ヘイ!タクシー!   作:4m

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番長20

ただただ心配だったけど、よかった

誰も傷つく事もなく、落ち着いたみたい

信じられなかった、今でも受け入れられない

今でも恐怖を感じる

 

「それじゃあ···あの、もうみんな···ゆっくりできてるんですね」

 

一人、部屋の自分のベッドの上に座って、クローバーの刺繍があしらわれているクッションを胸元に抱きながら、私は耳元に携帯を当てる

今日、川島さんが仕事が終わるとすぐに帰ったという話をプロデューサーから聞いてから、ずっと気になっていた

 

悪いことをしてしまった、川島さんに言わなければよかったと後悔したまま家に帰ってきて一人で悶々としていたが、思い付くままに電話すると、やはり川島さんはその足で零次たちの元へと向かったみたいだった

 

『うん、もう大丈夫だよ。逆に川島さんにご飯作ってもらっちゃって、ごちそうになったくらいだから。まぁ···ご本人''たち''はもう寝てるっていうか、潰れてるっていうかなんだけど···あはは···』

 

携帯から優しい声が聞こえてくるが、その声はどこか疲れていて、何か一仕事終えた後のような声色だった

そのままあちらの状況を聞いてみると、みんなでご飯を食べた後に、美空さんと川島さん、そしてお友達の女性二人はまたいつもの一階の、車がおいてある場所の奥で色々なことを''お話し''しながらお酒を飲んでいたそうだ

そのひゃくとーさんの言葉の端々から、私に聞かせられないような単語が飛び交っていたみたい

私に悟られないように言葉を濁してくれているのがわかった

 

「あの···それじゃあ、ひゃくとーさんもお疲れなんじゃ···ご、ごめんなさい···!こんな時間なのに突然電話しちゃって···」

 

壁に掛けられていた時計を見ると、もう九時を回っている

私も寝巻き姿だし、相手も疲れているだろう

眠くなる時間帯なのに申し訳ないと伝えると、相手からは''大丈夫大丈夫''と返事が返ってくるのだった

 

『智絵里ちゃんはいい子だね、大丈夫だよ。僕は明日講義は午後からだし、むしろこれから自由時間みたいな感じだから。というか僕のほうこそ···というより僕たちも智絵里ちゃんのことが心配だったんだ。そっちこそ大丈夫かい?』

 

逆に、ひゃくとーさんは私を心配してくれていた

 

それもそうだった

あのラーメン屋で会った日から私はずっと秘密にしようと塞ぎ込んだ

それをまわりが放っておかなかった

川島さんも美空さんたちもそうだ

私はどれだけ恵まれているのだろう

 

「はい、私は大丈夫です。仕事もキチンとできましたし、収録が終わったあとはかな子ちゃんたちと···あ、あの、かな子ちゃんっていうのは、キャンディアイランドっていうユニットのメンバーで···」

 

それから私は今日あったことをひゃくとーさんに話すのだった

こんなに電話で話すのは久しぶりだ

最近はプロデューサーさんも忙しくてバタバタしてる

ユニットのメンバーも会った時にお話するくらいで、遊びに行く暇もない

美空さんたちに会った時とか、一緒にラーメン屋に行ってママさんと話したりすることが多くて、よく三人のお兄さんたちとお話する機会が増えた

 

その時に、一人で来るときは連絡してね、席空けといてあげるからとママさんと、従業員であるひゃくとーさんの電話番号を教えてもらったのだった

 

「それであの、杏ちゃんが持ってるうさぎさんのぬいぐるみと同じ大きなクッションが事務所にあって、そこでついうたた寝を···あ、ごめんなさい···、私ばっかり喋っちゃってて···」

『全然全然、凄いね智絵里ちゃん。智絵里ちゃんにはいい仲間が沢山いるんだね』

 

ひゃくとーさんは文句一つ言わず、私の話をうんうんと聞いてくれていた

 

何だかそれが凄く安心できて、心地良い

ひゃくとーさんは年上だからなのか、私にお兄さんが出来たみたいで、何だか嬉しかった

 

「···私にとっては···」

『うん?』

「あの···ひゃくとーさんも···」

『うん』

「大事な···仲間です」

『そっか、それは嬉しいな。智絵里ちゃんにそう言ってもらえて僕も嬉しいよ』

 

その言葉に、私は思わず頬を緩ませてしまった

今はきっと他人に見せられる顔をしていない、自分で鏡を見るのも恥ずかしい

ベッドの前にあるテーブルの上の小さな鏡を閉じ、クッションを抱き締めて、ベッドにごろんと横になる

頭を預けている枕の半分のスペースに携帯を寝かせるように置いてスピーカーモードにし、私は部屋の天井を眺めた

 

『僕にとっても、智絵里ちゃんは大事な仲間だよ。お店の常連さんだしね。今後ともご贔屓にしてくれると嬉しいな』

 

ひゃくとーさんは私の新しいCDも買ってくれたと言っていた

他の二人も買ってくれていたみたいで、またサインが欲しいと言っていたらしい

私はまた会いに行きますとすぐに返事を返した

 

『とにかく、こっちはこっちで頑張ってるから心配しないで。これが終わったらきっと、また元に戻るよ』

 

その声に、私は再び安心する

そう、きっと今だけ

これが終わったらまた、みんなで仲良くすることができるはずだ

そうしたらまた、美空さんたちのところに遊びに行こう

今度はこっちから誘うのもいいかもしれない

ゴロンと体勢を変えて、携帯に唇を近づけるように横になると、その目線の先にある自分の机に飾ってある一枚の写真が目に入る

それは美空さんと三人と、ママさんと一緒にお店の前で撮った写真で、みんなに笑顔が溢れていた

 

私が行っただけで喜んでくれるのだ

アイドルとしても私自身としても、嬉しかった

 

「全部終わったら···あの···ご予定が空いてたらでいいんですが···、よかったら···一緒に···遊びに···行きませんか?」

 

私はふと頭の中で思い付いたことを何気なしに呟いた

もう深く考えることもなく、全てが終わったら楽しいことをするのもいいかもとただそれだけが浮かんできて、とっさに口から出た言葉だった

 

『二人で?』

 

その返事に、今私が自分で言ったことを頭の中で整理してみた

自分で思っていたニュアンスと、相手が受け取ったと思われるであろうニュアンスが頭の中を駆け巡り、どういう意味合いで伝わったのかが容易に想像できた

 

そしてそこから、次から次へと思春期の女の子特有の想像が浮かんできて、顔が火照っていくのがわかった

そういう曲も歌ってきたし、いろんな考えがポンポンと出てくる

 

「いや、あ、ち、違うんです!その、深い意味はなくて!わたっ、あのっ、二人で出かけるのが嫌ってわけではなくて!それも楽しそうですけど!そ、そうです!みんなでお出かけできたらいいなって!思って!あのっ!ママさんとかも一緒にっ!」

 

我ながら普段の自分からは想像できないほど早口だった

相手もわかってくれたのか、うんうんと相づちを打って聞いてくれていた

落ち着いていた、やっぱり私はまだまだ子どもなんだなって思った

 

『確かに、みんなで出掛けたら楽しいかもね。その時は是非誘ってよ、姉さんも他二人も絶対、もう絶対に''絶対行く''って言うから。ちょっ、なに、うん、智絵里ちゃんだけど···』

 

なんだか携帯の向こう側がざわざわと騒がしくなっていた

ゴソゴソとなにやら携帯が動き回るような音が聞こえたと思ったら、画面が切り替わって向こう側の映像が映し出される

 

『智絵里ちゃーん!こんばんわッスー!!』

「あ、えっ、こ、こんばんわ···!···です」

 

突然のことで私も思わずベッドから飛び起きて、こちら側が見えているわけでもないのに髪の毛を手で軽く整える

携帯を手に持って目の前に掲げ、真っ正面から向き合うようにしたが、相手側の人物がコロコロと入れ替わって誰が誰だかわからなくなっていた

 

『自分ばっかりズルいッスよ!智絵里ちゃんと喋ってるなんて!大丈夫ッスか?ちゃんとご飯食べたッスか?』

「はい、あの、ちゃんと食べました」

『そうッスか!こっちはね、川島さんがご飯作ってくれたッスよ!それはもう美味しくて嬉しくて!』

『そのくだりさっきもやったよ···』

 

そうなんッスかー!といつもの調子で会話が始まったので、私もなんだか可笑しくてこちら側のカメラもオンにして話すことにした

左下に自分の顔が映し出されて、変にならないようにキチンとカメラを構える

 

『おいおいお前ら、智絵里ちゃん眠いんじゃないのか?ごめんな智絵里ちゃん』

「あ、こんばんわ」

 

みんな勢揃いだった

楽しく遊んでいたのかもしれない

 

『俺たちがそ···おっと悪い!わざとじゃないんだ、部屋が見えちまった』

「え、部屋···ですか?」

 

途端に恥ずかしそうに顔を反らすきゅーまるさん

確かに、私の背後には部屋の一部が映っていたが、別に全体が見えているわけではなかったので気にしてなかった

しかし、きゅーまるさんは画面から顔を反らしてこちらを見ようとしない

 

「あの、別に···悪いことではないですし···」

『いやいやダメだ、女の子の部屋を勝手に見るなんて···そこは男としてケジメをつけなきゃ』

 

きゅーまるさんは手で画面を隠すようにダメだダメだと言い続けている

やっぱり良い人達なんだなぁと思った

 

「私は···その、お兄さんたちなら···知らない人ではないですし···少し恥ずかしいですけど、ちょっとくらいなら···」

 

私は自分の姿を映しながら、ベッドから起き上がって部屋の中をインカメラで映し始める

カメラを切り替えればもっとよく映ったと思うが、やはり少し恥ずかしかったため私の姿越しに映すことにした

 

『ちょっ!智絵里ちゃんいいんッスか?いいんッスか!?これはいいんッスか!?OKなんッスか!?』

『本人はいいって言ってるが···コメントに困るなぁ。あー···何て言ったらいいんだ?頼む、一番歳近いだろ』

『僕?えっと···じゃあ、そのパジャマ凄い可愛いね。四つ葉のクローバーが描かれてて』

「これですか?えへへ···ありがとうございます。そうなんです、この···胸元と、足の太もものところにもあるんです。あ、ちなみにこの···クローバーの栞も前にみんなで作って···」

 

私がカメラでパジャマや部屋の中を映すと、向こう側がわたわたとするのが何だか可笑しくて、私は夢中で会話を続ける

最初は恥ずかしがっていたお兄さんたちだったが、次第に私の話に耳を傾けてくれていて、最後は可愛い可愛いと色々とほめてくれた

何だかいけないことをしているみたいで、少し体がムズムズしてしまう

 

『零次先輩も居ればよかったッスね~、どんな反応するか見てみたかったッス』

「あれ?零次さんいないんですか?」

 

そういえば、あっち側のカメラには零次さんの姿は映っていなかった

あれだけカメラが動いていれば映っていてもいいのに、今三人がいる二階のリビングには他に人の姿はない

 

『そうなんッスよ、なんか綺麗な人と一緒に外で話してて、友達なんだって言ってたんッスけど、今日の夜はその友達が遊びに来るから帰るって帰っちゃったッス。贅沢ッスよね~、日頃あんなに可愛いアイドルと一緒にいるのに、羨ましいッス!あっ!でも今日は智絵里ちゃんと話せたからやっぱり羨ましくないッス!』

 

その綺麗な人とは、みんなが言っていた例の人物なのだろうか

零次さんの···元彼女さん

何故このタイミングで会いにきたのか、本当に偶然なのか

謎が多い人物だと聞いた

 

「あの···皆さんは知ってるんですか?その綺麗な女の人のこと···」

『全然わからないんッスよね~、確かに女の子の知り合いはいるにはいるんッスけど、あんな人は見たことないんス』

『姉さんの知り合いかもな···、聞こうにも···今は下であんな状態だからよ···』

 

私にも美空さんの姿を見せようとカメラを上から下に向けてくれたが、ソファーの背もたれから後ろにはみ出している腕しか見えなかった

 

『まぁ、レースまでもう少しだな。大丈夫だ智絵里ちゃん、何も心配することない。姉さんのことは俺たちがよく知ってる』

「大丈夫です。私も、美空さんのことを信じてますから。できるなら私も、今度は···私が美空さんを助けてあげられるような、そういう人になれれば···なんて、思ってます」

『智絵里ちゃんはいい子ッスね~、きっと姉さんは何とかしてくれるッスよ』

 

それからしばらくお兄さんたちと話すと、私は電話を切った

今度は直接会って色々話そう、またラーメン屋に行こうと約束した

 

少し、心が晴れた気がする

きっとこれからは良いことがあると、そう信じて私はベッドへと入ったのだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

晴れ渡る、快晴だった

目の前一面に広がる見事なまでのアスファルト

邪魔をするものは何もない、まるでこれからの私の未来を暗示しているようだった

そしてそこには、スタッフたち、そして私の取り巻きであるディレクターたち

そしてそして、その未成熟で誰も手を触れてない肢体がなんともそそられる、346プロダクションのアイドル、緒方智絵里

 

この日をどれだけ待ち望んだことか、これであの忌々しいクソドライバーどもを一掃できる

あとはこの手で染め上げていけばよいのだ

最もその身体が、その人間の本能が活発に動くその瞬間が楽しみなことこの上ない

 

「どうぞ」

 

その番組のセットの後ろに座っている私の隣から、一つのコーヒーカップが目の前のテーブルに置かれた

いつもなら淹れ方の一つにでも文句を言いたいところだが、今日は特別に気分がいい

そのままコーヒーカップを持って、口へと運ぶ

ふんっ、相変わらず安っぽい豆を使っている

しかし私の優秀な秘書のおかげで幾分かはマシになっているようだ

 

「どうだ、これからまた私の時代が始まる。君もわかっているだろう?君のおかげなのだよ、君が私の秘書で本当によかった。きっと君もこれが終わったら私に感謝することになるだろう。君の手腕にはホトホト感心するよ。よくぞここまで潜り込むことができたな、やはり''友人''とはいいものだ。上手くいった暁には君の望むものを、私が与えてあげよう。私も''楽園''を取り戻せることだしね。はっはっは」

 

この話をすると、この秘書はいつも黙ってしまう

それどころか、目の前に広がる滑走路へと視線を逸らしてしまう

 

ふんっ、いいさ

言うことを聞かない子には慣れている

今の時代は大変便利だ、そんな子に良く効く''お薬''もあるのだから

緒方智絵里はどうだろう、私は素直な子のほうが好きだな

 

「ではっ!テスト行くんでキャストの方々そろそろ準備お願いしまーす!ドライバーの皆さんもバックに待機でー!」

 

スタッフの声が現場に響いた

しかし、まだ相手側のドライバーの姿が見えない

先ほど車が入る予定のピットにもチラッと目を通したが、車もなかった

 

全く、ギリギリなっても来ないなんて常識がなっていないな

私たちのほうは準備万端だというのに、礼儀というものを知らんのか

 

「···彼らはもうそろそろガレージにやってくると思います。敵前逃亡するような人間でないことは、私にもわかります」

「君がそういうのならそうなのだろうな。何しろ、君は彼ら···もとい''彼''のことについては、随分と詳しいようだからな」

 

そう私が言うと、また目を逸らす

 

いよいよ始まる

このためにあのクソドライバーを潰したのだ

もう抗う術はない

私の心はこの青空のように、晴れ渡っている

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