静かに彼女は話を聞いていた
手で拳を作りながら、落ち着いた様子で
いやに静かだった
瑠璃色のようなアクセサリーが胸元で光る
拳をよく見ると、その表面に血管が見えた
途端に表情が険しくなる
僅かに口元も震えていた
「···てやる」
プルプルと震えていた口元から、ボソッと言葉が漏れた
俺は川島さんに、あの時の事を話すことにした
智絵里からある程度聞いてはきていたみたいだったが、それはあくまでザックリした内容で、智絵里も具体的なことまでは話すのは嫌だったようだ
ここまで来たら隠し通すのは不可能だ
ウソをついたところで川島さんなら追及してくる
ニュース番組の経験もあることだし、その感覚は鋭いだろう
だから俺は言われたまま、やられたままの事をそのまま川島さんに打ち明けた
だだっ広いこの地下ガレージのど真ん中で、他のメンバーは川島さんのまわりで黙って俺と川島さんのやり取りを見守っているのだった
「···ろしてやる···!殺してやる!!」
説明が終わった瞬間、座っていた丸椅子を後ろに倒しながら立ち上がり、近くにあるキャディの上に置いてあったモンキレンチを乱暴に手に取ると、物凄い形相でツカツカとどこへ行くのやら出口のあるこちらへ向かって歩いてくる
使い方もわからないのに一体何に使う気なのやら
「殺してやる!!!」
俺の横を通りすぎようとしたところを、近くにいたクロさんがその川島さんの腕を掴んだ
「待て、川島瑞樹」
「···離して、離しなさい。二度は言わないわよ、離しなさい!殺されたいの!?」
「殺そうとするのは勝手だが、それを言っていいのはその覚悟がある奴だけだ」
「何で知らない人にそんなこと言われなきゃ···!北崎君まで!離して!!」
暴れて抜け出そうとしている川島さんの腕をクロさんと一緒に抑えて、俺はその手に持っていたモンキレンチを無理やり奪い取る
しかしそれでも川島さんは暴れるのをやめなかった
「離して!離しなさいよ!」
必死に俺たちから抜け出そうとバタバタしていたが、途端にその動きが大人しくなる
「が···!あっ···!」
「はーい、ちょっと力みすぎー。リラーックスリラックス」
「ぐっ···ふっ···う···」
川島さんの後ろから、シロさんが川島さんを羽交い締めにするように抑え込むと、その首に腕をまわして川島さんを締め上げていた
最初のほうは抵抗してシロさんの腕をほどこうと掴みかかっていたが、徐々にその動きが小さくなっていって、最終的にはその抵抗していた川島さんの腕が力無くダランと下に垂れていった
「ほいっ」
そんな川島さんの様子を悟ってシロさんはその拘束を解くと、まるで地面に人形のように崩れ落ちていく川島さん
意識を取り戻すと、川島さんは床に這いつくばりながら激しく咳き込んでいた
「こんなことをするのは私のシュミじゃないんだけども、リーダーのお家で物騒なことされるのもねー」
「ゲッホ!!ゲホッ!ゲホッ!」
腕を組んでそんな川島さんを観察していたシロさんだったが、横からクロさんが脇腹を小突いていた
アンタが一番物騒だよとツッコまれていたが、しかしシロさんはあっけらかんとした態度で、''護身術の一つだよー''と軽いノリで返している
次第に川島さんも落ち着いてきたようだが、立ち上がる気力が無いように見えた
「零次先輩、これじゃあサイン貰えそうにないッスよね?」
「当たり前だ、今は止めとけ」
俺の隣に来てボソッとそう言われるが、俺と、その他二人にも同じことを言われている三バカの一人
だからお前バカって言われるんだぞ
一方川島さんはもう立ち上がるのをやめて、床に座り込んでしまっている
大きくため息をついてこちらを見上げると、それに合わせてシロさんが小さく手を振っていた
「···あなたたちは一体何なの?美空ちゃんとどういう関係?」
「''愉快な仲間たち''だよ、川島瑞樹。あなたは私たちの事は知らないだろうが、私たちはあなたのことを知っている」
俺からモンキレンチを受け取ったクロさんは、自分の目の前でそれを眺めると川島さんに向かってその工具を見せる
「だから、あなたが騒動を起こすとそれだけ広まってしまう。自分の影響力がどれ程なのか、理解する必要があるな。そうだろう?お嬢さん」
「お嬢さんって···あなた一体いくつ?」
「少なくともあなたよりは年上だよ、川島瑞樹」
ガチャンッとクロさんは手に持っていたモンキレンチを近くのキャディへと放り投げた
川島さんはそんなクロさんの様子を見て、''もうわけわかんない···''と首を振りうなだれていたが、シロさんに無理やり立たされて、お尻の辺りに付いていたゴミを払われていた
「川島チャンが心配しなくても大丈夫。あなたはアイドルなんだから、そのままアイドルしてて全然オッケー。その為に私たちがここに来たんだから、このジャパンを笑顔にしてて!その代わり私たちが川島チャンたちを笑顔にするために頑張るからさ」
「そうだぜ、智絵里ちゃんにもよろしく言っておいてくれよな」
「何とかするよ、僕たちにとっても他人事じゃないしね」
「''何とか''ったってどうやって···」
その時、背後の壁のシャッターが開く音が聞こえてきた
途端にガレージ内に地面の底から響いてくるような重低音が響き始めてきた
その瞬間に俺たちは耳当てつけ始める
「ほれっ」
耳を指で塞ぎ始めた川島さんに、クロさんがキャディに置いてあった予備の黒い耳当てを川島さんに渡すと慌てて付け始めた
シャッターが完全に開くと、耳当てをしていてもハッキリわかるレベルで音が響いてきて、ガレージ内を支配し始める
その車はゆっくりとガレージへ入ってくると、キャディが置かれているボードリフトへと進んでいって、停止した
ドッドッドッと今にもエンジンが止まってしまいそうな不安定なアイドリングの音がしばらく響いて、静かになる
「な···何なのこれは···車···なのよね···?」
エンジンが切られると、そのいびつな、知らない人からしたら非常にアンバランスと言わざるを得ないフォルムのスカイラインを、物珍しそうに眺める川島さん
耳当てを外すことも忘れて、そのバンパーが外されてフレームが剥き出しになっているリヤまわりや、サイドミラーの下から出ているマフラーを眺めて、一周して戻ってきた
「こんな形で···ちゃんと真っ直ぐ走れるのかしら···」
「コーナリングなら、そのへんの軽自動車のほうがよく曲がるわよ。瑞樹ちゃん」
車の運転席のドアが開かれて、何食わぬ顔をして出てきた姉さん
さっきまでの騒動を知ってか知らずか、クロさんに手を差し伸べると、バインダーを受け取って測定値を確かめていた
「そのへんのって···そんなので大丈夫なの!?」
「真っ直ぐな道って言ってたから、それでいいかなって思って。ストレートなら得意だし」
ありがと、とバインダーをクロさんに返した姉さんは、そのまま車の運転席のハンドル下に手を突っ込んでボンネットのロックを開けると、川島さんの追及には目もくれず、車の前まで移動してボンネットを開いていた
俺たちもそれに合わせて整備の準備をする
「でも美空ちゃん、それじゃその···車の競争に勝てないじゃない!わかってるの!?もし負けたらあの子たちが···!この先どんな目に遭うのかわからないのよ!?私はどうなってもいいけど···!今回は真面目に助けてあげて!!」
「···真面目?」
ボンネットステーをボンネットに引っ掛けて開けたまま固定すると、そう必死に懇願する川島さんとやっと向き合った姉さん
睨み付けてくるような川島さんに、姉さんは一歩近づいて応えた
「それは''この子''に失礼だわ、瑞樹ちゃん。私はいつだって大真面目、だからこの子を引っ張り出してきたのよ。瑞樹ちゃんは色々と···勘違いしてるみたいね」
「勘違いって···何?」
「まず一つ目」
姉さんはいきなり川島さんを抱き締めた
突然のことに川島さんは慌てふためき、背中に手をまわしてギュッと抱き締めている姉さんとは対照的に、川島さんはわたわたと自分の手をどこにやっていいのやら最終的にはプランとその腕は垂れ下がっていた
「はらわた煮えくり返ってるのは瑞樹ちゃんだけじゃないってこと。瑞樹ちゃんも私にとって大事なアイドルよ、出会えてこうやって話すことができるだけでも奇跡。他のアイドルのみんなも同じよ、私に色々なものをくれて本当に感謝してる。だからこそ、私はどうなってもいいなんて言わないで。瑞樹ちゃんのことも助けるのが今の私の使命」
「美空ちゃん···」
「ごめんね、私不器用だし普段からこんなだから、信じろっていうほうが難しいわよね」
姉さんは川島さんから離れると、キャディからLEDライトを取り出してエンジンルームを照らし始めた
「それから二つ目、美空ちゃんが想像してるレースとは今回はちょっと違うってこと」
「でも···競争は競争なんでしょ?追い越したり、追い越されたり。私もテレビでチラッと観たことあるもの」
「うーん···あんまりテレビでは観ないかもね、そもそもが好きな人は観るってジャンルだし···」
川島さんは尚もピンッとはきていないようだ
その目に映っているのは、いびつな形をした車に、そのドライバーである姉さん
整備する為にまわりを囲む俺たち
これから何をするのかも想像がつかないだろう
「まぁハッキリ言えるのは、相手を殺す気でいくならこっちも命を張るってこと。それくらいの覚悟でいかなきゃ、守るものも守れなくなる。あなたがやることではないわ瑞樹ちゃん、私に任せて」
ここに川島さんが来た時点で、姉さんにはその心もようが大体想像出来ていたようだ
その答えに納得したのか、川島さんはそれ以上姉さんを追及することはせずに、黙って俺たちの作業を見ていた
作業が一段落すると、なんと川島さんは俺たちに二階のリビングで手料理を振る舞ってくれたのだった
その時に三バカたちもサインを貰えたようで、嬉しそうに作業へと戻っていく
こんな時間がまた戻ってくるように、俺もやらないといけない
まったく、俺はいつからこんなあいつらにおせっかいになったんだか
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「···カオル?」
「やっほ、零次」
息抜きに少しガレージの外に出て体を伸ばしていると、スーツ姿のあいつが見えた
「なんでここに」
「私も仕事帰りだから、そのいつも寝泊まりしてるっていうガレージまで来てみたんだ。零次、まだいるかなって」
「言ったら迎えにいってやったのに、そこそこ駅から遠いだろここ」
「いいんだって、散歩みたいなものだから。ところで···」
そこまで言うとカオルは俺の背後のガレージへと目線を向ける
「一体何やってたの?随分と···お疲れみたいだし」
「ん、まぁ、ちょっとな。車いじってただけ」
「へぇ~、仕事が終わっても車のことかぁ、大変だね。···ねぇ、その話、詳しく聞かせてよ」
「また家に来る気か?」
「いい?アイス、買ってあげるから。また···夜お話しよ?今度は···もっともっと沢山」
「···もうちょいだから先行っててくれ、見つけたら途中で拾ってやるから」
「やった。じゃ、後でね~」
それだけ言ったらあいつはスタスタと歩いて去っていった
···さて、もうひと踏ん張りだ
もう少しで完成する
上手くいけば、いいんだが