ヘイ!タクシー!   作:4m

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番長02

お茶のペットボトルを片手に戻る

冷静に見えるが、その目は少し泳いでいた

飲み物を受け取っても、ただ持ってるだけ

声をかけても生返事ばっかりだ

隣に座ってみるが、うつむいたまま

できるだけ声をかけてみる

 

「高垣さん。ひな先輩は大丈夫です、元気だしてください」

 

そう言っても、なかなか顔を上げてくれない

手元にペットボトルを持ったまま黙り込んでいる

俺は自分の飲み物を飲み始めると、やっと高垣さんが話し出した

 

「あの···ヒナさんは、本当に···大丈夫なんでしょうか···」

 

その澄んでいる綺麗な声が、今は逆にとても不安な印象を与えてくる

心配しすぎですと伝えても、高垣さんは首を横に振るだけだった

 

「だって私が···、私が今日ヒナさんにお迎えを頼まなければ、こんな···こんなことには···。どうして···どうしてこんなことに···」

 

とうとう両手で顔を覆って、高垣さんは泣き出してしまった

相当ショックだったのだろう、そして、相当焦っていたのだと思う

今着ている服もいつも着ているよそ行きのオシャレなものではなく、レッスン上がりに着て帰るようなものに上着を羽織っただけの簡単なものだった

 

「おかしいと思ったんです···、最初は零次さんの車かと思ったんですけどナンバーが違うし···、そこで妙な予感がして、外に出てみたら大きな音が···ぶつかるような音がして···!」

 

その時に駆けつけてみると、現場はもう悲惨な状況で、さっきまで自分が乗っていたひな先輩の車は運転席側がボコボコでドアがひしゃげていたし、救急車とパトカーのサイレンに赤い赤色灯、集まってきていた野次馬など、今までドラマの中でしか経験したことのない光景がリアルに広がっていたのだ

 

俺でもそんな状況に遭遇したらどうしたらいいのかわからなくなる

仕事柄、現場に車を取りに行ったりしてるからボロボロになった車は見慣れているが、普通の人ならどんな心境になるか想像がつかない

 

「私が···私のせいで···!ヒナさんがあんなことに···!」

「高垣さんのせいじゃないです、それは断言してもいい。警察の人も言っていたでしょう?当て逃げの可能性が十分に高いって。悪いのはその犯人です。それなのに高垣さんのせいにしてしまうようなことがあったらそれこそひな先輩が怒るし俺が殺されます」

 

相当責任を感じているのか、俺がそう言っても中々顔を上げようとせず、手で涙を拭うばかりだ

誰がどう考えてもそれは間違った考え方なのだが、一度そう思ってしまうとこういう場合は思い込んで塞ぎがちになることがあり、その後のアフターケアが結構大事だったりする

 

あまりにもひどい場合専門家の診察が必要になったりするため、あなどれない

大丈夫だろうか

 

「かーえでちゃん!アイドルがそんな顔しちゃダ~メ。ひなちゃんは大丈夫だからっ!ああ見えて現役時代はもっとぶつかってたのっ!」

 

高垣さんの背後からそんな声がすると、その声の主は高垣さんの顔を両手で掴み持ち上げて、口もとに指を当てると笑顔を作るように少し上にクイッと上げた

高垣さんはそのまま後ろに振り向くと、姉さんの顔を黙って見上げていた

 

「楓ちゃんはただの目撃者だから。それより、ひなちゃんのこと見ててくれてありがとう。すぐ駆けつけてくれて、警察の人から話も聞いてくれて、逆に助かっちゃった」

「でも···私···どうしたらいいかわからなくて···!」

「だいじょぶだいじょーぶ、ね?恐かった恐かった~」

 

座ったままの高垣さんの顔をそのまま自分のお腹の辺りに抱き寄せて、頭を優しく撫でてあげる姉さんだった

そうしていると次第に高垣さんも落ち着いてきて、やっと俺が買ってあげたお茶に口をつけた

最後に涙を拭うと、立ち上がって''すいません''と一言謝る高垣さんに姉さんは、いーのいーのと背中を叩く

 

「もう今日は···帰ろっか!色々大変だったし、お腹も空いたしね!今夜は社長が居てくれるみたいだから···楓ちゃんラーメン好き?」

「···はい。よくいただきます。早苗さんや瑞樹さんと飲みに行った時なんか特に···」

「じゃあね~、私のオススメのラーメン屋があるのよ~。お姉さん奢ってあげるから!ね!レイジ君も行くでしょ?」

「俺はちょっと···腹減ってないんで、頭冷やしながら歩いて帰ります」

「···そっ。じゃあ鍵は裏から取って入ってて。お腹空いたら何か冷蔵庫にはあると思うし。ひなちゃん···色々買って置いておいてくれてたと思うし」

 

本当は行きたかったが、俺の中の何かがそれを止める

このまま高垣さんは姉さんと、ママ達に任せたほうがいいと思った

俺も中々にショックだったから、少し一人になって考えたかったのだと思う

 

「あんま深く考えちゃダメよ」

 

高垣さんの背中を押してエレベーターへ向かおうとする姉さんは、最後にそれだけ行って

二人で廊下の角を曲がっていった

広い休憩スペースに一人で、ただ黙って座り込み、少しうつむく

考えるなと言われてもやっぱり考えてしまう

一体誰がこんな、何の目的でやったのかわからない

立ち上がる気になれず、ただ時計の針が進む音だけが響く休憩スペースでしばらくじっと···しようと思ったが、それを見透かされたかのように姉さんからメッセージアプリにトークが届く

 

''早く帰ってゆっくりしたほうがいいよ''と、俺はそんなにわかりやすいのだろうか

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

姉さんに言われた通り、今はとりあえず考えるのをやめて、ガレージへと戻ることにした

ペットボトルを片手に、俺はエレベーターへと向かう

下へ向かうボタンを押して、エレベーターに乗って、下っていって、受付まで戻って

もう入院している患者しか歩いていないロビーを、俺は一人出口へと向かっていった

その道中、他の事故で運ばれてきた患者が救急外来から搬送されている様子が見え、そこに家族が駆け寄って患者に必死に訴えかけている姿が目に入った

 

ひな先輩はすぐ傍に家族はいない、ということは一緒に同乗してくれる人も、ああやって駆け寄ってくれる人もいなくて、ただ一人であの病室に担ぎ込まれたのだろう

どれほど心細かっただろうか、そこに高垣さんが一緒にいてくれて本当によかった

警察が到着するまでずっと、ベッドの横で語りかけてくれていたらしい

今頃、さっきより落ち着いてくれていればいいが···

 

「···ん?」

 

救急車が走り去っていった先、病院の正門のすぐ側に小さな女性の姿があった

子どものように見えたので、てっきり親を待っている学生かとも思ったが、ファッションが今時ではない

最近の学生の格好にしては一昔前の印象が強い

短く左右でまとめたツインテール

正門に近づいていく度に、そのシルエットが段々とハッキリしてきて、それはそれはとても見覚えのある人物だとわかった

 

「あっ」

「···おっ。よっ、少年」

 

背丈は子どものようだが、その体つきは大人の女性そのものだった

特徴的な、どうやっても目を引いてしまう胸元が···とそれが本人にバレると逮捕されかねないので失礼だし見ないようにするが、それをからかわれることも多かった

 

「早苗さんも中に入ってくればよかったんじゃないですか?」

「あたしは部外者だから入れないのよ、面会時間もとっくに過ぎてるし。楓ちゃんは事情聴取兼身元引受人みたいな感じだから、関係者として入らざるを得ない状況だったんじゃないかしら」

 

確かにそうだが、本心では早苗さんもひな先輩を心配して来てくれたのだから、無事かどうか確かめたかったのではないだろうか

そうでなかったらこんな夜にここまで来て待っているなんてことないはずだし、ここにいたのも怪我の状況がどうだったのか知りたかったからじゃないのだろうか

 

「それで···どうだったの?あの子」

「今は眠ってます。体の脳とか臓器は問題ないんですが、頭を車の割れた窓ガラスで切っていて、腕は車のぶつかった衝撃で折れた状態で···」

「···そう」

 

それだけ言うと、早苗さんは黙り込んでしまった

早苗さんの中でも複雑な感情が渦巻いているのだと思う

普段は言い争っている二人だが、それでも早苗さんは昔からひな先輩の事を気にかけていたのだという

 

「あんたは?大丈夫なの?」

 

今度は関心が俺に向く

なんだか、全てを見透かしているようなその目はもう、俺の考えてることなんかお見通しのようだった

 

「俺ですか?俺は···ちょっと頭冷やしながら歩いて帰ります」

「頭冷やしながらって···あんたが悪いことしたわけじゃないじゃない」

「ええ···まぁ」

 

そう言うと、早苗さんは考え込む

 

「···なるほど、だから美空ちゃんと楓ちゃんが二人だけで車に乗って出ていったのね」

 

早苗さんは腕を組んで俺を正面から見上げていた

悪いことはしていない筈なのに、何故かその視線が心に刺さる

 

「···じゃあ、俺はこれで」

 

これ以上追及されないように帰ろうとするが

 

「待って」

 

早苗さんに背を向けた瞬間、腕を掴まれて引っ張られると再び早苗さんのほうに向き直される

 

「レディを一人こんな夜道に放りっぱなしで、あんたはそのまま帰るわけ?」

「早苗さん強いですし、なんか放っておいても大丈夫そうですし、元警官ですし···」

「そんなこと言ってたらモテないわよあんた。いいの?んん?こんないい女を放っておいていいの?」

 

もう早くガレージに帰って姉さんの言う通りゆっくりしたかった

なんか、そんな気になれない

帰っても飯を食うかどうかも自分でわからなかった

 

「何よ、別にこんな状況で飲みに誘うわけじゃないわ。···ご飯、まだ食べてないんでしょ?」

「ええ···まぁ」

 

さっきからこんな情けない返事しかしてない

それを早苗さんもわかっているのか、ため息をつかれてしまった

 

「ちょっと今夜はお姉さんに付き合いなさいな。スーパー行って、食材買ってっから。あんた、荷物持ち」

「···はい」

 

それだけ言うと、俺と早苗さんは二人で歩き出す

早苗さんに車道側を歩かれて、なんだかこれじゃあまるで俺が守られてるみたいだった

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