ヘイ!タクシー!   作:4m

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04 水平線の賄い

入り口の扉が、高そうに開いた

まさにそう言うに相応しい造りをしている

覗き込むように、警戒しながら中へ進む

 

「どれもこれも凄いですね···」

 

地下駐車場から、マンションへと入る

しかし入った瞬間、そこは俺たちが住んでいる世界とはやはり別世界なのだと思い知らされるのだった

奥に設置されているエレベーターへ向かう廊下は少しだけ登り坂になっており、綺麗な白い大理石が敷き詰められていて、その艶の具合から丁寧に掃除していることが伺える

天井に備えられている淡黄色の電灯は、そんな廊下を淡く優しくぼうっと照らしていて、仕事帰りの身ならそれだけで少し疲れが癒されるような気持ちになった

 

「···そうか?もう慣れてしまったから、よくわからない···」

 

車から降りるとやっぱり少し辛いのか、若干ふらふらしながら歩く専務

何だか見ていられず、フラつく度に軽く肩を支えてあげた

大丈夫ですか?と俺が言っても、返ってくるのは''···すまない''の一言

言葉に覇気が無く、目も少し据わってる

エレベーターにたどり着いた時には俺が先に扉の前に行って、エレベーターのボタンを押した

 

「何階ですか?」

「最上階のボタンを押してくれ。出たら···また少し歩く」

 

言われた通りにボタンを押して、扉を閉める

専務はその間にエレベーターの中にあった手すりに掴まって一息ついていた

エレベーターが見たことない階層までみるみる登っていき、俺はエレベーター内の鏡で専務の様子を時折見ながら、すぐに専務が降りれるよう扉のすぐそばに立っているのだった

 

「それにしても、凄いセキュリティですね。このマンションに入るのにも、あのカードキーみたいなのを使わないと入れないですし」

「セキュリティが高い場所を選んだら、ここが空いていただけだ。最上階というのも、出ていくのには遠すぎて···かといって一戸建てを買うのにもお金がかかる。しかし、アクセスと立地は良いからここにした」

 

専務くらい偉い人になるとみんなマンションの最上階にでも住みたくなるのかもと思ったが、それぞれ理由があるようだ

俺からしたら羨ましい限りだが、新田ちゃんくらいのマンションでも全然喜んで住めるあたり、俺もいち庶民なんだなと思った

 

今住んでるところでも満足してるし···、でもあいつらが本格的に根城にし始めたらやはり引っ越しを考えよう、手遅れな気もするが

 

だが、今の問題を考えたらそれも現実味を帯びてきていた

 

「ああ、専務。どうぞ」

「ありがとう」

 

エレベーターの扉がゆっくりと開いて、俺は専務を先行させるようにエレベーターから外へ案内した

それから俺も廊下へと出ていくのだが···ここは一体なんだ?本当にマンションなのか?

床はまるで高級ホテルみたいな鮮やかで柔らかい絨毯が敷かれていて、夜に合わせて薄暗く、かつ足元が見易いように照明が低い位置にも設置されている

 

「ここを曲がって、ラウンジを越えた先にある角に、私の部屋がある」

「ラウンジ···」

 

そんなの聞いたことがない、マンションにラウンジなんてあるのか

本当にここは高級マンションとして申し分ない造りとなっていた

 

「あ、本当ですね···ラウンジ」

「自動販売機も置かれている。気に入るものがなかったら···下の階にあるショップに行けば、大体のものが揃っている」

 

もうここにいるだけで十分生活できる、外に出る必要が一切ない

宅配便でもなんでも、そのショップに行けば送れるし受け取れるとのこと

薬類もあれば本も売っている

本は買えばそこのラウンジでこの街の景色を一望しながら読めるのだそうだ

そこに設置しているコーヒーメーカーのコーヒーはもちろん無料

···そうか、これが上まで上り詰めた者の生活か

 

「ここだ」

 

そう言って専務は一つの扉の前で立ち止まったのだが···何なんだ、このオシャレな玄関は

 

表札からして違う

普通なら部屋番号が扉か、横にある名前を入れる表札の部分なんかに書いてある筈だが、ここはその木製の四角い板に部屋番号がくり抜かれるように彫られていて、壁から少し浮いた状態で設置されていた

そうすることによって、その上から照らしている照明の光が彫られた部分を通過し、部屋番号だけがその木製の四角い板の影の中に浮かび上がり、壁に投影されて見えるのだ

 

「ちらかってはいないと思うが···ゆっくりしていってくれ」

 

専務は懐からカードキーを取り出してドアノブの上にある四角いアクリル板のような部分に当てると、またまたオシャレな高そうな木目調のドアから短く鍵が開く音がした

 

そうか、ドアに木材が使用されているのは、カードキーを当てるときに指を同時に触れさせることによって冬場は静電気を逃がし、ドアノブで静電気が起きないように配慮されているのか

 

「お、お邪魔します」

 

入る前から驚きの連続だったが、入ってからも凄かった

オートライトで入った瞬間に玄関の電気が点き、そこから少し遅れてゆっくりと廊下に電気が点いていって、奥のリビングに繋がっているであろう扉が照らされる

 

「っと、専務大丈夫ですか?」

「···ああ、少し、よろけただけだ」

 

靴を脱ぐ時にバランスを崩した専務を何とか支える

何だか危なっかしかったので、俺が少し肩を貸すようにして専務に寄り添い、とりあえず靴を脱がした

 

「ありがとう。君も、靴は適当に置いておいてくれていい」

 

専務が家に上がっていくと、それについていくように俺も家に上がらせてもらう

廊下に入った時点で左右には部屋が複数あり、その中には浴室なども含まれているだろうが、廊下の景観を崩さないように中は見えない構造となっていて、廊下にも余計なものは一切置かれていない

専務の性格もあるのだろうが、そうさせないような工夫もあるのだと思う

 

「···はぁ」

 

周りを観察するように見ていた俺だったが、扉を開く音と、専務の溜め息に気付き、専務の後を追っていった

その扉を開いた先に踏み込んだ瞬間、俺はこのそびえ立つ高級マンションの最上階という空間の真髄を味わうことになる

 

「···スゴッ」

 

思わず漏れた自分の声、それは部屋の広さもそうだがまず目に飛び込んでくる素晴らしい夜景だった

ほぼ壁一面がガラスのようになっていて、ネオンで輝いている摩天楼が一望できる

上から見下ろすというのはこういう気分なのだろうか

 

続いてこの広すぎるリビングを見ていくのだけども···そう、物が全く無いのだ

壁、四角、棚の上など、テレビや冷蔵庫、ソファー、テーブル等、必要最低限の物は置いてあるがそれ以外の物がとにかく見当たらない

あるとしたら中央に置いてあるデカいガラスのテーブルに置いてある文庫本くらいだ

 

「そこのソファーにでも座っていてくれ、私は少し···着替えてくる」

 

専務はスーツの上のボタンを外しながら、入ってすぐ横の扉を開けて入っていった

チラッと見えたのはそこから更に廊下が伸びて、そのまた奥にあるドアが開いた先にある大きなベッドだった

 

まだまだこの専務の一室には部屋が沢山あることがわかった

その廊下にも部屋がいくつあるのかわからない

 

「じゃあ···失礼します···」

 

誰もいないがついついこの部屋のスケールに圧倒されて、呟きながらソファーに座る

···広すぎて落ち着かない、遥か先にキッチンがある

テレビもこの広い部屋に合わせてどこからでも観れるように何インチあるのかわからないほど大きいサイズのものが付けられていて、圧巻である

まるで映画館だ

 

そのリビングの反対側は、角部屋だからかリビングが湾曲していて、そちらにもテレビがあるのが見えた

少し立ってその場所へ行くとやはりオートライトで室内が照らされて、本がいくつか置いてある本棚と、読書専用のデスクが窓際に置いてあった

わかったのは、このリビングが窓に囲まれていることで、どこからでも太陽の光が入るように設計されていることだ

そしてこのスペースにはバルコニーが付いていて、洗濯物が干せるようになっている

方角的に太陽光が差し込む時間帯が考慮されて設置されている

 

何から何まで初めて見るものばかり、琴歌の屋敷ともまた違う

モダンで今らしい高級なマンションだった

 

「そっちへ行っても、面白いものは何もないぞ」

「ああ、専務、すいません。何だか···じっとしてると、落ち着かなく···て」

 

それは新鮮な光景だった

いつもスーツ姿の専務しか見たことがなかったから余計だった

 

寝巻き、というよりはルームウェアと呼ぶほうがしっくりくるような、上品な格好だった

それはワンピースといえばいいのか···、でも生地はしっかりしていて、若者が着るような安っぽいものではなく、本物の高級な大人の黒

下品に肌をさらけ出すような作りじゃない

暖かそうで、このまま寝ても風邪を引かなそうな丈夫な物だ

 

「何だ」

「いや、何だか···新鮮で。いつもスーツだから」

「私が家に帰ってもスーツでいるわけがないだろう」

「違うんです違うんです、変な意味ではなくて···。凄く似合っていて、専務らしくてカッコいいというか」

「それは···ありがとう」

 

何だか変な空気になってしまった

っていうか、俺は職場からこのまま仕事着なんだけどいいのか?

靴も思いっきり仕事で使う安全靴だったし、これじゃあ部屋のどこかを直しに来た業者みたいだった

だから、入り口の管理人みたいな人も変な目で見ずにすんなり通してくれていたのか

 

「それで···どうするんだ?これといって食材もないが」

「ああ···、何食べましょうかね」

 

まずはキチンとしたご飯を作ることから始めなきゃいけない

専務と一緒にキッチンへと向かう

 

凄い、家の中でキッチンまで行くのにこんなに歩いたことないな

学校の食堂みたいだ

 

「冷蔵庫に何か···」

 

専務が冷蔵庫を開けたその時、キッチンのシンクの上に置いてあった物に気付く

小さな白い箱と、その側に置いてあった錠剤

その効能のところには''睡眠導入剤''と書かれていた

それがこの広いシンクの中央に、透明なグラスと共に置いてあったのだ

他に何も無い分、それだけが嫌に目立つ

 

「専務···辛くないですか、少しソファーに座ったほうが」

「···まだ大丈夫だ。さっき···着替えるときにベッドに少し座って楽になった。来客がいるのだ、家主が出てこないわけにもいくまい」

 

そう言うと専務はグラスを流し台の中へ置いて、薬を箱にしまうと近くの戸棚を開けて中へと放り込む

何事もなかったかのように再び冷蔵庫の中を見てみると、そこそこに食材は揃っているが手付かずの状態で、それよりもゼリー状の栄養補給飲料の箱が気になった

 

「野菜は···あるみたいですね、肉もありますし···。専務ちゃんとご飯食べてます?」

「···米なら···炊くだけだから」

 

俺もその言葉に思わず頭を抱えた

響子もいつもこんな感じだったんだろうか

あいつが口癖のように言っている栄養バランス云々の説教が今になって自分に突き刺さる

 

「じゃあ···、専務はソファーにでも座っていてください。俺が何か作るんで」

「ダメだ、客人にやらせるなど···失礼極まりない」

「今の専務に手伝ってもらったほうが不安です、いつ倒れるかわかりませんし。調理器具の場所だけ教えてください」

 

その後も専務は中々引かなかったが、この食生活を今西さんにもバラすと言うと、渋々引き下がっていくのだった

専務はソファーに向かっていくと、俺は教えられた調理器具を取り出して、調理を始めることにする

野菜が入っていて、スタミナがついて、俺でも作れる簡単なもの

一つだけ思い付いた、響子に唯一教えてもらって、唯一誉められた料理

 

この時ばかりは、響子に感謝した

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ん···」

 

目を覚ますと、ひとまず自分の状況を確認した

どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだった

ソファーの端にクッションを置いて枕にし、体には知らない内に毛布が掛けられている

ぼうっとする頭で、自宅の筈なのにやった覚えのないコレを自分以外誰がしてくれたのだろうかと考えを巡らせると、頭が冴えてきて記憶が一気に蘇ってきた

 

しまった、彼を一人にしたままだ

思わず体を起こすと、何やら美味しそうな匂いが室内に漂っているのがわかった

 

「あ、起きました?もうちょいなんで待っててくださいね」

 

キッチンのほうからその匂いは漂ってきており、食器の擦れる音、そしてガスコンロを止めた音も聞こえてきた

 

なんてことだ、私は客人を一人放っておいて、眠りこけていたのだ

 

「すまない、北崎君。私としたことが、それは自分でやるべきことだ。そうでもしないと私の立場が···」

 

私が急いでキッチンへ向かうと、何やらその様子を見て彼は安心したかのような表情をしたのだ

 

一体何だ?

そう彼にも尋ねてみると、彼は言うのだ

 

「なんか···やっといつもの専務っぽい感じに戻りましたね」

 

と、私はそこまで他人に分かりやすい程、疲れていたのだろうか

確かに言われてみれば、帰ってきた時に比べて体が幾分か軽くて、意識もハッキリしている

短い時間だったが、こんなに熟睡できたのは久しぶりだ

薬に頼る生活というのは、やはり良くない

 

「じゃあ···これ運べそうですかね?」

 

彼はそう言うと、手に持っていたフライパンから、シンクの上にある皿に料理を盛り付ける

肉の焼けたいい匂いと、色鮮やかな野菜の数々、それらもいい色に焼けていて美味しそうな香りがする

 

「野菜炒め···か」

「ええ、沢山野菜があったんで···油で炒めてる分、生野菜よりは栄養はどうかわかりませんが、とにかく肉も食べてスタミナつけないと」

「そうだな、ありがとう。早速頂くことにしよう」

「専務がいつも食べてるような懐石料理には劣りますが···」

「いつも食べているわけじゃない。それに、それとこれとは別だ」

 

そう言うと、彼は羨ましそうに私を見てくるのだ

料亭での会食なんて相手の機嫌を伺うばかりで、楽しめたものでもない

半分仕事みたいなものだ

 

こうして料理を自分で運ぶのも、茶碗にご飯をよそうのも、誰かと自宅でテーブルを囲むのも久しぶりだ

何だか心に余裕を感じる

 

私はいつからここまで、心まで寂しい人間になっていたのだろうか




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