柔らかい感触が、俺の体を包む
冷たくてヒヤッとして、一日の疲れが癒える
パサっと体全体を包み込むこの感触
両手を広げて横になっても全然余裕がある
「これだよ、この空間だよ···求めていたのは」
美城専務に感謝しなくてはならない、こんな空間を用意してくれるなんて
会社のオフィスビルのフロアの一角、目立たない場所に、キッチン、エアコン、冷蔵庫、テレビ完備で綺麗なフローリングの、宿泊もできる小さな一室を用意してくれた
なんとクローゼットまであるではないか
大体そう···一人暮らしのワンルームくらいの大きさで、大きすぎず狭すぎず、これなら掃除するときも楽チンだ
そしてこの自分で用意したテーブルと、この、最強ともいえるビーズクッションさえあればもう恐いものなんてない
日頃の激務(主にあいつら関連)の疲れを癒してくれるプライベート空間の誕生だ
···最近は、悩むことも多くなったしな
おっと、一応紙に書いて貼っておこう
俺は一枚のコピー用紙に''アイドル侵入禁止''と書くと、入り口のドアの外側に貼っておいた
室内に戻って、再び夕陽を浴びながらビーズクッションの上に横になる
自分のアパートに帰っても、ガレージに帰っても、ここ最近は常にまわりに誰かがいる生活だった
たまにはこうして、一人でのんびりする時間もいいもんだ
贅沢いうなら、どこか高級リゾート地にでも行って、のびのびと羽を伸ばすのもいいとは思うが、そんな金があればの話だ
''女の子のこういうお願い、零次様はお嫌ですか?''
一人で黙っていても、琴歌の言葉が頭に響く
奏もゆいも、最初に遊びにきたゆかりでさえ俺に迫ってくるような、そんなアプローチをされても、それをかわすような、それこそ悪い言い方をすれば無下にするような、そんな態度とも考えられる
それは、言い換えれば女性としての魅力をバカにしているような、相手にただ恥をかかせているような、相手の覚悟を踏みにじるような感じもする
でも俺は、どうしても踏み出せない
あいつらの事を考えると、どうしても
専務は恋愛に制限は掛けないと言っている
保護者の方もみんな信頼しているのか、快く俺に自分の大事な娘さんを預けてくれている立場もある
だからどうしても···ダメだ、頭の中がしっちゃかめっちゃかになってる
そもそも相手もからかってるだけで、そういうのが嫌だって思ってるに決まってる
もう今は難しいことを考えるのはよそう
きっと疲れてるんだ、このままこの静かな部屋でゆっくり休めば
「わぁ~!ここがレイ君の部屋?すごーい!せまーい☆!」
「零次さんっ!お邪魔しまーすっ!」
部屋の中が一気に騒々しくなった
入ってきたのは昼間とは違うベクトルの金髪ギャルJCと黒髪アップテールJS
確か今日は···あの幼稚園の番組の撮影があったんじゃなかったのか?
結構内容が動きまわるようなものばかりのあの番組の撮影の後になんちゅう体力だ
マジでその無限の体力はどこから来るんだ
「すごーいっ!なんかテレビでやってたきもちークッションだよ莉嘉ちゃん!」
「レイ君ずるーい!アタシもアタシもー!っどーん☆!」
「おうえっ!」
その体力に任せたまま、俺の横のわずかしか空いていないスペースに飛び込んでくる莉嘉と、その反対サイドに莉嘉に便乗して飛び込んでくるみりあ
ギリギリのスペースの為、二人とも半身を俺の体の上に乗っけてくるもんだから、俺が重さでピーズクッションに沈んでいってしまった
「お前達···!う···、まずシャワールームでシャワー浴びてこい···!」
「えぇ~、シャワー浴びてこいなんてレイ君のエッチ~」
「エッチ?零次さんなんでエッチなの?」
「いや、そうじゃなくて···」
二人お互いのご自宅の柔軟剤の匂いや、メイクのファンデーションの匂いや、髪の毛のワックスの匂いや、少々の汗の匂いとそれを隠すための制汗スプレーの匂いといい、最近俺のまわりで溢れに溢れている女の子の匂いが色濃く漂ってくる
勘弁してくれ、俺のアパートの部屋ですらもう女子部屋にされているというのに
「れいじー」
「んあ?おっとっと···!」
両サイドのお子ちゃまガールズを外側に弾き落とすと、頭上からそんなゆるーい口調の声が聞こえたと思って頭を上に向けると、そこには後ろで手を組んで俺たちの事をボーッと観察しているこずえがいた
しかし俺の体勢が悪く、こずえが身につけていたスカートの中に頭を突っ込む形になりかけて、慌てて目を反らす
「あぎゃーっ!もっかい!」
「わー☆!」
「っていうかんっ···!お嬢様方···!外に貼ってあった張り紙んっ···!が、見えなかったのかなっ···!」
「これー?」
両サイドから再度上陸してこようとするお嬢様方を両手で押さえつけながら尋ねると、後ろで手を組んでいたこずえがその手に持っていた一枚のコピー用紙を差し出してきたのだった
「···なに剥がしてんだまったく」
その手からその紙を奪い取ると、こずえはにっこりと笑顔を浮かべていた
「で、用件はなんだ?もう撮影は終わったんだからさっさとお家に帰れ」
「えぇ~?だって、レイ君が新しいお部屋を貰ったっていうからせっかく見に来たのにねー?」
「ねー?」
「''ねー?''ってお前達···」
莉嘉とみりあがそうお互いに頷いている間に、こずえはこずえでテレビのリモコンをいじって夕方のアニメを観始める
「だから、秘密基地にしに来たのーっ!ね?莉嘉ちゃん!」
「ね!」
「''ね!''じゃないわおバカどもっ!」
キャーっと騒ぐお嬢様方の首根っこを掴みながら今日はもう夕方だから帰りなさいと部屋の外へと御一行を追い出すと、再度扉にその無理やり剥がされて四隅の角が少し千切れてしまった紙を扉に貼って中に入る
「···はぁ」
やっと静かになった室内で再びクッションに横になる俺
まったく、油断も隙もありゃしない
でもあいつら普段は仕事に行っているはずだから他の場所に比べると比較的一人になれる時間が増えるのでは?
そうだ、プラスに考えようプラスに
そう思いながら再びゆっくりしていると、また扉が開いた
「···何やってんのよ」
またまた俺の頭上に誰かがやってきて陣取る
よく耳にする小うるさい声と口調、その虎柄のような上着にマゼンタ色のようなスカート
そんなのはこの会社に一人しかいない
「そりゃこっちのセリフだ。張り紙が見えなかったのか?」
「このくっだらないやつ?」
そう言って梨沙はさっき貼ったばかりの紙を差し出してくる
俺はそれを無言で奪い取るのだった
「こんなとこに閉じ籠って、いじいじしてんじゃないわよまったく」
「···色々考えることがあるんだよ。色々···っていうかそんな軽々しく男の頭の上に立つな。見えちまうぞ」
「残念、見せパンでした~。それに、その''無い''頭で何を色々考えるのよっ···と」
こいつ···
さっきの奴らと同じように靴を脱いでずけずけと上がり込み、''ほわー''とか''ほえー''とか''へぇー''とか言いながら、ここにおいてある家具たちを勝手に観察して冷蔵庫の前に立つ
''開けてもいい?''とそこはちゃんと俺にことわったので、勝手に開けて勝手に飲めと言うと、よりにもよって俺が後で飲もうとしまっておいた粒々オレンジジュースのペットボトルを取り出して飲み始めた
目的はなんだ?金か?
「で?お前は何の用だ?帰るまでの冷やかしか?」
「は?あんたに用はないわよ」
はい?
梨沙は俺に''ちょっとそっちどきなさいよ''とクッションの端に追いやられ、大半の面積を占領すると隣にドサッと座られた
じゃあなんで来たんだよお前···
「用があんのは···あら、丁度来たみたいね」
梨沙はオレンジジュースを飲みながら、親指で出入口のドアを指し示した
するとそこには、今絶賛悩みの種のお嬢様が、いつもの格好でモジモジと手を前に組みながら一人立っていた
入りずらそうにしながらも、中がどうなっているのか興味深々なのかちょこっと中を覗いたりするようなどっちかわからない態度をしている
「···おう、琴歌」
「あ···!零次様!···すみません、お邪魔しますね」
琴歌はさっきまでの連中とは違い、おずおずと玄関まで入ってくると、丁寧に靴を脱ぐと揃えて並べ、俺たちに一礼してからテーブルを挟んで向かい側に座るのだった
「···何か飲むか?」
「あ、いえ、お構い無く。先ほどまで自分でいただいていたので···」
「そうか」
ならいいけど
お前もちょっとは見習えよと隣のツインテールを見た瞬間、ひじ打ちが俺の脇腹に飛んでくるのだった
「で、お前は何か···用事があるんだよな?」
「はい!そうなんです!あの、実は···」
そう切り出すと琴歌は、説明を始める
ドラマの撮影終了のお祝いも兼ねて、琴歌も含むノーブルセレブリティの面々で西園寺家が所有するプライベートビーチ、というより専有してる島に慰安旅行に行くらしい
···すごいな、ドラマとか漫画とか以外で初めてそんなセリフ聞いた
まぁとにかく、あの三人でバカンスに行くそうだ
連続ドラマの撮影という大仕事も終わったあとなので気を利かせてスケジュールを開けてくれていたみたいで、三日間くらいはのびのびと羽を伸ばせるらしい
そこでだ、確かにその島にも使用人はいるが、ずっとその人たちに行くとこ成すことボディーガードのように監視されちゃあ伸びる羽も伸びないとのことで、普段付き添っている俺に一緒に付いていってもらえないだろうか?という依頼だった
「智絵里ちゃんも誘ったのですが、あいにく今度はキャンディアイランドの活動があるみたいで···残念ですわ。ずっと一緒に頑張りましたのに···」
「それは···残念だったな」
もう大人気アイドルだもんな
そんなにスケジュールを開けられるなんて奇跡でも起きない限り無理だ
ノーブルも負けてはいないが、ホントにそこはプロデューサーたちが頑張ったんだな
「なので是非···零次様もいかがかなぁと思いまして、どうでしょう···」
「···そうだなぁ」
行ってはみたいが、そういうのは女の子水入らずで楽しんだほうがよくないのか?と思ってしまう
それに、三日間も開けるなら姉さんたちに相談しないといけないし、と琴歌にいうと、なんとその日程はうちの会社の夏休みの内の数日とかぶっているではないか
なんとも偶然が重なるもんだ
しかし···これはいかがなものか
お前達はいい、しかし年頃の娘三人、ましてや財界を担う大企業のご令嬢たちを預かるなんて大それた事を引き受けてもいいものなのか?
もしそれで怪我でもさせたら責任とれなさそう···
「···ねぇ、あんたたちさ」
今の今まで黙ってた梨沙が口を開く
「なんか、会話がぎこちなくない?」
図星だった
頭の中にあの時の光景が甦る
琴歌も同じようだ、少しうつむいてモジモジとし始めた
「ん?何?その反応。なにあんたたちケンカでもしたの?」
「···違う」
だったらここに琴歌は来ないだろう
どう説明してやればいいのか、俺は申し訳なさから気まずい態度をとってしまったが、琴歌はどうなんだろう
なんだ、その反応は
女の子の胸の内まではわからない
「ふーん、まぁいいわ。私は目的を達成したし、大人しく帰るわね。後はあんたたちでゆっくりやんなさい」
そういうと梨沙は驚くほどにすんなりと出ていった
そして部屋では、琴歌と俺の二人きりになる
壁にかかっている時計が秒を刻む音だけが響き、お互い黙って向き合っていた
「あの···琴歌」
切り出したのは俺からだった
「悪かった。あの時は···どうしようもできなかったから」
「いえいえ!そんな、私、違うんです零次様。落ち込んでいるわけではないんですの」
琴歌は今度、うつむいた顔を上げてチラチラとこちらの目を見ながらそう言う
「その、私、やっぱりあのシーンには抵抗があって。···そんなことを言っていたらプロ失格ですわね。梨沙さんにも怒られてしまったのですよ?ずっと悩んでおりました。そんな時、零次様が目の前に現れて、とてもとても···嬉しかったのです!私のその···ファーストキスを捧げられた相手が零次様で···よかったです」
それだけ言うと、また琴歌は顔を赤くしてうつむいてしまう
ご本人がそう言うなら、大丈夫ってことなんだろうけど、それでもやっぱり琴歌の態度が前とは違う
どう付き合っていけばいいのかどうかはまだ、俺にもわからない
ーーーーーーーーーー
「はぁ···ふぅ~」
私は、レッスンルームの端っこのほうに座り込んで溜め息···と言えばいいのか、決して落ち込んでるわけではないけど、少し後悔が残るようなそんな今まで抱いたことのない種類の感情を吐き出していた
「シャイニング~···ソードブレイカー!」
「ぶ、ぶれいか~!」
「素晴らしい!素晴らしいぞ!我が眷属でも成しえなかった奥義(わざ)を取得するとは!ん~!ほたるちゃんっ!」
レッスンルームの壁に貼ってある大きな鏡に向かって、フレデリカさんがそう叫びながらほたるちゃんに何だかわからない呪文のようなものを教えていて、それを羨ましそうに蘭子ちゃんが眺めていた
それはいつものことなのか、私と同じように美嘉さんや奏さんは壁に寄りかかって座り、特に気にすることなくお互いに会話が弾んでいた
ふとそのとき美嘉さんと目が合うと、美嘉さんはこちらにスタスタと歩いてきて、私の隣に腰をおろした
「どーしたのっ★!疲れちゃった?」
「あ、いえ。その、疲れたには疲れましたけど···それとは別で」
「別?」
美嘉さんに相談するべきだろうか?
きっと、カリスマギャルと呼ばれている美嘉さんだ
雑誌の特集ではファッションのことはもちろん、ティーンの読者が多いので恋愛の相談にもたくさん答えていたのも見たことがある
「あの···あまり言わないでくださいね」
「うんうん、言わない言わない」
なんだか、頼もしいお姉さんだなぁ
莉嘉ちゃんが羨ましい
「これで我が友ほたるの準備は整った。いざっ!古(いにしえ)の記憶を武器にかの地へ赴こうぞ!」
「それが···最近あの俳優さん、姿が見えなくて···」
「なんとっ!」
皆があっちのやり取りに気を取られてる間に、私はこの前のデートの事を美嘉さんに話した
撮影の後に遊園地へ行ったこと、美味しい物を食べたり写真を撮ったり、ゴーカートに乗ったり、なんだか半分信じてないみたいだったから零次さんと一緒に撮ったツーショット写真を見せてあげると、目をまん丸くしてその口元がピクピクと震えているのだった
「大丈夫で···しょうか?私がつい···この前にその俳優さんに話しかけたときは···とても元気だったのに」
少し落ち込んでいる様子のほたるちゃんを何とか慰めようと頑張る蘭子ちゃんを見ていると、全部見終わったのか私の携帯を美嘉さんが返してくれた
「へ、へ、へぇ~···すごいね、千枝ちゃん···。で、その···相談事?って···なんでございましょうか···」
声のトーンがみるみる落ちていく美嘉さんに、私はその後の観覧車での出来事を''詳細に''語るのだった
こういうときどうすればよかったのか想像しやすくするためだった
そしていよいよ、その質問をする
私もなんだか恥ずかしくなってソワソワしてきた
「···なので、その···どうやったら、キスって上手くなるんでしょうか?」
ボフンッという効果音が似合うように美嘉さんは顔を真っ赤にして、唇をキュッと結びながら私と向き合っていた
···大丈夫だよね?私の声聞こえてるかな?
「そ、そ、そ、そ、そ、そうなんだぁ~···。ち、千枝ちゃん大胆だねぇ~···。だ、ダメだぞ★、女の子をからかったりしちゃあ···」
「あの、なので、どうやったら上手くキスできるかを教えてほしいんです!」
「いや、それは···ホラ、あれあれあれあれだよ···!こう···綺麗な夜景が見える窓をバックに二人でまず···」
「いえ、あの、シチュエーションではなくキスのやり方なんですが···」