なんだかやりきれない
今頃姉さんも同じなのだろうか
テーブルには簡単な手料理が並んでいく
ルーチンワークのように慣れた手つきだった
「どう?あたしも中々やるでしょ?」
特に凝った料理というわけでもなく、これぞシンプルイズザベストといったような内容だった
フライパンで肉をタレと絡めて簡単に焼いたものと、スーパーで買ってきた既に千切りにされてるキャベツが袋詰めにされ、出したら水洗いすることなくすぐに食べられるもの、さらに厚切りのハムを切ってただ焼いたものなど、簡単に用意できるものばかり
「一人暮らしの''王様''よ。···なーに?もしかして手抜きって思ってる?そんなんだと結婚したら苦労するわよ~?女の人がみんながみんな料理本やシャレオツなファッション系の雑誌のコラムに載ってるような料理を作って食べてるなんて大間違いなんだから」
「いやいや全然。なんていうか···おふくろの味?···みたいな感じがして」
「誰がオカンよ誰が。まだ一人も産んだことないわよ」
早苗さんが調味料をキッチンから持ってくる間に、お茶碗にご飯をよそって、二人分持ってきてテーブルへ置く
俺が手伝ったことといえばそれくらいだが、早苗さんは特に文句は言わなかった
それどころか、台所は女の戦場なんだから黙って座っていなさいと突き返されたくらいだ
「はい、よいしょっと···、いい?これで」
「俺はいいですけど···いいんですか?」
最後に早苗さんが手に持ってきたのは、二人分のコップと2Lのペットボトル
中には見覚えのあるオレンジ色の飲み物が並々と入っていた
「たまにはいいじゃない、お酒は···あの子が隠してるみたいだし?あたしも飲む気にはなれないわ」
コップに並々とオレンジジュースを注ぐと、姉さんもひな先輩もいないこの広々としたガレージの中、二人だけで夕食···というよりは夜食が始まった
「···いただきます」
「はい、召し上がれ」
もうすっかり、夜中とはいかないが夕食と呼ぶにはずいぶんと時計の針が回っていた
お互いに箸を進める音だけがガレージに響いていて、それ以外といえば調味料を取ってほしいだとか、必要最低限の会話しかしない
今までここに帰ればまるで実家のように誰かいた状況が普通だったから、なんだか寂しい
「···ねぇ」
しばらく食事を続けていると、早苗さんは唐突に尋ねてきた
「事故···どんなだったの?あたし、まだ詳しく聞いてなかったから」
「···そうですね」
俺も現場を見たわけではないので、病院で警察の人から聞いた話を早苗さんに伝えた
元警官だからだろうか、熱心に話を聞いていて、聞いている最中も頭の中で事故の考察を立てているような表情だった
「···なるほど」
聞き終わると、早苗さんはため息をついてオレンジジュースを一口飲む
顔の前で手を合わせて、指先を額に当てて考え込んでいた
何か思い当たる節があるのか、それとも別の何かなのか
「まずは···、これは犯罪よ。当て逃げもそうだけど、救護義務違反もそう。これは知ってるわね?起こした事故で怪我人がいるなら助けなくちゃいけない義務。それを無視してるなら相当悪質、殺そうとしてるとしか思えないもの」
「恐くなって逃げたとか」
「それも考えたんだけど、楓ちゃんが言ってたっていう話。あんたの車に似た車を見たってやつ。最近そんな話をあたしも聞いたのよ」
俺も、なんとなく聞いたその話
最近美城プロダクションの周りでよく見るとあいつらも言っていたR34
タチの悪いことに俺と同じ色で4ドアの同じセダンタイプだそうじゃないか
変に勘違いされたら困る
「だから···何か目的があるんじゃないかってあたしは思う。まだ状況がハッキリしてないからなんとも言えないんだけど、その車が何かしら絡んでる可能性は高いわね」
早苗さんの言う通りだと思う
そうじゃないとわざわざそんな下調べみたいなことしないだろうし、そうであったら本当に許せない
相手にわざとぶつかるなんてどうかしてる、一体何の恨みがあってこんなことするのか
「とりあえず今は、あの子が回復するのが第一よ。聞いてみないとわからないこともあるだろうしね。あと、これ以上被害者がでないことを祈るばかり。例えば···あたしたちとか」
その可能性もあるのか
それだけは、絶対にダメだ
そうなる前に何とかしないと、一人だけの問題じゃなくなる、アイドルの全員が怯えて暮らすことになる
「一度、運転していたあの子にも見られてるはずだからしばらくはそういう接触はないとは思うけど···まぁ、あとは警察の人に動いてもらうしか、今のところはないわ。大丈夫よ、あたしの後釜こさえたんだからそれなりに働きなさいってあいつにも言っといたからさっ」
バシッと早苗さんに背中を叩かれる
だからあんたもしっかりしなさいと、そう言われているような気がした
とにかく、警戒しておくのに越したことはない
俺の車と勘違いされるのだけは勘弁してほしかった
「ん?」
二人してしばらくテレビを見ながら休んでいると、下のシャッター横の出入り口のドアノブをガチャガチャと外から回される音がした
バルコニーからその様子を見ていると、''レイジく~ん''という聞き覚えのある声が外から聞こえてくるではないか
「はいはーい、行きます行きます!」
早苗さんに''いってらっぴー''と送り出されると、俺は螺旋階段を降りて出入り口の鍵を開ける
「ただいま~、いやー食った食った~」
「おかえりなさい。···あ、どうも、いらっしゃい」
「はい、お邪魔しますね」
ガレージに入ってくる姉さんの後ろには、若干気持ちが楽になったのか、さっき病院で会った時よりも随分と穏やかな顔をしていた高垣さんがいた
やっぱり、姉さんに連れていってもらって正解だったみたいだ
「あぁ、楓ちゃん上に上がってって上がってって~、私車しまってくるからー」
そう言うと姉さんは上のリビング辺りを指差して、素早く外へと出ていってしまう
よく見ると、シャッターの前に姉さんの車が停まっていた
「おーっす」
「あ、早苗さん」
姉さんが指差していた先、リビングの辺りには早苗さんが柵に寄りかかって、こちらに向かって手を振っている
「メシあるけどー、食べるー?」
「いえー、いただいてきましたー」
「そー?オレンジジュースあるけどー」
「じゃあ、それはいただきますー」
それだけ言うと、早苗さんは奥へと引っ込んでいった
同時にとなりのシャッターが開き始めて、姉さんの車が入ってくる
「高垣さん。どうぞ、こっちに」
「あ、すみません。ご丁寧に···」
ずっと突っ立って話しているのもなんなので、高垣さんを上に案内する
上がってくるのは珍しい
いつもは下の、奥のソファーのある場所で姉さんたちと飲んでいることが多いから
手洗いが近いのがいいらしいけど
「高垣さん、あの···大丈夫ですか?」
「···ええ」
螺旋階段を上がり、リビングへ行く道中に俺は恐る恐る尋ねてみた
「美味しいラーメンをご馳走になって、たくさんお話を聞いていただきました。面白い方々ですよね···あのお三方」
「ああ、会ってきたんですか。三人揃ってるのは珍しいですね」
「はい、あと···ママさんも。とても落ち着いた方で、ゆっくりお話を聞いてくれて···チャーシュー丼もご馳走になってしまいました」
「あ、それいいですね」
アレを食べたら誰でも元気になる
いいな、俺も今度行ってみるかな
俺にはタダにはしてくれなさそうだけど
「智絵里ちゃんからサインを貰えたって喜んでましたよ?なので私も、お礼にとサインを飾らせていただいて、今度はライブのチケットをプレゼントしようかなと」
「それはきっと喜びますよ」
よかった、大分調子を取り戻してる
リビングに戻ると、高垣さんと姉さんの分のコップも用意されて、早苗さんが買ってきた軽いおつまみも用意されているのだった
飲むものがお酒でないだけで、これはほぼほぼ飲み会のようだった
「あら、オレンジジュースじゃなーい。お酒はあんまり飲みすぎるとひなちゃんに怒られちゃうから丁度いいわ~。それなら···たまにはみんなでゲームでもしましょっか」
リビングの下の台の中からゲーム機のコントローラーを取り出す姉さん
今夜はそうだな、付き合ってやろう