俺は黙って佐々木ちゃんの話を聞いていた
なんであんなに機嫌が悪いのか、今日一体何があるのか
「・・・」
俺は何も言うことなく、話を聞きながら控えのテントに目を向けた
そうか、だからあんなに気が立っていたのか
聞けば聞くほど、あいつの気持ちが痛いほど伝わってきた
佐々木ちゃんを見ると、少し辛そうな顔をしながら話を続けていた
櫻井さんも同じ
この子達は何も悪くない
こんな顔にさせたのは、全部大人たちって訳だ
本来なら大人になってから学ぶ、どこにぶつけていいのかわからない感情を、俺に教えてくれていた
自分達の予定を、仕事だからと片付けられる大人の世界に足を踏み入れてしまった、そんな、大人にならないといけなくなった子ども達
・・・本当につくづく、そんな決められてもいないルールをいつの間にか受け入れるようになっていた自分が嫌になってくる
「だから、私はいいんです。仕事だもん・・・ね?」
話の最後に佐々木ちゃんが櫻井さんにそう言うと、少し遠慮がちに笑い、それに答えるように佐々木ちゃんも笑った
「・・・何が''いいんです''だよ」
「え?」
俺は立ち上がって佐々木ちゃんに向き直る
「なんでそんなこと言うんだよ、なんで子どもがやりたいことやりたいって言っちゃいけないんだよ。嫌なことは嫌って言っていいんだよ、だってお前らまだガキだろ!」
アイドルだろうと何だろうと、その前にまだ子どもじゃないか
目の前の、本来なら夢を持って生きる権利がある子どもにこんな顔をさせる世間に俺は段々と腹が立ってきた
「めんどくさいこと考えなくていい、そんなの大人に任せりゃいいんだわ。そういう大事なことは早く言え」
「で、でも・・・」
泣きそうな顔で俯く佐々木ちゃんに俺は言う
「まだわからないかもしれないけど、大人になったらそれが出来なくなるんだぞ。仕事を優先したくないけど、しなくちゃいけなくなる。お前らにはそのアイドルって仕事を楽しんでほしい、その仕事を嫌いにならないでくれ。そのおかげで毎日楽しそうに暮らしてるひとを俺は少なくとも一人は知ってる」
アイドルっていうのが、あんなに人の目を惹きつける力があるなんてさっきまで知らなかった
だから、諦めないで欲しかった
「だから、佐々木ちゃんが諦めるなんて俺は許さない。俺は言うほど大人じゃないからな、他の大人がダメって言うなら俺が何とかしてやる」
そう言うと少し驚いた表情をした後に、徐々に徐々に、二人に笑顔が戻っていった
さっきまでとは違う、取り繕ったような作り笑顔ではなく、感情がその笑顔にしっかりと溢れている
人差し指で目元を拭いながら、その顔を俺に向けてくれていた
そのまま二人に背を向けて、俺はテントに向かった
入り口をめくると、椅子に機嫌悪そうに腕を組んで座る的場ちゃんがいた
「何よ、笑いに来たの?」
「・・・いや」
一瞬こちらに顔を向けたが、また目線を外しそのまま話を続ける的場ちゃん
「情けないわよね、こんな姿みっともない。私は大丈夫よ。別に気にしてないし」
「お前さ」
「あの二人何て言ってた?気を使って何も言ってないんでしょ?どうせ二人もアタシのこと」
「お前カッコいいよ」
俺の台詞に「はぁ?」と今度は体ごとこちらに向き、眉間にシワを寄せて俺に一言そう言う
「あいつらは何も言ってなかった。ただ、俺にやりたいことを伝えてくれただけだ」
「まったく・・・おしゃべりなんだから」
「あの子の為だったんだな?」
的場ちゃんは体を元の向きに戻し答える
「ええ、だからあんたには関係ないって言ったじゃない」
「いや、関係あるんだわこれが」
「何よ、仕事と関係ないじゃない」
ポケットからメモ紙を取り出し、見せながら説明を続ける
「俺が頼まれた仕事は、この『三人を時間内に送迎してほしい』っていうものだ、なかなかに粋なプロデューサーじゃないか」
すると的場ちゃんはハッとした表情になり、その驚いた表情をこちらに向ける
「大人は信用できなくても・・・''お子ちゃま''なら少しは信用してくれてもいいんじゃないの?」
そう言うと今度はフッと鼻で笑い、テーブルに肘をついてこちらを少し笑った表情で見る
「まぁよかったわ。お前が思ってたほど・・・クソガキじゃなくて」
「はぁぁぁぁぁ!?」
と思ったら血相を変えて、椅子を後ろに勢いよく飛ばし俺に詰め寄ってくる
「だ・れ・がクソガキよ!ちょっと見直したと思ったらそれがアイドルに対して言うセリフ!?あんたねぇ!少しはレディっていうものに対してデリカシー持ちなさい!」
「まだお子ちゃまだろ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
ーーーーーーーーーー
ドライバーさんがテントに入ってからしばらくして、私たちも後を追いテントに近づく
「大丈夫かなぁ?」
「ええ、あの人なら・・・何とかしてくれそうな気がします」
桃華ちゃんの言葉を信じてテントすぐそばまで行くと、中から何やら言い争うようなやりとりが聞こえてきた
「ほ、本当に大丈夫かな・・・」
「ええ、きっと大丈夫ですわ」
桃華ちゃんが笑顔でそう答えるが、いよいよ気になり入り口をめくり中入ろうとしたその時、勢いよく二人が外に飛び出してきた
「あんたにお子ちゃま呼ばわりされたくないのよ!炭酸も飲めないくせに!!」
「苦手なだけだって言ったろ!お前もレディレディ言うならフェアレディZに乗れるようになってみろ!」
「何、車の話!?知らないわよそんなの!!」
そう言って思いっきり悪態をつき、ずいずいと梨沙ちゃんはドライバーさんに迫っていく、そんな先程とは違う普段の自分全開の梨沙ちゃんを見て私はあることを思いつき、近くでこの騒動を見ていたカメラマンさんに言った
「カメラマンさん!お願いします!あれ撮ってください!」
「え?お、おう!わかった!!」
カメラマンさんはカメラを構え、撮影を始める
二人が波打ち際で言い争い、梨沙ちゃんがドライバーさんを叩いたり蹴ったり
それをドライバーさんはあっさりかわしたり
まるで遊んでいるようだった
そんな様子をカメラマンさんは次から次へとシャッターを切り、写真に収める
「32なんかいいんじゃないか?扱いづらいところがお前にそっくりだ」
「だから何よ!さんにーって!!んな事知らないって言ってんでしょ!それにこんなことしてる暇ないn」
「はい!OK!」
波打ち際に響くカメラマンさんの掛け声に、二人はやりとりを止めこちらに顔を向ける
「最っっ高にいい表情が撮れた!これなら文句ないよ!お疲れ様!」
そう短く言い残すと、カメラの液晶で画像を確認しながら他のスタッフが待つテントまで戻っていくカメラマンさん
「え?え、え?えっ?」
まだ何が起こっていたのかがわからない梨沙ちゃんは、交互にドライバーさんと私たちを見比べながら狼狽えていた
ーーーーーーーーーー
「終わりだってさ」
バンッと、一言言うのと同時に的場ちゃんの背中を軽く叩き、俺は二人の元へ歩き出した
背中を押されて少しよろけた的場ちゃんが慌ててついてくる
「ちょっとアンタ、まだ話は終わってないわよ。だいたいね!」
「まぁまぁ梨沙ちゃん、早くテントに戻ろ!ね?ね?」
「さぁさぁ梨沙さん。みんな待っていますわ」
佐々木ちゃんと櫻井ちゃんが的場ちゃんの背中を押して歩いている俺を追い越し、テントに向かう
「ちょ、何・・・ってアンタたち何笑ってんのよ」
「別に〜」
「とても仲が良さそうな光景が見られましたので」
するとまた「はぁ!?」と二人に悪態をつこうとするが、まぁまぁと二人になだめられテントに入ろうとする
「ちょっと待って」
入る直前に的場ちゃんは二人にそう言い、自分だけテントの前に残り俺に向き直る
二人はそんな的場ちゃんを見ると、何かを察したのかテントへと入っていった
「信じていいのよね」
俺は歩くのを止め、的場ちゃんと向き合う
笑うでも怒るでもなく、真面目な表情で俺に言う的場ちゃんに、俺は答えた
「早く荷物まとめてこい。待ってるぞ」
そう言うと的場ちゃんは鼻で笑い、ベーっと俺に向かって舌を出した後テントに入る
入る瞬間、気のせいか少し笑ったような気がした
・・・さて、帰るまでが仕事だ
俺はポケットから鍵を取り出し、車に向かう
そろそろ、夕日が海に沈みかけていた
ーーーーーーーーーー
「今日はお疲れ様!普段とは違う箱だったが、よくやったな!」
「何を言ってるんですかプロデューサーさん!このカワイイボクにかかれば、どんな所でも最高のステージにできますよ!」
「でも幸子はん、一つステップ間違えそうになってはりましたえ?」
「そ、そんなことありませんよ!常にボクは全開!最高のパフォーマンスを見せようとしただけで!」
「でも楽しかったよねー!夕方だから親子がたくさん居てさ!ショッピングモールもおっきくて広かったし!」
高速道路を走る中、ボク達は今日ついさっきまでやっていたショッピングモールでのミニライブについての話に花を咲かせていた
「あ、沢山中の写真も撮ったんですよ。ねこっぴーのぬいぐるみもあって」
「え!?うそ、どこに!?私の気づかないところで!」
「ちょうどキャッツとコラボしていたみたいで、今画像送りますね」
そう言って画像を送ろうと携帯で友紀さんの送信先を探していると、外で遠くから低い唸り声のような音が響いてきた
「ん?何だ?」
プロデューサーさんも気づき、サイドミラーを確認しようとした瞬間、一瞬でその音が大きくなり、右の車線に目を向けると何かが通り過ぎ、その音が一気に離れていく。同時に四つの赤く丸いライトが前方彼方へと消えていった
「うっわ、なんだ?あの車くっっっそ速いぞ。一体何キロ出てる?」
プロデューサーさんがメーターを確認する
ボクは自分の携帯に友紀さん以外に一瞬だけ表示された送信先の名前に見覚えがあるような気がしてならなかった
「幸子ちゃんまだ〜?」
「あ、ごめんなさい。今送りますね・・・あはは」
この中に、わざわざ自分の携帯の名前『的場』にしてる人なんて居ませんよね・・・
気のせいと思うことにした
ーーーーーーーーーー
辺りがすっかり暗くなる頃に美城プロの正面玄関に着くと、ひな先輩の車が止まっていた
中から二人の小学生くらいの女の子が元気よくドアを開け飛び出してきて、それをひな先輩が運転席の屋根に手をつき見送っていた
「おねーさん!ありがとーでこぜーます!!」
「ありがとうございました!お姉さんも行こう?ね?」
相当懐かれたのか、ツーサイドアップの似合う女の子に手を引かれて、美城プロに連れて行こうとするが、ひな先輩は困ったようにその場に留まっていた
「ごめんね、私はまだ会社に戻らないと行けないから・・・」
「えー・・・」とその女の子が残念そうにしていると、ひな先輩はこちらに手を向けて女の子達に何かを説明していた
すると今度は急いで二人美城プロに戻っていく
「早く早く!」
「急ぐでごぜーます!」
そんなやりとりをしながら正面玄関を開け、本館の中へと消えていった
「はい、到着です。お疲れ様でした」
「お疲れ・・・様」
「ありがとうござい・・・ました」
大分慣れたのか、行きとは違い返事をしてドアを開け、三人よろよろと外へ出る
俺も外に出て、今にも車に乗り込もうとするひな先輩の元に向かった
「ひな先輩、お疲れ様です。すいません助かりました」
「お疲れ。よかったな、間に合って」
ひな先輩は立ち上がってこちらに向き直りそう言うと、俺の車の近くにいる三人に目を向けた
「随分と仲良さそうじゃないか」
「ええ、まぁ。仲間思いな奴らだと思います」
お互いに支え合いながら、外の風に当たって少しスッキリしたのか大きく伸びる
「私は会社に戻る。もう工場終わってるみたいだし、私もすぐ帰るから。お前も何ならこのまま上がっていい、出勤簿は明日書け」
確かにいつの間にか、定時時刻は過ぎていた
ひな先輩は車に乗り込み、運転席の窓を開ける
「ひな先輩」
「何だ?」
エンジンを掛け、ガチャガチャとシフトレバーをDに入れたところで俺は気になったので聞いてみた
「何か良いことありました?」
「・・・何で」
「どことなく嬉しそうだなぁって思って」
するとひな先輩は手で前髪を少し掻き分けて、俺から顔を逸らして答える
「今夜のロードショーがファイスピだから・・・なんじゃないの?」
「いや、質問で返されても・・・」
顔を逸らしたままハンドルを握り、指でトントンとハンドルを叩く
もしかしてひな先輩・・・ちょっと照れてる?
「まぁ、とにかくお疲れ。私は先に帰ってファイスピ観る」
そう言うとそそくさと正門から出て行ってしまった
あんなひな先輩、久しぶりに見た
「ねぇ、アンタ」
車の音が遠くなっていき、正門をボーっと見ていると、後ろから声がする
「今日は、ありがとうございました!」
振り返ると正面玄関の手前に三人が並び、佐々木ちゃんが頭を下げていた
櫻井ちゃんも丁寧にお辞儀をし、遅れて的場ちゃんも頭を少し下げる
「・・・ああ、お疲れ。楽しめよ」
そう言って、車に乗り込もうとした時だった
「ちょっと待ちなさいよ」
的場ちゃんがそう言ったので、車から離れ、三人に少し近づく
「どうした?みんな待ってるんだろ?」
「アンタ、今夜暇?」
的場ちゃんが言うのと同時に、佐々木ちゃんと櫻井ちゃんが顔を見合わせたと思うと、何かを思いついたのか俺に近づき、二人でそれぞれ俺の手を掴む
「お、おい」
「御食事は、大勢で召し上がったほうが美味しいですわ!」
「少しの時間だけ、ご一緒しませんか?」
「いやいや、きっと水入らずのほうが・・・」
俺を中に引っ張っていこうとする二人に合わせて、的場ちゃんも中に入る
「新人歓迎会もまだだったし、ちょうどいいから寄っていきなさいよ。プロデューサーには私から言っておいてあげるから」
「別に俺、美城の社員になったわけじゃないし」
「いいから来なさい!」
すると的場ちゃんは俺の背中まで回り、強引に本館の中まで押す
俺はもう逆らうこともせず三人に身を任せ、渡り廊下を渡り、エレベーターにのり、オフィスビルの一室に案内される
「凄かったんでごぜーますよ!!車がブンブンブンブン!の、ブーン!の、キキー!キュルキュルキキキー!だったんでごぜーます!」
扉を開けると、うさ耳のパーカーの子を中心に子供たちが会話で盛り上がっていた
「あ、お帰りなさい!」
「お帰りでごぜーます!」
部屋の中には、さっきひな先輩が送ってきた二人を含め子ども数人が集まり、テーブルにはオードブルの料理とお菓子と飲み物がところ狭しと並んでいた
「そのお兄さんは?」
ツーサイドアップの子が的場ちゃんに尋ねる
「みんなが言う、ヒーローさんよ」
すると子供たちが一斉に集まり、これでもかと質問攻めに合う
「おにーさんだれ?」
「どこから来たの?」
「ヒーローだけど、ベルト付いてねーでごぜーますよ?」
「いやいや、変身!とかの方じゃないからね?」
「あ、ドライバーさん!お疲れ様です!」
「プロデューサーさん、なんかすいませんお邪魔しちゃって」
意外と想像より小さいプロデューサーと子供たちに囲まれている中、三人は準備を終え、真ん中の一つだけ何も置かれていないテーブルの上にいつの間にか、ワンホールのケーキが置かれていた
「じゃあみんな、いくわよ。プロデューサーお願い」
「はいはい」
「いよいよでごぜーますね!」
的場ちゃんがプロデューサーに言うとケーキのろうそくに火が灯され、部屋の電気が消される
「はい、せーの!」
『ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア千枝ちゃーん!、ハッピバースデートゥーユー!!』
みんなで口を揃えて歌った後に、ろうそくの火が消される
電気がつくとそこに広がっていたのは、みんなからのおめでとうという言葉の嵐と、最高に嬉しそうな佐々木ちゃんの笑顔だった