コントローラーを置いて、一息付く
レースをしたりゾンビを倒すのも久しぶり
カオルはさも満足そうにソファーに座る
螺旋のように腕を上にのばして伸びていた
伸びる際に気持ち良さそうな声を出して
「うぅ~ん···そろそろ寝よっかな。ふわぁ~」
そんな事を言いながら、普段の凛々しい態度とは対照的に、のんびりあくびをしているのだった
そういう俺も、ゲーム機本体についている電源スイッチを手動で切りに行くというアナログなことをした後に、立ち上がって腕を上げながら大きく伸びる
久しぶりに色々と話しながら遊んでいると時間を忘れ、気がつけば時計はもう日付を跨ぐ頃合いになっていた
色々話したといっても、あれからどうしていたとか今はこんなことにハマっているとか、脈略もなく思ったことを話しているようなものだったが、充実した時間だった
「あ、いいぞ。俺やっとくから」
「これくらいやるよ。なんだか落ち着かないもの」
いいと言ったのに、カオルはテーブルの上にあったコップやらお菓子のゴミやらを台所まで持っていってくれた
流石にそこまでしてくれただけで十分だと、ゴミを分別したりコップ洗ったりということはせず、置いておくだけでいいと念をおすと本人は渋々台所から戻ってくるのだった
飯を作ってくれたり食器を片付けてくれたりとこの部屋の住人でもないお客さんなのに今日は色々してもらったんだからそこまでしてもらうのは相当申し訳ない気持ちになる
「じゃあ私···寝る前にちょっと顔洗ってくるね。コップ···どれ使ったらいい?」
「ああ、悪い。そんなに無いからこの···紙コップ使ってくれ、悪いけど。終わったら捨てていいから」
「十分十分、ありがとう。じゃあ、洗面所借りるね」
俺が食器が入ってる棚の収納から紙コップを一つ取り出して渡すと、カオルは嫌な顔一つせずにリビングの扉を開けて出ていった
リビングには俺一人になり、カオルが寝る準備をしている間に俺は俺で寝る準備を整えることにした
寝室の電気を点けると、想像以上にあいつらの物に溢れていることに気づいた
中央のテーブルの上にはそれはそれは可愛らしいピンク色の小さな鏡が置いてあるし、その鏡の隣やベッドの横の引き出しのついているラックの上にはヘアゴムやヘアピンがいくつか転がっている
ベッドの枕にはクローバーがあしらわれた白くて可愛いタオルが巻かれていて、シーツはいつも響子が新しく洗濯したものに変えていってくれるからいい匂いがする
しかしそれが洗剤の匂いなのかどうかはわからない、誰かしらが寝る度に匂いが変わるからだった
なんで女の子ってあんなにいい匂いがするのかわからない
もうなんとなくベッドで誰が寝たのかわかるレベルになってしまっている
ダメだな、そんなこと言ってたらどこかの生意気な小娘に''変態''と言われかねない
とにかく、そんなシーツも薄いピンク色の可愛い模様が入ったものに変更されていて、全体的に女子部屋となってしまっていた
ベッドの下を見てもあいつらが買ってきたファッション雑誌がいくつもしまってあるし、その横にはやはりヘアピンが落ちていた
毛色が違うといえば、部屋の角に立て掛けてある亜季が持ってきたスナイパーライフルのモデルガンくらいだった
この部屋···完全に侵略されてるな
廊下の一室なんてもう中を見るのが恐い
「どこ持っていけばいいんだよ···」
とりあえずその散らばっているなんか化粧水の瓶やらマニキュアやらペディキュアやらの空き瓶を含んだありとあらゆるものを抱えてどこかにしまってしまうことにした
クローゼットの中は···ダメだな
三段ボックスだけじゃなくてコートやらバッグやら他のものも入っていてスペースがない
リビングは···ヘアアイロンやらドライヤーやらで引き出しは占領されてるし、こんなことなら響子に聞いておくんだった
「ありがとう、もう大丈夫だよ。零次も使う?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
もうベッド横のラックの引き出しにでも押し込んでおくか
寝室へと戻り、ベッド横にあるラックの上の引き出しの取っ手に手をかける
あいつらに''絶対にここは開けないでね!''と言われていたがやむを得ない
散らかしてるあいつらが悪いんだ
そして引き出しを開けてみると、すぐに閉じた
「なに?どうしたの?」
「···いや、なんでもない」
前にも···そうだ、あれはありすのプレミア試写会の時だ
愛梨と一緒にベッドで寝ていた朝に、愛梨がほぼ裸の状態で慌ててその引き出しの中を確認していたんだっけか
あの愛梨の反応から何が入っていたのかは大体予想がついていたが、あんまり深く詮索しないようにしていた
このいつもの部屋でそういう雰囲気になるのはどうかと思ったからだった
「とりあえず、ベッド使っていい。俺は適当に床なりソファーなりに寝るから」
「こんなにベッド広いんだから、隣に寝ればいいんじゃない?多分このベッド三人くらい同時に寝れると思うけど」
「···そうか」
「私は全然気にしないよ」
そう言うとカオルは毛布をめくってベッドへと入っていった
窓際へとスライドしながら移動して横になったカオルに背を向ける形で俺はベッドに座り、カオルに見えないように再びその引き出しを開ける
「凄いね、なんだか···スンスン、いい匂いする。何の柔軟剤使ってるの?」
引き出しの中には、まぁ···そうだよな、予想通りのものが入っていた
確かに、''そういう意識''があるだけまだいい
しかし、俺は一体どうあいつらと向き合ってやればいいんだ
その気持ちをどう受け止めてやるべきなのか、このまま無視を決め込むのか
でもそうしたら琴歌たちの時のようにこちらが襲われてしまうことになりそうだ
アレはお世辞にも···体力だけは尋常じゃなかったのは覚えてる
あいつら相当普段溜まっているのか、人間の欲望とは恐ろしい
しかしあれは、''ひと夏の思い出''として心の中にしまっておくとあいつらは言っていた
ありがとうございますと言われてどう返事を返すのが正解だったのか
「零次?···ねぇ、何やってるの?···あら」
「···何も言うな、俺じゃない。勝手にあいつらが持ってきてるだけだ」
引き出しの中にあった、バラけているものとまだ箱に入っているそれらのものを適当に端へとずらして、手に持っていたあいつらの小物を入れていく
0.01だとか0.02だとか色々な数字がデカデカとその小さな四角形の薄い入れ物に描かれていたり箱の表面に描かれていて、見ようとしなくても嫌でも目に入ってくる
「最近の子って···ダイタンだね」
「何も言うなって」
引き出しを閉めると、俺はベッドに上がりカオルが空けておいてくれたスペースへと体を倒す
確かに、大人二人が横になっても全然余裕がある作りになっている
まだ春前の時期、奏が看病兼泊まりにきた時にはまだベッドが小さかったから、その時も、そして愛梨と寝た時も二人抱き合うような形でくっついていないと片方が落ちてしまうからこれは楽だ
携帯やらイヤホンやらがどこにいったのか探す手間が省けるし、何より···相手の体に触れなくてもいいから、変な気が起きなくていい
奏も愛梨も、カオルの言うように最近の子がこんなに大胆だとは
それだけ気を許してくれているというのは男として嬉しいことだが···
「もしかして···シュウコちゃんとユイちゃん、あと···卯月ちゃんに加蓮ちゃんだっけ?凄いね···モテモテだね」
「違うって。ここでそんなことしてないし、''これ''だって使ってない」
「本当に?相手は相当慕ってるように見えたけど、これも···いざというときのために準備しておいたほうがいいんじゃない?」
カオルは寝転がっている俺の上半身の上を横切るように覆い被さって引き出しを開けると、バラけていた一つを取り出してラックの上のティッシュの横へと置いておくのだった
「いいってまったく、あいつらが見つけたらろくなことにならないんだから」
「あぁ~ん」
「変な声出すな」
カオルの体を両手で持って無理やり元に戻した
俺はカオルが出したそれの上にティッシュ箱を乗せて見えないように隠す
インテリアとしても置いておいたらダメな部類の代物なんだからここに置くのはやめておいたほうがいい
絶対に何かしら突っ込まれる
変に感づいてくるんだから奴らは
「でも、準備してるってことは、やっぱりそれだけ零次のことを考えてるんだと思うよ」
「···そうか」
「零次も薄々気づいてるんじゃない?私たちも''初めて''はお互い···ね?あれくらいの年頃だったし」
そう言うとカオルはうつ伏せになって自分の携帯電話を取り出して操作し始めた
あいつらも大人になっていく
そうなった場合、あいつらの気持ちが変わらないのであれば俺はどう応えてやればいいのか
いや、きっと他にいい奴を見つけるはずだ
その時は、盛大に祝ってやればいい
家庭を持つ子もいずれ出てくるだろう
「あんな可愛い子たちに迫られるなんてうらやましい」
「鬱陶しいだけだな」
「嬉しいくせに~」
''このこの''と、うつ伏せのまま肘で小突いてくるカオルを払うようにその肘を裏手で軽く叩く
どう応えてやるのか、いずれ答えを出していかなければならないのか、それとも、他に相手が見つかるのか
今は俺にもわからない、だがいずれ明らかになるときがくる
俺に出来ることはなんなのか、まだ···何もわからない
「···あ、そうだ。ねぇねぇこれ、面白い動画見つけたんだけど···」
「どれ。···ちょい見にくい、どれだ?これか?もうちょい寄せてくれ」
「それなら、零次···ベッド広いんだから、もう少しこっちに寄ってきたら?それと、''罰ゲーム''···忘れないでね」
ーーーーーーーーーー
「んっんっんっ···ん~、あ、奈緒、っはよ~」
「···」
駅前の、いつもよく行くファストフード店の店内の見えにくい一角に彼女は座っていた
彼女の定位置であるここなら他のお客さんからも見えにくいし、背もたれだけでなく横の壁にも寄り掛かれるので駄弁るには丁度いい場所なのだ
平日の朝ということもあり、まわりには時間的に余裕のあるサラリーマンやたまたま仕事が休みの大人の人がチラホラいるだけで目立たない
待ち合わせにはうってつけだ
「朝っぱらから、加蓮···またプロデューサーに怒られても知らないからな?」
「違うよ奈緒。ほら見て、これ、フライドポテト。原料はじゃがいも、そう、じゃがいも。ということは私は野菜を食べてるんだよ、だから、これは朝に野菜を食べるっていう健康的な食生活の一環であって···」
「屁理屈言ってもダメだっ!ジャンクフードだろそれっ!」
加蓮の目の前のテーブルの上にはフライドポテトの期間限定の一番大きなサイズのものが堂々と置いてあり、その隣にはクリームソーダのこれまた一番大きいサイズのものが並べられていた
まったく、あたしがいないとすぐこれだ
プロデューサーからもなるべくジャンクフードは控えるようにって言われているのに、加蓮ときたら''それは絶対食べちゃいけないって言ってるわけじゃないよね?''なんて言ってよくこのお店に足を運んでいる
凛も凛だよ、加蓮を止めるどころか、零次さんまで巻き込んで''お昼のティータイムだから''なんて言ってさ!
零次さんですら加蓮のことを少し気にかけるようになっちゃってるし
「まぁまぁ、奈緒も何か頼んできなよ。凛はまだ少し時間掛かるって言ってたし」
「ったく···今日だけだからな。しばらく控えるようにしろよ」
「えぇ~、来週の月曜日からクリームソーダが半額なのに~」
「そんな目で見てもダメなものはダメだっ!」
ここぞとばかりにアイドルオーラ全開で、あざとく上目遣いにおねだりしてくる加蓮
あたしが反論すると加蓮はさらにぶーぶー文句を言ってくる
そんな加蓮の文句を背中に受けながら、あたしは渋々カウンターへと注文を伝えに行くのだった
「いらっしゃいませー。ご注文お決まりでしたらどうぞー」
メニュー表とにらめっこを始めるが、朝ごはん食べてきたばかりであんましお腹空いてないんだよな···
とりあえず、飲み物だけでいいか
「奈緒は何にするの?」
「うわっ!びっくりした!」
耳元でいきなり声が聞こえて振り返ると、そこには制服姿の凛がバッグを持って立っていた
撮影が終わったらそのまま学校に行くのか?
あたしと加蓮は休みを取ってきたけど···
「おはよ」
「あ、あぁ、おはよう···。ったくなんだよ、普通に声かけろよ」
「熱心に見てたから、邪魔しちゃ悪いかなって」
「別に···ただ、お腹空いてないから何にしようか迷ってただけだよ。オレンジジュースか何かに···」
「そう?てっきりこれを見てたのかと思ってたんだけど」
そう言って凛がカウンターの上のメニュー表の隣にあった小さなポップを指差していた
こ、これはっ!フルボッコちゃんコラボキャンペーン第二弾の告知じゃないか!
始まるのは···来週の月曜日から!
そうか、だからクリームソーダが半額になるのか···!
どうしよう···欲しい!
でも、加蓮にああ言っちゃった手前もう引けないし···もしかしてあいつ、これも計算の上で···?
「奈緒、私、メロンソーダ一つね」
「ああ、メロンソーダ一つ···って、自分で頼めよ!嫌だからな奢るの!」
振り返って凛にそう言おうとしたが、すでにそこには凛の姿はなく、ガラス越しに加蓮の元へと歩いていくのが見えた
まったくしょうがない奴らなんだから···
あたしも自分の飲み物を頼んで、凛のと一緒に席へと持って行くのだった
「ありがと奈緒」
「···今回だけだからな」
「奈緒~、来週どうする?またここにくる?」
「···まぁ、たまになら···いいんじゃないか?いいか?た·ま·にだからな!」
それを聞くと加蓮は、また美味しそうにフライドポテトをほうばり始める
これは···そう!仕方なくだ!
フルボッコちゃんのフィギュアの為に仕方なく!
今度から気をつけないといけない、そう、今度からだ
「···ん?」
凛が唐突に短く呟く
その視線は座っていたあたしや加蓮ではなく、お店の外の駅前の道路へと向いていた
そこはバスや送迎の車などが停まる、駅前のロータリーと呼べばいいのか、その場所にあたしたちがよく知る車が一台停まるのが見えたのだった
「零次さん···だよね」
「···多分な」
零次さんの名前を言う凛の言葉に覇気がない
あたしたちアイドル一同、一昨日の事故のことは知っている
だから今回ばかりは零次さんたちの会社も大変だからとあまり仕事を入れないようにプロデューサーたちに専務から連絡が行っているのも聞いていた
だからこそ、あまり零次さんたちの情報がなく少し心配していたがよかった、まだ車に乗る元気はあるようだった
「どうしたんだろ、誰かまた迎えにきたのかな?凛も奈緒もなんか知ってる?」
「いや···あたしは知らないけど、さすがに迎えに来ることはないんじゃないか?仕事はしばらく頼まないって言ってたし、誰かを仕事に行くついでに送りにきたとか···」
「そういえば···昨日唯が''ダーリンを元気付けにいく!''とか言ってたからそれじゃないかな。そうでなきゃ···こんなところまでは来ないわけだし」
確かに···凛の言う通りだ
そうでなきゃこんなほぼ真反対の場所まで来ない
大方他にも何人か来ていて、送っていってほしいとか言ったんだろう
零次さんも中々にお人好しだよな、まぁまだ無理やり仕事を頼まないだけマシだと思うけど、そこは他のみんなも今回はわきまえてるみたいだったから
「ってことは···、このまま私たちも会社まで送ってってくれないかな?もう少しでポテト食べ終わるし」
「おいおい、それくらいにしといてやれよ···。なぁ凛、···凛?」
凛は尚も、零次さんから目を離さない
それどころか、どんどんと眉間にシワを寄せて、零次さんの車の中を睨み付けるような目付きへと変わっていく
「なんだよ···凛?どうしたんだよ?」
「···誰」
「誰って···何が」
凛が呟いたその一言に、あたしも、そして加蓮も零次さんの車を観察する
その時だった、歩道側の助手席のドアが開き、一人が降りてきた
見たことない、長くて綺麗な黒髪の、スーツ姿のとても美人な人が車から降りてきた
少しかがんで零次さんと話している様子から、凄く親しい仲だというのが伝わってくる
微笑みながら会話をしている、名残惜しそうに、胸元で小さく手を振りながらその人物は助手席のドアを閉めるのだった
「···誰なんだあれ。凄く仲良さそうにしてたけど、なぁかれ···ん」
加蓮はというとポテトに手をつけるのをやめて、自分の携帯のカメラのズーム機能を使い、その人物をジッと監視していた
先ほどまでとは違う、携帯の画面を睨み付け、その羨ましいほどに整ったプロポーションとモデルみたいな綺麗な歩き方で去っていくその人物の背後をカメラで双眼鏡のように観察し続ける
「違う、346の人じゃない。職場の、美空さんやひなさんでもない。私の知っている誰でもない。こんな状況で?朝帰り?誰なの?凛が遊びに行ったっていう唯ちゃんたちはどうしたの?」
「ま、まぁまぁ加蓮落ち着けって。ほら凛も、そりゃ零次さんだっているかもしれないだろ?その···彼女みたいn」
「奈緒、少し黙って」
「ご、ごめんなさい」
凛にピシャリと一言で黙らせられ、あたしは凛と加蓮の間に挟まれながら、携帯をポチポチポチと高速で触り始めた二人のプレッシャーに耐えつつ飲み物を口にした
結局、二人は何やら必死に調べているみたいだったが何も情報は掴めていないようだった
わかったのは、唯と周子が昨日は零次さんの家に行ったこと
そしてなんと、零次さんが二人を追い出したこと
そしてそしてその後は、女子寮での臨時会議が行われたことだけだった
相手のことに関しては一切が不明、零次さんと凄く親しいことと、朝は···一緒に零次さんの部屋から出てきたとのこと
「り、凛···加蓮···」
恐る恐る二人に話し掛けると、二人は携帯を置いて、一息つく
無言で飲み物を一気に飲み干す凛と、フライドポテトをすべてほうばりつくす加蓮
二人の間に、黒いオーラが見え隠れしていた
「···なんなの、あの人」
「ほんっっと」
「ひっ···!」
ドスの利いた声
そのやり取りだけで、二人の心の中にどれ程の感情が渦巻いているのかが手に取るようにわかった
「···奈緒、行こっか」
「ど、どこに」
「何言ってるの、会社だよ。か·い·しゃ。お仕事しなくちゃ」
もう恐くて二人が見れないから、ドスが利いていてどっちが言った言葉かわからない
零次さん、その人は誰なんだよ
頼むから納得できる形で説明してくれ···!