砂浜に降りる階段に座りながらボーッとしていると、テントから三人が出てくるのが見えた
来たときに着ていた服とは違い、ワンピース、ミニスカートに可愛らしい上着、ショートパンツにカジュアルな服装など、それぞれの個性を活かすような姿に変わっており、そのビジュアルから改めてあの三人はアイドルなんだと実感させられた
カメラは波打ち際にセットされており、その側に屋根だけのテントと待機用のパイプ椅子が並んでいる
どうやら最初は櫻井ちゃんからの撮影のようだ、櫻井ちゃんが波打ち際で立たずみ、二人はテントのパイプ椅子に座る
一瞬佐々木ちゃんと目が合うと、こちらに遠慮がちに手を振ってくれた
それに合わせて持っている飲み物を少し上に上げる
的場ちゃんはというと、緊張してるのか手を太ももの上に置き、真剣な表情で櫻井ちゃんを見ている
よく見るとその手は拳の形にギュッと握られていた
そして撮影が始まる
スタッフの号令が下ると、空気が変わるのがわかった
その波打ち際に見たこともないような満開の笑顔が咲き、櫻井ちゃんが自由に舞い始める
印象がガラッと変わり、見るもの全てを魅了するような、そこにいるのはまさしくプロ
正真正銘のアイドルだった
ーーーーーーーーーー
正面玄関で待っていると、コンコンコンと車体をノックするような音が聞こえた
周りを見渡してみるが、誰もいる様子はない
気のせいかと思い前方に視線を戻そうとしたその時に、助手席の窓枠に小さな指が引っかかっているのが見えた
指が巻き込まれないようにゆっくりと窓を下に下げる
するとヒョコッと下から顔が現れた
「おねーさんは誰でごぜーますか?」
「誰って・・・ドライバーよ」
「ドライバー!みりあちゃん!運転手さん来たでごぜーますよ!」
そうしてうさぎ?のような耳のついた茶色いパーカーを来た女の子は玄関に振り返り、もう一人を呼ぶ
「あー!女の人なんだ!」
玄関を出てトトトッと小走りにこちらに近づいてくるショートカット、頭の両サイドにちょこんと乗るツーサイドアップを可愛いヘアバンドで結んでいる可愛らしい女の子
「こんにちは!赤城みりあです!今日はよろしくお願いします!」
屈託の無い眩しい笑顔で挨拶をする赤城さん
「仁奈は、市原仁奈です!よろしくお願いするでごぜーます!」
赤城さんに合わせるように、市原さんも同じように頭を下げた
「ええ、よろしく。ちゃんと挨拶出来て偉いな、じゃあ後ろに乗ってもらえる?」
「はい!失礼します!」
「失礼するでごぜーます!」
後ろのドアを開けて二人が乗り込んでいく
「わぁ!ぬいぐるみがあるよ!」
「シートがふわふわしてるでごぜーます!」
パーカーのうさ耳を跳ねさせながら、市原さんが上下に少し動く
「古い車でごめんね、もっと可愛い方が良かったでしょ?」
「でも安心します!なんていうか・・・そう!おじいちゃん家みたい!」
ぬいぐるみを抱きながらそう言う赤城さん
「おじいちゃんか・・・」
悪気はないんだ、悪気は
こういうストレートなところが子どものいいところだ、よくわかってるじゃないか
「でも、それならきっと現場に行ったらおねーさん大喜びでごぜーますよ!新しくてかっこいい車が沢山でごぜーます!」
「・・・どゆこと?っていうかこれから何の仕事なんだ?」
「これから、ドラマの撮影なの!」
・・・ドラマ?
ーーーーーーーーーー
撮影は順調に進んでいた
三人の仕事に少し興味が湧き、近くまで行って眺める
櫻井ちゃんがテントに入り、今度は佐々木ちゃんが出てくる
カメラの前に立ち撮影が始まると、櫻井ちゃんの時とは打って変わってまったく印象が違っていた
佐々木ちゃんはどちらかと言えば、少し物静かな印象を醸し出しており、手を後ろに組んでサラッと目線だけをカメラに向ける
何かを言おうとしてるようでそうでないような、もどかしいイメージが浮かび上がり、海に沈み始めようとする太陽が青空にうっすらと赤みを彩り、よりそのイメージを深いものにしていた
「はい!OK!千枝ちゃんよかったよ!」
「ありがとうございます!」
OKサインが出ると同時に肩にタオルがかけられ、佐々木ちゃんはテントに戻っていく
櫻井ちゃんと談笑しているあたり、満足のいく結果だったようだ
そして二人に声を掛けられながら、今度は的場ちゃんがテントから出てきた
しかし気のせいだろうか、少し肩に力が入り過ぎているような気がする
二人に声を掛けられても振り向くこともせず、口元だけを動かして返事をし、そのまま撮影場所へと向かう
そして、スタッフの号令と共に的場ちゃんが準備に入りカメラマンが撮影を始める
櫻井ちゃんが正統派、佐々木ちゃんのイメージが''静''だとすると、的場ちゃんは喜怒哀楽の''楽''のイメージで動いているように見える
少しおてんばでイタズラ好き、カメラに向かってベーッと少し舌を出してみたり、目の前で腕を組んでみたり、カジュアルなファッションも相まってより魅力を引き出している
しばらく眺めていたが、ある違和感に気づく
撮影はしている、しているんだが一向にOKサインが出ない
カメラマンが動き続け、カメラの向きを変え、距離を変え、撮影が続けられていた
「OK!ちょっと休憩しようか!」
OKという言葉に一瞬安堵の表情が出たが、それが撮影が終了したという意味ではないことを悟ると、とたんに的場ちゃんは顔を下に向ける
「梨沙ちゃん!お疲れ・・・様」
佐々木ちゃんの言葉に少しはにかみながら笑い、「うん」と一言返事を返してこちらに歩いてくる
俺のちょうど後ろにある自分たちの控えのテントに入る直前、一瞬だけ俺と目が合うと、何も言わずそのまま中に入った
なんだ?何がそんなに気に食わないんだ?
美城プロの時からそうだ、あいつだけ最初からふてくされた様な態度を取り、あからさまに機嫌が悪かった
いざこざがやはりあったのか?いや、それにしては
「あの!」
腕を組んで、下を向きながら考え込んでいると佐々木ちゃんの声が聞こえた
顔を上げると、申し訳無さそうな顔をしてこちらを見ている佐々木ちゃんと、服の胸元辺りをキュッと握りながら、心配そうな顔をしている櫻井ちゃんがいた
「・・・おう、お疲れ」
「はい、あの・・・すいません」
「千枝さん・・・」
てっきり返事が返ってくると思ったが、代わりに帰ってきたのは謝罪の言葉だった
「なんで謝るんだ」
俺は話しやすいように二人に近づく
「あの・・・こうなったのは仕事のせいじゃなくて、私のせいですから・・・」
「千枝さんのせいではありませんわ。仕事なんですもの、仕方ありません」
今度は佐々木ちゃんが下を向いてしまった
「・・・とりあえず、向こう行くか。そう、その階段」
俺は二人を連れて、さっきまで三人を見ていた階段まで行き、座り込む
「で、私のせいって?」
「はい、あの・・・実は・・・」
ーーーーーーーーーー
「お願い!妹を助けて!」
「わかったさ、こんな可愛いレディに頼まれちゃ、断る訳にはいかねぇな」
「はいOKです!」
スタッフの号令が響くと、つい今まで深刻な表情をしていた赤城さんに笑顔が戻った
相手役の俳優に褒められ、さらに笑顔に磨きがかかる
ドラマの撮影は終盤に差し掛かり、赤城さん演じる女の子の妹が誘拐犯にさらわれ、その場所へ急いで急行する・・・というシーンまで撮影が続いていた
見ていると中々興味深い
近くの壁に寄りかかり、じっと見学していた
「お疲れ様です!」
「お疲れさまでごぜーます!」
別の場所で誘拐される妹役を演じていた市原さんも合流し、わざわざ丁寧に私のところにまで挨拶に来る
「お疲れ様、わざわざありがと。私は演技のことはわからないけど、二人ともカッコ良かったぞ」
そう言うと歳相応に二人で喜ぶ赤城さんと市原さん
この現場も美城プロからそれほど遠くなく、製作スタッフに美城プロのネームプレートを付けているものがチラホラ混じっていることから、自社がお金を出している可能性が高い
「で、次はいよいよアクションシーンって訳か」
「そうでごぜーます!あのカッコいい車がブーン!のビューン!でごぜーますよ!」
「確かにカッコいいけど・・・」
市原さんが指を指した先には、おそらく撮影用に万が一動かなくなってしまったことも考え同じ車がズラっと並んでいた、私達にも馴染み深い、赤ランプを屋根にくっ付けたパンダカラーのセダンのヘッドライトが私を睨み付けている
「そうだよな、子どもが言うカッコいい車って本来こういう物だよな・・・」
「どういうことでごぜーますか?」
「市原さんも大人になったら分かる」
頭にクエスチョンマークが浮かんだまま市原さんは赤城さんを見るも、赤城さんも首を傾げていた
二人と話していると、なんだか製作サイドが騒がしい
スタッフ達がテントに集まり、台本やプリントをテーブルに広げて話し合っていた
言葉の節々に「まいったなぁ」や「どうしましょうかね?」とトラブルがあったような台詞が入り混じっている
「どうしたでこぜーますかね?」
「さぁ?」
二人も混乱していると、一人のスタッフがこちらに駆け寄ってきた
「すいません美城プロさん!なんだか、高速道路の事故のせいで、到着が遅れているスタントがおりまして・・・申し訳ございませんが現場押さえてある関係で、どうしても二人のシーンは今日撮りたいんです!少しだけ撮影時間が伸びるんですか・・・」
「え!?じゃあ仁奈たち、すぐ帰れないでごぜーますか!?」
「申し訳ありません!今対策を考えている途中ですので、もうしばらくお待ちを!」
そう言うと慌てた様子でテントに帰り、話の輪に戻っていった
「どうしようみりあちゃん!仁奈たち間に合わねーでこぜーます!」
「大丈夫だよ仁奈ちゃん。きっと・・・きっと大丈夫だから!」
市原さんの手をギュッと握り、必死でなだめようとする赤城さんだったが、やはりその目にも焦りが見える
「何?何かあるの?」
赤城さんに尋ねる
「あのね・・・実は今日」
そう言い掛けた瞬間、私の携帯が鳴った
「ごめん、ちょっと」
二人から若干離れ、邪魔にならないところで電話に出る
「もしもし?ああ、無事に現場についてるところ。だけどちょいトラブってる、その様子じゃ、そっちも上手くやってるみたい・・・え?」
電話の相手は零次だった
「・・・なるほど」
私は黙って零次の話に耳を傾ける
そして話を聞きながらまた二人に目を向けると、どうしたらいいかわからず、二人で右往左往していた
次第に行動にも焦りが見え始め、携帯を取り出して時間を確認したり、メッセージを送っているのか指を動かして画面とにらめっこしていた
「だからあの子達はあんなに・・・」
それなら確かに説明がつく
・・・そうだよな、この年頃ならそれが当たり前だ
当たり前のことを当たり前にすることが難しい世界へ飛び込んだのならなおさら、そういうイベントこそ特別なものだ
零次との会話が終わると、私は二人の元へ近づく
「・・・うん、だからごめんね。私たち参加できな」
「ちょっと待て」
どこかに電話していた赤城さんの肩を掴みこちらに少し強引に振り向かせる
赤城さんは少し泣きそうな顔をしながら携帯を耳に当て、私を見ていた
市原さんも同じ
・・・本当に大人ってやつは、どうしてこうも''都合''って言葉で子どもをこんな顔にすることが多いのか
子どもは純粋に生きているだけなのに
「ちょっと台本見せて貰ってもいい?今すぐ」
「え?あ、ごめん。また後でかけるね」
赤城さんは電話を切って、私に付箋だらけの台本を渡してくれた
ありがとうと一言伝えそのまま台本を開く
・・・やはり全然情報が足りない
全体の流れは押さえてあるが、私が知りたい箇所については一言だけだ
「ねぇ、あの車って見てもいいの?」
「大丈夫だと・・・思いますけど」
その言葉を聞くと、私はすぐに普段は近寄るのも躊躇うその車列に足を向ける
一瞬二人はその場で立ち往生するが、後ろか駆け足で付いてきた
ーーーーーーーーーー
「・・・やっぱりMTだ。ペダルは・・・うん、サイドも・・・」
お姉さんは車に近づくと、ぶつぶつと呪文のような言葉を呟きながら車をじっくり眺め始めた
前を見たり後ろを見たり、地面にしゃがみ込んで車の下を見たり、タイヤに手を当ててみたりと、何をしてるのか全然わからない
そんなにこの車が気に入ったのかなぁ
「みりあちゃん、おねーさんは何してるでこぜーますか?」
「わ、私にも全然わからないよ・・・」
すると、一通り車を見終わったお姉さんはスタッフのみんながいるテントに歩いていってしまった
一瞬呼び止めたけど、それでも止まる様子はなく、スタッフの一人に声をかけた
私たちもテントに向かうと、お姉さんと若いスタッフさんたちが話している
「そりゃダメだよお嬢ちゃん。お嬢ちゃんが乗ってきた''おさがり''のプリメーラとは訳が違うんだ、それに何者だ君は。素人に乗せられるほど簡単なもんじゃないんだよあれは」
「・・・監督は車好きですか?」
「ああ?そりゃ筋金入りだが、なんで?」
「監督を呼んできてください」
「だからなんでさ」
「いいから早く」
さっきまでとは違うピリッとした表情でお姉さんが言うと、スタッフさんは渋々監督を呼びに行く
少しすると、撮影現場を見ていた監督がテントにやってきた
「おう、お嬢ちゃんがなんか俺に用があるって?」
「はい、単刀直入に申し上げます。次のシーンであの車、私に運転させてください」
そうお姉さんが言うと、次の瞬間監督は大きな笑い声を出し、額に手を当てた
そして、笑いを堪えながらお姉さんに向かって言う
「ハッハッハ!そりゃ、ダメだわお嬢ちゃん。いくら現場が止まってるからって、悪いがその度胸だけ貰っとくよ、いくらなんでもそれは、お嬢ちゃん面白いなぁ!ちなみにお嬢ちゃん名前は?」
周りのスタッフもつられて笑いが起こっている中、お姉さんは表情を変えず一言答えた
「はい、私は蘭道と申します」
その瞬間、空気が変わったのがわかった
監督はもちろん、何人かのスタッフがとたんに表情を変え、何も言わずお姉さんを見つめていた
「マジか」、「本物?」という声も聞こえる中、さっき話しかけていた若いスタッフがお姉さんに言う
「わかったかい?お嬢ちゃん。残念だけどお嬢ちゃんにはまだ早いわ。あの車はマニュアルっていって」
「おい、1号車ここに回してこい」
「・・・え?」
「早く回してこい!」
監督の声が響き、そのスタッフは慌てて車の方へ走っていった
周りのスタッフもテーブルに戻り、シーンの段取りと打ち合わせに入る
「お、おねーさん?」
ポケットに手を入れて立っているお姉さんに仁奈ちゃんが恐る恐る話しかけると、お姉さんは少ししゃがみ込み「大丈夫、ちょっと待ってて」と笑顔で答えていた