じっとしながらエントランスで待つ
んん···と考え込むが覚悟を決めるしかない
専務も上には逆らえないのだから仕方ない
いつもと同じ、送迎するだけだ
二度とあそこには行かないとは思ってたが
「···そろそろか」
昨日と同じソファーに座り、携帯の時計を確認して再び待つ
クロさんの言った通り、今日はあまり仕事もなかったため、昨日と同じように···いや、昨日よりも暇な一日だった
まだ俺に遠慮しているのか、美城プロから連絡があったのはこの千枝の一件だけで、それ以外の連絡はなかった
俺の携帯が震えなかったってことは、俺の家にも来ていなかっただろう
「えっと···あ、えへへっ」
エントランス内に可愛らしい歩幅の小さい足音が響き渡った
遠くの、オフィスビルへと続く渡り廊下の方から聞こえてくるが、もう誰かわかった
手を上げてやると、その人物が掛けよって来るのがわかる
トコトコと可愛らしい足音を立てながら徐々にその足音が近くまで聞こえてきて、俺の座っているソファーの後ろで止まる
「零次さん、こんばんは」
「ん」
頭の上から声が聞こえたので見てみると、そこには天窓から差し込む夕日に照らされて顔が黒く見えなくなっている千枝が俺を覗き込んでいた
千枝の羽織っている上着が俺の頭の上をサラサラとなぞる
前にお邪魔した千枝の部屋の匂いがした
「お疲れ」
「零次さんもお疲れさまです。よろしくお願いしますね」
俺が立ち上がると、千枝は丁寧にお辞儀をして、ニコッと笑っていた
アイドルたちの中でも数少ない、出発前にキチンと挨拶してくれるメンバーの一人である
周子にも見習ってほしいものだ、あと加蓮と志希と、一定のチヴィーズどもにも
「いいのか?今日は本当に」
「はい、プロデューサーさんもよろしくと···言っておいてほしいって」
「···わかった」
今は千枝の言うことを信じるしかなかった
とりあえず現場へは向かわなければならない
俺が歩き出すと、千枝はその後ろを黙ってついてくるように歩く
玄関を出て、すぐ横にあるお客様用の駐車場に向かい、車の鍵を開けてやると、黙って後ろの席に乗り込んでいく
俺も運転席に座ると、プロデューサーから電話で聞いた行き先と千枝の名前が書かれた付箋をメーター周りのインパネに貼り付ける
いつもと変わらない流れの筈なのに、妙な空気が流れる
その証拠に、車に乗り込んでから千枝は一言も喋ってない
いつもなら今日の仕事はどうだとかみんなは事務所でこうだったとか楽しそうな表情を見せるのに、バックミラーで見た感じはどこか沈んでいるように見えた
「今日は大丈夫なのか?」
「えっ、は、はい。外でお天気の生放送が終わったあと、スタジオに戻ってから来年のライブの告知をしたら終わりなんです。それからは···」
「仕事の事じゃない、お前自身の事だ」
車を発進させて正門をくぐり、道路に出る
「あの時何があったのかは俺も覚えてる。あまり詳しいことは言えないが、お前たちに嫌なことをしようとしていたのは確かだった。だから···あのテレビ局に行くのはどうしても納得できない、仕事だと言ってしまえばそれまでだが、まだお前はそれをそのまま飲み込める歳じゃないだろう」
「···零次さん、プロデューサーさんたちと同じことを言ってくれるんですね」
車を走らせる中、千枝はそう言って少しうつ向いていた
そのまま千枝は口を開く
「でも、千枝は大丈夫です!ありすちゃんも試写会を頑張ってくれたおかげで仕事が増えたんです。愛梨さんも、入ったばかりの凪ちゃんや颯ちゃんだって頑張ってるんです。もう千枝も先輩だから···みんなのために頑張ろうって、そう思ったから恐くないんです。あのテレビ局の人もきっと、今度はいい番組を作ろうって思ってくれてるから、千枝たちにお仕事をくれるんだって···そう信じてますから」
交差点の信号で車が止まった
バックミラーで再び、千枝の様子を見てみる
そこには、今言ったその言葉を裏付けるような、覚悟を決めた千枝の顔がハッキリと映っていた
膝の上で拳を作ってギュッと握り、まだ子どもなのに、その表情はまるで大人に迫る勢いだった
初めて会ったときと比べたら、随分とお姉さんになって、大分頼もしく見えた
「それに何かあったら···零次さん、また助けてくれるんですよね?ヒーローですもんね?零次さん」
「久っっっしぶりに聞いたそのセリフ、まだ覚えてたのか」
「あの時幸子ちゃんがたくさん広めてましたから」
「あいつ···今度会ったらシメておかないと」
「幸子ちゃんにイジワルはダメですよ?」
信号が青に変わって車を発進させる
振り返って一言言ってやろうかと思ったが、仕方ない
前見て運転しないと
「なんか大人だな、お前」
「そうですね···零次さんよりは、大人かも···なんて」
「おまっ、何言ってくれちゃってんだよお前このやろう。シートに座ったらペダルに足届かないくせして、大体車の免許だってな」
「ちゃんと前見て運転してくださーい」
チラチラとバックミラー越しに文句を言っていると、千枝は得意げにそう言って、俺は不満を抱きつつも仕方なく運転に集中する
なんて失礼なシンデレラだ
まだまだ大人の階段は···登れなさそうだな
ーーーーーーーーーー
「···」
吹き抜けのエントランスを通り抜けて、千枝と一緒に局の廊下を歩いていく
内装は一年前と変わらない、壁の掲示板には美城プロのアイドルが大きく写った番組のポスターが貼られている
行き交う局のスタッフたちの間を縫うように歩いて楽屋を目指していくが、俺は千枝の一歩斜め前を先に歩き、千枝を隠すように進んでいた
「零次さん、あの···私、大丈夫ですから···」
「ダメだ」
誰の目があるのかわからない
敵の懐に飛び込んだ以上、油断は出来ない
ここにはもう味方はいないと思ったほうがいい
廊下だろうが楽屋だろうが、俺がついていてやらないといけないのに、残念ながらスタジオ内についてはその会社の関係者しか入れないみたいだった
姉さんたちはもう会社を閉めて、飯を食いに行った時間帯だ
俺が千枝の撮影が終わるまでここにいてもいい、そこは好都合だった
エレベーターのボタンを押して、二人で乗り込み目的の階のボタンを押す
「何かあったらすぐに連絡をよこせよ」
「···はい。その時は、零次さんにすぐ伝えます。でも、きっと大丈夫ですよ」
エレベーターが止まって、すぐそばのロビーを横切り、廊下を歩いていく
角を曲がって少し歩けば、千枝の楽屋はすぐ側にあるのだという
妙な緊張感に包まれているのは自分だけだろうか
千枝は何も話さなかった
「···それじゃあ、私着替えて、あの···メイクさんのところに行かなきゃなので···」
「···わかった」
壁に''佐々木千枝 様''と書かれたプレートがはめ込まれた一室の前まで来て、その扉の前で俺たち二人立ち止まる
誰もいない一本の長い廊下の中央で、部屋に入ろうとする千枝を俺は中々見送ってその場を後にすることが出来なかった
「大丈夫ですよ、零次さん。私は大丈夫ですから」
そんな俺の手を取って、まるで子どもをあやす母親のように優しくそう言ってくれる千枝
これじゃあ本当に千枝のほうが大人に見えてくる
「じゃあ、行ってきますね」
止めるわけにもいかず、千枝は扉を開けて楽屋の中へと入っていく
その扉が閉まる一瞬前に、千枝は俺に軽く手を振っていた
扉が閉まって、俺は少しその場で息を整えてからエントランスへと戻ることにした
だが、どうしても心配になった俺はやっぱりその階のロビーで待つことにしたのだった
ーーーーーーーーーー
そのロビーには一角に美城プロのように簡単な休憩スペースが設けられており、自販機、テーブルにソファー、そして天井付近にはテレビ
すぐ側には喫煙所なんてものもある
俺はとりあえず自販機で缶コーヒーを買って、ソファーに座ることにした
テレビでは今、千枝が担当するコーナーのある夕方のニュース番組が放送されていた
千枝は生放送だ、そのテレビに映り始めればとりあえずは大丈夫だ
「···」
俺は缶コーヒーの蓋を開けて、一口飲み込む
心を抑えるには十分すぎる量だったかもしれない、三分一くらい無くなってしまった
周りにも、側にある喫煙所にも誰もいない、自分しかいないその空間で何事もなく過ごせればいいなと思っていたが、その時が来るのは突然だった
背後のエレベーターが開いた、特に気にせず見向きもしなかったが、そこから降りてきたのは会話する声から男性二人だということがわかった
しかし、その片方の男の声に聞き覚えがあったのだ
気のせいだと思いながらその場でじっとしていると、その男たちは俺の隣で立ち止まるのだった
「やぁ運転手君、久しぶり。君に会いたかった」
その瞬間、俺は胸元に手を当てて、そちらをゆっくりと振り向く
「驚いたかな?」
そこには···そこには、ここにいない筈の、あのクソ野郎がそこに立っていた
隣にいる取り巻きは新しいディレクターか何かなのか、すましたツラをしながら書類を持って俺の事を見下ろしていた
「···何でだ」
「何でだ?''何で?''だって?その質問はそっくりそのまま君に返そうじゃないか」
そのネチネチとした口調は前と変わらず、イライラする言葉づかいで俺と向かい合う
「君は部外者にも関わらず美城プロへと迎え入れられることに成功した。一般人にも関わらずお宅のアイドルたちに受け入れられ、日頃仲良くやっていることだろう。ああ、羨ましい、全く羨ましい限りだ。君と私とで一体何がここまで違うのか。何でだ?何で君は彼女たちに受け入れられているのか」
「自業自得だろ」
「目上の人間に対して言葉づかいがなっていない。教育不足の賜物だな、なぁ?」
「まったくですなぁ、今時の若者ときたら」
その無駄に体格のいい腹を隣のプロデューサーらしき仲間に向けながら二人、気持ちの悪い笑みを浮かべながら俺の目の前まで歩いてくる
せっかく千枝がテレビに映り始めたというのに二人はそのテレビを遮るように俺の目の前に立ち、座っている俺を見下ろすように目線を下げていた
「君が私の楽園を破壊したのだよ''北崎君''。君のせいで私の生活は滅茶苦茶になったんだ。君のせいで役職を失い、君のせいで豊潤な果実にありつけなくなった···ああ、古傷が痛むよ。あのクソアマ、川島なんとかとかいうババァに殴られた跡が今でも残っているようだ」
「ひどいもんですねぇ、教育がなっていません」
わざとらしく頬に手を当てている
好き放題言ってくれるじゃないか
「あの人ほど完璧に仕事をこなす人はそうそういないんで」
「男の扱い一つわかっていないただの行き遅れに何を同情することがある。まぁ私はそんな若作りしか取り柄のないメスなんかどうだっていい、大事なのは···これからの''未来''なのだよ」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
女性の事を話していたのに突然未来とか何だとか言いやがる
変態の言うことは俺には全く理解できない
「そもそもなんであんたここに存在してんですか」
「君のおかげだよ?」
「はぁ?」
質問の答えになってない
ついにこいつは壊れたみたいだ
語尾が上がってんのがさらにムカついてしかたがない
「私は不本意にも追われてしまった。ああ、それに関しては君たちにも恨みはある。だが···私はそれで気づいたのだよ、これまで私と愛を育んでくれた彼女たち、彼女たちへの最大限の感謝の心に···失って気づくものがこの世にはあると思い知らされた。そして、私と共に甘い蜜をすすった仲間たち···私はそんなかけがえのない仲間たちがいることに気づいたのだ。''彼ら''は私が作った楽園を相当気に入っているようで、私が帰ってくることを望んでくれた。だから···私はここにいるんだよ。役職もない、ましてや社員でもないのだ。楽園を開くための''鍵''として···匿ってくれている、私には、''友達''がたくさんいるのだよ」
···ということは、こいつみたいな思いをしているのが他にもいて、それを牛耳っているのがこいつ
何とかして有名になりたい、そんな女の子の思いを利用して自らの快楽へと変える、そんな奴らが周りにまだいるというのか
「そして、そのおかげで気付いたのが···''未来''なのだ。今までも愛を育んだおかげで、''海外留学''してしまう子もいた。しかし···今となってはそれに喜びを感じるようになったのだ。それも、本能的な喜びだ。私の遺伝子を受け継いだ子孫がこの世にいる。その喜び、その感動···!」
···こいつの言葉に裏を感じられない
「彼女たちも喜んでいるはずだ!お互いに求めあって愛を育んだ末に産み出されたものなのだから!それが···人間の本能なのだから!今はどこで何をしているのかは知らん、しかし未来を作ったのだから···これは···救済なのだ。だから彼女たちもきっと報われている···!美しいと思わないか。今でも思い出す、彼女たちの瑞々しくて、豊満で、吸い付くような肉体と、それにありつくあの瞬間!手を、足を、体を押さえつけ、その肢体を支配するあの満足感!そして···隔てるものが何もなく、欲望が繋がり合い、自分が包まれるあの快楽···!そしてそして···お互いが''巡り会う''ための···あの瞬間」
恍惚とした表情で、自信満々にそう言うそのクソ変態野郎
信じられないことに、隣にいるその新しいディレクターは嫌な顔を一切せず、言っていることに頷いている
俺は自分すら今···どんな顔をしているのかわからない
「そして私は彼女の''部屋''の前を去るのだ。横たわる彼女を前にしたその後の喪失感は···何ともいえないものだ。誇りすら感じる。それが···君のおかげなんだよ。君のおかげで私は気付くことができた。君のおかげで私は''誇り''を持って生きていける。君のおかげで私は変わることができた。女との向き合い方を考えることができた。これからは···未来を見据えて、''仲間たち''と共に歩んでいける。···おい、次は誰だっけか?」
「ええっとですね···今日は···この子なんで」
そのクソ変態野郎を睨み付けていた俺だったが、隣にいたそのディレクターがとった行動に驚愕する
開いたのは手元に持っていた書類だった
そしてそう···''今日はこの子''と言ったタイミングで後ろのテレビのほうを振り向いたのだ
そこに映っていたのは、千枝が笑顔で元気に天気を伝えている様子だった
そのディレクターはその書類、何らかの紙が挟まっているバインダーのページをペラペラとめくっていく
「三船美優、十時愛梨···緒方智絵里···、これから仕事が入ってくるのは···彼女たちで、予定としてはあと···小日向美穂、小早川紗枝···輿水幸子···」
「緒方智絵里···聞いたことがある。ああ、あの若造がドラマ撮影の合間にちょっかいを掛けていた子だねぇ」
俺の心臓が激しく脈打ちだす
そのクソ変態野郎がそのバインダーから智絵里のページを取り出すと、その気持ち悪い顔を写真へと近づけて、舐め回すように観察をつづけていた
「若々しいねぇ···この歳では産道がまだ短い、産むなら腹を裂いての帝王切開だろう。難点なのは下っ腹に跡が残ってしまうことだが、それは仕方ない。この京娘は···なんと礼儀正しそうだ。どんな声で鳴いてくれるのか···。十時愛梨···なんともたまらんねぇ、あちら側から吸い付いてきそうな胸、そして···唇。そしてその魅力的な脚を開いた先の蜜壺はいかなるものなのか···しかし、君のところのアイドルたちは取り入ってくれないのだ、仕事が終わればせかせかと帰ってしまう」
「教育が行き届いているんで。あんたと違って」
皮肉たっぷりにそう言ってやったが全く気にしている様子がなかった
正直に言って、俺のほうが限界だった
さっきこいつが言っていた気持ちの悪い妄想話があいつらの姿とかぶって頭の中に嫌でも浮かんでくる
ふざけるな、そんなことは許されない
俺たちのことも、今回のひな先輩の一件もまるで自分の事のように悲しんでくれるくらいお人好しで、いい奴らなんだ
「佐々木千枝···か」
あいつがテレビの画面を見ている
テレビの画面には既に千枝の姿はない
マズい、あいつはまだスタジオか楽屋だ
「ダメだな」
···すぐにそいつはそう言った
千枝には興味がないのか、ディレクターがバインダーから紙を一枚渡しても受け取ろうとはしなかった
たとえ話しかけられても千枝はすぐに俺と帰ると言いそうだが···
「子どもを作れる年齢じゃない。もしかしたらまだ身体の準備も整っていないだろうね。興味がない、もう呼ばなくていい。ゴミだよ」
するとそいつはそのディレクターから紙を奪い取って俺の足元に投げ捨てた
その紙には千枝の顔写真と共に名前、年齢、そしてテレビ番組に対してなどの意気込みが書いてあった
そいつはそれを床に投げ捨てて拾いもしない
それどころか千枝の事をゴミと言いやがった
「ああ、成長したら教えてくれないか。その時は迎えに行くから」
「てめぇふざけてんのか!ぐぅ···!」
俺が我慢できず立ち上がって叫んだ瞬間に、俺の腹に鈍い痛みが走る
隣のディレクターに間髪入れずに殴られたみたいだ
思わず俺はソファーに倒れてうずくまる
「教育がなっとらん!なんて乱暴な奴だ!これだから近頃の若者は!」
「まったくですね、くっくっく···」
俺が苦しんでいる中、そのゴミカス変態野郎は俺に向かって言い放つ
「君のせいなんだよ」
「なんだと···」
「君のせいで彼女たちに逃げられた。君のせいで彼女たちの信頼を失った。君があの時あんなことをしなければ···''上手く''いっていたのに!君のせいだ、君のせいで彼女たちがこんな風に目をつけられるんだ、全て全て君のせいだ。君がこうしたんだ!君のせいだ!君のせいで!その事を深く反省したまえ!」
「ぐっ···!うっ···!」
今度はディレクターに引っ張られて床へと這いつくばらせられる
こいつも相当俺に恨みがあるようだった
「ほら拾ってよ、気が利かないなぁ。運転手さん」
ほらほらと煽ってくるが、俺はその千枝のプロフィールをその手に握りしめたまま離さなかった
それを見かねたのか、クソ野郎が呆れた様子で''もういい''と吐き捨てた
もう俺は自分が何をするかわからなかった
必死に自分を抑えながら地面に這いつくばったまま顔を下に向けつづける
「それと、一番邪魔なのも君なんだよ」
「んだと?」
「だから、こちらでも運転手を用意することにした。そうすればもう邪魔をされることもない。どこへ行こうにもナニをしようとも誰も文句を言えない。だが、簡単にそちら側も首を縦に振ることはないのだろう。君という人間がいる限りはね」
「光栄なこった、ざまあみろ」
「だ·か·ら、私たちが認められればいいわけだ。来週にも、車関連の番組が予定されていてね。その中で飛行場を貸し切って真っ直ぐな道を競い合う競争をするのさ。そこで腕前を認められれば、晴れて君は用済みとなる。直接局の者が迎えにいくのだから仕事としても効率がいいし、わざわざ金を払って君たちに依頼する手間も省ける。前の時は予想外だったよ、あんなプロドライバーがそちらにいるとは。おかげで大幅に予定が狂ってしまったよ、まったく···」
ありすの時か、当たり前だ、ひな先輩に勝てるものか
ひな···先輩に···
「お前···まさか」
「私たちの秘書は優秀でねぇ···。しかし不思議だ、しっかり当てたはずだったのに、死ななかったのは残念だったが」
「ぐ···!お前···、そんな···そんな事の為に···!」
「おいおい運転手君いいのかい?千枝ちゃんのプロフィールがくしゃくしゃだよぉ?くっくっくっ」
俺は無意識に千枝のプロフィールを握り潰してしまっていた
ダメだ、我慢するんだ、ここで暴れたらこいつらの思うつぼだ
きっとあの事故のことも報道されないようにもみ消したんだ
「これで優秀なドライバーはもういない。あの規模の事故の傷なら収録日にはもう間に合わないだろう。こちらは万全の体勢を整えて番組に臨む。言葉通りに、ドライバーも、車も、万全に整えてね。ああ、言っておいてあげるけど、あれは車というより''マシン''だったよ。誰も追い付けないと思うね、その日は···緒方智絵里だったか。美城プロさんのお上品な''お車''では到底敵わないと思うがねぇ。楽しみにしているよ。緒方智絵里によろしく言っておいてくれ」
はっはっはと、そいつらは最後にそう言って去っていったのだと思う
声がしなくなったから、おそらくどっかへ行った
それを確認できないほど、俺は顔をしばらく上げることが出来なかったのだ
数分経ってやっと落ち着くと、ソファーに座って、飲み残していたコーヒーを飲むが、その缶に力を入れすぎてベコベコにへこんでしまっていた
「···」
大きく深呼吸して、俺は胸元にしまっていた携帯を取り出して、耳元にあてる
「···だ、そうです」
俺は携帯電話に向かってそう言うと、しばらく経って返事が返ってきた
ーーーーーーーーーー
「後輩、よくやった」
ラーメン屋のカウンター席
その並びにその一団は横並びに座り、ビール缶を持ったまま固まっている美空の目の前にある携帯電話を、横に座っていた長い黒髪の小さな女性が手に取り、そう話しかける
『俺は千枝を回収して送り届けてきます。クロさん、だから今日は少しガレージに戻るのが遅れますので、シャッターだけ開けられるようにしておいてください』
「了解だ後輩、よく我慢した」
クロと呼ばれたその女性が、スピーカーモードになっていた携帯電話の通話終了ボタンを押して、美空の目の前へと戻した
店の店長は気を使ったのか、店の表の暖簾を片付けて、準備中の札を掛けて店内へと戻ってくるのだった
「わたっ···わたし···一体な···何され···t···」
「大丈夫っス。何もない、何も起こらないっスよ智絵里ちゃん。智絵里ちゃんが心配することなんて何一つないんスから」
「ああまったくだ。智絵里の嬢ちゃんが気にすることなんてないんだからな。だろう?姉さん」
「リーダー?」
震える女の子を必死に励ますメンバーたち
そして''姉さん''、''リーダー''と呼ばれたその女性も、腕を小刻みに震わせていた
何も喋らず、ただ黙ったまま、その手に持っていたビール缶をメコメコと凄まじい音を立てながら握り潰していた
ただならぬ雰囲気に、まわりも息を飲む
「···私が走るよ。私がやる、美城プロの人たちは何も手を出さなくていい」
「姉さん、もしかして''アレ''を動かすの?」
カウンターの裏から出てきた若いお兄さんが、彼女たちの器を片付けつつそう問いかけた
その質問に、美空は黙って頷く
彼女の目は凄まじい程に血走っていた、それほどまでに決意を感じる
クロと、シロと、男三人組
戸惑っている智絵里を除いたその場のメンバー全員が、一体何をするのかが想像できていた
「面白くなりそうだねリーダー。悪い子にはお尻ペンペンしてあげないとわからないからね~」
シロがそう言うと、彼女たちの前にチャーシュー丼が並べられた
持ってきたその店長は腕を組みながら、彼女たちに言う
「景気づけよ、あなたたち。どうせやめろって言っても聞かないんだから。あたしから言うことはそれぞれ一つだけ、美空はちゃんと生きて帰ってくること、あなたたちは美空をキチンと生きて返すこと。智絵里ちゃん、大丈夫よ。この人たちはきっと、あなたを守ってくれるわ。さぁさ、どうぞ召し上がって。あたしのチャーシュー丼を食べれば、元気100倍よ」