空からの光が眩しく差し込むテラス席
連日の仕事もやっと落ち着いた昼下がり
私はカフェで昼食を取っていた
「ゴゴゴゴゴ···」
取っていたのだが···
「あわわ···なーが怒ってるよ···、どうしたらいいんだろう···ね、千枝ちゃん」
目の前にある別のテラス席では、奇妙な光景が広がっているのだった
片側、腕を組んで座りその''ゴゴゴゴゴ''という効果音?を言いながらテーブルを挟んで座っている向かい側の人物を睨み付けているのは、久川凪ちゃん
そして···
「ごめんなさいごめんなさい。わざとじゃなかったんです、無人島から帰ってきてフラフラだったんです。お願いですからどうかどうかまた無人島送りにだけは···」
そんな凪ちゃんにテーブルに頭をつけて謝っているのは、夢見りあむさん
ひたすら謝り倒して、凪ちゃんの機嫌を何とか直そうとしているみたいだ
ゆっくりと頭を上げて凪ちゃんの様子を確認しようとするのだが
「頭(ず)、高くね?」
「ひぃぃぃぃぃ···!!」
その凪ちゃんの一言に、またりあむさんはテーブルの上に頭を伏せてしまった
私はその様子をハラハラと見ている颯ちゃんとその二人を見ながら自分のサンドイッチを一口食べる
ケンカ···ではなさそうだけど、なんだか零次さんと梨沙ちゃんを思い出してしまった
「一体何があったんですか?」
「ああ、えっと、''なー''がですね···」
それはお昼に入るちょっと前の出来事で、''なー''こと久川凪ちゃんが事務所で、はめ込んで組み立てていくミニブロックでお寺を作っていたらしい
給料で買った本格的なお寺のセットで、デビューしてからの仕事も一段落したからやっと製作に取り掛かり、昨日から始めて今日完成にこぎ着けるかと思いきや、帰ってきたりあむさんがソファーに寝転んで腕を伸ばした瞬間にその腕でそのお寺を組み立てていた土台ごと弾き飛ばしたとのこと
凪ちゃんがお手洗いに立った一瞬の出来事だったという
「それは···大変だったね」
「そうなんです、だからなーもあんな感じになっちゃってまして···」
「ニブニブニブニブニブ···」
「あぁ···、なーがにぶにぶ言い出してきました。これは大変かも···」
「にぶにぶ···?」
再び二人の様子を観察することにした
「りあむさん、あなたは、一晩で法隆寺を作り上げるといういたいけな少女の夢を文字通り破壊いたしました。つきましてはその責任を取っていただこうと思っている次第であります」
「責任···い、一体何をすれば···」
その時、今いる346カフェから見えるオフィスビルへの渡り廊下にチラッと人影が見えた
ウサミミのようなモコモコの耳のついた小さなシルエットが、誰かを探しているのかキョロキョロしながら駆け抜けていく
「あれは···市原仁奈ちゃん?」
りあむさんが不思議そうに眺める
「そうです、市原仁奈ちゃん。彼女は朝からある人物を捜して動物の着ぐるみパーカーを片手に追いかけどったんばったん大騒ぎしておりまして」
「あ、ある人物?」
すると仁奈ちゃんがいる渡り廊下とは反対側、オフィスビルではなく別館へと通じている渡り廊下に同じように何かから逃げるように走りまわる女の人の姿が見えた
長い髪に、カッコいいジャケット、カッコいいデニムを履いているその人物は、その男勝りな格好とは裏腹に、これまた周りをキョロキョロしながら同じように駆け抜けていくのだった
『拓海ー?』
可愛らしい仁奈ちゃんの声が微かに聞こえた
それに気づいたのか、その人物は別館から本館を回り、私たちがいるカフェまで逃げ込んでくる
膝に手をついて口元を手で拭っているあたり結構な時間逃げ回っていたみたいだった
「まったく諦めの悪い···あ、千枝!悪い、かくまってくれ!そのメシ奢るからよ!」
拓海さんは仁奈ちゃんから逃げるように私の影に隠れる
そして渡り廊下から仁奈ちゃんの姿が見えなくなったのを確認すると、私たちのテーブルの椅子に座り、顔を両手で押さえて長くため息をつくのだった
「な、何があったんですか···?」
今日は色んなことが起こる日なんだなぁ···
私が拓海さんに尋ねると、まるで悩みごとのように語り始める
「それがよぉ···、前に仁奈が''拓海と一緒に写真を撮りたい''って言っててよ。アタシとしてはよかったんだぜ?わざわざそんなこといちいち言わなくてもいつでもいいぜってな!可愛い奴だなってな感じで。そんで今日になって衣装持ってくるっつって見てみたらアレだぜ!?それにそれが次の仕事の衣装合わせだとは思わないだろ!?アレだぜ!?アレ!」
そこで私はさっき見かけた仁奈ちゃんを思い出す
確かに、仁奈ちゃんのような格好をした拓海さんは想像できない
いつもその···カッコいい服装というか、長いロングコートに難しい漢字で色々と書いてあるような、そんな格好をしているイメージだから
そういう服もたくさん持ってるって聞いたことがある
「カンベンしてくれ。時期だから水着とかならまだ···、いや、それでも少し苦手だけどよ?フリフリの衣装も百歩譲ってもう仕事みたいなもんだから慣れたっちゃあ慣れたが···、アレだけはちょっとなぁ!?アタシの中の何かが揺らいじまう」
「でも、可愛いと思いますよ?拓海さん美人ですし。ギャップ萌え?っていうんですか?千枝は少し見てみたい気も···」
「お前までそう言うのか···、だってライオンだぜ?アタシの頭にライオンの耳とたてがみが付くんだぜ!?絶対似合わないよな?な?な?」
私だけではなく、向かいに座っている颯ちゃんにもそう問いかける拓海さん
しかしまだあまり話したことがないのか、颯ちゃんは少し困り顔でどう返事をしていいのかわからないみたいだ
確かに拓海さんのこの···独特な威圧感というかオーラというか迫力は、前にするとちょっと尻込みしてしまうところがあるのはほんの少しわかる
「そ、そうですね···!え~と···、はー的にはその···絶対似合わないっていうことはないといいますか···あー、な、なーはどう思う!?」
その空気に耐えきれなかったのか、颯ちゃんは凪ちゃんに助けを求める
しかし、そっちはそっちでまた揉めているような様子だった
「本当にいかなきゃダメ?ねぇダメ?ぼくまだ死にたくない。タイマンとか言われそう。めちゃくちゃ恐い、ほら見て、めちゃくちゃ恐い」
「偉大なる先輩からの指示です。これは決して凪が拓海さんを恐れているからではなく、りあむさんに花を添えてあげたいという親切心になります」
「だったら今近くにいる颯ちゃんのほうがいいと思うんだけど」
「はーちゃんを巻き込むというのならターミネートも辞さない方針です」
''でもぉ···''といまだ踏み込めないりあむさんに凪ちゃんがさぁさぁと手で促す
凪ちゃんに逆らえない状況に、りあむさんは意を決して拓海さんの近くへと渋々寄っていくのだった
「あのぉぅ···」
「ん?なんだ?確か···アンタは新入りの」
拓海さんはりあむさんの事を知っているようだ
りあむさんのほうが年上のはずだが、それでもおくすることなく話し掛けている
いいなぁ、そういう性格だったら零次さんとももっと仲良くなれるかもしれない
「ぼくは···似合うと思うので、着てみてもいいのかなぁ~なんて···」
「···なんだって?」
さっきの気軽に話し掛けているようなトーンから、なんていうんだろう、ケンカが始まる前のようなトーンに拓海さんの声色が変わる
立っているりあむさんを見上げるような形になり、自然と目付きが鋭くなる
「アンタもそっち側か?ん?いいぜ、そうと決まれば話は早い」
「待って、本当に違うんですぼくは言われたままにやってるだけなんです、信じてくださいぼくは悪くない。あ···」
りあむさんが何かを見つけ、拓海さんから目を離した
その様子に気付いた拓海さんがりあむさんと同じ方向を向こうと後ろに振り返るより一瞬早く、りあむさんがその人物へと手を振る
「仁奈ちゃ···!仁奈ちゃーん!ここ!ここここ!」
「おまっ···!!」
拓海さんが今度は驚いた顔でりあむさんを見上げる
しかし拓海さんがりあむさんに文句を言うより先に、その声が響いてくる
「拓海ー!!」
「ヤバッ」
タタタタッと、仁奈ちゃんは拓海さんを見つけると駆け寄り、立ち上がって逃げようとする拓海さんの脚に抱きつくのだった
「なんで逃げるでごぜーますか?仁奈、ずっと追いかけてるのに、拓海止まらねーんでごぜーますよ」
「バッ···!に、逃げたわけじゃねーよ!ホラ、あれだ···!腹減って昼メシ食いに来たんだよ!お腹と背中がくっついちまいそうっつーか···」
「さっき夏樹と一緒にご飯食べてたでごぜーますよ」
「くっ···!」
仁奈ちゃんのほうが一枚上手だったようだ
「違うんだよ仁奈、ちょっと足りなくてさ。ほら、食後のデザートってやつがあるだろ?···そういうやつだよ」
「なるほど!なら仁奈も食べたかったでごぜーます!なんで誘ってくれなかったでごぜーますか?」
「それは···そう!仁奈を誘うために捜してたんだよ!ったく、どこ行ってたんだお前~」
座れ座れと拓海さんは自分が座っていた席へと仁奈ちゃんを持ち上げて座らせると、メニューを目の前に置くのだった
「好きなの選べ、な?アタシが奢ってやるから」
「本当でごぜーますか!ありがとうです拓海!」
夢中でメニューを両手でもって目をキラキラさせている仁奈ちゃん
なんとか関心をデザートへ向けることに成功した拓海さんはホッと一息ついていたが、自分の席へ戻ろうとするりあむさんの腕を掴みグッと自分の体のほうへと引き寄せて、顔をりあむさんの耳元へと近づけた
「···覚えておけよ」
「ヒッ···!」
ボソッと呟いたその言葉が聞こえてしまった
フラフラとした足取りで元の席へと戻っていくりあむさんだったが、座った瞬間に背もたれに体を預け、力なく空を見上げているのだった
凪ちゃんがりあむさんに近づき、その肩をポンポンと叩いてなぐさめている
「りあむさん、カッコよかったです。これであなたも英雄の仲間入りですよ」
「そんな···夢も希望もない···」
「それはダメです。英雄になるには夢を持たなければ」
励ましかたがよくわからないが、何か二人には通じるものがあるのか、りあむさんは凪ちゃんに泣きつくのだった
「おねーちゃーん!!怖かったよぉ~!」
「泣きなさい泣きなさい。ほら、ナーギネーチャンですよ」
でも、なんだか一段落したみたいでよかった
拓海さんも···本気ではないよね?
零次さんと梨沙さんみたいにすぐ仲直りすると思うし
こっちはこっちで拓海さんと仁奈ちゃんはいつもと変わらずのやりとりに戻っている
「えっ、いいんですか?はー···わ、私はただここにいただけなのに···」
「いいんだ気にすんな。大人しく先輩に奢られときな!アタシはそんな細かいことは気にしないし、それにメシはみんなで食ったほうがウマイだろ?」
「あ、ありがとうございます!何にしようかなぁ···」
拓海さんは私や仁奈ちゃんだけでなく、颯ちゃんにも何か注文するように促していた
カッコいいなぁ、こういう女の人になってみたい
カッコいい車に乗ってて、それなら零次さんも隣に乗ってくれるかも···
「仁奈、これにするでごぜーます!拓海はどれでこぜーますか?」
「アタシか?アタシは···この、抹茶あんみつかな」
「それなら!仁奈のと一口ずつ交換できるですね!仁奈もそれ食べてみたいでごぜーますよ!」
「おう!いいぜいいぜ、たーんとお食べよ!もうスイーツ以外の事は考えられないくらいにな!ハッハッハ!」
私にも食え食えとサンドイッチを薦められ、昼食を続ける
夏の忙しい合間を縫った奇跡のような昼下がり
後輩もできて、私ももっと仲良くなれればいいなぁと思った
「あ、あの、千枝さんのサンドイッチも美味しそうですよね···私もそれにしようかなぁ~なんてっ」
「颯ちゃん、タメ口でいいですよ。私のほうが年下ですし。なんだか···ムズムズしちゃうので」
「で、でもっ!芸能界は入った順番から先輩だってPちゃんが言ってて!だから···その···」
「いいんです、私は気にしないので。それにほら、さっきの二人も」
そう言って拓海さんとりあむさんを見る
「アンタは自分で払ってくれよ」
「え゛っ、そんな···、せんぱ~い···」
「アンタのほうが年上だろうが」
「ヒイィィ···」
···ちょっと違うみたいだけど
「じゃ、じゃあ···よ、よろしく···ね?千枝···ちゃん」
「はい、よろしくお願いします。颯ちゃん」
一歩踏み込んでみよう、そうすれば案外自分が思っているよりも簡単に世界は変わるかもしれない
「拓海ー、ありがとうでごぜーます。仁奈、とっても嬉しいでごぜーますよ。拓海と一緒にデザート食べてみたかったです」
「そうか?アタシも嬉しいぜ、仁奈は食べ盛りなんだからドンドンと···」
「では着ぐるみの話はデザートを食べた後に打ち合わせするでごぜーます」
「くっ···!」
やっぱり世の中はそんなに''甘く''は···ないところもあるかも?
「···そういや」
「はい?」
「さっき会社のまわりで零次サンの車みたいなのを見たぜ。乗ってるのは本人じゃなかったみたいだけどよ。ナンバーまでは見えなかった」
「零次さん?」
おかしいな、零次さんはバカンスに行ってるはずだけど···
「髪の長い人だった。女か?すみに置けないな、零次さんも」
「女の人···」
美空さんかな、でも自分の車を持ってるはずだし
346プロにはめったに来ないし、仕事はちゃんとする人だってひなさんが言ってたからサボるようには見えないし···
他の人からもそんな話を聞いた気がする
ん~、でも今夏休みだからお仕事はお休みか···
だからってわざわざ零次さんの車に勝手に乗ってくるかなぁ···