仕掛けるタイミングは今しかなかった
んんっ···と唇を閉じて出方を見る
実際どう出てくるかわからない
手探りの状態だった
「では、その方向性で良いのですね。それが証明されれば、彼と···彼らを認めると」
私は資料の上に手をついて、前のめりになりながら彼らを問い詰める
どよめく会議室、しかし半分は薄ら笑いを浮かべて話を聞いているようだった
「面白い話だ。我々が見つけたドライバーよりも優れていると、非常に結構だ。是非そんな光景が見られるのならば見てみたいね」
「ならば早速彼らに···」
「その、''彼ら''が問題だと私たちは言っているのだよ美城専務」
その言葉にまた会議室がどよめく
資料を見てみたまえと言われ、言われた通りに椅子に座って資料を開いた
「わかるかね?我々が言っているのは、''青葉自動車''との取引停止なのだよ。彼ではない、彼を含む''彼ら''が問題なのだ。彼がいくら実力を見せようと、取引している限り結果は変わらない」
「しかし···」
「例外はない。問題が起きている以上、その原因を取り除く意外に最適な解決方法はないだろう」
「しかし!」
「君が彼女たちにやろうとしたのと同じことだ。改革を行うために''個性''という原因を排除しようとした君と」
「···しかし、それは···」
「自分のことは棚に上げると?随分と都合のいい提案だな専務」
言い返す言葉が出なかった
''自分のことを棚に上げる''、そんなつもりは毛頭なかった
だが実際に、自分自身に突き付けられるとここまで身を引き裂くとは
「理解してくれると、こちらとしても嬉しい。それに、''手続き''が済ませやすくなる。君も頭の悪い人間じゃない、わかっているはずだ···。彼ら意外にも優れた人間はいくらでもいるとね。···では、いいかな?専務。反論が無いということはこの案を推し進めても」
「···時間をください。まだ期日までは余裕があるはずです」
「時計の針は、待ってはくれないよ?これ以上の考えがあるというのなら、是非とも聞かせてくれ。我々も悪ではない。では、今回はこれで終了する」
そうは言っているが、その帰り支度の様子をみると、明らかにこちらをあざ笑っている
みじめだった、ここには私の味方はいない
現状が魔法のように覆ることはなかった
せっかく突破口が見えたと思ったのに、上は相当彼らのことを問題視している
だが諦めるわけにはいかない、唯一見つけた希望だった
彼の得意分野で勝負する、それなら勝機はあると思ったからだった
また電気の消された会議室に一人残される
考えるしかない
ここで考えるのを止めたら、もう上の案に頭の中が飲み込まれる
時間はもう、あまり残されていない
ーーーーーーーーーー
「···やっぱりにがい」
「はっはっは、お砂糖はいるかね?」
今西部長はアタシをからかうように笑って、キッチンの引き出しからスティック状の砂糖を取り出してアタシに見せてくる
何だか子ども扱いされているようで、アタシはぶっきらぼうに''いらないっ''と断って再びマグカップに口をつけるが···やっぱり苦いものは苦い
なんでダーリンはこんなものが美味しいって言うんだろう
カフェラテならわかるけど···大人ってまだよくわからない
アタシはマグカップを台の上へと置く
「ゆい···おこちゃま···」
この隠れ家的ゆいカフェに、新たなメンバーが最近加わっていた
遊佐こずえちゃん
アタシのことが怪しかったからと、レッスンの後に追いかけたところ、この場所にたどり着いたと本人は言っていた
今西部長も、''いやいや、お客さんが増えたのは嬉しい''と言って快く迎え入れ、たまにこうして三人で話す
こずえちゃんの話は不思議なことばかりだ
ぽわぽわしているような雰囲気だが、時々鋭く指摘してくる口ぶりに、油断ができない
「そう言うこずえちゃんにはまだこの味はわからないんじゃないかな~?ゆいはホラ、大人一歩手前だから、お勉強中なの」
「こずえは······こども····だから。お勉強の前の····お勉強中····だから····オレンジ····ジュース····おいしい」
自分の立場をしっかり理解しているように振る舞うこずえちゃん
ちゅーっとストローでオレンジジュースを静かに飲んでいるが、その視線は一体どこを向いているのか?
ぽわ~っとその目は空を右に左に追っていて、アタシを見たり今西部長を見たり、扉を見たり
本当に考えてることがわからない
「それで···こずえちゃんも知らない?ダーリンのこと」
「······しらない····だって·····こずえも·····れいじに·····会ってない·····。でんわもない······とーくもない·····くるまもみてない」
みんながそう言った
こずえちゃんだけじゃない、最近他のアイドルのみんなもダーリンを見ていない
何かおかしい、何か変だ
この前のひなさんの件から何か変だ
プロデューサーもダーリンの話になると、そそくさとその場を後にするように逃げていって、相談すらしていない
加蓮ちゃんも、琴歌ちゃんも、奏ちゃんも千枝ちゃんもみんな心配してる
プロデューサーから連絡を制限されているようだった
「でも······たよりがないのは·······いい·······たより········。こずえは········しんじる······れいじは·········ひーろー····だから」
「そんなのなんか、子どもっぽくない?」
「こずえは·····こどもだもん。れいじ······も、こどもっぽい·····から、同じ。前に······おまえのほうが······おとなかもって········いわれた」
「···確かに。ダーリンもオレンジジュース好きだし···だから、アタシが支えてあげようって頑張ってるんだっ。どう思う?こずえちゃんはアタシとダーリンのことどう思···」
気がつくとこずえちゃんは、アタシのマグカップを手に取って恐る恐る口をつけていた
そしてゆっくりと···口をつけたまま一口飲んでマグカップを置くが、その瞬間にこずえちゃんは目をギュッと閉じて、顔を歪ませて舌をベッと少し出していた
「······にがい」
「だよね~、わかるようになるのかな?」
「こずえはこずえ·······ゆいはゆい······すきなように·······おとなになればいい」
「はははっ、最近の子どもは凄いねぇ。大人顔負けだよ」
今西部長はそんなアタシたちのやり取りを笑いながら見ていた
なんだか納得いかない、これじゃあゆいのほうが子どもみたい
「おや、ちょっとごめんよ。お客さんだ」
オフィスのドアをノックする音が聞こえた
今西部長はアタシたちを残して、給湯室からオフィスへと戻っていく
「ゆいと·····ちゅーしちゃった」
「これはノーカンだよ、ノーカンノーカン」
二人っきりになると、こずえちゃんもこういうことは気にするのか、口元を押さえながらアタシにそう呟く
まだまだこずえちゃんも子どもだな
ゆいもほら、ダーリンが飲んだオレンジジュースを貰ったりしたことあるけど、やっぱりいつかは直接···ね?
いやぁ、なんつてなんつって
『今西部長、突然申し訳ありません』
キリッとした女の人の声が聞こえてきた
「せんむー?」
間違いない、美城専務だった
『おやおや、そんな顔をしてどうしたんだい?』
『実は···青葉自動車のことについて、つい先ほど会議があったのですが···』
「れいじの···かいしゃー···?むむむ···」
「しっしっしっ」
こずえちゃんが給湯室から出ていこうとしたので、慌てて引き留めて抱き寄せ、口元に手を当てた
こずえちゃんの声が小さかったから、あちら側にはアタシたちのことはバレていないと思う
なんだろう、ダーリンの会社のことで会議?
何かあったのかな
『今西部長にもご報告を···と』
『それで、何かいい返事は聞けたのかね?』
『···いえ、上の連中の意向は変わりませんでした。取引を続ける限り、彼がいかに優秀だとしても、認められないとのことです』
『そこで君は、上のほうに何と言ったのかな?その事で私を訪ねてきたのだと思ったのだが』
『はい、彼の方が優秀だと···実力を見せて彼の方がふさわしいと認めさせてみせる···と啖呵を切ったのは良いのですが···』
『その方法が見つからない···ということだね?』
ダーリンが認められない···ということは、これ以上一緒に仕事をすることが出来なくなるってこと?
どうして?なんで?何かダーリンが悪いことしたの?
いっつも色々してくれてたのに、ゆいたちの為に動いてくれていたのに···
一体何がどうなってるの?
そんなことが許されるの?
「ゆい·····だめ·····」
「こずえちゃん···」
アタシが立ち上がろうとすると、こずえちゃんがアタシの膝に手を当てて止められる
「まだ·······はなしの·······とちゅう」
ゆっくりと座り直す
アタシはまた専務と今西部長の話に耳を傾けた
『彼の実力を証明する場はすでに見つけてはあるのですが···なにぶん、認められなければ意味がない。このままでは何をしても···全く意味がないのです』
『なるほど···君も、随分と彼に入れ込んでいるようだね』
『罪滅ぼし···のようなものです』
『罪滅ぼし?』
『はい。かつて私が、彼女たちにしたようなことと同じ···、それをいざ自分に突き付けられるとここまで無力とは。それも含め···彼らを含めて、私たちにとって最善の未来を選んであげたいと···そう思っています』
『このままでは、彼は私たちの前から去ってしまう。そういうことだね』
『···はい。上はテレビ局との関係を修復したがっている、それは確かに彼女たちが羽ばたくためには必要です。ですが···それ以上に大切なことも、あると思うのです』
専務がそんなことを考えていたなんて、知らなかった
思わずこずえちゃんと顔を合わせる
厳格で真面目で、仕事のことしか考えてないと思っていたけど、私たちのこともちゃんと考えてくれてたんだ
テレビ局···たしか、智絵里ちゃんと瑞樹さんがそんな話をしてたような···
『そこまで考えているなら、きっと、その想いは彼女たちにも届いているはずさ。きっと良い方向に向かうよ、きっとね』
『そうでしょうか』
『ああ、そうとも。私たちは、同じ部署で働く仲間だよ。今回は心を一つにして、頑張ってみようじゃないか。そうすれば、未来はきっと変わっていく』
ダーリンがいなくなる···
何とかしないと、そんなの絶対にダメ
もう絶対絶対ダメ
『···わかりました、ありがとうございます。すみません、お忙しいところ』
『いやいや構わないよ。ちょうど、お茶をしていたところさ。一人で考えていても始まらない、また彼らのところにも行ってみたらどうかね?』
『そうですね、なるべく近いうちに』
それだけ言うと専務はオフィスから出ていったようだった
完全に音がしなくなるのを確認すると、アタシはこずえちゃんを連れてオフィスへと入っていく
そこには、さっきとは違い少し難しそうな顔をした今西部長がいたのだった
「あの、今西部長。ダーリンはどうなっちゃうの?いなくなるの?ねぇ?ゆいそんなの嫌」
「まだそうと決まったわけじゃないよ。だがどうやら、今度はみんなで協力する必要があるみたいだね。大丈夫さ、きっと何とかなるよ」
今西部長はそう言ってくれたが、アタシは心配だった
早くみんなにも知らせないと、心ばかりが沸き立っていく
アタシはすぐにこずえちゃんとオフィスを飛び出した
ダーリン、大丈夫
今度はゆいたちが助けてあげる