HBD01
「ほんっっとありえないわ!!」
事務所の扉が閉められた直後、的場梨沙の叫び声が部屋中に響き渡る
中央のテーブルには、いかにもついさっき急いで作ったと言わんばかりの、端をホチキスで止めただけの書類が三冊並べられていた
そんな書類と、荒ぶりながらソファーに座る梨沙を怯えた様子で手を胸の前で小さく結び見比べる佐々木千枝
そしてやれやれと額に指先を当て、櫻井桃華は左右に首を振っていた
「梨沙さん、少し言葉使いが乱暴ではなくて?」
「そりゃ、ああも言いたくなるわよ!いくらなんでも急すぎると思わない!?」
桃華がテーブルから書類を取り、それに続いて梨沙も「まったく・・・」と悪態をつき、腕だけテーブルに伸ばし書類を取る
「レディたる者、常に優美な振る舞いをいたしませんと。ましてや私たちはアイドルですわ。仕事もスマートに、臨機応変に対応してこそ、大人のレディというもの」
「な・に・がレディよ!こんなの男だろうが女だろうがブチ切れるに決まってるじゃない!いい?こういうのはね、『理不尽』っていうの!パパに聞いたんだから!」
「二人とも・・・け、けんかは止めようよ・・・」
弱々しく呟く千枝を見て、梨沙と桃華はバツが悪そうに大人しくなる
コホンッと一つ咳払いをする桃華と、ソファーの肘掛けに腕を置き、口をへの字に曲げ不機嫌そうに梨沙は千枝から目線を逸らした
「ほら見て。仕事も楽しそうだし、わぁ!千枝達のライブBDの特典プロマイドの撮影だって!あ、でも・・・この服でいいのかな?もっとオシャレなのにしてくればよかった・・・」
「・・・千枝さん。衣装はあちらに用意してあると思いますわ」
「そ、それもそうですね。あはは・・・」
そう苦笑いを浮かべつつも楽しみな様子を隠しきれない千枝を見て、梨沙はなんだか居心地悪さを感じ、とりあえずターゲットをプロデューサーに変えることにした
「ったくあのチビプロデューサー。何考えてんだか全くわかんない」
「でも梨沙ちゃん。今日この後しか予定がないみたいだし・・・ね?私は大丈夫だから」
「・・・梨沙さん。''スマートに''ですわよ?私たちならすぐ終わりますわ」
二人は二人でとにかく梨沙の機嫌を直そうと、あの手この手で元気づける
それが届いたのかそれとも、そろそろ捻くれるのをやめたのか、立ち上がり一言叫ぶ
「わ、わかったわよ。でも・・・あぁぁぁん!もう!」
ーーーーーーーーーー
「あぁぁぁん!もう!」
姉さんの叫び声が、工場の扉を隔てて昼過ぎの事務所に響き渡る
「・・・どうしたんですかね?」
「さぁ、大方物が外れないんじゃないの?」
パソコンから目を離さず作業しているひな先輩がそう言う
扉に目を向けると小窓から、車の横に立ち腰に手を当てて、持っているハンマーを足にトントンとリズミカルに当てている姉さんの姿が見えた
ペンライトを片手に持ち、右前のタイヤが付いていた部分の裏側を覗き込み、しばらくするとハンマーをその部分に大きく振りかぶり何回も何回も叩き始める
金属音が工場に響き渡り、これまたリズミカルな音が事務所にまで小さく響き渡る
「・・・ロアアームか?」
「っぽいですね。まぁ、あの年式だったら相当じゃないですか?」
音が止まり、また目を向けるとハンマーをだらんと下げた姉さんの姿が見えた
見るに見かねたのか、ひな先輩が目配せで''行ってこい''と顔を工場へ振ったので、とりあえずキーボードの手を止め、足元から軍手を取り出し、扉を開けて工場へと入る
案の定、姉さんが肩で息をしてうんうんと唸っていた
「大丈夫ですか」
「あ、レイジ君。いや〜もう、はぁ・・・頑固頑固。頑固もいいとこよ・・・誰かさんみたいに」
そう言った後に事務所を振り返ると、たまたまこちらに目を向けていたひな先輩と目が合った
こちらの声は聞こえていないはずなのに、みるみるうちに眉間にシワが寄っていき、不機嫌な表情を浮かべるひな先輩
冷や汗がダラダラ出かけてきたその時、電話が来たのか席を立ち、別のデスクへ向かった
「さ、レイジ君。選手交代、次は私が押さえるから。あー、肩いっっったい、ほい」
気づくと目の前にハンマーが差し出されていた
それを無言で受け取り、先が欠けて丸くなってる長いマイナスドライバーをもう一方の手で持ち、ドライバーをロアアームのボールジョイントに当てハンマーでドライバーを叩き始める
姉さんはドライバーがズレないように手でしっかり押さえていた
ああ、確かにこれは中々だな
叩いても叩いても手応えがない、相当錆びついてるな
動く気配がまるでしない、もうちょっとこう・・・そう、こっち方面ならどうだ
うん、いいな。下に抜けてきてる、これならすぐにでも・・・
「おい!」
肩をバンッと叩かれて、俺はやっと背後にひな先輩がいることに気が付いた
叩いてる手を止め、ひな先輩に向き直る
「電話だ電話、デスクの上」
「デスクの上?」
「携帯。美城プロから」
そう言い俺からハンマーを受け取るひな先輩
汚れないように上着を着て、いつの間にか軍手を付けていた
急いで事務所へと戻る
「しっかりやるんだよー!」
「え?これ私が叩くの?」
去り際に姉さんのエールを受け、事務所に駆け込み携帯の通話ボタンを押す
「はい、お待たせしました。青葉自動車工業の北崎です」
『あ、もしもし!私は美城プロダクションアイドル部門のプロデューサーをしている者です!こちらにお電話すれば、送迎をお願いできると聞きまして!』
聞こえてきたのは、比較的若い男性の声だった
工場からまた金属音が聞こえてきたので、事務所の奥の更衣室に行き話を聞く
『大変申し訳ないのですが、今から三人の送迎をお願いできませんでしょうか!無理を言っているのは重々承知しているのですが、どうしても外せない仕事がありまして!』
「あ、いえ全然大丈夫ですよ。まずどこに迎えに行けばいいですか?」
携帯を耳に当てながら、自分のロッカーから必要な物をポケットに入れ事務所に戻る
金属音が止んでいたので工場を見ると、外した部品を見ながら二人して肩で息をしていた
『最初は美城プロに来てください。そこで三人が待っているのでお願いします。あ、住所を伝えておきますね』
「あ、はい。えーと・・・はい、どうぞ」
急いでメモ紙とボールペンを用意し、言われた住所とアイドルの名前をメモし紙を剥がす
『ではすいません、よろしくお願いします!』
「あ、何時頃までとか・・・」
『3時くらいまでに現場着でお願いします!では、失礼します!』
相当急いでいたのか、そう言った後にすぐ電話が切れた
俺はパソコンで、指定された住所を探す
「書いてある住所ならこの辺り・・・げっ!遠くね・・・」
そこは海沿い、もっと詳しく言うと観光用のビーチがある場所だ
今はまだシーズンオフだが、近くに大型のショッピングモールなどもあり休日等にはほどほどに車が行き交う年中通しての定番スポットになっている
片道1時間半はかかるぞ
今何・・・ちょっ!
「はぁ・・・ん?どした?」
「すいませんひな先輩!ちょっと俺すぐ行ってきます!しばらく帰らないかも!」
「あ、あぁ・・・お前どこに行くんだ?っておい!ここに行くなら高速道r」
戻ってきたひな先輩の言葉を背に受けて俺は事務所を飛び出しメモした紙をファイルに入れてカバンにぶち込み、急いで自分の車に飛び乗った
ーーーーーーーーーー
「ここで待っていればいいのかなぁ」
「ええ、お迎えの車が来るとプロデューサーちゃまが言っておりましたわ。」
美城プロ正面出入り口の前に小さな三人が立ち並ぶ
小さな手提げバッグを前に持ち、周りをキョロキョロ見渡して、時には正門に目を向けその車を待つ
その中に一人、落ち着かない様子で梨沙は腕を組んで待っていた
「でも、あれだよね。プロデューサーさんが前に言ってた人だよね?新しい運転手さんが入ったって・・・」
「社員ではなく、普段は別の仕事をしていると言っていましたわ。呼んだら来てくれると」
「こ、恐い人だったらどうしよう・・・」
「どうもこうもないでしょ、ただの運転手よ」
千枝に対してぶっきらぼうにそう答える
「梨沙さん」
フンッと桃華の言葉を聞き流し、柱にもたれかかってため息をつく
そんな梨沙に桃華が一歩近づき、また喧嘩が勃発しようとしたところで、地の底から響いてくる様な低い音が辺り一面に響き渡り始める
「うっさいわね・・・何よ」
梨沙の言葉と同時にその音につられて三人揃って正門を見ると、ゆっくりとした速度でシルバーのセダンがその低い音を響き渡らせ敷地内に入ってくる
ぐるっと時計回りに曲がり、三人の目の前に止まった
「確かプロデューサーさんが言ってた車って・・・」
「ええ、銀色の車と言ってましたが・・・」
中にはスーツの上に薄いブルゾンの上着を着た男が運転席に座っていた