ジッと俺をみつめるように専務は向かい合う
んん···と首を時折ひねっているようだった
残酷だが、昨日のそれは現実だった
いくら考えても、それは変わらない
だから俺は、やるべきことをやる
「···なるほど、相手側がそんなことを···」
俺は次の日、朝一で美城専務に連絡を取り、昨日あったことを報告することにした
ありのままを話したが、専務はこうなることを予想していたのか、あまり驚いているような感じはしなかった
無理もない、あの時手を切ると決めたのは、他ならない専務なのだ
現状を一番よく知っている
「きっと、そういうことになるのかもしれないというのは想像が出来ていた。しかしいざ、その状況になってみると···やはり、あの時起ころうとしていたのは現実であると、嫌でも実感してしまう」
それは、心から出た言葉なのだろう
膝の上に肘をのせて、手を組んでその上に顎を置き、神妙な顔をして考え込んでいる
俺でも悩むくらいなのだ、当事者としてはその心の内の衝撃は計り知れないと思う
彼女たちと同じ、専務も女性なのだから、生理的な嫌悪感も、知識のある大人だからこそ、身の内から来るような恐怖も、我が身のように感じているのだろう
自分ですらそれは想像が出来ない
「彼女たちにそういった脅威が迫らないように、最大限努力してきたつもりだったが···上は取り引きの中止に中々首を縦には振らなかった。私の力不足だ、その結果が···このザマだ」
「専務は何も悪くはないと思います。悪いのは···相手側ですから」
「アイドルの皆を売り出したいという気持ちはわかる、橘ありすのプレミア試写会も成功したのだからタイミングがいいというのも納得が出来るが···もう少しやり方というものがあるはずだ。彼女たちにはもっと···もっと相応しい形で輝ける場があるはずなのに、シンデレラにはもっと···相応しい舞台があるはずなのだ」
専務も今回の事柄に関しては、普段の様子とはちょっと違い、まるで俺に愚痴を吐くような、やりきれない思いをぶつけてくるような、どうしようもない怒りを、解決云々ではなくただただ聞いてほしいような、そんな感じだった
目の前のテーブルに用意された自分のコーヒーを乱暴に口に運んで、乱暴にテーブルへと戻す専務
「今回も···春の橘ありすの特番に引き続き、君たちに迷惑を掛けてしまって申し訳ない。まさか···言っていることが本当だとしたら、その為だけにあのような事故を起こしたのだとしたら、私たちが巻き込んだようなものだ。決して許されることではない、なんとお詫びしたらいいか···」
「専務さんも美城プロも悪いところなんて一つもないです。それは、俺たちも俺たちのまわりの仲間も同じことを言っていました。悪いのは全ての''事''を起こした相手側です。社長からも''手を引くな''と言われました。車の対決の件は、俺たちが何とかします」
「···すまない」
「いえ、逆にウチの上司たちが燃えていたので」
見るからに作り笑いだったが、専務はようやく少しはにかむように笑ってくれた
それは一瞬だったが、少しでも気分が紛れてくれればそれでいい
「ありがとう、礼を言わせてもらいたい。私たちだけではどうしようもなかった。私自身も無力だった、彼女たちが苦しむかもしれない道を選ばざるを得なかった。恨まれても仕方ない、もとより···彼女たちにとって、あまり良い上司ではなかったからな···私は」
「そんなことないと思いますよ。きっと、これが専務のせいだなんて思ってるやつは誰もいないと思います。あいつらは···ふざけるときは全力でふざけて、真面目なときは真面目な良い奴らなんで。クローネのみんなも、楽しそうに話しているところをよく見たりします、バスの中とかで」
「···その様子だと、全部知っているみたいだな、あの時の事を。私の理想を体現しようとした時の事。結果、私が彼女たちから学ぶことのほうが多かった気がする。仲間との繋がりや、個性を尊重することの大切さを知った。アイドルというものは、決められた形というものはなく、それぞれが魅力を表現することこそがアイドルなのだと。そう、思った」
過去に何があったのか、俺は面と向かってきっちり話したことはなかったが、愛梨が教えてくれたことにおおよそ間違いはないようだ
お互いが団結して立ち向かった結果が、専務の意識を変え、自分たちを守った
そんな彼女たちに、悪が迫ろうとしている
純粋無垢なシンデレラを汚そうと、その手がもうすぐそこに迫っているのだと思うと、専務の心労を察した
「君の方が、私よりも全然彼女たちから信頼を寄せられているようだ。彼女たちも君だからこそ、その心の内をさらけ出せるのだろう。どうか困った時に、彼女たちに力を貸してやってほしい。私では···対処仕切れない問題もあるだろう」
「···それが」
俺は言い淀んだ
俺もあいつらに対して、相応しい態度をとっていたとも思えない
それが専務の言っていた、君になら任せられるという言葉を裏切っている気がして、内心迷っているのだった
「···何か、心配事があるのか?」
専務が再びコーヒーを口にする
しかしさっきのような乱暴な態度ではなく、こちらの様子を伺うようなゆっくりとした動きだった
部下の悩みを聞くような、上司の顔
俺は意を決して、話し始めるのだった
「俺は···専務にそうやって言われるほど、まともな人間ではないと思います。少なくとも、胸を張れるようなことを、してはいないと思います」
「喧嘩でもしたのか?」
「ケンカはしょっちゅうです。もうお恥ずかしいくらいに子どもようなケンカをして、いつの間にか仲直りするような。もう子どもですね、その点については。あいつらにもよく言われます。問題は···それ以外のことです」
「それ以外」
「はい、何ていうか···彼女たちは、想像を越えるレベルで積極的で。俺もそれを···否定するようなことは、しなかったというか···」
「···そうか」
専務はさっきと同じように、膝の上に肘を置いて顔を両手に預けるが、顎を乗せるのではなく、口もとを覆うようにして固まる
その頬は徐々に赤くなっていき、専務が考えていそうな事は大体想像が出来たが、''そういうこと''ばかりというわけでもないと伝えると、専務は一つ咳払いをして俺と再び向き合った
「だから俺も···申し訳ないですが、専務に彼女たちに対して俺はあれだけの事を言っておきながら、彼女たちに対して自信が無くなってしまっているんです。彼女たちが俺に取る行動や態度に対して、受け入れてしまっている自分がいます。だから···俺もその局のしょうもない男たちと、変わらないのかもしれないと···そう思い始めてしまって」
切実な悩みだった
結局のところ俺も、同じ男として変わらない
それならば、奴らとやっていることは変わらない、俺も身を引くべきなんじゃなかろうかと、そう思い始めていたのだった
「違うな」
専務はそんな俺を真っ向から否定してきた
「君と局の連中とはまるで違う、そこは断言できる。言ってしまえば、正反対と言ってもいい」
「なぜです?」
「局の連中は彼女たちを求めているが、君は彼女たちから求められているからだ」
専務はそう言い切って、コーヒーを最後まで飲み干していた
ひな先輩と同じことを言われた
「求めるのと求められるのは違う。連中はまるでアイドルたちを自分の欲望を満たすための道具のように考えているが、君はそうではないだろう?だからこそこうして、彼女たちの事を真剣に悩んでいる。君の中で彼女たちがどうでもいい存在なら、私にこうして相談したりせず、自分に都合のいいように彼女たちに良い顔を振り撒くだろう。そうしないということは、君は彼女たちを対等な存在として捉え、尊重し合っていると私は考えるが」
「そう···なんですかね」
「ああ。きっと、今西部長も同じことをおっしゃるだろう」
専務の目に迷いはなかった
俺を見て、その表情に一点の曇りもなくそう言い切ったのだ
「それに私はこうも言った、交際を禁止することはないと。彼女たちの気持ちを踏みにじることはしてはいけないと。それに没頭しすぎて他が疎かになるというのなら話は別だが、彼女たちには、女としての幸せも追い求めて欲しいのだ。シンデレラもそうしたように、それは人生においても大切なことなのだから、それを感じてほしいと私は思っている」
「···自信がありません」
「彼女たちを侮辱したり、強い言葉で罵倒したり、暴力を奮って無理強いしたりはしないだろう?君は彼女たちの親御さんとも仲が良い。君に会いに行く時は、必ず許可を貰っていると聞く。親御さんもそんな娘の気持ちも汲んだ上で君と会わせているのだから、大抵の事は想像しているのだろう。ご両親とも何かしらの接触があったのではないか?」
ふと、西園寺家での出来事を思い出す
それを始めとして、涼宮邸、水本家、千枝の実家、加蓮の実家、他にも沢山、自宅にお邪魔させてもらう機会があったことを思い出していた
あいつら普段俺のことをどうやって紹介しているのか、俺とそのアイドルが並んで座ると両親は微笑ましそうにその光景を見ているのだから、何だか行く度に恐かった
「ほら、やはり、君はあの連中とは違う。その反応を見ればわかる。後は、君が彼女たちに対してどう向き合っていくかだ。良い答えが見つかることを願っている」
専務はそう言うと、自分のコーヒーカップをデスクへと下げた
俺は専務のその答えに、ますますどうすればいいのかわからなくなった
つまり俺には、とてつもなく贅沢で、とてつもなく難題だけど、解決方法は至ってシンプルな問題が残ったわけだ
求められるというのがここまで難しいとは、ここに初めて来た当初は考えられなかった
「それで···大変申し訳ないが、その車の件については君に···というか、海道さんにお任せしてしまうことになる。何か不都合があったら言ってほしい、出来るだけ力になりたいと思っている」
「ありがとうございます。上司たちにもそう伝えておきます」
「···ああ、頼む」
やはり専務は少し元気がない
何とかこの件が片付かない限りはずっとこのままだろう
責任感が強い人なら尚更だ
「今度、飲みに誘いますよ。その時に、色々とお話聞きますから」
「わかった。それならば、今回の一件が解決したら私から誘おう。いや、是非そうさせてほしい」
「ええ、わかりました。楽しみにしてますね」
その約束だけ取り次いで、俺はコーヒーを飲み干し、専務のオフィスを後にする
最後まで専務は申し訳なさそうな顔をして俺を見送ってくれていた
さて、準備は整った
後はその相手側の''マシン''とやらに備えて準備しなくてはならない
姉さんをあそこまで本気にさせたのだから、俺たちも気合いを入れて臨まなくてはならない
''アレ''に火を入れたら最後、燃え尽きるまで爆走し続けるだろう
その間姉さんを守りきるため、最大限の努力をする
もう後には引けない
ーーーーーーーーーー
その姿を見つけて、アタシは慌てて階段を掛け降りる
脱げそうになる靴を必死で押さえながら、その姿を追いかけていく
本館のシャンデリアの下を通り越して、玄関を出ていこうとするその男性を呼び止めようと声を掛ける
「ダーリ···!れ、零次さん!」
さすがにこの朝の出勤時間で賑わう中、大声でいつもの呼び方をするわけにはいかなかった
それがよかったのか、いつもの人物にいつもの呼び方ではない方法で声を掛けられたことに、玄関一歩手前でその人物はこちらに振り向いた
「唯、どした?」
「あの、ダーリン···あ、ちょっとこっち」
行き交う人混みの中で二人立ち止まって話すのも邪魔になるので、端のほうの休憩スペースへとダーリンの腕を引っ張っていく
なんだよなんだよと文句を言うダーリンをお構い無しで連れていき、二人で向き合った
「ダーリン」
「どうした?」
「あの人に近づかないで」
単刀直入だった
ごちゃごちゃ言ってもダーリンはわかってくれない
ダーリンもゆいの言いたいことがわかっているのか、''あの人''っていうのがどの人物のことなのかすぐに思い当たったようで、あからさまに不満げな表情に変わって言った
「まだ言うのかお前、あいつはお前たちには関係ないだろう?」
「違う、ダメ、あの人と会っちゃダメ。お願い、ゆいの話を聞いて···」
「あいつは何てことない普通の一般人だぞ。何が気にくわないんだ」
「だって、何か···怪しい感じがして···」
「まったく、それ以上言ったら怒るぞ?悪いやつじゃないから安心しろ」
違う、違うよダーリン
お願いだからあの人と関わらないで
嫉妬とかそういうんじゃなくて、凄く嫌な予感がするの
伝えたいけどきっとダーリンは子どもの戯言だって思って真面目に聞いてくれない
それはいつものゆいたちが悪いのもあるけど、今回は、今回だけは聞いてほしいと言葉を探すが、上手く出てこない
「とにかく、もう行くぞ。色々と···やることあるんだわ」
「ダ、ダーリン···!」
アタシが呼び止めても、ダーリンはそのまま振り向かずに手を上に上げただけでそのまま玄関を出ていってしまった
あの人···本当に何者なんだろう
ダーリンの何を知っているんだろう
この先本当にどうなるのか、それはこの時の私たちにはまだ何もわからなかったのだった