忘れていた懐かしい感覚だ
全てこの部屋が学生の頃に戻ったみたいだ
レシピも何もかもあの頃と一緒
手先の使い方、工程、何もかもだ
空気感も話し方も懐かしい
冷静に手際よく料理が出来上がっていく
「よし、オッケー。出来たよ、···やっぱり懐かしいね」
笑顔でそう言うカオルは、自信満々にフライパンの中を俺に見せてくる
俺は食器を出している手を止めてそのフライパンの中を覗いてみると、美味しそうな匂いと共に昔よく見慣れた料理が出来上がっていた
「流石だ、ここまで上手く出来るのはお前くらいだ。俺でもこうはいかなかったような気がする」
「水入れて混ぜるだけでしょ?普段どれだけ料理してないんだか」
「なんか···あんまりやんなくていい環境になっちまったんだよ」
「まぁ···それは見ればわかるけど。じゃあ、それ出しといてね。それと···アレと、アレもいるかな」
「はいはいアレね。わかってるわかってる」
カオルに言われるがまま、というよりも''アレ''と言われればもう出すものがわかってしまう
コップに茶碗と、後は二人で飲む飲み物と鍋敷き、''アレ''のイントネーションだけでどこに何を持っていくのかが理解できるのがこの関係のいいところだ
カオルは火を止めて、フライパンを持ち上げる
「じゃあこのまま持ってくね、いいでしょ?自分取り形式で」
「全然、普段がお上品すぎるから。この夏なんて超が付くほどお上品なところに行ったくらいだし」
「何それ~」
リビングのテーブルの上にメインディッシュが運ばれてきた
その立ち上る湯気の匂いに、ほんの少し辛さが混ざっていて、食欲をそそられる
テーブルの真ん中に置いた鍋敷きの上に料理の乗ったフライパンを置いただけのその光景は、普段のあいつらとの食事の時とは少し違う何だか懐かしくて落ち着けるような気持ちになって、もどかしくてムズムズしてくる居心地の良さだった
「はい、米はバッチリだ。好きなだけ食え」
「そんなに食べられないよ。あ、エプロンありがとう。いいのかな?勝手に使っちゃって」
「みんな勝手に使ってるからいい。そのエプロンも、仕事仲間のいつもfeat.エプロンみたいな奴が誰でも使っていいって言ってたし」
「なにその子面白いね。ありがとうって伝えておいて」
エプロンを外して、カオルも食べる準備を始めた
俺はその間に茶碗に持ってきた炊飯器からご飯をよそうと、それぞれのテーブルの上に置いていく
「ねぇ、何か服貸してくれない?さすがにスーツしかないから··汚すのは···ね」
「ああ、気付かなかった悪い。適当に引っ張り出して着ていいわ、その···寝室のクローゼットの中に三段ボックスあるから」
「ありがとう、じゃあ···借りるね」
そう言うとカオルは寝室に行って、クローゼットを開ける
「ああ、その名前が書いてある奴は開けないでくれ。あいつらが置いていった服だから」
「''卯月''、''加蓮''···モテモテだね零次。会社の同僚?」
「まぁ···そうといえばそうかな。この部屋な···あー、会社の持ち物だから、休憩所に使ってるんだ。仕事が遅くなって帰れなかったら一晩泊まるとか」
「零次の部屋じゃないの?」
「そうといえばそうなんだけど···難しいんだ説明が。俺の部屋っちゃあ俺の部屋だ」
カオルは理解しているのかしていないのか、''ふーん''と一言だけ反応すると俺の三段ボックスを漁って適当なTシャツを取り出す
試しに体に引き寄せてみるとサイズは少し大きかったが、気にせず着るようだ
下まで隠れて丁度いいらしい
「じゃあスーツ···この、ここに置いておいていい?この入り口の、引き戸のとこ」
「いいよ、好きなところに置いていい」
スーツと合わせて自分の手荷物もそこに置くと、その上にスーツを乗せて着替えていくカオル
その下に着ているYシャツも脱ぐと、胸もとまで散らばった長い長髪の中に引き締まった体が見えた
変に細すぎない、付くところにしっかり筋肉の付いた健康的で綺麗な上半身だった
あいつらが痩せすぎなだけか
「相変わらずいい身体してるな」
「それはありがとう。ジム通い···続けてるから」
それから下着も脱いでいくカオル
どうやらさっき買い物に行った時に替えを買ってきていたようだった
さすがにズボンの替えはなかったようで、学生時代のジャージを貸してやると懐かしいと喜んでいた
「これいいね、私も実家から持ってくればよかった」
「取っとくもんだ、寝巻きに使うとメチャクチャ便利だぞ」
少し大きめの黒いTシャツに学生時代のジャージと、昔に戻ったような感覚がなんだか懐かしい
「じゃあ、食べよっか。久しぶりの再会ってことで、一つ」
「酒じゃなくてお茶だけどな」
「悪酔いしなくていいじゃない。夜はまだ長いんだし」
カオルは俺と向かい合って座ると、お茶の入ったグラスをお互いに近づけて再会を喜ぶと、二人だけの夕食が始まるのだった
「いただきます。···ん、んん。これ、これだよ。やっぱ旨いわ」
茶碗の上に乗った白米の上に、フライパンに乗っている麻婆春雨を一口分取って乗せ、それを白米と一緒に口へと運ぶ
春雨のつるんとした食感と、白米のモチモチとした歯ごたえが合わさり、そこに少し辛いタレがそれらを全て包み込んで一つの味を生み出していた
簡単に出来るがそれがいい、シンプルイズザベストの王様だった
どんどんと箸が進む
「美味しく出来てよかった。それよりも···本当によかったの?あの子たちも、ご飯作ろうとしてたんじゃない?追い出すようなことしちゃって···」
「後で俺からも言っておくからいい。いつも勝手に来てるからいいんだ。下手したら明日の昼過ぎまでいるかもしれないぞ」
冷蔵庫を開けてみたが、食材を買ってきた様子はなかったからまだよかった
響子が作っておいてくれた作り置きの野菜炒めはすぐにたいらげたし、後は日保ちするものばかり
あいつら···、明日には機嫌が直っていればいいんだけど
「あの子が、''卯月''ちゃんと''加蓮''ちゃん?」
「違う違う、あれは周子と唯」
「シュウコちゃんとユイちゃん···、何だかどこかで見たことがあるような気がするんだけど」
「気のせいだ。本人たちも間違えられることがあるって言ってた。今は世の中色んな奴がテレビに出てるから、似てる奴もいるだろう」
あまり細かいことは喋らないようにしよう
あいつらも、堂々としていればたとえファーストフード店に行ったとしても意外とバレないって言っていたし、わざわざ言う必要もない
「そうなんだ、モデルさんか何かなのかな?それにしてもすみに置けないね零次。あんなに若い子に好かれてるなんて」
「そういうお前はどうなんだ。今は何の仕事してるんだよ、長い間連絡寄越さないで」
話の話題を逸らすことにした
これ以上深入りさせたくないし、カオルのことも気になっていた
カオルは一旦箸を置いて、深々と考え込む
「私はね···んー、秘書みたいな仕事···かな。スケジュールを管理したりとか、仕事を取ってきたりとか」
「大変そうだな。嫌なことされてないか?」
「全然。相手も私がどういう立ち位置なのかわかってるみたいだし。それに、いなくなったら困るのは相手だしね」
なんだか色々とありそうだった
抱え込んでいることはないかと尋ねたが、''話してもわからないよ''と上手くかわされてしまう
それからも食事は進んでいって、そこから先は他愛のない話題でいっぱいだった
昔よく一緒にゲームした話や、今俺に彼女はいるのかなんていう話まで、これまで会えていない間を埋めるかのようにお互いの情報を交換していくのだった
「零次の車、やっぱりカッコいいよ」
「またそれか、ウソだな。うるさい車だと思ってるくせして」
「そんなことない、何だか懐かしくていい感じだったけどなぁ。乗ってて落ち着くし」
「仕事仲間たちにはわりかし不評だけどな」
「迎えに行ったらわかりやすいでしょ。私は好きだよ、零次っぽいっていうか」
「だから文句ばっかり言われるのか。何かと突っかかってくる生意気なガキが一人いてだな···」
今度は俺の愚痴を聞く時間になってしまっていた
そうだ、俺にも色々と悩みはある
梨沙のこともそうだし、俺のこの部屋に次から次へと増えていく女物のアイテムもそうだし、年下のくせに呼び捨てにしてくるやつがいるのもそうだし、考え出したらキリがない
完全な部外者だからそこ話せるのか、ここまで愚痴を話せたのは久しぶりだった
重要な部分は伏せてだが
近くに聞いてくれる奴はいないし、姉さんにアイドルの愚痴なんて行ったら何されるかわからない、それこそ病院送りにされかねないかもしれないし
カオルは笑いながら聞いていたが、最後には''何だか幸せそうだね''と呟いた
だが、カオルにも言えないこともあった
それが俺の中でも一番の悩みなのかもしれない
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夕食を食べ終えて、一緒に食器を片付けて、風呂を済ませた後は懐かしのお遊びタイムに入った
クローゼットにしまってあった古いゲーム機を引っ張りだして、思い出に浸りながら互いにコントローラーを交互に握ってゲームを楽しんでいた
今の最新のゲーム機みたいにハッキリしないボヤボヤしたテレビ画面だけど、面白さは色褪せない
これが普通だったのだから、時代の流れとは恐ろしいものだった
「あれ~?ワープスナイプってこんなにタイミング難しかったっけー?」
昔はもっと上手に出来たのに···と、ゲームオーバーの画面になって俺にコントローラーを渡してくるカオル
二人でよく裏ボスを一緒に倒していたRPGも、当時の感覚のままプレイするのはいいが、もう勘が鈍っているのか上手く出来なくなっているを見ると歳をとったなと感じて少し悲しくなってしまう
これはあいつらといても共感してもらえない感覚だった
「俺、裏ボスのリーダーいくわ」
「本当?じゃあ最後の三角ボタンの連打のところ手伝ってあげる」
そう言うとカオルはキッチンへと向かい、冷凍庫の中から一口サイズのチョコレートがいくつか入っているアイスをその手に持ってくると、ソファーを背にして床に座っている俺を足の間に挟むようにしてソファーへと腰掛けるのだった
「あ、これなつかし~。病院が難しかったなぁ、パスワードの暗号がわからなくて一緒にやったよね。まずこのメモリーカードも雑誌の付録で貼り付けるシールが付いてきてたり···」
俺が必死こいて裏ボスを倒しているというのに、カオルは俺が持ってきた古いゲームソフトのパッケージを俺の頭の上に乗せて開き、中に入っている説明書を取り出して懐かしそうに読み出す
こうやって相談しながらゲームをするなんて何年ぶりだろう
最近はすぐに調べれば答えが出る時代、そうではなかったその時代では、メモ紙にペンを走らせて二人で暗号を解いたこともあったっけか
「はい、アイス」
そう言って付属の小さいプラスチックの小さい棒にチョコアイスを一つ差し込んで俺の顔の横から口元に差し出してくるカオル
ありがたくその一口をいただくと、俺は代わりにコントローラーを自分の頭の上へと持ってきた
「はい、コントローラー」
ゲームが戦闘終盤の敵の攻撃を防ぎ続ける連打イベントへと差し掛かったので、カオルへの協力を要請するためだった
何をしたらいいのか本人もわかっているので、チョコアイスの最後の一口を口の中へ放り込むと、アイスの箱をテーブルの上に置き、俺の背中に上半身を預ける形で前屈みになって俺の首元から前に腕を回し、一緒にコントローラーを握った
「じゃあ俺は丸ボタンやるから」
「一発でも当たったら罰ゲームだから」
「それにはお答えできない」
「ダメ、呑んでもらうね」
ムチャ振りがすぎる中、二人してテレビの画面に集中する
連打イベントが始まって、俺は丸のボタンをこれでもかと言うほどに連打していくが中々つらい
やはり学生の頃よりもスタミナが落ちているのがわかる
一方カオルはというと、一緒に涼しげな顔のままスマートに三角ボタンの連打を続けているのだった
「···あ」
「はい、確定」
油断していたのがマズかった
俺が守っていた筈のカオルのキャラクターの体力ゲージがほんの少し減ってしまった
もう段々とゲームするのがヘタクソになってしまってる
これじゃあ杏に情けないねぇと言われてもしかないな
「よし、お疲れ様」
「···ドジっちまった」
この連打イベントも結構疲れる
後は動かない敵に対してトドメを差すだけだが、カオルにコントローラーを渡して俺は脱力するようにソファーに体と頭を預けるのだった
「トドメはまかせた」
「いいの?」
「次にやるゲーム選んでるから、そのまま終わったらセーブしてくれ」
「わかった。ちゃんと選ぶんだよ?零次。''ちゃんと''ね」
言い方に謎のプレッシャーが掛かっているような気がするが、言われたのだから選んであげよう
絞って持ってきたのだから、ここから選ぶのは至難の技だ
カオルが喜びそうな、それでいて楽しめるようなものでなければならない
パッケージを手に取って選んでいると、カオルがコントローラーを操作し始めた
「そこにあるのなら何でもいいよ。全部好きだし、どうすればいいのかわかってるから」
「そうか?思ったように上手く動かせないかもしれないぞ?」
「いや。どんな展開になってても、途中からのデータでも、それはプレイヤーの腕次第だし。それに、最後には···私が勝つから」
テレビ画面の中では、カオルの操作しているキャラクターが裏ボスに対して華麗にトドメを差していた
コントローラーをまたまた俺の頭の上を跨ぐように前屈みになってテーブルの上に置くと、そのままお互いの頭が逆さまどうしになった状態で向かい合い、カオルは''どうだー''と自信満々な声で俺にドヤ顔を見せてくる
しかし、俺に上から覆い被さった弊害からかすぐさまカオルの着ていたTシャツが顔にかかりそのドヤ顔は一瞬しか見えず、代わりにTシャツの内側にあった羨ましいほどに引き締まった体が見えた
「やっぱいい身体してるわ」
「零次もジム行ったら?」
「···考えとく。時間があったらだな」
適当に誤魔化してTシャツをよけて外へと顔を出した
あいつらに構っている限り、そんな時間を取るのは難しいだろう
「···ねぇ」
「ん?」
「零次の部屋のベッド···結構広いね」