ヘイ!タクシー!   作:4m

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番長04

やはり、なんだか落ち着かない

机の上には仕事道具も何もない

ガレージにもいない

いつもの日常にいつもの人がいない

高垣さんを送っていった姉さんも今はいない

ラジオだけが流れている事務所だった

 

「···静かすぎる」

 

隣の席にいるはずの人間がいない

久しぶりの仕事が始まっても、その違和感だけはずっと引っ掛かっている

 

美城プロダクションには連絡を入れておいた

高垣さんを通じて、もう何人かにはこの事故のことは伝わっているのだろう

今日の朝早くにも、俺の携帯には川島さんや三船···美優さんからも連絡が入っていた

連絡を入れてからは、尚更だった

 

「おはよう。昨日は大変だったね」

「おはようございます、社長。ひな先輩は?」

「ああ、朝になったら目を覚ましていたよ。私より早く起きたみたいで、私が起こされたくらいだった。私は大丈夫だから早く会社に行ってくださいとどやされてしまってね、いやはや情けない情けない···」

 

バツが悪そうに社長は頭の後ろを掻く

俺は社長に美城プロダクションには連絡を入れておいたことを伝えると、一つ頷いて社長室へと入っていくのだった

 

美城プロダクションに伝えたのは、今回の事故があったため人手が足りず、しばらくの間は送迎が出来ないという事だった

姉さんを一人だけ事務所に残してしまうと、来客の応対もできず、終わったあとの会計もする人がいないため、結局は姉さんが手を止めて応対しなくてはいけなくなるので、仕事が約束した時間に終わらなくなってしまう

それでは本業をおろそかにしてしまうので、やむを得ず、連絡を入れたのだった

 

「おはようございますっ!あ、レイジ君、来た?」

「はい、今社長も来たばっかりで。ひな先輩は朝起きてたみたいで、いつもの調子っぽいですね」

「そっかそっか、ならいいんだけど···うーん、やっぱり寂しいね」

 

姉さんもひな先輩の机の上を見て、寂しそうな表情をしていた

それでも、仕事はやらなければならない

ひな先輩がしていた事を今度は俺が引き継いで、仕事を始めた

専務から連絡がいったのか、いつもなら連絡が来る時間帯になっても、仕事の携帯にプロデューサー達からは連絡は来なかった

 

「···ん」

 

それとは別に、俺の個人的な携帯にはたくさんのトークが届いていた

千枝にみりあに、唯に加蓮

特に加蓮は普段はめったに送ってこない長文での連絡だった

それからは次々と、凛に未央、ゆかりに星花、琴歌に至っては入院費用から治療費まで全て会社でみると言い出していた

さすがにそれはひな先輩に聞いてみないとわからないと伝えると、なんと琴歌の親父さんから提案したことだという

 

「うん···うん、そう。んー···まだわかんないんだけどねー」

 

姉さんにも伝えようとしたが、姉さんは姉さんでどこかに連絡をとっていた

話の内容から、ひな先輩のことだ

昔の仲間からだろうか、面倒見がよくて人望が厚い人だから十分考えられる

 

「毎度さまでーす」

「あ、どうも。毎度さまです」

 

今日の最初のお客さんは、業者の人だった

ツナギ姿のいつも搬送車に車を乗せて運んできてくれる人

それが新車だったり中古車だったり、それか事故車···だったり

 

「一台、事故車···ですね。ここに持っていってって言われて来たんですが、どこに置けばいいです?」

「姉さん」

 

携帯を自分のデスクに放り投げて、姉さんも慌ててカウンターへと出てくるのだった

 

「えっとね、あー、外の···私、一緒に行きます!こっちです、こっち!」

 

自分で出ていって説明する方が早かったのか、その業者の人と一緒に駐車場へと出ていく

他にお客さんもいなかったので、俺も外に出て駐車場の様子を見に行くことにした

 

駐車場に出ていくと、丁度搬送車が方向転換しようと真っ直ぐ駐車場の出入り口に向かってバックしているところだった

その様子を姉さんは腕を組んで見守っていたが、搬送車が頭の向きを変えて駐車場の横の壁側にお尻を向けた時に表情が強張った

その荷台の上には、左側の運転席部分のドアがベコベコにへこんだ悲惨な姿をした240があったのだ

 

「これは酷い···」

 

俺が思わず呟くが、姉さんは何も言わずにただ見守っていた

フロントのフェンダーから、左側のドア、窓ガラスはもちろん粉々に砕けていて、そのぶつかった衝撃はリヤのフェンダーまで続いていた

 

「じゃあ、ここに下ろしちゃうんでー」

 

業者の人が荷台に乗り込み、運転席からは不可能なので助手席側から車に乗り込んだ

その手に持ったリモコンを操作すると、荷台の前側が持ち上がっていって、車が降りられるように斜めになる

そして後ろの大きなあおりを開いて、車が地面まで動いて降りられるようになるとゆっくり車が動いていった

 

ミシミシミシッと痛々しい音を響かせながらその荷台を下っていくひな先輩の車

まるでそれが車の悲鳴のようで、見ているこっちが痛々しく感じた

よく見ると後ろのトランクに付いているウィングが、衝撃で取り付け部分がとれているのか車が動くのに合わせてグラグラと動いていた

 

「それじゃあこれで。はい、ありがとうございまーす」

 

その業者の人はいつもと変わらぬ挨拶をして、いつもと変わらぬように搬送車に乗って去っていってしまった

あの人にとってはいつもと同じ仕事だ、それはわかってる

だけど、降ろされたひな先輩の車を見て、俺はしばらく呆然としていた

思い出のある車で、ひな先輩が大事にしているのを何度も見てきたので余計に悔しくなる

 

本当に一体誰がこんな酷いことをしたのか、突き止めなくちゃいけない

 

「確かに、ここにぶつかった跡···」

 

姉さんも車の周りを一周まわって眺めていると、運転席の反対側、右後ろにぶつかった跡が残っているのを見つけていた

単独で左にぶつかっていったのならありえない

やはり何かの力が加わっている

 

「まずは···板金の手配ですね。俺もちょっと昼にひな先輩に会ってきます」

「そうねぇ···」

 

一歩引いて、俺と姉さんはひな先輩の車を眺めていた

昨日の夜から色々なことがありすぎた

通勤途中に早苗さんと高垣さんを美城プロに降ろしたときも、とにかくひな先輩が無事だったんだから今はあまり深く考えないことと注意されたが、やはり少し考えてしまう

事務所に戻って仕事を始めても頭の中はモヤモヤしていて、とにかくまずはひな先輩に会いたくて仕方がなかった

 

姉さんもどこか、何か考えているような、意識が何だか別の方向に向いているような感じだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

病院内を歩いていると、昨日の夜とはうって変わって人に溢れていた

夏の暑さから熱中症気味になってしまった人から運悪く夏風邪を引いてしまった人など、大病院という名前に恥じない訪問者の量だった

小児科から外科までそこの受付の前の横長のベンチが埋まるほどに人が並んでいたのだった

 

エレベーターに乗り込み、ひな先輩の病室のある階まで上がっていくが、仕事着の俺に対してまわりは高そうな服を着た人達ばかり

いかにもお金持ちといった風貌の方々ばかりで俺は若干浮いてしまっていた

いかにここの個室が高級かどうかがわかった

今度琴歌には、俺からもお礼を言っておかないと

 

エレベーターを降りてひな先輩の病室へ向かっていくと、病室に近づくにつれて段々と聞き覚えのある声が聞こえてきた

 

「はいっ!あーんっ!」

「い···いいよ、自分で食べられるから···」

「ダメでごぜーますよ!ひなさんはびょーにんなんでごぜーますから!」

 

病室の中からそれはそれは元気そうな一味の声が聞こえてくる

もう誰なのかは火を見るより明らかだった

 

「失礼します。お疲れ様です、どうも···」

「おお、お疲れ」

「零次さーんっ!」

 

病室に入るや否や、足元へと寄ってくるみりあと仁奈

俺が来るまでの間、ひな先輩とアレをしたとかコレしたとか、話の内容がどっちかというとひな先輩がこいつらの世話をしているような内容だった

朝、お見舞いに愛梨が持ってきたというお菓子もこいつらの胃袋に入ったみたいだ

これじゃあどっちが世話してるのかわからない

 

「あっ!お前たちコラ!迷惑掛けんなって言っただろうがっ!」

 

俺の背後の出入り口からそんな声が聞こえてきた

少しドスの利いたその声の主は、手に持っていた飲み物をベッドの近くのテーブルに置くと、まるでこの二人を猫のように両手で抱き抱えて俺から引き剥がすのだった

 

「違うですよ拓海!仁奈たちはひなさんの手助けをしてたでごぜーますよ!」

「そうだそうだー!」

「だから、それがダメなんだって!すみませんひなさん。こんなんがいきなり来て···」

「いいのいいの、静かすぎるのも退屈だったから」

 

俺はしばらくそのやり取りを見ていると、午前中にも何人か仕事に空きがある人がお見舞いに来ていたみたいだった

琴歌も来ていたみたいで、ひな先輩に入院費等の話をしたところ断られたが強引に押し通したらしい

 

「琴歌ちゃんときたら、相当押しが強かった。何だかわからないうちに話がまとまって、あっという間に側近の黒スーツの人が頭を下げて出ていった」

 

琴歌はそれ以外にも、何か不自由があったら遠慮なく言ってくれと伝えて仕事に戻っていったそうだ

部屋の片隅には琴歌が持ってきたという高そうなお見舞い品の数々が残されていた

他のやつらも色々とお菓子とかを持ってきて置いていったみたいだが、そのバスケットに入っている高そうなフルーツだけは異彩を放っている

これは響子の協力が必要だ、冷蔵庫にしまっておこう

 

「さ、お前たち。そろそろ行くぞ。これ以上いたら逆に迷惑になっちまうから」

「えぇー、拓海も仁奈もみりあちゃんも今日はお仕事ないでごぜーますよ?」

「安心してひなさん寝られないだろ?帰りにパフェでもなんでも奢ってやるから」

「ほんとー!?みりあイチゴパフェがいいー!」

 

拓海のその一言がきっかけとなり、みりあと仁奈は最後に早く良くなってねとひな先輩に挨拶して病室を出ていった

それを追うように拓海も一言挨拶すると、最後に出口で軽く頭を下げて廊下へと出ていく

しかし出た瞬間に駆け足で追いかけていった音が聞こえてきた

なんとも苦労人だ、まるで嵐が去った後みたいに室内が静まり返っている

 

「なんとも···今日はお客さんが多い。会社もこれくらいの来店率だったら文句はないんだけど」

 

ひなさんはそのベッドの横にあるラックに置いてあったビニール袋から飲み物を取って俺に渡そうとしてくるが、さすがに無理はさせられないので自分で取ってベッドの側の椅子に座った

現に少し痛そうに顔を歪めていた

病院着のまま、動きづらそうにベッドの上で姿勢を整えている

 

「会社はどう?何とかやってる?」

「姉さんと二人でまぁ···何とかはい。さすがに送迎は出来ないので、美城プロには断りの電話を入れました」

「そうか、悪いね」

 

ひな先輩が謝ることは何もないと伝えると、フフッと笑うだけで、それ以上は何も言わなかった

 

「それで···何があったんですか。相手は誰なんです、俺たちの知ってる奴なんですか?」

「···いや」

 

ひな先輩は首を横に振った

 

「私が覚えているのは、楓ちゃんを美城に送ったあとしばらく誰かにつけられていたことと、リヤの右からぶつけられたことと、走り去っていった車のテールライトがお前の車そっくりだったこと」

「じゃあやっぱり···R34」

 

ひな先輩が見間違えるわけがない

間違いない、襲ってきたのはその車だ

こんな古い車この辺じゃ他に見たことないだろう

 

「怪しいと思ってケンカ吹っ掛けられる前に逃げようとしたけどぶつけられて、何とか車を立て直そうとしたけど、そう上手くはいかないな。このザマさ、楓ちゃんが乗ってないだけよかった」

「···いや、いやいや、よくないっすよ」

 

頭は切ってるし腕は折れてるし、相手に悪意があってもなくても許されないことだ

わざとか、飲酒運転の類いか、相手の目的もまだわからない

 

「とにかく、ひな先輩は休んでてください。腕もまだ内出血がおさまらないと治療できないみたいですし、少し長い休暇だと思って。なるべく俺もここに様子見に来ますから」

「···そうだな、治らないことには何も出来ない。できるなら、早く戻りたかったけど」

「大丈夫ですよ、俺と姉さんと社長で何とかしますから」

「本当か?私がいないとご飯の献立が崩壊するんじゃないのか?」

「···まぁ何とかします」

「コンビニ弁当ばっかじゃダメだぞ」

 

ひな先輩はそう言うと笑っていた

後は細かい仕事のこととか、戸締まりとか、自分のことは置いておいてとにかく俺たちのことについて色々と指示を残していく

普段いかにひな先輩に頼っていたのか、情けないことに今ひしひしと感じている

 

「そんな難しい顔するな」

「···はい。あ、そういえば伝言があって」

「なに?」

「''あたしの後釜が調べ上げてあげるからおとなしくしてなさい''って早苗さんが」

「···ふふっ」

 

そうこうしていると病室の扉がノックされて、看護士さんがワゴンを押して食事を運んできた

そうか、ひな先輩もお昼だ

食堂で食べることもできるらしいが、こんな状態だから動くわけにもいかず、部屋に運んでもらうことにしたそうだ

ワゴンの上には美味しそうな病院食が、おぼんの上の食器に乗っていた

 

「それじゃあ···俺行きますわ。大事にしてください」

「ああ、悪い。またね」

 

長居するのもひな先輩が落ち着かないので、早々にお暇することにした

俺も腹は減っていたし、あのひな先輩の病院食を見てたら余計に腹が減ってきた

スタスタと来た道を戻って、エレベーターで下まで降りて、ロビーへ戻る

お昼時なのか、通路の先にあるコンビニには人だかりが出来ていたのだった

丁度いい···とも思ったが、ひな先輩に注意されて早々に買うのも気が引けたのでやっぱり別の場所で食べることにした

 

そうして出口まで向かおうとしたその時、そう、ロビーのメインの受付前にいくつも並んでいる横長のベンチの一つに目がいった

 

ポツンと座っていたその人物

 

綺麗な長い黒髪に、その整っている綺麗な顔立ち

スラッとした体型にスーツを着ていてキッチリした印象だが、その柔らかい表情はどこか慈愛に満ちていて、優しさを感じる

見間違えるわけがなかった

そんな人、俺の中では一人しかいなかったからだ

 

「零次?」

「···カオル」

 

久しぶりに聞いたその声は、昔と変わらない澄んでいる優しい声だった

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