ヘイ!タクシー!   作:4m

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02 水平線の躊躇い

僅かに感じる違和感

髪の毛を整えるも、尚うつむいたまま

落胆しているような様子だった

何か会社であったのだろうか?

いつもならもっと、前を向いている筈なのに

 

「一体何があったんですか?」

 

強気な姿勢は何処へやら、落ち込むようにしたままの専務はまだ何も話さない

もう終業時刻をとっくに過ぎていたが、ひな先輩も姉さんも自分のデスクに座って俺と専務の話に耳を傾けていた

俺はというと、テーブルを挟んで専務と向かい合うように座り、専務の話を黙って待っていた

時計の針が進む音だけが室内に響く

 

「···何と言ったらいいのか」

「あまり良くない話なんですね」

「···ああ」

 

ゆっくりと専務は話し始める

用意したコーヒーを一口飲むと、専務は持ってきていたカバンから資料を取り出した

 

「まさか、雨が降るとは思わず···濡れてないとは思うのだが···」

「歩いてきたんですか?」

「···ああ」

 

何だか専務らしくない

もっと完璧な人だと思っていたけど

相当思い詰めているのだろうか

 

「これは···」

「···すまない」

 

俺は資料を受け取って目を通す···までもなかった

その透明なクリアファイルに入っていた資料の表紙に、その題名が大きく読みやすい文字で書かれていたからだった

 

「···つまり、俺は''用なし''ってことになって、これ以上お宅に関わるなっていうことですね」

 

青葉自動車工業との取引中止に際し、という名目で作られた資料

その中身を読んでみると、まぁ綺麗に''大人の言葉''でその取引中止という判断がどのような理由で、どういった経緯をもって下されたのかが項目ごとに書かれていた

 

主な目的は、当該社用車に対する経費削減に伴う車両整備委託場所の変更

つまり、少し離れた場所にあるここに来るまでの燃料代節約のため、もっとアクセスのいい近場の工場にしたらどうかということなのだろう

そのほうが社員の負担も減り、その時間をさらに自分たちの仕事にまわせるというような、もっともらしいことが書いてある

まぁ後は、整備料金とかの領収書や請求書のやり取りが会社のシステムの違いで経理の人間が若干混乱して、税金の計算上手間が増えるだとか、他にするメリットについて書いてあった

 

しかし、最後に添えられていた一文がおそらくメインなのだと思う

 

「これに際し、アイドル部門での送迎契約についても、所定の期日をもって同様に終了とする。なるほど···まぁ、そうなりますよね」

「私は散々抗議したのだが···、すまない。私の力が足りず、上の連中を説得することができなかった。アイドルの皆にも、まだ話してはいない。まずは、君たちに伝えるべきだと···思った。どのような混乱を招くのか、全く想像がつかなくてな···」

 

専務はさらに詳細を話してくれた

やはり車のこと云々は表向きの理由で、本来の目的は失ったメディアとの繋がりの回復

つまりはテレビ局との復縁だ

美城プロダクションはアイドル部門だけではない、エンターテイメントのジャンルでは様々な分野で活動している

その為にはそういったメディアとの繋がりが不可欠だ

この間の智絵里が出た番組が放送中止になったことがトリガーになった可能性が高いと専務は言う

 

「一番の敵は身内ってことですか」

「時と場合によっては···私たちみたいな大企業なら、尚更だ。それに、上は今回のことでドライバーを失う代わりに何か代替案があるようだが、それもまだ不明のままだ」

 

俺は手に持っていた資料をテーブルに置く

つまり、俺たちは邪魔だとハッキリ言われたようなものだ

ここまでの事をされたら、俺たちも文句の言いようが無くなる

相手側がもう俺たちのことはいらないと言うのなら、いくら俺たちが掛け合っても無駄だろう

 

「あの~···」

 

俺と専務が黙っていると、ついたての横から姉さんが顔を出してこちらの様子を伺っていた

姉さんと目が合った専務が一つ頭を下げる

 

「それじゃあもう···智絵里ちゃんたちとは会えないってこと?」

 

その言葉に、専務はさらに難しい顔をする

そしてゆっくりと口を開いた

 

「その事についてですが···それが一番私の頭を悩ませました。あなた方青葉自動車の人たちは、私たちのアイドルに本当によくしていただいたと、アイドル個人からも直接伺っています。時には、危機を救ってもらったこともあると聞きました。互いにもう仲間のような存在であることは重々承知してはいるのですが···」

「そう簡単にはいかないってことだな」

 

今度はひな先輩もついたての向こうから現れて、会話に混ざる

 

そうだ、契約を解消するということは、お互いに仕事仲間という関係から、元に戻る

芸能人と一般人、今までは専務が俺の部屋を借りてくれたり、あいつらと俺たちの関係を続行できるように何かしらの対策を施してはくれていたが、その契約を根こそぎ無くすとなれば話は別だ

 

「我々アイドル部門としても、軌道に乗ってきた今、''そこ''を理由にメディアにつつかれた場合、君たち···特に北崎君と彼女たちはどのような関係なのか、そこから世間の注目を反らすのは容易ではありません。彼女たちは既に、国民的アイドルといってもいい存在ですから」

 

いわゆる、スキャンダルという問題に発展すれば、間違いなくあいつらの活動に影響が出る

この契約を破棄すれば自動的に、あいつらとの関係も断たなくてはならない

今までと同じような関係はもう無理だろう

 

そうすることでテレビ局などとも再び取引することができ、アイドルの宣伝がよりやりやすく、ドライバーも自社で用意することができて経費削減にもなる

至れり尽くせりだ、マイナスな面は何もない

''仕事''という点だけ見ればだが

 

「私個人としては、彼女たちを仕事の道具にはしたくない。仕事をしやすい環境を作るのも私の仕事と考えています。利益になるからといって嫌な仕事を無理やりさせるのはいかがなものかと、恥ずかしながら昔、彼女たちやそのプロデューサーたちに学ぶ機会がありました。彼女たちもアイドルである前に一人の人間です。北崎君をそれだけ信頼しているというのは、彼にそれだけの魅力があるのでしょう。だからこそ、彼女たちは笑顔でいられる。それを引き裂くようなことはしたくないのです」

 

そこまで言われると少し恥ずかしくなってくるが、どうやら専務はこの決定に反対のようだった

しかし、これは専務の、専務より上の上司たちから下された決定だ

これを逆らって覆すとなると相当説得力のある代替案と、覚悟がいる

それこそ専務自身のキャリア生命に関わるような、自身のクビを掛けるほどの覚悟だ

簡単に踏み切れる案件じゃないのは俺にもわかっていた

 

「もし、俺たちがこの条件を飲まないって言ったらどうなるんですか?」

「最悪の場合、メディアとの関係が回復しなければ、アイドル部門はこれ以上利益をもたらさないと判断されて、すぐにではないが段々と規模が縮小されるようになっていくだろう。しかしアイドル個人としての人気はあるから、アイドル自身は他のプロダクションに移籍···という道もある。これだけ有名になれば、自分の会社に欲しいところも沢山あるだろう」

「でも、もしそうなったら、智絵里ちゃんたちはちゃんと活動していけるの?もしそれぞれ違うプロダクションに行っちゃったら、ユニットも解散になるんでしょ?」

「···そこでどのような扱いをされるかは、他会社になるので想像ができません。しっかりした会社ならいいですが、そうでないなら···有名な分、様々な''用途''に使われるでしょう。そうなってしまっても我々は関与できません。既にそのアイドルは他社の所有物ということになりますので」

「''所有物''って···」

「言いたいことはわかりますが、それが現実です。あくまで、会社の''商品''なのです」

 

姉さんやひな先輩に、淡々と説明する専務

ひな先輩も俺の目の前に置かれていた資料に目を通し始めた

 

「この···''所定の期日をもって''っていうのもイヤらしいな。これは猶予を与えるっていう意味なんだろう」

「俺に時間を与えるから、荷物をまとめて出ていけっていうことですよね。もう専務の上の連中にとっては害悪でしかないわけだ」

 

俺もそう言うが、専務は俺の意見に対して何も言わず、黙ってしまう

口にしないだけで、きっと専務にも察しはついていたのだろう

それを直接言わないのは、専務の優しさなのだと思う

 

「レイジ君はいいの?このまま引き下がって。レイジ君は···どうしたいの?」

「俺は···」

 

姉さんの質問に、俺はどう答えたらいいのかわからなかった

ただ、ハッキリしていることが一つある

直接言わなかったから二人は気付かなかったみたいだが、一つ···専務との約束があった

 

''契約''の時の資料にひっそり書かれていた、一つの約束

それだけは、専務の口からも直接告げられていた

 

あの時

幸子のプロデューサーに連れられていったあの日

初めて、美城専務と対談した、あの日

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「依頼するからには、それ相応の報酬を約束しよう。通常の仕事になるべく差し支えないように青葉社長と相談しながら進めていくつもりだ。···ただ」

「ただ···?」

「契約期間は、二年間とする」

 

そう告げた専務は、またコーヒーを一口飲んでテーブルに置いた

 

「二年間ですか?」

「そうだ、君を適任と判断したのは間違いないが、君という人間がまだ何もわからない以上、彼女たちを任せてもいい存在なのか判断する必要がある。そこで、ある程度の期間を設け、最終的にそこで決定する。ドライバーという役割を担うに相応しいか、何より彼女たちの信頼を得ることが出来ているのか。判断するのは私だけではないことを、覚えておいてもらいたい」

「そうですね、アイドルですもんね。普通の人たちとは違いますし」

「理解が早くて助かる」

 

芸能人と関わるとなると、やはり話は違ってくるのだろう

ましてや、今をときめくアイドルなのだ

姉さんをあれほど魅了するレベルの輝かしい存在だ

どんな奴らなのか、普段の様子が全く想像できない

 

テレビドラマで見るような、綺麗に片付いた部屋に住んでいて、イケメンの彼氏がいて、料理が上手で···、あまり詳しいほうではないので想像くらいしかできないが、イケメンの彼氏はおそらくいるだろう

それなら媚びたりしてこない筈だし、そうしてくれたほうが楽だ

ただ、問題が一つある

 

「お誘いしていただいたところで申し訳ないんですが···」

「何だ?」

「俺はあまり···子どもが得意なほうではないので、上手くコミュニケーションが取れるかどうか」

 

どう接したらいいのか自分でもわからない

ましてや···そう、ましてや、そんな可愛い女の子たちばかりなのだ、話が合うわけがない

 

「もしかしたら、意見が合わなくてケンカばかりかもしれないですよ。正反対の世界で生きているといっても過言ではないですから」

「ふむ···しかし、彼女たちを救ってくれたことは事実だ。君が自分の事を正反対というのなら、そんな君に彼女たちが信頼を寄せた理由を私は知りたい。もしかしたら、君と関わることで、彼女たち自身何かが成長するようなことがあれば、それ以上のことはないだろう。彼女たちもうすうす、その事に気付き始めているのかもしれない」

「···はぁ」

 

正直言って、やはりもっと優秀なドライバーは他にいるとは思うが、そこまで言われてしまったら、専務にそんなに真っ直ぐに視線を送られてしまったら、検討してみようかという気持ちになってしまう

上手くやっていけるのかどうか、想像ができない世界だ

嫌われるかもしれないし、いや、きっとすぐに仕事だけの関係に落ち着いて、アイドルたちはアイドルたちで上手くやっていくだろう

 

キチンと仕事を全うできれば、それでいい

 

「ともあれ、二年間だ。特に問題もなければその期間は間違いなく仕事を依頼することを約束しよう。よろしく頼む、北崎君」

「まだ返事をしていません。それに、専務の期待に応えられるか自信がありません」

「それを決めるのは君ではない、私たちだ」

 

専務は引かないようだ、これは帰って社長も交えて話すしかない

 

「では、青葉社長によろしく伝えてほしい。今日は突然呼び出してしまって申し訳ない」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「···そうだったんだ」

「おお、本当だ」

 

ひな先輩が、棚にしまってあった美城プロとの契約書をもってきて隅々まで目を通すと、姉さんと共に頷いていた

時折俺も専務からその事については確認されていたが、あいつらと過ごしていくにつれて、最初の頃から大分印象が変化し、そのタイムリミットの事を考えるようになっていった

 

「今まで俺は、自由にやらせてもらいました。それはもう、十分過ぎるくらいに。その期間が少し縮まっただけです。ですがこれは···」

 

ダメだ、これはそう···勝手に自分の中で生まれた感覚なのだ

押し付けるわけにはいかないし、きっと俺がいなくなっても、誰かが代わりに引き継いでくれるだろう

そんな''ある結論''をひた隠しにして今日に至るが、そう後回しにしてきたツケが今回ってきて、専務を苦しめている

俺がハッキリしないと···いけない時が来たようだ

 

「おや、美城専務。珍しいね、今日はどうしたんだい?」

「お疲れ様です、青葉社長。本日は連絡もせず···いきなり押し掛けて、申し訳ありません···」

 

社長が出先から戻ってきて顔を出すと、専務はその場で立ち上がり、社長に向かって丁寧にお辞儀をした

さすが大企業の専務だ、その立ち振舞いがしっかりしている

社長は社長で、まぁまぁと手でそんな専務を制する

 

「はっはっはっ、構わないよ。それに、本当に疲れているのは専務さんのほうではないかい?」

 

社長も普段とは違う専務の様子に気づいたようだ

簡単に見透かされたことに驚かないあたり、専務もそれは自分でもわかる程に自覚しているのだと思われる

苦笑いするような表情で、専務はまた少しうつ向いてしまった

 

「今西君から簡単ではあるが話は聞いているよ、随分と大変なようだね。さぁさぁ、掛けてくれたまえ。私も、少しお話を聞いてみたい」

 

社長は俺の隣に腰掛けると、専務もまた、座って話を始める

専務はさっき俺たちにした話をより詳しく社長に話す

そんな疲れ気味で、辛そうに話す専務の話を社長は遮ることもなく静かに頷きながら聞いているのだった

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