思わぬ来客はすぐにベッドを占領した
零次さんの部屋から来たという
飲み物を持ってくるが手をつけない
小声で何かを呟いている
突然の事だからどうすればいいのだろう
脇目もふらず枕を抱き締めているのだった
「···んで」
枕に口元を埋めたまま、その人物はボソッと呟き始めた
ボクはベッドの側の床に座ってそっと観察していたが···
「どうして!どうしてどうしてどうしてなの!なんでなんでなんでぇぇぇ!!」
「お、落ち着いておくれよ唯···、一体何があったんだい?」
「バカバカバカバカバカァァァ!!」
唯はその抱き抱えている蘭子の枕をベッドへと叩きつけ始めた
止めようとしたが、右へ左へと向きを変えて振り回すため止めようがなく、ボクは情けなくもオロオロしながら蘭子の帰りを待つばかりだった
「うるっっっさいにゃあ···、なんの騒ぎにゃあ?」
「みく!」
またまた思わぬ来客にボクは有無を言わさずみくを玄関先から部屋の中へと引っ張り込んだ
「な、な、なんにゃ···唯チャン?」
「う···う···うぅぅぅ···」
「すまない···みく、ボクにはどうしようもなくて···」
気がつけば枕に巻き付けてあった黒いタオルもすっかり外れて、唯は枕に顔をすっかり埋めてしまっていた
今日は蘭子に誘われて女子寮に遊びに来ていたのだが、唯が部屋に入ってくるなりこうだから何があったのか検討がつかない
みくにも身に覚えがないと言っているし、一緒に帰ってきた周子が何か知っているかもしれないが、紗枝の部屋に入っていったっきり出てこない
零次さんの家に行っていたという噂だが···
「唯ちゃん!お泊まりの許可出たよ!もう名簿に名前書いておいたから···あぁ!我が漆黒の羽衣が···!」
蘭子が部屋に帰ってくると、無惨にも床に転がっていた枕の黒いタオルを拾い上げて洗濯物のバスケットに入れている
丁度取り替えようとしていたみたいで丁度よかったらしい
「···で、何があったにゃ」
今も尚蘭子のベッドの上で枕に顔を埋めている唯と向かい合って床に座るみく
蘭子は丁寧にもみくにコップと飲み物を持ってきてテーブルの上に置く
みくは一言だけお礼を言うが手をつけず、唯と向き合ったまま動かなかった
「···ダーリンが」
「零次さんがどうしたにゃ」
唯が枕を抱き締めたままほんの少しだけ口を離して話し始める
もう零次さんのことは''ダーリン''で通じているらしい
確かにそうだ、会社でもよく一緒にいるところをみる
だが唯が勝手にそう呼んでいるだけで、別に付き合っているようではなく、ただ唯がその呼び方を変えないので零次さんが渋々受け入れているようだった
「友達が来るから···今日は帰ってくれって」
「そりゃそうにゃあ、みく前にも言ったにゃあ」
蘭子がくれた飲み物をやっと手に取ると、一口飲んで喉を潤すみく
「押し掛け女房はやりすぎるとただのおせっかいにしか思われなくなっちゃうって。今まで追い出されなかったのは零次さんが優しいからにゃ。そりゃあお客さんが来たら黙って来た唯チャンたちに帰ってほしいっていうのは当然にゃ」
「でも···でもでも···だって」
「''だって''じゃないにゃ。一応あそこは零次さんのお家だし、今日はここで我慢するにゃ。みくはちょっとお風呂に入ってくるね」
せっかく来たんだから今日は夜にみんなでお話しするにゃと言い残して部屋を出ていこうとするみく
飲み物のコップはまだ使うから残しておいてと蘭子に言うと、蘭子は嬉しそうに返事をして、色々と夜の準備をし始めた
そうか、零次さんもたまには友人とゆっくりと過ごしたいだろう
唯の気持ちもわかるが、今回ばかりはその友人との夜を楽しんでもらいたいものだ
日頃迷惑をかけてしまっていることだし
「だって···髪が長くてスゴく綺麗な人だったんだもん···」
「今なんて言ったにゃ」
出ていこうと玄関の扉に手を掛けていたみくはまるで猫のように素早いスピードで元のポジションへとおさまる
目を爛々と輝かせて、唯の次の言葉を待っていた
あの蘭子でさえも、テーブルの前に座り込み興味津々といった様子だった
そういうボクも、零次さんの新たな可能性に好奇心を抑えられずにいた
「どんな人にゃ?どんな人にゃ!零次さんがそんな···!みくたちと会社の上司の人たち以外にそんな人がいたにゃ!?信じられないにゃ!」
「それは···零次さんにもそういう相手はいるんじゃないかい?ほら···昔彼女がいた···らしいし」
ボクが言ったその言葉に、唯もみくも蘭子も、そしてボク自身も何かに気づいた
お互いに''それ''を口にしたわけではないが、部屋の雰囲気とアイコンタクトで全てを察する
「···や、いや···いや···嫌、嫌、イヤ、イヤ、イヤ···」
「···もしかして、その人は」
「やめてやめて···!それ以上言わないでぇぇぇ···!」
唯は頭に枕を被ると、そのまま蘭子のベッドの上にうつ伏せに突っ伏してしまった
ボクが何を話し掛けても''イヤ、イヤ''の一点張りだ
「ちょっと、ちょっとちょっと」
みくが部屋に残されたボクと蘭子に手をこ招き、テーブルを挟んでお互いに向かい合う
唯に聞こえないように三人で少し前屈みになりながら会議が始まろうとしていた
「もしかして···もしかしてだけど、みくの想像通りなら···そのお友達は零次さんの元カノさんにゃ?」
「しかし···零次さんは''友達''と言ったんだろう?本人がそう言っていたのだから、まだ決めつけるのは早いのではないかい?」
「···!」
聞き耳を立てていたのか、ボクの言葉に顔を上げた唯の表情が少しばかり和らぐ
「甘いにゃ」
しかしすぐにみくがボクの言葉を否定するように言い放つのだった
「昔零次さんが好きな人だったんでしょ?それから彼女を作らなかったのも、きっとその元カノさんが忘れられなかったからにゃ!そんな二人が時を経て再会したら、昔の気持ちがよみがえってきて再び···なんてことになるかもしれないよ?」
「確かに···零次さんが唯一愛した人間だからね。それにしても、随分な自信だねみく。みくは男性と付き合った経験があったのかい?」
「それは···ないけど」
「ふ、二人とも···!」
蘭子が割って入るように話に加わってくると、すぐさま唯の方向を指差していた
さっきは少しその表情に光が差していた唯だったが、今では口元がムズムズと歪み始め、目もとはウルウルと今にも涙が溢れてしまいそうなほどに潤んでしまっていた
「で、でも···にゃ!今まで愛梨チャンとか美優さんとかが零次さんと仲良くしてても、恋人になることはなかったにゃ!あれだけの美人さんに迫られてもにゃ!だから今回も友達だって言ってるんだからきっと大丈夫にゃ!そうにゃ!きっと今回も···そう!そういうやつにゃ!」
「そ、そうさ!あの零次さんがボクたちを差し置いて他の女性に手を出すはずがない。ましてや昔一度別れた関係さ、もう二人に未練はないだろう」
「そ、そうかなぁ···そうだよね···!ダーリン···ゆいたちの事、いつも一生懸命考えてくれてるもん···!」
よかった、唯にまた段々と笑顔が戻ってきている
蘭子が用意してくれた飲み物にもやっと手をつけた
後は何とか唯に元気になってもらって、持ち前のその明るさで再び零次さんと仲良くしていってくれればいいが
その時に、蘭子の部屋の扉がノックされる
蘭子が玄関に向かい扉を開けてみると、それと同時に軽い挨拶をしながら部屋に入ってくる人影が一つ
「あら、ここにいたーん唯ちゃん。なんか元気そうだね、よかったよかった。あ、蘭子ちゃんこれ奈緒から預かってた漫画。渡し忘れてた」
「あ、ありがとう」
「こら周子はんいけまへん。勝手に入っていったら皆さんビックリしてしまいます。すいまへんなぁ、皆さん」
周子が入ってきた後ろから紗枝も部屋の中に入ってくると、主である蘭子に向かって申し訳なさそうに頭を下げたのだった
蘭子はそれを邪険にすることなく、むしろ歓迎する様子で二人を部屋へと招き入れる
結構な大所帯になってしまっていたため、ボクも少しずれて二人が座るためのスペースを確保した
二人とも、周子はともかく特に紗枝は普段の着物ではなく、周子ほど着崩してはいないがTシャツのラフな格好なのが珍しい
「どうやら···話していたのは同じ話題のようどすなぁ、周子はん」
「やっぱりねぇ、そりゃあみんな気になるよねー」
「そういう周子はんだって私に色々と愚痴を言ってきたじゃありませんか」
唯の様子を見て、二人は何かを悟ったのだ
どうやら一緒に零次さんの家から帰ってきたという周子も色々と思うところがあるようだった
「まぁ、問題なのはー···、なんでこのタイミングでまたまた零次さんに会いにきたのかって話なんだよー」
「偶然再会したのではないかい?」
「それでも家の中まで案内するかにゃ?」
「きっと、友達なんだよ!ダーリンそう言ってたもん!間違いないもん!」
話し合いは平行線をたどり、零次さんの友人は元カノか否か、目的は何なのか、これは偶然なのか必然だったのかなどを話し合っていたが、情報が少なすぎて憶測の域を出なかった
わかっているのは見た目くらいで、黒髪で髪の長い綺麗な人とのことだ
実際に会ったことがないから想像でしかないが、家に招くくらいなのだから相当美人な人なのだろう
やり取りも相当仲が良さそうに会話していたという
「でも···友人か、それほどの人物なら、零次さんの元カノというのも頷けるね。今回の出会いで二人がどう変わっていくのかはわからない···ボクにも想像がつかないな」
「でも男女の間に友情ってあるん?」
「それを言ったら零次さんとみくたちの関係性に納得がいかないにゃ。色々とアピールしてる子たちもいるけど、恋人にはなってないでしょ?」
「ですが、そこはまだ仕事上の関係というのもあると思いますえ?その美人さんはうちらとは何も関係ない一般人どす。何をしようがどこへ行こうが自由なわけですし···」
「み、みんな!」
蘭子の言葉に再び唯を見てみると、またまた目もとに大粒の涙を溜めて口元をモゴモゴと震わせていた
まだ、想像上の話だ
実際にどうなっているのかわからないのだから、必要以上に不安を煽ることもない
ボクたちはまた唯をなだめようとしたのだが···
「でもぶっちゃけ零次さんの彼女になっても何もおかしくはないよねー」
その瞬間唯の涙腺が決壊した
今度は蘭子のベッドの上にあったタオルケットにくるまり、続いてスンスンと泣き声が中から聞こえてくる
「ど···どうし···たの?」
「小梅チャン!」
「皆さんお揃いですね、何のお話をしていたのですか?」
「ゆかりはんまで、こんばんはどす~」
騒ぎを聞き付けたのか、玄関の扉を少し開けた隙間から小梅とゆかりさんが部屋の中を心配そうに覗いていた
騒ぎが外の廊下まで聞こえていたのだろうか
「ちょっと零次さんのお話をね~」
「零次さんのですか?」
「うん、ちょっとじけn···モゴモゴムムム」
「ゆ、ゆかりチャンたちはどうしたにゃ?珍しいね、小梅チャンと一緒だなんて!」
みなまで話そうとする周子の口をみくが押さえていた
これ以上話を大きくしないようにするための行動だろうが、それがかえって二人の好奇心を煽ってしまっているようだった
「お、お邪魔···します。あの···唯···ちゃんは···どうしたの?」
「ちょっとお腹の調子がね、悪いみたいなんだよ···!そうだろう?蘭子」
「うん···!そうなの!何か悪いものでも食べたのかなぁ!」
なんというチームワークだ
流れるようにお互いに合わせながら理由を作り、しゃべらないほうが吉と思ったのか紗枝は二人を見て微笑んだまま動かなかった
これも普段のレッスンの成果なのだろうか
「そう···ですか。なら、私たちの勘違いだったのでしょうか?」
「勘違いってなんにゃ?」
「うん···。''あの子''がね···何だか···胸騒ぎがするって···言ってたの。零次···さんに···何か···あったのかなって···ゆかりちゃんと相談してて···」
部屋の中の空気がピリついたのがわかった
その時、毛布にくるまっていた唯が起き上がり、みんなの前に顔を見せる
「···リンの」
「唯···ちゃん?」
「ダーリンのバカー!!!」
それからまた唯をなだめる流れとなり、小梅とゆかりにも事情を説明する事となった
ここでは少し狭いということで、この話し合いは丁度夕食の時間帯もあり、食堂へと場所を移すこととなる
話の最中、ゆかりさんの''零次さんを信じる''というセリフが決定打となり、その場はまとまる事となった
それにしても、ゆかりさん含むノーブルセレブリティのメンバーが零次さんと一緒にバカンスへ行ったというのは初耳だった
そこで何があったのか、どうやらゆかりさんは何があっても零次さんに絶大な信頼を置くようになったようだ
きっと私たちのところへ戻ってくると信じて疑わない、この騒動を説明してもまったく動じていなかった
詳しくは語らなかったが、きっとその旅行でお互いをより深く信頼し合える出来事があったのだろう
羨ましい限りだ、それならその言葉も納得がいく
後は本当に、その零次さんと友人がどうなっていくのかが問題だ