イマイチあいつらの考えがわからない
昨日あったことは唯から聞いているとは思う
適当にあしらってはきたものの、わからない
他の奴らも何か考えているのかも
周子、ということはあいつらもか
今になって恐ろしくなってきた
「···一体何を考えているのか···」
LiPPSも何をしでかしてくるかわからない
他の奴らの動向にも注意しないといけないわけだ
人がいないのにやることが増える
車以外で頭使うのは苦手だっていうのに
「···ただいま戻りました」
ガムテープで無理やりドアを閉めてある黒いダットラを横目に見ながら事務所の扉を開く
「お疲れ」
聞こえたのはクロさんの声だけで、事務所の中には彼女以外誰もいなかった
姉さんもシロさんも工場へ行ったのだろうか、香ばしいコーヒーの匂いだけが事務所に残っている
「社長は外へ営業しに行った。お客は今のところ一人も来ない。だからアネキとシロは工場へ行って溶接の時に下に敷く鉄板を叩いて直してる。この会社の経営ってどうなってるんだ?大丈夫なのか?」
「一応今のところは赤ではないので大丈夫かと思います。でも実際のところどんなカラクリなのか俺にも謎です」
意外と忙しくはないようだった
時期も時期だし繁忙期はもう少し先だからいつも通りといえばいつも通りなんだけど、不安になる気持ちもわかる
どんな仕組みなのかは社長と姉さんのみぞ知るところだが、深くは知らないでおいたほうが良さそうだった
クロさんはそういうことは聞いてはくるものの、パソコンの操作に関しては何も問題はなさそうだ
元々そういう仕事をしているのだろうか、売り上げの増減の計算や顧客ごとの請求のリストなどをまるでやったことがあるかのようにスムーズに作業をこなしていく
普段からそういう仕事をこなしているのかもしれない
俺も自分の席に座って仕事を確認するが、確かにそこまで仕事がない
本当に大丈夫なのだろうか
「それと、そこまで忙しくないし、お前、その送迎?の仕事、別に行ってもいいぞ」
「えっ、いや、今戻ってきたばかりですし、それはさすがにマズいんじゃ···ないっすかね」
「弟子もそう言ってる」
するとクロさんは自分の携帯電話の画面を俺に見せてくる
そこにはひな先輩のアカウントが表示されていて、やり取りも映ってる
嘘を言っているわけではなさそうだ
もう少し詳しく見ようと顔を近づけたが、すぐさま携帯をしまわれてしまった
再びパソコンのキーボードを叩いて作業に戻っていくクロさん
「プライバシーの侵害だぞ。女性の携帯をまじまじと見るとは、普段の教育がなってない証拠だ」
「周りが···俺の見えるところに携帯電話を放り投げてるような奴らばかりで」
「それを見て自分で学ばなきゃダメだ。女はいちいち口に出す生き物じゃない、お前のことを相手はどう思ってるのか、行動から感じ取れなきゃいい距離感なんて築いていけない。一番大事なところだ、女は大抵よくも悪くも''嘘つき''だから」
サラッと言うが、その言葉には何だか説得力を感じる
でも確かにそれは何となくわかる気がするが、まだまだあいつらにはわからないことが多すぎるから、正直いうと自信がない
悩みの種になっているのもあって尚更だった
「嘘を見抜けないと、損をするのはこっちだ。余程の手札が揃っていないと···自分の''チップ''を全部持っていかれるぞ。今のお前からなら搾り取るのもいい、簡単に勝てちゃあ面白くないからな」
そんなに俺はわかりやすいのか?
クロさんのパソコンの画面には、シンプルな黒文字で10、J、Q、K、Aの文字が順番に揃っている
マジでこの人何者だ
姉さんの交友関係って本当に謎が多い
「あ~曲がった曲がった~、あの手で引っ張って持ってきた時、たまに足首にガッてぶつかるのが嫌だったのよ~」
「この世のモノなんて大体が叩けば直るの!リーダーももっと思いっきりいかなきゃ」
「あんたほど吹っ切れないわ~」
アハハハッと二人の笑い声が工場への扉側から聞こえてきた
二人軍手をつけてなにやらさっきまでやっていた作業のジェスチャーをお互いに披露して、感想を言い合いながら事務所のデスクへと戻ってくる
おそらくハンマーで叩くかなんかして無理やり曲げたのだろう
「あらレイジくんおかえり~。ちょっと遅かったみたいだけど何かあったん?」
「いえ、別に。ただちょっと···相談を受けていただけです」
「相談?」
まぁ、今は暇だからいいけどねーと姉さんは自分のデスクの椅子に座って書類を取り出し始める
詳しいことは追及されたら嫌だから姉さんにも黙っておこう
「なにー?クロ、この後輩君をヘッドハンティングしようとしてたの?それなら現地に着いたら私が迎えに行ってあげる!もしクロに勝つようなことがあったら、私をファックしてもいいわ!」
シロさんに肩に手を置かれたと思ったら、真っ昼間からそんな事を言ってバシバシと後ろから肩を叩かれる
類は友を呼ぶと言うが、呼びすぎてもこれは困ってしまう類いの人間たちだ
姉さんの仲間達ということは、''あの頃''のメンバーの一人というわけで、俺はクロさんには会ったことはなかったけど、それなら姉さんと俺の事を知っていてもおかしくない
「ダメよシロ~、レイジ君にはもう大事な''お相手''がいるみたいなんだから~」
「なにぃ~?彼女の一人や二人!それぞれの街に作る気でいかなくてどうするの!男たるもの据え膳食わなきゃ!」
「女遊びもほどほどにしておけよ」
「一応言っておきますけど、彼女いないですからね。昨日姉さんにもいいましたけど、友達です」
どこまでも話が広がっていきそうだったので、釘を刺しておく
この''経験豊富''な方々にはもう常識が通用しないというのは経験上わかっていたので、余計に突っ込むこともやめておいた
すると姉さんたちはそこから俺抜きで話に花が咲き始め、書類そっちのけで昔のつるんでいたころを懐かしむように言葉が出てくる
俺はそれに適当に相づちを打ちながら、軽く聞き流すようにしているクロさんと同じように自分のパソコンのキーボードを叩くのだ
暇だが午前中のまだ明るい時間帯なのに、その時代のヤバい話が次から次へと出てくるのは、やはり''経験豊富''だからだろうか
「シロは?いつだっけ?」
「1···7か16だった時、バ先の後輩とバイト終わり、店のビリヤード台の上」
「すごっ」
「めちゃ興奮した。天井の照明暑かったけどバイトの制服着たまま、スカートの中パンツ脱いだだけだったから汗だくで···それがよかった。めっちゃイケた。後片付け、めっちゃ大変だった。台の上、シミがバッて広がってたから。バッて」
ほら、また変な話が始まった
シロさんが両手を広げて、姉さんのデスクの上で''ここら辺からこの辺りまで''と何やら説明を始めた
姉さんもそれに興味深そうに反応するもんだから話が広がっていってしまう
俺は極力気にすることなく、仕事に専念することにした
これは別に聞かなくてもいい話だ
「私はね、体育館の、ステージの斜め上にある音響とか幕を操作する放送室みたいなとこだったなぁ~。休日の午前中は他の部活が体育館で練習してて、唯一そこにしかない冷蔵庫使うからダメだったけど、午後は誰もいなくなるからこっそり忍び込んでね。それでね、あそこって窓がついてて上から体育館の中が見えるんだけど、そこの黒いカーテン閉めるともうどこからも見えなくなるの。そこで好きだった先輩と···15の夏、懐かしいわぁ~。でもカーテンもドアも閉めきるから真夏は扇風機回さないと暑すぎて死ぬ」
若かった···と遠い目をして懐かしむ姉さんだったが、興味が勝ったのかすぐにクロさんにも話が飛んでいった
半分あきらめた様子で、ぼそぼそと口を開く
「私は···部室。グラウンドに置いてあるような、簡単なプレハブ小屋の中。13の秋」
「なんかおぉ···やっぱり妙にリアルな感じだねクロ。イケない事聞いてる気がして」
「リアルな感じも何も初体験の話だし。それにアネキには何回も話してるはずなんだけど」
「いつ聞いてもこう···体にゾワゾワってくるのよ~。ねっ、シロ」
「エキサイティング」
もっともっと頂戴と姉さんもシロさんも二人揃って手でジェスチャーしている
クロさんが俺を一瞬チラッと見たので少し顔を背けてあげると、観念するかのように話し始めた
「そのプレハブ小屋の中に、練習の時に使う床マットが隅に重ねて置いてあって、私がその上に座って、相手の···先輩が目の前に立つ。私小さいから、私がマットに座ると···相手と丁度いい高さになって、プレハブ小屋の鍵はマネージャーの私しか持ってないから、中から鍵掛ければ誰も入って来れないし」
「非常に興味深い」
「実にinteresting」
あれだけ騒がしく話していた姉さん達が黙ってクロさんの言葉に耳を傾けている
なんだか俺も聞いているのが申し訳なくなってきた
「プレハブ小屋の窓も真ん中についてたから、隅にあるマットの部分は影になってて逆に暗くて見えないし、部活終わった後は最後まで道具片付けるのは私しかいなかったから誰も来ないし、それでも何かあった時の為に、さっきのシロじゃないけど服着たままで、私が指でパンツの股下少しズラしてもロングスカートで中が少し見えにくいから、相手がスカートの中に入ってきたら私が反対の手で少し手伝ってn」
もう俺は耳を塞ぐことにした
この会話はあいつらにも聞かせるわけにいかない内容になってる
ひな先輩、早く帰ってきてください
何なんですかこの人たち···
ーーーーーーーーーー
「''ふ''、''ぁ''、''っ''、''く'' ···と」
携帯の検索欄に言葉を打ち込んで、検索ボタンを押してみる
「ファックス···、''チャックの間違いではないですか''···うーん、たぶん違うと思うんだけど···」
画面に表示されていたのは、私が調べようとした意味とは恐らく違う単語だった
画面をスライドしてみても、イマイチあの状況とピッタリ合わない意味合いが並ぶ
あの白い人···シロさんって美空さんは言っていた
車をドンドン蹴りながら言ったあの言葉、あの意味がなんだか気になったので調べてはみるものの、しっくり来ない
もっと色々と意味のある単語なのだろうか?
何故か私の携帯電話ではそれがヒットしなかった
「千枝ちゃん!!」
壁際にある自販機で買った飲み物に口をつけていると、廊下の奥から仁奈ちゃんの元気な声が聞こえ、こちらの休憩スペースまでトコトコと歩いてくる
私は手を振ってそれに応えると、嬉しそうにそのいつも着ているウサミミパーカーの耳を揺らしながら、若干駆け足でこちらへ向かってくるのだ
「お昼ごはん食べたでごぜーますか?」
「うん、今はプロデューサーさんを待ってるところだから」
「そーですか。なんだか寂しいでごぜーますね···」
もう零次さんたちの話はみんなに伝わっていて、みんなも今回ばかりはしょうがないとお互いに納得していた
仁奈ちゃんもそうだし、そして梨沙ちゃんもなんだか難しそうな顔をして事務所で考え込んでいるのを見掛けた
みんな思い思いに考えているのを見掛ける
でも···一部の人たちはそれとは別の問題に頭を抱えることになっていた、私を含めて
「零次さん来れねーって聞いたですよ。ここに来たら沢山お菓子をあげて元気になってもらおーとしたでごぜーますのに」
「仁奈ちゃん、ひなさんは大丈夫だって言ってたよ。零次さんも···なんだか元気そうな感じみたいだし」
私のその言葉に安心したのか、仁奈ちゃんは自販機に向かい、飲み物を持って私の隣へと座った
よかったよかったと無邪気に飲み物を飲んでいる仁奈ちゃんの横で、私は物思いに耽る
一体零次さんといっしょにいたっていうその人は何者なのか
みんながいう···元カノさんなのか、そんな結論が出かかっていると、その場にいた唯さんが泣きそうになっていたので、とりあえずあの場はみんなで必死に唯さんを慰める形でお開きとなったから、真相はわからない
「でも、零次さんもきっと寂しいと思うでごぜーます。そうだ!今度みんなで一緒に、ひなさんみたいな美味しいご飯を作ってあげるですよ!そうすれば、きっと零次さんも美空おねーさんももっと元気になるでごぜーます!千枝ちゃんも行くでごぜーますか?」
「···そうだね。このままじゃ、何も変わらないもんね」
仁奈ちゃんからの思わぬ提案に、私も思わず頷いた
私たちだって、ずっと仲良くやってきたんだ
その絆は深いものに違いない···と思う
他の人たちがどれだけ仲良くしているか詳しくは知らないけど
「そういえば、千枝ちゃんは知ってたでごぜーますか?美空おねーさんが昔、''グループ活動''をしていたことがあるって!」
「グループ?」
「はい!前に遊びに行った時に教えてくれたでごぜーますよ!今は色々なところにみんな行っちゃったけど、''モトヤン''っていう集まりだったって言ってたですよ!」
「''もとやん''···」
たぶんそれは···仁奈ちゃんが思ってるような、私たちみたいなグループとは大分違うものだと思う
ということは、さっき調べていた言葉も結構乱暴な意味合いなのかもしれない
人前ではあまり使わないほうがよさそうだ
「すみません千枝さん!遅れました!」
「あ、プロデューサーさん」
「あ、真面目なプロデューサーさんでごぜーます」
バタバタと胸元に書類を抱えながら慌ただしくやってきたのは、りあむさんやあきらさんのプロデューサーさんだった
零次さんが来れない以上、お互いに予定が空いている人がいれば助け合おうということらしい
「スタジオには···間に合いますね!今、車まわしてきますんで!」
「あの、そんな···急がなくても大丈夫ですから···」
「帰ってくるのは夜でごぜーますか?」
「そうです!しっかりとお家まで送り届けますので!」
「夜ごはんはどうするでごぜーますか?」
「それまでにはかならず!送り届けますので!ご心配なく!」
「あ、プ、プロデューサーさん···行っちゃった」
忙しなくエレベーターのあるほうへ歩いていってしまうプロデューサーさん
莉嘉ちゃんにも聞いていたけど、本当に真面目な人なんだ
「零次さんだったら、夜ごはんに連れていってくれるでごぜーますよね!前に周子おねーさんも一緒に行ったときは、レシートを見て頭を抱えていたでごせーます」
「きっとプロデューサーさんも忙しいんだよ。そろそろ前期末の時期だし···」
あきらちゃんが言っていたことがなんだか理解できる気がした
あんまり零次さんと仲が良くないとは聞いていたけど···確かに正反対っぽい人
私は、みんな仲良くしてくれればいいなぁとは思ってるけど
「でも、零次さんが一緒じゃなくて大丈夫でごぜーますか?」
「···うん」
「だって、この後千枝ちゃんが行くテレビ局って、あそこでごぜーますよね?」
「きっと大丈夫だよ。専務さんは、まだ納得してないみたいだけど···」