01 水平線の綻び
いくらなんでも横暴だと私は抗議する
ますます議論に拍車がかかっていった
だが結論が覆ることは難しそうだった
睨み合うように、彼らと向かい合う
「何も間違ってはいないよ美城専務。会社と、何より君のアイドル部門の未来を考えての結論だ」
彼らは、会社の上の連中だ
アイドル部門や、モデル部門、その他の様々な美城プロダクションの部門を統括する、会社そのものの重役たち
ここで話が決まってしまえば、それがそのまま会社の方針となってしまう
そうなってはいけない、彼女たちには彼らが必要だ
ここで引いてはいけないと、私の中で警鐘が鳴っていた
「君のアイドル部門も、設立してからというものの目覚ましい発展を続け、今ではテレビを点ければ彼女たちの姿を見ない日はない。音楽、ドラマ、映画と、今後はさらに活躍の場を広げていくことだろう。君のことは私たちも高く評価しているのだ」
「それはありがたいことです。しかしながら私は、その為にも彼らの協力が不可欠だと考えております。その活躍の場を広げるにあたり、私たちのシンデレラを送り届けるにはおとぎ話にもあるように、馬車が必要です。日頃の関係を見ても、彼女たちから多大なる信頼を寄せられている光景を私自身何度も確認しています。事実、彼らのおかげで私を含め彼女たちが危機を回避したこともあり、精神的な面でも支えになっていることも。それに···」
「だが」
私の話を遮り、彼らは目の前に置いてあるA4の白い紙をペラペラとめくる
それに目を通す度に渋い顔をしている重役たち
「それは、あくまで彼女たちや君自身の人間関係だけに限っての話だ。信頼···支え···非常に結構な話だ。それも必要なことだとは思う」
「それならば」
「しかしだ、会社員である以上、この会社に利益をもたらさなければ意味がない。それは、君自身もよくわかっていると思う。この資料にあるこれまでの統計と、推測されていた部門の利益目標には大きく差が出ている。その、青葉自動車との契約前ではこれだけの利益が確保できると考えられていたのに、これでは君の手腕が泣いている。言い方は悪いが、彼女たちは良くも悪くも''商品''なのだ」
彼らは手元の資料に書かれている物の抜粋を、パワーポイントで壁際のスクリーンに投影した
そこにはハッキリと、事業計画上の数値と、実際の利益の数字が比較できるグラフが表示されていて、明らかに後者のほうが下回る結果になっている
「メディアによる宣伝は、一番の広告だ。そのおかげでスポンサーも目を付け、現に西園寺グループや櫻井ホールディングス、涼宮グループに水本財閥といった一流企業、将来的にはさらに多くのスポンサーからの資金援助も受けることができる。そして、はたまたこれも偶然なのか必然なのか、そこのご令嬢が美城プロダクションに所属しているのも何かの縁なのだろう」
数字に文句をつけるわけにもいかない
それはそれで彼らの言葉に反論することはなかった
だが、それはそれとして、ビジネスとは損得だけを考えて動くものではない
人間は0か1、イエスかノーかで物事を判断する生き物ではないからだ
その''結果''に至るまでには過程があり、そこには迷いや葛藤、それに伴う人間関係もある
利益だけではない、それを生み出すものたち···人間たちが笑顔でなくては、この先に繋がっていかない
その笑顔を引き出す存在の一つとして、彼らはもう、今の彼女たちを形成する大事なピースとなっている
「君も、これから彼女たちが成し得るであろう''大きな成果''を確実なものにするために、今回の決定をよく考えてほしい。何を優先すべきか···それは君が一番わかっていると思うんだがね」
私に一通り説明すると、その重役はテーブルの上に用意されたペットボトルの水を飲んで喉を潤していた
パワーポイントの映像が消え、会議室内が明るくなると、今突きつけられた現実に私は眉間に指を当てて、少しうつむく
「···彼女たちは多感な時期です。急な決定に現実を受け入れられず、精神的に疲弊して、仕事に影響が出てしまうかもしれません。正式に通達するまで少々時間をいただきたい」
「あまり長くは待てない。早々に整理をつけて、君たちも内々で準備を進めるように。そう難しく考える必要はない、また腕のいい信頼に足るドライバーを見つければいい話だ。優秀な人材は、私たちとしても歓迎だからね。それは···君もわかっている筈だろう?」
「···もちろんです。そう、学んできましたから」
「良い返事を期待しているよ。君たちは会社にとってかけがえのない財産だ、悪いようにする気は全くない。ドライバーが必要だというのなら相談に乗ろう、我々のほうでも少し検討してみることにする」
今回は以上だ、とその一言で会議室に椅子を引いて立ち上がる音が次々と聞こえ始め、窓のブラインドが開かれて、電気が消される
窓から差し込む光が目の前に置かれている資料を照らし、現実を突きつけられる
彼女たちにどう説明したらいいのか、彼らにどんな顔をして会いに行けばいいのか
立場、人間関係、会社に対する損益
様々な物事が頭の中を駆け巡り、考えが暴れだしてまとまらない
気がつけば、この広い会議室で一人、座ったまま悩み続けてしまっていた
私がこんな状態では、その下が困ってしまう
管理職とは孤独である
''肩書きがある''とは聞こえがいいものの、言ってしまえば人一倍···いや、社員一倍責任がのしかかる
それは本人にしかわからないことで、仲間に相談しようにも、下手をすれば無駄に不安を煽るだけだ
そこからはまるで、魔法のように不安が伝染していき、私への信用は次第に薄れていく
しかしのんびりしている間にも話は進んでしまう
問題は早く解決してしまうに越したことはない
今はとにかく自分で考えるしかない、きっとできるはずだ
今までも、そうしてきたのだから
···でも
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姉さんのレースから数週間経ち、辺りは既に秋の気配を感じさせていた
まるで溶けてしまいそうな程の夏日も無くなり、事務所や工場に吹き込む風も心地よく、清々しい日和が続く毎日で、過ごしやすい
それは、ズルズルと続いていた因縁が解決したことも大きいのだろう
あれからはピタッとあのテレビ局との取引がまた無くなり、その事に川島さんも胸を撫で下ろしていた
しかし良いことばかりではなく、あの日撮影された番組は、レース後のあの模様が生々し過ぎて内容が議論され、結果的にはあの番組はお蔵入りとなってしまった
姉さんが言うには、''有名にならなくてよかった''と逆に安心していたようだったが、あの時使った姉さんの車は完全にエンジンブローしてしまい、全く自走不可の状態となっている
「うーん···やっぱり部品高いわね~、中古で探すしかないかぁ~···」
またガレージに運び込んで、エンジンを車から降ろしてバラバラにし、壊れている部品を調達して組み直す
しかし姉さんのあの車は普通の車とはエンジンから何からまるで違うので、専用のチューニングパーツを下手したら海外からも取り寄せないと元に戻らないためべらぼうな時間がかかる
なのでしばらくは地下で眠らせておき、ボチボチ取りかかっていくのだそうだ
智絵里ちゃんを救う為に散ったのだから私も車も後悔はない、と姉さんは言い、元々は400mを全開で走ったら壊れるように改造してるから、こうなることは覚悟の上で走ったとも言っていた
この前の智絵里たちと行ったというお出かけから帰ってきたときのニコニコ笑顔を見る限り、それが本心なんだと思った
最近は夕方暇になると、姉さんは自分のデスクのパソコンでパーツを探している毎日となっていた
そして
「ちょっと、そろそろ事務所閉めるから工場片付けてきて」
「はぁ~い」
給湯室からコーヒーを持って出てきたのは、左腕にサポーターを付けてはいるものの、無事に職場へ復帰できたひな先輩だった
「よいしょっと···、ふぅ」
コーヒーを自分のデスクに置くと、ひな先輩は左腕を反対の手で持って軽く曲げたり伸ばしたりと運動を始めていた
確かにもう職場に復帰はしているが腕は本調子ではなく、医師からも動かすように指示を受けているらしい
そのまま動かさずにしているほうが、かえって筋肉が衰えてしまうのだという
少し過ごしづらそうにしているが、日常生活に段々と戻りつつある
しかしなんであれ、本人が戻ってきてくれたことが何より嬉しかった
「やっぱりまだ大変そうですね」
「ホントだよ、まだちょっと痛いのにできるだけ動かせってさ。まぁ、あと少しの辛抱だから、それまで整備作業のほうはお預けだな」
そう言ってひな先輩は一枚の請求書をデスクに敷いてあるマットの下から取り出した
それと見比べるようにひな先輩は外を見ると、駐車場には綺麗になって戻ってきたひな先輩のS14が並んでいるのだったが、それを見るたびにひな先輩は中々に複雑な顔をしているのだった
たしかに新品同様に帰って来たには来たのだが、ありとあらゆるところも新品同様
そう、ひな先輩がチューニングした部分も''綺麗''に純正になって戻ってきたので、またひな先輩もひな先輩でパーツを探さなくてはならないのだった
「それと···これな···どうしたもんかなぁ」
車のこともそうだが、この請求書もひな先輩は複雑そうな表情で見る
直した箇所、それぞれにかかった費用、その合計、事細かに書かれた板金の請求書
それ自体には全く問題は無いのだが···いや、ある意味問題といえば問題かも
「何から何までお世話になりっぱなし···。今度菓子折りでも持って···何もっていけばいいんだ?ヘタなもの持っていけないぞ」
料金が支払われた証明である証明印を押す場所に、すでに''西園寺''と書かれた印鑑が押されていたのだった
「それに···」
またひな先輩は外を見る
この会社の入り口、正門前に見えるのは黒服の男性二人
時折こちらを見ると、肩についている小型のマイクでどこかに連絡をとっていた
そのすぐそばの襟元には、''櫻井ホールディングス''のバッジが輝いている
重役たちが移動する際などに警護するSPたちだそうだ
つまりは、人を警護するプロフェッショナルだ
「守る人間違えてない?」
と、ひな先輩は同じことを快気祝いの時に櫻井桃華ご令嬢ご本人にも聞いてみると
『犯人が見つかっていない以上、一人にしておくわけにはいきませんわ。わたくしも心配でしたので、お父様に少し相談してみましたの。ただ、それだけですわ』
と、ニコニコ笑顔で言っていたという
「きっとみんな心配なんですよ。だからあんなに集まったんだと思います」
「それも···そうか。ありがたい話だけど···でもなんか···ちょっと気を使ってしまう」
ひな先輩が退院した直後から、ひな先輩の快気祝いと称しての集まりが毎日のようにあったのだ
そう、毎日のように
あいつらもそれぞれ仕事があるので一気に集まることが難しく、その日集まれるメンバーを考えた結果、何組かで別れて行うことになった
ひな先輩に迷惑は掛けまいと、食材の準備から料理から片付けまで全部やって帰っていくのだ
おかげで夜の料理の献立に困らず、何もしなくても料理が出てくるので、まるで母親が何人もいるかのようだったとひな先輩は言う
響子はもちろん、卯月、未央、凛、奏、千枝、美穂、悠貴その他諸々相当な数の人たちの手料理を食べたと思う
ご令嬢が来たときには食材がやたら豪華になり、何を食べても新しい世界が広がった
仁奈に至ってはママ候補がまた増えたと喜び、どうやらそこにはひな先輩も加わっているようだった
それ程までにひな先輩は愛されているのだった
「腕が直るまでもう少し時間がかかる。それまでは苦労を掛けると思うが···」
「大丈夫です。今まで働きすぎた分ゆっくり休んでください。俺たちが何とかしますから」
「その結果があの散らかり様か。洗濯物も全然綺麗に畳んでないし」
「それは···はい」
「姉さんのあの一階の奥なんて物置みたいになってたし」
こればっかりは反論できない
姉さんに至ってはまるで無法地帯になっていたし、後でやるから~という言葉を信じた俺が馬鹿だった
地下のガレージなんて見せられる状態じゃない
バレないうちにこっそり片付けないと
「あの二人も···お礼を言いたかったし、師匠も一体何処へ行ったのか···」
レースが終わって落ち着いたころ、ひな先輩が戻る事がわかったら、シロさんとクロさんはすぐさま出ていってしまった
シロさんは海外に帰っていったが、クロさんは用事があるといって、日本にはいるが何処へ行ったのかはわからない
まるで嵐のように去っていってしまった
「ひゃ~!夕立夕立~!全くも~う、タオルタオル」
事務所の玄関から駆け込んできたのは、髪の毛がまるでシャワーを浴びた後のように濡れてしまっていた姉さんだった
カウンターに飛び込んでくるや否や、水滴を撒き散らしながら自分のデスクで髪を拭いていた
「ちょっと、その着てるTシャツちゃんと洗濯のバケットにいれておいてよ」
「後で後で~、早く車入れちゃわないと!」
すぐに外に出ていくと、お客さんの車に乗り込んで工場内に入れていく姉さん
そんな様子を見て、ひな先輩はまた溜め息をついていた
外を見てみると確かに空は綺麗な茜色なのに、バケツをひっくり返したような大雨が降っていて地面を濡らしていた
帰るまでに止んでいればいればいいなと支度を進めていると、事務所の扉が開いた
「失礼します、蘭道さま」
「は、はい」
入り口にいたのは、櫻井ホールディングスのバッジが輝くSP二人だった
ずぶ濡れになっているのにも関わらず、姉さんのように慌てる様子が微塵もない
その場に背筋を伸ばして、お堅い職業なのか文句も言わず、二人並んでしっかりした姿勢で立っていた
その光景にひな先輩も言葉を失っている
「ど、どうしたんですか?」
「お客様です」
そう言ってその二人は間のスペースを開ける
するとそこには見知った人物が一人、ずぶ濡れの状態で立っていた
その姿を見た瞬間、俺はたまらずカウンターを飛び出して駆け寄る
「ちょっ、専務さん、何やってんすか!いやいやいや、こんな格好で···とりあえず中入ってください。っていうかあんたたちも中入ってください」
「いえ、私たちは仕事ですから持ち場を離れるわけにはいきません」
「桃華には俺から言っておきますから!」
俺がSPの人たちと話してる間も、専務は一言も話さず真顔でうつむいたままだった
俺がやり取りしている間に、ひな先輩は給湯室にタオルを取りにいく
何とか説得して三人とも事務所に入ってもらい、専務は奥のソファーに座らせて落ち着かせた
工場を閉めて戻ってきた姉さんもその様子に驚いていた
「では私たちは、玄関のほうに」
外まで出なくてもいいからとのひな先輩からの注意を何とか聞き入れてもらい、SPの二人にはこの事務所の玄関にいてもらうことにした
二人が離れると、俺は恐る恐る口を開く
「···専務さん、どうしたんですか。俺が行くことはありましたが、専務さんがここに来るなんて珍しいですね。というか、一回もなかったんじゃ」
俺が質問するが専務は黙って髪の毛をタオルで拭いて、ひな先輩に返す
しばらく黙っていたが、夕立が上がる頃になり、やっとゆっくり口を開くのだ
「···迷惑を掛けてしまって、すまない」
開口一番、謝罪から始まった