素敵な笑顔のまま、奏さんは固まっていた
瑠璃色のようなそのトップスがとても素敵
突然のことに驚いているのか、黙ったままだ
キスのことに関しては適任だと思ったけど
とはいえいきなりだったかな···
完璧なイメージがあったからつい···
にこやかな笑顔だけど困らせてしまった
「なるほど、そうね、ええ、もちろん。聞いてくれて構わないわ」
よかったぁ、怒らせたわけじゃないみたい
さっき運ばれてきた、生クリームの乗った美味しそうなパンケーキに一口も手をつけずに水ばかり飲んでたみたいだけど、大丈夫そうかな?
「ありがとうございます。それで、あの···さっそくなんですけど···」
「ちょっと待って、その前に私も聞きたいことがあるのだけど」
私の言葉を遮り、奏さんはやっと自分のパンケーキにフォークを入れ、口に運ぶ
「キスの仕方を知りたいなんて、千枝も意外とオトナなのね。もしかして···好きな男の子でも出来たのかしら?」
奏さんは探るように、パンケーキを味わいながら私に質問を投げ掛ける
やっぱり、奏さんは鋭い
いつもプロデューサーさんを困惑させるだけはある
でも、奏さんも零次さんの家に泊まったことがあるんだよね?
確か、零次さんが風邪を引いて、その時に看病しに行ったって噂を聞いたけど、ということは夜は二人きりになったってことで···
お、大人だなぁ···
やっぱり聞いて正解だったかも
「あの···好きな男の子っていうか、まぁ···その人は子どもっぽいって言われてはいるんですが···」
「うんうん」
またパンケーキを口に運び、奏さんは昼食をとる
今度は私の手が止まり、テーブルの上に置いてある水の入ったグラスを両手で持ちながら恐る恐る話し掛けるのだった
「前に、私の誕生日の日に、遊園地で撮影があったんです」
「うん」
「その時に零次さんが送迎してくれていて、前から約束してくれていたんです。この日撮影が終わったら、私とその···デ、デートをしてくれるって···」
「···うん?」
奏さんの食べる手が止まった
「一緒に食べ物を食べたり、一緒に写真を撮ったり、一緒にカートに乗ったり、一緒に遊園地を丘の上から眺めたり···」
あの日あったことを私の携帯に残っている写真を交えてこと細かに詳細に奏さんに説明していく
あのカップル限定の筐体で撮った写真を見せるときはちょっと···いやかなり恥ずかしかったが、やっぱりちゃんと流れを説明してあげたほうがこのデートプランが間違っていないかどうか教えてくれそうだったので見せることにした
それでも奏さんは顔色一つ変えずに、片手で耳元を押さえながらクールに頷くだけだったのでさすが大人だなぁと思った
「それから···最後に観覧車に乗ったんです」
奏さんはクールに水をゴクゴク飲みながら続けて話を聞く
「そして夕日が差し込んで、観覧車は丁度てっぺんくらいに着いたときでした。窓から見える遊園地のカート場の話になったので、運転のしかたの説明を受けるという口実で零次さんにこうやって、近づいて···」
身振り手振りでジェスチャーをしながらその時あったことを説明することにした
零次さんの太ももに跨がって体を密着させて、零次さんの手を自分の胸に当てて、徐々に距離を詰めていく場面のあたりで奏さんの飲んでいた水がなくなり、グラスを置いて咳き込んでいた
「そして···唇を狙って顔を近づけました。映画とか漫画みたいに目を閉じて、ゆっくりと零次さんに向かって、口をほんの少し前に出して···こうやって」
私が口を少し前に出す仕草をするのを、奏さんはまるで面接の時のように背筋を伸ばし、手をキチンと膝の上に乗せて、説明している時に一言も話さず聞いていた
顔色一つ変えず···というより顔面が固まって動かないような状態になっている
まるで冷水を思いっきり顔にかけられた時のように硬直しているような···
「あの···奏さん?」
「うん」
奏さんは間髪入れずに返事をしてペコッと一回頷いていた
大丈夫そうなので話を続ける
「それで結局、零次さんの唇の端っこのほうに当たってしまったんです。この···唇のたまに乾燥して切れる辺りになんですけど···。前に''初めてするキスは難しい''って零次さんに言われたことがあって、本当なんだなぁって思いました」
「···言われたって?どういう状況?」
「ああ、あの、ちょっと前に零次さんを私の家に呼んで夜ご飯を一緒に食べたんです。いつもお世話になってるんだから連れてきなさいってマm···母が言っていて、その後に私の部屋で一緒に遊んだり、お話したときに教えて貰いました」
「···」
それだけ話すと、しばし沈黙が続いた
私は自分のパンケーキを再び口に運び始めるが、奏さんは水が無くなっているはずのグラスを再び持って口をつける
が、やっぱり水は入ってないのでずっと咥えているような感じだ
何を考えているのだろう、やはりミステリアス
「それで···どうでしょう?どうしたら上手くキスできるようになりますか?あの、是非テクニックのようなものを教えてほしいんですが···!」
意を決して尋ねてみる
しかし、奏さんは口もとをグラスで隠したまま···少し落ち込んでいるようにも見えるが、額に手を当てて考え込むようにうつむいていた
やっぱり···簡単には教えないということだろうか?
「···そうね、ええ、そうね、わかるわ、そういう時もあるわね、そうね、ええ···そうね」
「ですよ···ね?」
やっと口を開いてくれた
後はゆーえきな情報を得るだけなのだが、奏さんは''まさか···''とか''これは···''だとかぶつぶつと呟きながら考え込んでしまう
何かマズいことを言ってしまっただろうか
「そうね···えっと、あれよ」
「はい!」
いよいよさっきから目を合わせてくれなかった奏さんが私と向き合ってくれた
「あの···ほら、ケースバイケースってやつよ」
「''ケースバイケース''···!」
ケースバイケースってなんだろう!
きっと凄い事に違いない
「相手も緊張していると思うわ、綺麗な夜景をバックに相手にそっと寄り添うのよ。そしてその日あった事とかを語りあったりして···」
「いえ、あの···シチュエーションではなく、キスのやり方を教えてほしいんですが···」
そう言うとまた奏さんは黙ってしまった
「···そういえば」
「はい!」
再び期待して奏さんと向き合った
「零次さんの車を見たわ。なんだか···会社の正門前辺りを走っていたと思うのだけど」
「零次さんの車ですか?」
おかしいな、零次さんはバカンスに行ったって聞いたんだけど
ーーーーーーーーーー
「ふぅ···、美味しかったですわ琴歌さん!着いて早々からこのようなおもてなしをしていただけるなんて!」
「私も、とても美味しかったです。特にこの卵サンドが絶品で」
「喜んでいただけてよかったですわ!お昼という時間帯ですし、この後一緒に遊ぶことを考えての軽食という形だったのですが、ご満足いただけたようで!」
丁度その時、この広大な食堂に置いてあるアンティークの大きな振り子の古時計から風情のある音が食堂全体に響き渡った
中央に配置してある大きな木目調の長机、そしてそれに合わせて配置したのであろうアンティークな立派な椅子に座り、俺は背もたれにもたれかかりながら、二階まで吹き抜けている高い高い天井を見上げて一息ついていた
美味かった、これは一つの完成形だ
卵、ハム、ツナマヨなどバリエーション豊かに用意され、このカツサンドときたらカツの揚げ具合と衣のバランスが絶妙で、ソースもまるでこれの為だけに作り出されたような完成度で汎用などでは決してないプロの味だった
「ずるいな···お前たちいつもこんな美味しいもの食べてるのか」
「いやですわ零次様、慣れて頂かないと。これから四日間もっと美味しいお料理をご紹介いたしますわ!いつも''ふぁみれす''や''カップラーメン''をご馳走になっているのですから、これくらいは当然です!」
一緒にしないでくれ頼むから
あんなのどこのコンビニでも買えるようなカップ麺だし、ファミレスだってそんな高いところじゃない
それでこんなに美味しいものをご馳走されたら俺が逆にお金を払うレベルだ
「それと、私に新しい世界を色々と教えてくれた零次様に、今度は私たちの世界を知ってほしかったのです。そうすれば、お食事会に出た際などに作法がお分かりになるでしょう?」
そもそもそんな''お食事会''なんて呼ばれるほど高貴な集まりに招待されることはないから大丈夫だと琴歌に伝えようと思ったが、星花からもゆかりからも''その通りですわ!''や''もしかしたらそういう機会に恵まれていくことになるかもしれませんし''という共感の言葉にその返事は喉の奥に引っ込んでいった
まぁ確かに、俺が教えた食べ物や連れていった場所が他のアイドルのやつらとの話や、番組内のトークの話題で役に立ったこともあったみたいだから、もしかしたらいつか役にたつこともあるのかも
「それならば、今夜はわたくしのバイオリンをご披露いたしますわ。今度オーケストラの演奏会にも是非ご招待いたします」
「まぁ、では私のフルートも御一緒に。コンクールにも是非来てください」
こいつらといるとそういう話が出てくることがちょくちょくあるが、どうも身の丈に合っていないような感じが半端ないので遠慮していた
しかし、それがこのお嬢様たちにとっての''おもてなし''なら、たまには付き合ってやってもいいかもしれない
とても気は引けるが
「それならば私も今度、舞踏会にご招待いたしますわ。零次様にも慣れていただかなくては!」
その後も、それならわたくしも···、それなら私は今度···と、メイドや執事の人たちがテーブルの上の食器を片付けてくれている間に、俺の未来の予定が次々と決まっていっていた
そんなに俺は心得がないけど大丈夫なのかと思ったときに、こいつらはそんな俺よりも全然若いのに、舞踏会やら演奏会やら大人な場所に行ってるんだなと思うと情けなくなってくる
お子ちゃまドライバーか···
こいつらの前だったら俺は子どもみたいなもんだなこれじゃあ
昼食の後は琴歌の付き添いの下、屋敷の内部を案内された
食堂のある一階部分から、めちゃくちゃデカいお手洗いと洗面所といった生活に必要な部分、舞踏会で使われるようなダンスホールに、ビリヤードやダーツなどがある遊技場
屋敷の端にある出入り口から出てすぐのプールと芝生が綺麗な庭など、個人で使うどころか家族で来ても広すぎるし使いきれないレベルだ
二階も、宿泊する部屋が並ぶ廊下から一足出れば、たくさんの本が並ぶ書斎···いやもうこれは図書館と呼ぶレベルの書籍の量の部屋に、お風呂上がりなどに落ち着いて過ごせる休憩室、中にはマッサージチェアが並ぶスペースに、高そうな革製のリクライニングシートが並ぶ一角もあって、それぞれに個別にテレビがついている
壁際には一面、様々な銘柄のお酒やワインが並ぶバーのような場所があって、部屋の電気を点けてみると部屋全体が淡く、そして薄暗く落ち着いた照明で照らされた
これなら寝る前にゆっくり過ごすことができるだろう
「いかがですか?西園寺家が様々な所から取り寄せてコレクションしておいたボトルですわ。お酒だけでなくジュースも沢山の種類をご用意しておりますので、お好みを言っていただければお作りすることができます。皆さんの細かい好みを把握していなかったので、たくさんご用意いたしましたわ!」
「確かに···これは素晴らしいですわね。涼宮の家でもこれ程の種類を揃えてはおりませんもの」
壁の棚に並んでいる数々のボトルを眺めながら、ゆっくりと歩いていく
よっぽど興味があるのか、顎に手を当ててじっくりと吟味している様子を見ると、本当にお金持ちが見ても珍しい物が揃っていることがわかる
一体どこから調達してきたのか、そのルートが気になる
「零次さんはお酒は飲まれるんですか?」
「俺は···晩酌はしないけど、飲み会とか完封会とか、そういう場では飲んだりする」
隣にいたゆかりが俺に尋ねてくる
完封会ってなんですか?とか聞いてきたので、少しだけ大人の世界の付き合い方を説明してあげた
根が真面目なので興味津々に聞くのと同時に、その時の作法とか動き方とかそういった事も聞いてきたので、そこも程々に教えてあげた
そういうのはケースバイケースで対応することもあるから、そこは大人になってから学んでいけるから大丈夫だとアドバイスする
「では、お風呂に入った後にお酌をさせてください。こういう機会は中々無かったので、私に色々と、大人の世界を教えてくださいね。零次さん」
私結構上手なんですよと、なんだか瑞希さんや早苗さんにそんなことを言われたらしい
ゆかりの将来がちょっと不安だ
あの面々に飲み込まれなきゃいいが
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「···」
「あれ?奏じゃーん★。おつかれっ、どうしたの?廊下の休憩スペースなんかでボーッとして」
「···美嘉」
「何?ちょっ、まっ、かな、えっ、えっ、えっ?引っ張ってどしたの?」
「あんた、キスしたことあるんでしょ?」
「えっ?それはまぁほら···ねぇ?あ、当たり前じゃーん?」
「じゃあ、いいわよね?」
「···へ?」
「教えなさいよ、カリスマギャルなんでしょ?」
「えっちょっ、顔恐っ、待って待って話が見えなさすぎ!」
「いいじゃない!女同士なんだから!」
「だからマズいんじゃな···!あっ、あっ、あーーーー!!」