目移りしてしまうほど様々な物が溢れている
寝室から外を見れば絶景が広がっている
空港からの道なりもまるでリゾートだ
連れも誰もが羨む御令嬢の御一行
建物も一級品の造りで見たこともない
旅館にも引けを取らないクオリティだ
「···やっぱり落ち着かないな」
よそ行きの格好から、動きやすい楽な格好へと着替えて部屋の中で一人待っていた
リビングのソファーに座るでもなく、テレビをつけるわけでもない
このめちゃくちゃデカいキングサイズのベッドの上に座ってジッとしていた
これじゃあゆかりの言った通り、借りてきた猫状態になっている
だってどこにいたらいいのかわからないんだ
家みたいに床に寝転がるわけにもいかないし、空調も完璧すぎるのが問題だ
部屋のどこにいても室内温度が適温に保たれていて、居心地が良すぎる
壁のどこを見てもご家庭にあるようなエアコンの本体がどこにも見当たらない
部屋の景観に合わせて余計なものが一切省かれたデザインになっている
あるのは枕元やリビングの壁に操作用のスイッチがあるだけだ
周りのものを色々見渡していると、部屋のインターホンが鳴った
すごい、ノックじゃない、インターホンが鳴ったのだ
「···はーい」
「零次様、失礼してもよろしいですか?」
外から星花の声が聞こえた
着替えが終わったのだろうか?
今までの経験ならもう少しかかりそうな気はするんだけど
···なんか変なクセがついてるような気がする
それもそうだ、今までも''ちょっと''待っていてほしいと言われたときの''ちょっと''がどれだけ長かったことか
特に仕事終わった後に飯食いに行きたいと言われた時なんかは美城プロの事務所で三十分くらい待たされるのもザラで、美嘉姉ちゃんや唯とか''ギャル勢''がメイクを直すなんていう理由で特に長い
その間に未央や凛やその周りにいたメンバー達とトランプで大富豪を始めたら一試合二試合終わってしまう
そしてその流れでそのメンバーも連れていくことになったりもする
女性の時間の概念に慣れすぎてきてる
「どうぞ」
「はい、失礼しますね」
断る理由もなかったので星花を招き入れると、その普段とは違う格好にまず驚いた
「お前それ···」
「ふふふ、どうですか?わたくしも、羽目を外してみようと思ったんですが」
星花といえば俺の中では、ワンピースのような上から下まで繋がっているドレスみたいな服装を着ている印象しかなかった
しかし、今着ている服は普段とは全く逆の印象だ
ラフな半袖のTシャツに、スラッとした足にピッタリ合わせたようなジーパン
まるでそう、姉さんが着ているような着まわしが楽な夏のスタイルになっている
ご自慢の綺麗な長髪もヘアゴムで結んで、動きやすいようにポニーテールにまとめていた
「ここまでガラッと印象が変わるもんなんだな」
「これでわたくしも、''ギャップ萌え''になれましたでしょうか?この格好、とても動きやすくて好きですわ」
俺が似合ってると言うと、本人は大層嬉しそうにモジモジとしていた
これでわたくしも''ナウいヤング''になれますねとどこの誰から影響を受けたのか、少し間違った方向に行こうとしていたので、悪い大人の言うことは真に受けないようにと注意しておいた
「ところで···零次様はベッドの上で一体何を?」
「え?俺は、そう···あれだよ。ほら···そう、ベッドの寝心地を試してたのさ。大事だろ、枕が合うとか合わないとか」
危ない危ない、このままだったら星花にも猫だなんだと笑われてしまう
すんなり信じたのか星花は''あぁ''と相づちを打って、こちらへとゆっくり近づいてきた
ベッド脇まで来て何をするのかと思ったら、ベッドに上がり、俺の横にちょこんと女の子座りで座り込んでしまったではないか
「本当ですわ、ふかふかで寝心地がよさそう。ベッドもわたくしの部屋のものより広いですし、これなら皆さんも呼んで一緒に寝たほうが楽しそうですわ」
「何言ってんだか」
「ふふふ、冗談ですわ」
わりと本気に見えたんだけど
「では、今はわたくしがエスコートして差し上げます」
そして星花はベッドから降りると、俺の手を取ってベッドから降ろし一緒に廊下に出るように促される
どうやら他のメンバーも準備が整うようで、廊下に出るのと同じタイミングで他の部屋の扉が開いた
「まぁ、今度は星花さんが?」
「はい、零次様ったらまるで借りてきた猫のように···」
結局言われてしまった
せめて梨沙たちにバレないように釘をさしておかないと
「それより、お前もその格好···」
「あら、いかがですか零次様。''ギャップ萌え''ですわ」
琴歌も星花と同じように、普段のドレスのようなロングスカートのファッションはやめて、夏らしい開放的なファッションになっていた
ピンクのタンクトップに白のショートパンツ、髪は星花のようにまとめているのではなく、何もつけずにサラッと流している
「そして···これでインテリに見えます?」
最後に懐から、アクセントなのか普段はつけていないメガネを取り出して掛ける
おそらくは伊達メガネだろうが、それだけでも星花同様雰囲気がガラッと変わり、普段のお嬢様とは違う琴歌に大変身していた
「素晴らしいですわ琴歌様!立派な''ナウいヤング''です!」
「ありがとうございます!これで私も羽目を外すことができましたわ!」
ツッコミが追い付かない
確かに凄い似合ってるけど元々のコンセプトに納得がいかない
一体誰なんだ、そんなことを植え付けたのんでれらは
「ゆかりさんも、ほら。零次様に是非見てもらいましょう!」
「あの···、はわわわぁぁぁ···!」
そういえば、さっきから姿が見えず会話に参加してなかったゆかりだったが、琴歌の後ろに俺から見えないように上手いこと隠れているのだった
チラチラと見える足元の肌色率が普段より高く、さっきまでのいつものロングスカートを履いている様子がない
そんなゆかりが琴歌に諭されながら、ゆっくりと俺の前におずおずと姿を現すのだった
「どうでしょう···一度こういう格好をしてみたくて···」
それは、星花や琴歌のスタイルとは真逆
そして、普段のゆかりとは方向性が違った服装だった
ゆかりのイメージを崩さない青を基調としたミニスカート
上はいつもの清楚系と呼ばれている落ち着いた物ではなく、カラフルでよく卯月とか響子たちが着ているような''キュート系''と呼ぶのだろうか、よく休日ワイワイやりながら渋谷で遊んでる女子高生みたいなファッションだった
「···ああ、すごく···カワイイ系でいいと思う。普段とは違うから驚いた、似合ってる」
「やりましたわねゆかりさん!零次様もこれで''テンアゲ''ですわ!」
···そのワードはギリギリセーフかアウトか
意味わかって言ってるのか?このアグレッシブお嬢様は
でもゆかりがホッとして喜んでるから、まだよしとしよう
「これで全員お披露目が出来ましたね。さぁ、昼食に参りましょう!こちらですわ!」
「昼食···一体何がご用意されているか、わたくし楽しみですわ」
楽しそうな琴歌に続いて、星花とゆかりがついて歩いていく
こうして見ると大企業のお嬢様とか関係なく、それにアイドルとか普段の仕事も関係なしに、ただ年頃のファッションを楽しみながら友達と遊ぶ普通の女の子に見えてくるから、何だか不思議な気持ちだ
「零次さん」
それを見ていると、ゆかりにちょいちょいと手招きされて、ついてくるように促されてしまう
いけない、何だか考え込んでしまってボーッとしてしまった
俺は何だか場違い感を感じつつも、言われた通りに御一行についていくのだった
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「···パクッ、モグモグ···」
午前中の仕事が終わって、私は一人346カフェの店内でお昼を食べていた
零次さんがいつも食べているパンケーキ、私も一度零次さんにごちそうになってから、時々頼む
周りは346の社員さんばっかりで、アイドルのみんなはいない
最近はみんな仕事に行ってしまって、会うといったらレッスンや撮影のお仕事で一緒になるユニットのみんなとかになっちゃってるから···
仕事があるのはいいことだってプロデューサーさんは言っていたけど、せっかくの夏休みだから遊んだりとか···たまにはしたいかも
デートとか···零次さん元気かなぁ
いいなぁ、バカンス
私も南の島とか行ってみたい
ノーブルセレブリティのみんなと行ったって言ってたから、お金持ちって凄い
一体一緒に何するんだろう···七並べとかかな?
前に琴歌さんが、今度は星花さんやゆかりさんともやってみたいって言ってたし
でもみんな大人だから···あ、あんなことやこんなこともするのかな?
お、大人だもんね、もしかしたらってことも···
零次さんは···私ともそういうことしたいって思うのかな?
でも私は子どもだし···
ズルい、やっぱり大人ってズルい
私だって···切なくなるときはあるのに、相手にしてくれないんだろうなぁ
こうやって思うのは病気なのかな···、はしたないのかな
キスだって上手くできなかったのに、まずはそこからだよね···
ダメダメ、弱気になっちゃダメ
零次さんをその気にさせるくらい魅力的にならなきゃ
でも、その時は自分のほうが歯止めが利かなくなったらどうしよう···
その時は本能に身を任せるって、奈緒さんから借りた漫画には書いてあったけど···何だか恥ずかしくって最後まで読まずに返しちゃった
まずは、そうだな···一緒にお、お風呂に入るとか···!!
「あら、千枝じゃない。お疲れ様」
思わず声のするほうに振り向くと、346カフェの入り口で奏さんが手を軽く降って立っていた
「か、奏さん!お疲れ様です!」
「そんなに驚くことないじゃない。それとも···何かイケナイことでも考えてたのかしら?ここ、いい?」
図星だった、やっぱり大人ってすごい
私って···結構エッチなのかな?
だ、ダメだよね、そんなことばっかり考えちゃう女の子なんて零次さん嫌いかも···
「私も、彼女と同じものをお願いします。あ、トッピングは生クリームで···」
···そうだ、相談するにはうってつけの人物が目の前にいるじゃないか
この前に美嘉さんに相談したときは、ゆーえきな情報は得られなかった
雰囲気を出すための方法や、ムードが出る場所のアドバイスは貰えたんだけど、肝心のキスの仕方までは教えてくれずに話を濁していたのだ
···もしかすると、やっぱりこれは個人のテクニックだから簡単には教えない、ということかもしれない
美嘉さんはカリスマギャル、そんなテクニックは百も承知のはず
簡単には手の内は明かさない···それが大人のやり方ってことかも
凄い···それが城ヶ崎美嘉、カリスマギャルここにありということだ、尊敬してしまう
だが奏さんも負けてはいない、雑誌のインタビューでもそういう質問にはクールに返事を返し、読者の疑問に応えていたのだから凄い
「どうしたの?千枝。そんな恐い顔で睨まなくてもあなたのパンケーキは取らないわ」
「いえ!そうではなくて!あの、奏さんに聞きたいことが···」
不思議な顔をする奏さん
ここは、恥を忍んででも、アドバイスを貰うことが出来れば···!
水を飲んでいる奏さんに、私は意を決して尋ねてみた
「キスって···どうやったら上手く唇の真ん中にできるんですか!?」
「ブフッ!」