ヘイ!タクシー!   作:4m

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HBD03

「ツイてないわね・・・」

 

休憩スペースの丸テーブルを中心に四人で座り、的場ちゃんの呟きを聞きながら考え込んでいた

 

「車もどんどん集まってきてますね・・・」

「ですが、ゆっくりしてる暇もないですわよ。このままだと」

 

まばらだった駐車場も俺たちと同じような境遇の車たちが集まり始めている

時間まだほんの少し余裕があるが、櫻井ちゃんの言う通り高速が通行止めになった以上のんびりしている余裕はない

出口も混雑してしまう

 

「・・・よし、戻るか」

「戻る?」

「そ」

 

俺は立ち上がって近くの自動販売機にお金を入れる

 

「ここは反対方向に引き返す道もあるSAだし、一旦引き返して下道に降りる」

「ですが、相当時間が掛かってしまいますわ。現場スタッフの皆様にどう謝ればいいのか・・・」

 

そう言って顔を伏せてしまう櫻井ちゃん

 

「ん?謝るってどういうことさ」

 

自動販売機のボタンを押し、一つ、二つ、三つ、四つとテンポよくボタンを押す音と同時に飲み物が下に落ちてくる

 

「俺の仕事は、お前たちを時間までに現場にお届けすることだ。ほらっ」

「え?あっ」

 

櫻井ちゃんに桃ジュース

 

「そうじゃないと俺が会社から怒られる」

「あっ!ありがとうございます」

 

佐々木ちゃんにはぶどうジュース

 

「だからお前達が諦める必要ない。ほらっ」

「どうも・・・ってなんで私だけ炭酸?」

 

的場ちゃんにはコーラをあげた

 

「なんかイメージ的にそんな感じかなぁって」

「やっぱアンタ私のことバカにしてるでしょ」

「・・・俺炭酸苦手なんだよ。自販機にそれくらいしかバリエーションなかったし」

 

そう言って俺はオレンジジュースのキャップを開けて飲み始めた

他のメンバーも同じように飲み始めたが、的場ちゃんだけはコーラを持ったままこちらをニヤニヤした表情で見つめていた

 

「・・・子どもねぇ〜」

「飲めないなんて言ってないじゃんかよ!」

 

「フンッ!」とそっぽを向きやっとコーラを飲み始めた的場ちゃん

ったく自分だってガキのくせに

 

「ほらっ、佐々木ちゃんからも何か言ってやってくれ。頼むよ」

「え!?はっ、はい!」

 

ガタンッ!と椅子を後ろに少し動かして立ち上がり、飲み物を置き、テーブルに手をついて的場ちゃんと睨み合う

一呼吸置いて、佐々木ちゃんが話し始めた

 

「り、梨沙ちゃん」

「・・・何よ」

 

一方的場ちゃんは変わらず飲み物を手に持ったまま佐々木ちゃんと向き合っていた

心なしか、その目には様々な感情がこもっている様に感じる

場の空気が少し変わった気がした

それが気のせいなのか、はたまたアイドル達の間にも色々あるのか、今はまだわからなかった

 

「私だって・・・私だって!」

 

徐々に声が大きくなる佐々木ちゃんの言葉を黙って聞く的場ちゃん

次第にその目つきが段々鋭くなり、何を言われようが構わないという覚悟が伝わってきた

櫻井さんは飲み物を飲みながら先程と変わらない様子を取り繕っているが、気になるのかチラチラと横目で見ている

軽い気持ちで佐々木ちゃんに話を振ってしまったが、もしかしてマズかっただろうか・・・

そして、佐々木ちゃんが言い放った

 

 

「私だって、炭酸飲めるもん!」

 

 

ブフッ!とその瞬間櫻井ちゃんが軽く吹き出し、的場ちゃんはというと一瞬ポカンとした表情を浮かべたあと、顔を少し伏せて口に手を当て小刻みに肩が震え始めた

そして言い切ったと言わんばかりの満足気な表情を浮かべて、佐々木ちゃんが椅子に座る

 

「ん?今のどういう意味?なぁ、的場ちゃん」

「し、し、知らない・・・わよ。も、桃華に聞けば?」

 

笑いを堪えながら的場ちゃんがそう言うので櫻井ちゃんに目を向けると、飲み物をテーブルに置き、後ろに顔を背けて「フフッ・・・フッフッフッ」と小刻み笑っていた

 

「・・・さては、お前らグルだな!みんなして俺をバカにしてるなきっと!」

「さぁーね、そう思ってんならそうなんじゃない?さ、行くわよ!」

「あ、まっ、待って梨沙ちゃん!」

 

佐々木ちゃんが的場ちゃんに続き立ち上がる

 

「ほら、桃華も」

「フフッ。ええ、参りましょうか」

「あ!お前ら勝手に・・・」

 

俺の言葉を他所に、飲み物と荷物を持ち二人を引き連れてスタスタ車に戻る的場ちゃんだったが、その三人の様子はここに着く前のようなギスギスした雰囲気が完全に消えていた

一体何があったのか本当にわからない

今見ている限りでもとても仲の良い、普段競い合っているとは思えないまるで親友のような・・・そんな風に見える

俺も後を追い、車へと戻った

 

「さぁ運転手さん。急いでもらうわよ」

「もうあまり時間がありませんわ」

 

それぞれが元の席へ乗り込み、俺も車へと乗り込んだ

 

「・・・わかった。じゃあシートベルトをしっかり締めて。それと、真ん中の佐々木ちゃんをしっかり支えてあげてくれ」

「千枝さんを?」

 

そう言うと二人は佐々木ちゃんの両腕を掴み、困惑する佐々木ちゃんをよそにエンジンを掛ける

 

「それじゃ出発します!」

 

そうして車を発進させ、高速道路へと戻っていった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

海岸線はずっと道が空いており、早く高速に出たおかげか渋滞に捕まるといったこともなくインターチェンジを抜け、無事目的地近くまで来ることができた

 

「うーんと・・・言われた住所だったらこの辺りだよな・・・お、あれじゃんあれじゃん」

 

大型のショッピングモールの横道を抜け、砂浜側の駐車場に入る

ショッピングモールは奥様方が晩ご飯の食材を買いに来ているのか車と自転車が右往左往していたが、こちらの駐車場はまだシーズンオフのため車はいないと言っても過言ではなく、おそらくは今回のプロマイド撮影とやらのスタッフ達のワゴン車が止まっていた

目の前の砂浜にカメラやら何やらが運び込まれていたから間違い無いだろう

一応ぶつけられないように少し離れたところに車を置いた

 

「はい到着です。お忘れ物のないようにご注意くださーい。10分早く着いたから褒めてくれてもいいんだぞ」

 

軽くアクセルを踏み、周りに低い音が響き渡ってからエンジンを切る

・・・後ろから返事がないのでどうしたもんかとバックミラーで確認すると、的場ちゃんが必死にドアを引っ掻いて開けるためのハンドルを探していた

外に出て開けてあげると的場ちゃんが必死に出てこようとするが、シートベルトを外していないため、つんのめるような姿勢になり中々出てこれない

シートベルトのバックルを外してあげると、勢いよく外に出て地面に手をつき、ツインテールを下に垂らて肩でゼェ・・・ゼェ・・・と息をしながら四つん這いになっている

佐々木ちゃんは目を回しており、櫻井ちゃんはというと助手席のシートにおでこをつけてぐったりしていた

 

「あんた・・・正真正銘の・・・バカね・・・」

「失礼な」

 

的場ちゃんはゆっくりと立ち上がり、荷物と佐々木ちゃんを車から引きずり出す

 

「千枝、大丈夫?行くわよ」

「だ、だいじょうぶ・・・れふ」

 

肩を貸し、佐々木ちゃんの分の荷物も手に持ち砂浜へと歩き始めた

俺は反対のドアへまわる

 

「櫻井ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫ですわ・・・これくらい、レディとして・・・」

 

おぼつかない手でシートベルトを外し、荷物を持って外に出るが、よろけてしまい俺の腹辺りに寄り掛かってしまった

 

「も、申し訳ありません!」

「いいって別に、あんた達もよく耐えてくれた。こちらもちょっと失礼、せーのっ、よっと」

「わっ・・・ひゃあっ!」

 

櫻井ちゃんの背中に手を回し、膝の裏を持って一気に持ち上げた

櫻井ちゃんは自分の荷物をお腹の上に持ち、俺の胸の前辺りに小さく収まる

世間一般で言う、いわゆる''お姫様抱っこ''というものである

 

「い、いけませんわ!こんな・・・私としたことが、はしたない・・・」

「肩貸してあげたいけど身長差的に無理だし、そのまますっ転んで怪我されても困る。それこそ俺が怒られるわ」

「で、ですが・・・」

「大丈夫だ、ミッションより軽い軽い」

「みっしょんという物がどういうものかわかりませんが・・・む、むぅ・・・」

 

そのまま俺の胸に顔を埋めて黙ってしまった

歩いていると的場ちゃん達に追いつく

 

「あぁ!ちょっとアンタ!何やってんのよ!」

 

横を通り過ぎるとまたこっちに向かって指を指し、叫び出す的場ちゃん

 

「しょうがないだろ、ふらんふらんで今にもすっ転びそうだったんだから。的場ちゃんもその様子じゃ大分戻ってきたな」

「誰のせいだと思ってんのよ!!このお子ちゃまドライバーが!!」

「失礼な!!子供心を忘れていないと言え!!控え室に着くまでだ!」

 

そのまま道路を渡り、階段を降りて砂浜に向かう

すでに撮影の準備は整っているようだ、スタッフ達がテントの中でテーブルを挟み話し合っている

子どもサイズの衣装が揃い、ダンボールを持ち何処かへ運んでいるスタッフもいれば、インカムで連絡をとっているスタッフもいる

元々人はいなかったが、人払いの対策もなされており、ロケーションも出来上がっているようだ

そんな中俺たちを見つけ、一人のスタッフが駆け寄る

 

「346プロさんですね!おはようございます!お待ちしておりました!」

「あ、本当ですか?おかしいなぁ、時間は守った筈なんですが・・・」

「いえ、時間は大丈夫なんですが・・・準備等がございまして、結構ギリギリで・・・」

 

遅れて的場ちゃん達も俺の後ろに到着する

佐々木ちゃんも少し顔色が良くなっていた

 

「で、控え室はどこですか?この子乗り物酔いしちゃってて」

「よっく言うわ・・・」

 

小声で的場ちゃんが呟いた

 

「それは大変!すぐご案内します!バタバタしててすいません!」

 

スタッフに言われるがまま、俺たちはテントに案内された

中には長方形のテーブルと、それを囲むようにパイプ椅子が並べられていた

隅にもう一つテーブルが置かれており、そこはおそらく荷物置き場なのだろう

部屋には別に簡素なラックが置かれており、ハンガーがいくつかぶら下がっていた

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ・・・」

「はぁ・・・」

 

的場ちゃん、佐々木ちゃんの順に椅子に座り、的場ちゃんは机に突っ伏し、佐々木ちゃんは少し顔を下に向けそれぞれため息を漏らす

 

「よいしょよいしょ・・・よっこいしょと、ほい、お疲れさん」

「ありがとう・・・ございますわ」

 

足で残りの二つの椅子をくっつけると、その上に櫻井ちゃんを横にする

手をおでこに当てながら、櫻井ちゃんも大きく息を吐いた

 

「一つ聞きたいんだけどさ」

「何よ」

 

自分のカバンからスマホを取り出し、操作しながら的場ちゃんが返事をする

 

「さっきのスタッフはさ、なんでもうすぐ夕暮れだってのに''おはようございます''って言ったの?」

「業界の挨拶みたいなものよ」

「私たちはその日初めて現場に来て、初めてスタッフさん達に会う時は朝でもお昼でも夜でも、おはようございますって言うんです」

「へぇ・・・」

 

佐々木ちゃんの返答を聞き流すように何処かへ連絡をとる的場ちゃん

 

「的場ちゃんはどうしたの?」

「プロデューサーに無事着いたって連絡とってるの、今日は私が代表ね。ついでにあんたのことも書いておこうかしら」

「おい止めろ!言っておくけどな、俺炭酸飲めるからな!」

「大丈夫ですよ!私も飲めますから!」

 

そう言って佐々木ちゃんと妙に団結していると、俺の携帯が鳴った

 

「ああ、悪い、ちょっと外すわ。じゃあ仕事頑張れよ」

「はい!ありがとうございます」

 

返事をしてくれる佐々木ちゃん

的場ちゃんは携帯の画面とにらめっこしながら、片方の手を上に上げて答え、櫻井ちゃんは一旦おでこの手をどけて、少しこちらに微笑んでくれた

俺は一旦テントから出て、携帯の通話ボタンを押す

 

「はい」

『あ、お疲れ様です!本日はありがとうございます!アイドルからは連絡をいただきました。急な話で申し訳ありませんでした!』

「大丈夫ですよ、何とか時間内にお届けしましたので」

『それはありがとうございます!それで、あの・・・もう一つご相談があるんですが・・・』

「・・・はい」

 

俺は黙ってプロデューサーの話に耳を傾けた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・」

 

私以外誰もいない事務所で、パソコンのキーボードを叩く音だけが部屋に響いていた

姉さんは整備が終わった車の試乗点検に、社長はまた振興会へ行っている

今日の仕事はあらかた片付き、私としても別に急ぎの仕事もないので、事務処理を含め書類の整理の関係上パソコンに向かっていた

今やめても別にいい仕事

要するに、ヒマである

 

「ふー・・・」

 

首をだらんと背もたれを挟んで後ろに傾け、隣のデスクに視線を向けた

あいつは上手くやっているんだろうか

アイドル達のドライバー役なんて仕事、正直驚いた、あいつの意見も買って許可したが本当に大丈夫なのか?

私は体を起こし、デスクの端に置いてあるスティック状のお菓子を一つ取り口に入れる

美城プロは様々なアイドルが集まっていると聞く、仕事もそうだがアイドルと上手くやっていけるのかどうかが心配だ

そんなことを考えていると、ふと私の携帯が震える

ポケットから出し画面を見ると、そこには''零次''の文字が映し出されていた

 

「はい、うんお疲れ。・・・え?うん、姉さん戻ってきたら別に大丈夫」

 

メモを一枚剥がし、言われた内容を書き留める

 

「二人?どこに・・・わかった。正面玄関に行けばいいのね?・・・わかった。ああ、帰る時は気をつけて帰ってこい。じゃあ」

 

そして携帯の通話終了ボタンを押す

それと同時に姉さんの乗る車が工場に戻ってくる音が聞こえた

近くの別の椅子にかけておいた上着を取り、袖を通し始める

 

「ひなちゃんただいま!後は洗車して終わり・・・どっか行くの?」

「ええ、留守番お願い」

 

オーダーを戻しにきた姉さんに頼み、車の鍵のキーリングに指を入れてクルクル回す

 

「ちょっと、美城プロに行ってくる」


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