列客の役で出演する主題歌担当のゆかりちゃんとでその夢の衣装を前に盛り上がっていた
「···真心を尽くすことを誓いますか?」
神父役の俳優さんは今度、琴歌さんに向かって同じように誓いの言葉を授ける
琴歌さんは一度、迷ったように頭を少し下げて頭をほんの少し左右に振る
迷いと葛藤、そして決意を固めるこの仕草、台本には無かったこの一場面は、役を演じてきた琴歌さんが提案したもので、本来であれば潔く短く一言''誓います''と言い放ち強がりを見せる場面であったが、このほうがこれまでのキャラクターとギャップがあってよいと監督が許可を出したシーンでもある
これまで親の言いつけを守ってきたヒロインが始めて明確に否定の意思を見せるこの場面は、ずっと一緒にドラマの撮影に挑んできたわたくしとしても、近くで見てきたからこそ心にくるものがあった
「···はい、誓いm」
琴歌さんが迷いを振り切り、それこそ振り絞るような声でその言葉を呟こうとしたその瞬間、後ろで教会の扉が大きな音を立てて開いた
一斉に祭壇から振り向くわたくしを含むエキストラの方々と、後ろの席にいた智恵理ちゃんとゆかりちゃん
外に設置してある照明に照らされて、男性のシルエットが影になって浮かんでいた
しっかりと衣装のタキシードに身を包み、赤のバージンロードをゆっくりと歩いてくる
一直線に向かうのは、同じく祭壇の前で振り向いている二人の前
そしてその男性は、琴歌さんの隣にいる俳優さんの前に立つと、その俳優さんを片手で押し倒したのだった
「ぐえっ!?」
倒れた若い俳優さんも迫真の演技でベテランの俳優さんを見上げる
経験が豊富な二人だ、もう完璧に違和感を極力出すことなくその場をやってのけた
改めて祭壇の目の前の二人に注目が集まる
ストーリー上、この二人の関係を知っているお母様役の女優が神父様に一つ頷くと、神父様は誓いの言葉を琴歌さんに改めて告げるのだ
「はい、誓います」
それを受けた琴歌さんは、台本通りに少し嬉しそうな抑揚でその短い台詞を言い放つ
そしていよいよラストシーン
琴歌さんとベテランの俳優さんのキスシーンでこの歳の差カップルの物語は大団円を迎え、幕が閉じられる
今までやってきたことの集大成、ノーブルの皆さんと智恵理ちゃんと作りあげてきた物語の終わりの瞬間が迫る
「では、誓いのキスを」
「あ···」
神父様の言葉を受けた途端、俳優さんは琴歌さんの腰に手を回し、グイッと自分の方向へと引き寄せた
少し微笑みながら、顔にかかっているベールを上げ、続けて俳優さんは腰に手のひら、背中に腕、そして肩の辺りに琴歌さんの胸元辺りを密着させ、それに驚いたのか琴歌さんは咄嗟に上半身を少し仰け反らせて戸惑った表情を見せている
しかし俳優さんは腰をしっかり抱き寄せて、お互いの下半身同士を離れないように抱き抱えるのだった
「あ、あの···えっと···」
台本にはない完全なアドリブだったので戸惑う琴歌さんだったが、それを落ち着かせるように俳優さんはもう片方の手を琴歌さんの顎に添えた
いよいよだ
琴歌さんも覚悟を決めてゆっくりと目蓋を閉じる
仰け反った琴歌さんの体に合わせるように、俳優さんが体を近づけていった
あとは二人がキスをする(したように見える)タイミングで私たちが立ち上がり、二人を心から祝福するように盛大な拍手をすれば全て終わる
琴歌さんは最後まで悩んでいた
本当にするべきかどうか、心からしたいと思わなければ迷惑なのではなかろうかと
このキャラクターを演じてきたからこそ、真面目に真摯に向き合い、心の底を探ろうと努力していた
今、琴歌さんがどう思っているかはわからない
でも祭壇に立てばわかるかもしれないと、自分の未熟な乙女心を奮い立たせて撮影に臨むんだと、これは女としても成長のチャンスなんだと意気込んで、持ち前のアグレッシブさを武器に立ち向かっていくのだとおっしゃっていた
相手の俳優さんも、そんな私を紳士に受け止めてくれると信じているのだという
きっとこれまで撮影してきた中での絆というものがあると思う···と、相手を信じますと言っていた
そして、1cm、また1cmとお互いの唇が近づく
これはそうだ、''ふり''じゃない。本当に唇を重ねようとしている
琴歌さんもそれを察したのか、目蓋に力がこもり、よりギュッと目を瞑る
いよいよキスをするというまさにその瞬間だった
ステンドグラスから差し込む光が、外の雲に遮られ教会に暗闇が差し込む
「カット!!すみませんカットでーす!!」
途端に響いたスタッフの声
その声に緊張がほどけたのか、ベテランの俳優さんの手を離れて床に座り込む琴歌さん
衣装さん含むスタッフの皆様に囲まれて、よろけそうになりながらもフラフラと立ち上がっていた
「ああ、こりゃどうしようもないな···」
端の方にある監督席で、監督のぼやきが聞こえた
窓から外の様子を確認すると、空は先程とうって変わり薄暗い雲で覆われていて、とてもじゃないがしばらく太陽の光は拝めそうにない
「ダメです監督。天気予報もイマイチですし、明日に懸けるしかないみたいっすよ」
「ホントか。とりあえず雨が降ってきたら厄介だ、外の連中を中に入れてやってくれ」
「わかりました!」
監督の指示に従い、外にいたスタッフ一同が撮影用の機材を含めて教会内へと避難してくる
その時だった、空の機嫌が悪くなったのかゴロゴロと低い轟音が聞こえ始める
「大変でしたね琴歌さん。···琴歌さん?」
「···あ、はい。···そうですね。皆さんは大丈夫···ですか?」
「ええ、わたくし達は全然」
気が抜けてしまったのだろうか
琴歌さんはまるでぼうっとしたように再びその場に座り込み、少しうつむいてしまう
わたくしはそんな琴歌さんの肩を支えるように寄り添うと、目の前に人影が差し込むのに気づいた
「大丈夫かい?琴歌ちゃん」
「はい、すみません···。私···少しぼうっとしてきてしまって」
「それは大変だ」
そのタキシード姿の俳優さんは、再び琴歌さんの手を取ろうとその手を差し伸ばす
まるでわたくしたちを見下ろすかのように、そっと上半身を折り曲げて微笑んでいた
そう、それは
「キャッ···!わわっ、す、凄いですねゆかりさん」
「はい、こんなに雷が近いとは。智恵理さん、大丈夫ですか?」
雷が鳴り響き、ステンドグラスから差し込む光がその手を差し伸べているベテラン俳優さんへと降り注がれ、その微笑んでいる顔は、妙に狂っているように見えた
女の勘なのかなんなのか、私の中の本能的な何かがこの手を取ってはいけないと警鐘をならしているかのように思えたのだ
零次様も笑うときはあるが、それとはまるで違う
そう、それはまるで···
「いえ、お気遣いありがとうございます。衣装直しもあると思いますので、わたくしが控え室までお連れしますわ」
「そうかい。それはすまなかった、デリカシーに欠けていたよ。琴歌ちゃんをお願いね」
「ええ、それでは」
わたくしはその手を払いのけるように琴歌さんと俳優さんの間へと入り込み、琴歌さんの手を取るとそのまま肩を支えるように立ち上がらせて控え室へと向かった
立ち去る際にその俳優さんに向かって精一杯の笑顔を浮かべて