重々しい空気の中、私は話し始めた
冷静に聞いてくれたのは幸いだった
私として打ち明けるのは辛かった
今西部長も背中を押してくれたが、不安だ
苦しい状況なのには変わりなかった
「とすると、このままだったらどうやっても専務の上の人たちは零次を認める気はないってわけですね」
夕日が差し込む中、目の前に座っている蘭道さんがまずそう言って、腕を組んで考え込む
実質、もうあなた方の会社は必要ないと烙印を押しているようなものだ
その心の中は複雑だろう、相当失礼な事を言っている
何を言われても覚悟は出来ていた
「···そうか。その上層部はわかっていないわけだ。一年ちょっと前のあの元凶がこっそり戻ってきてること。それを局側が上手く隠して、また女の子たちに手を伸ばそうとしてること。その為に···利益の減少という事実を直接ではなく、ほんのりほのめかして邪魔な私たちを排除しようと動かれてること。上手くしてやられてるもんだな、表面上は相手の局はお行儀良く見えるように動かれている」
蘭道さんも今回ばかりはどうしたらいいものかわからないようだった
「···そっか、プロドライバーねぇ。それだけの人なら''運転手''としては申し分ないわ。経歴に箔がついてるから、運転関係の仕事なら引く手あまたね」
ソファーの後ろに立って話を聞いていた海道さんも、悲しそうな顔をしている
全く無関係な間柄に戻るということも説明した
もうこれまでのような関係には戻れないということも重々説明した
説明すればするほど私の心は締め付けられていった
希望はあるのにそれをやったところで無意味だということも
「···そうですか」
海道さんの隣で壁に寄りかかって聞いていた彼も、そのまま黙ったままだ
最初こそサーキットの話を持ち出した時には反応を示したが、話が進んでいくにつれ考え込んでいった
「···というわけで、私からの話は以上になるのですが、後は···青葉自動車ご本人たちの意見をお聞かせ願いたいのです」
最低な返答だった
自分ではどうしようもできないと、答えを相手に丸投げしたのだ
ここまでされたら見切りをつけられてもおかしくない
どう答えが返ってくるかと身構えていると、蘭道さんの視線が私から彼へと移っていったのだった
「だってさ零次。お前はどうしたい?」
意外だった、罵倒されるかと思ったら、蘭道さんは北崎君に話を振る
その口振りは···なんだか確証があるような、彼に何かを期待しているように話す
「アイドルの皆がピンチだ、この会社にいたら助けられるものも助けられない。さぁどうする、このままだったらそのテレビ局に何されるかわからない。専務さんも相当困ってる」
「蘭道さん?」
まるで彼を試すような言い方をしている
「零次、私たちはもう大丈夫だ。お前の恩は十分感じてる。後はお前のやりたいようにやるんだ。これはもう、お前にしかできない。私には満足な運転はまだ無理だ、姉さんにもあそこまでの戦闘力がある車は今はない」
「でも···姉さんは?」
「もう十分よ、困ってる人を見捨てろなんて教えたつもりはないしっ。それに、智絵里ちゃんたちとも友達になれたしね。どうなろうと後悔はなし!思いっきりやってきなさいな!」
「い、一体何の話を···」
私は話についていけなかった
三人を見比べるようにうろたえる私に彼は言う
「もううちの会社としては手出しが出来ません。だからといって俺も、あいつらを見殺しにはできない。そんな気にはとてもなれない、無かったことにするには···関わりすぎましたから」
「しかし、このままでは上も納得しない。この会社と契約している以上···」
「はい、そうです。専務の言う通り、俺がこの会社にいる以上は取り合ってくれないでしょう。だから、前々から考えてたことを···実行するだけです」
彼のその言葉に、蘭道さんも、海道さんも、まるでそう言うのをわかっていたかのように頷いていた
その時、タイミングよく青葉社長が戻られた
私は頭を下げると、社長も何となくその状況を察したのか、私を除く四人が互いに目を配り、私と向き合うのだった
「美城専務、私の会社の社員のことで何やらお騒がせしてしまい、申し訳ない」
「全くそんなことはございません。問題なのは私の会社の上の者たちです。あなた方は何も悪くない、頭の固い上の連中が真実を知らないばかりに、大変失礼な事を申し上げなければならなかった」
社長はこんな私を責めるばかりか、自分の事を悪いとおっしゃった
本当にそんなことはないのに、立派な方だった
社長は蘭道さんの隣に座ると、改めて話を切り出す
「さて、もう彼の心は決まっているようだね。零次君、君はそれでいいんだね?」
「···はい、俺はもう大丈夫です。できるだけの事は、してみるつもりです」
「というわけだ、専務さん。彼なら大丈夫、きっと力になってくれるよ」
「しかし···このままではどうしようも···、一体彼は何を?」
「俺は、この会社を辞めます」
ーーーーーーーーーー
「え···、じゃあ、もうレイさん···ここに来ないってこと?」
レッスン終わりのレッスン室
トレーナーさんがいなくなった後に、ゆいたちは少し集まって話をしていた
最初は未央ちゃんや卯月ちゃん、凛ちゃんや加蓮ちゃんたちと話していたが、話が進む度にまわりで帰る支度をしていた他のアイドルたちも集まり始めていた
「うん、なんかわかんないけど···テレビ局がどうとかって」
「あいつら···っ!」
「まぁまぁ瑞樹ちゃん、どうどうどう。ここで怒ってもどうしようもないからさ、ね?」
怒りの表情を浮かべる瑞樹さんに、それを押さえる早苗さん
「でも、零次君、何も悪いことしていないのに···」
「楓さんの言う通りだよ、零次さんは何も悪いことしてない。私たちの話もちゃんと聞いてくれたし、あっち連れてってとか我儘言っても聞いてくれた···なのにさぁ、悪いのはあっちじゃん。なんでそれが分かんないのかな大人ってさぁ···!」
「加蓮···」
怒りに震える加蓮ちゃん、それをなだめる奈緒ちゃん
その隣で無言で拳を握る凛ちゃん
みんな言いたいことは一緒だった
だけど早苗さんの言う通り、ここで怒ってもしょうがない
「でも、零次さんなら何とかするよね?きっと今回も···ね?いなくなったりしないよね?···ね?梨沙ちゃん」
「アタシに言われたって···わかんないわよ。ふんっ、別にいいわ。あんな生意気なやつ···せいせいするもの」
「梨沙ちゃん、そんな言い方···」
「ダメでごぜーますよ!零次さんがいなくなったら寂しいでごぜーます!時子さまー!なんとかしてくだせー!」
「私に振らないで、豚の調教を間違ったのならそれは調教師の責任よ」
仁奈ちゃんは時子さんに迫り、千枝ちゃんは梨沙ちゃんに話し掛ける
梨沙ちゃんは冷たくあしらっているように見えるが、その声は沈んでいていつもの元気がなかった
みんな元気がなくなっていった
せっかく今日だってスケジュールを合わせての合同練習だったのに、アタシだけなんだか元気がなくて、それを見抜かれたのが始まりだった
何とかするとは言ったものの、やっぱりどうしたらいいのか悩んでしまっていたのだ
アタシができることなんて何があるのか、そんなことばかり考えてしまう
「···大丈夫だよ、きっと大丈夫!零次さん、いつも何とかしてくれるもん!私たちのこと、助けてくれるもん!だから今回もきっと···きっと大丈夫!」
「···そうだねっ!ささちーの言う通り!いやー、未央先輩としたことが、年下に活を入れられるとは···!レイさんのことよく知ってるね~ささちー。なんだかアヤシイぞ~、この前なんか一緒に出かけたとかいうタレコミが···」
「いや、あの、そういうわけじゃないんです···!あくまで、そう、いっぱんろんとして···!」
「一般論ねぇ~」
茶化されながらも反論する千枝ちゃんに、まわりが少し明るくなっていった
瑞樹さんも早苗さんと一緒になって笑っている
でも、どうしよう
結局ダーリンの為にできることってなんなんだろう
ゆいたちが今するべきことってあるのかな
こんなことダーリンに言ったら、精一杯アイドルしておけって言われそう
「でもさ、レイさんを認めてもらうってどうやって?だって、このままレイさんが会社にいたら346プロと取引できないんでしょ?」
その場にいたみんなの視線がアタシに集まってくる
「ゆいが聞いたのは···うっすらだけど、サーキットがどうとかって···」
「サーキットって、車の?」
「うん、何するのかは···ゆいもわからないけど」
アタシもさらっとしか聞いてないから、凛ちゃんにもそう言うしかなかった
「車···、サーキットに行って車っていったら、アレしかないんじゃないのか?」
「''アレ''でごぜーますか?」
「競争するってこと···だよね?」
「それなら大丈夫でごぜーますね!零次さん得意でごぜーますよ!ブーンッて!」
車の気持ちになっている仁奈ちゃんと、それを競争と聞いて心配そうに見つめている千枝ちゃん
ダーリンの得意なこと···奈緒ちゃんが言ってることが本当なら、それならアタシたちは毎日のように見てきたから確かに勝機はある
でも、やっぱり未央ちゃんの言う通り、ダーリンの···青葉自動車にいる限り、いくらダーリンが頑張っても、346プロは認めてくれない
そんな時、瑞樹さんと早苗さんがボソボソと小声で話しているのが聞こえてきた
「···いや、それはいくらなんでも···」
「わからないわよ?あの子ならそれくらい考えてるかも。シルヴィアちゃんの時のこともあるし···それしかないもの」
アタシは気になったので、千枝ちゃんたちの輪から外れて、瑞樹さんたちの方へと近づいていった
「あの、''それしかない''ってどういうことですか?」
「もしこのまま会社が認めないって言うんだったら、零次君は一人になるしかないってことなんじゃないかって、早苗ちゃんがね」
「あの子···きっと助けようとすると思うのよ。私たちのことをねんー、なんていうか、他の男たちとは違う目で見てるような気がすんのよねー。それで何となく、会社を辞めてでも助けに来そうな感じ」
「会社を辞める···」
確かに、それならダーリンは一般人に戻るわけだけど···でもそれじゃ、お仕事どうするんだろう
いくらなんでもそれは···でも、ダーリンならやりそう
それならまた新しいお仕事探さなきゃだよね?
「ま、そんな零次君の才能を評価して本採用でどこかの会社が雇ったら、これまで通り過ごせるかもしれないけどね」
その言葉を聞いて、アタシはピンとくる
そうか、ということはつまり···
「零次さんが346プロに就職するってことだよね。そうすれば、私たちと一緒にいても何も変なことはない···!」
「なるほどでごぜーます!梨沙ちゃん!良かったでごぜーますね!もっと喜ぶでごぜーます!」
「アタシはどうでもいいわよ。ふんっ、そんなのうるさくなるだけだわ。鬱陶しいったらありゃしない」
そうは言っているが、梨沙ちゃんの声に覇気が戻ってきてなんだか嬉しそうにしていた
良かった、これならまたダーリンと一緒いられる
きっとレースに出ても、ダーリンのテクニックなら絶対に負けない
大丈夫、専務の上司も認めてくれる
だってそれならどこにも文句の付けようがないんだから!
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「無理だな」
専務が帰ってから、俺たちは事務所を閉めて、職場懇談会が行われていた
ひな先輩を主導として、この作戦の為の計画を練っているが、ひな先輩にピシャリと言われる
専務が言っていたのは、約一ヶ月半後に行われる一般人も参加可能なサンデーレースのことで、プロからアマチュアまで様々なドライバーが入り混じり、有名なサーキットで行われるガチなやつだった
下位の人たちはスポーツ走行を楽しんで行うジョギングのようなものだが、上位の連中はガチもガチ、人も車も火花を散らして競い合うレースになる
その迫力たるや、競り合いを挑もうものなら、見ているこっちですらバチバチにやり合ってるのがわかる程白熱したものになる
生半可な覚悟じゃ下手をすればサーキットに飲み込まれて潰れてしまう
しかし、ひな先輩が言っているのはその部分ではなかった
「このままじゃ戦闘力が低すぎる」
レースに出るにあたって、どうしても速い車が必要になるわけだが、俺のじゃ無理だ
姉さんたちの車もあるといえばあるが、どうも二人の車は極端に性能が偏り過ぎていて、''その分野''では優れているがサーキットなどのストレートやコーナーが複合された場所ではそれが牙を剥く
姉さんのは普通の車より全然曲がらないし、ひな先輩のはリヤのタイヤが滑り過ぎて全開にすると全然真っ直ぐ走らない
どちらも本人にしかコントロールできない
そもそも今は二台ともお蔵入りになってしまっている
それに、ある条件を突き付けられてしまっていた
「いくら元々姉さんの車だったとはいえ、ただの2.5リッターNAのマニュアルじゃ限界がある。付け焼き刃でターボを付けたとしても、他でバランスが取れてないから走行性能で差が出る。ブレーキもノーマルだし」
ということで、俺の車を使うことになるんだけども···、今ひな先輩が言った通りだ
俺の車はマフラーを変えたりなんなりしてうるさくはなってるけど、それはスポーティーであって''スポーツカー''ではない、ただの四枚ドアのセダンである
それが、他のガチガチに弄ってきた車と競うなんてしたら、結果は明白だった
「だから、どうしても別な車が必要だ」
「でもひなちゃん···ねぇ?」
だったら他に速い車なりなんなりを見つけてくればいいのではと思ったのだが、専務が上から俺たちに言われた''ある条件''がここでいい具合に効いてくるのだ
それは、''今乗っているのと同じ車でレースに出ること''というものだった
我々の案を蹴ってまで専務が推す人物なのだから、それくらいでなくては困ると言われたのだそう
それはいくらなんでも···
「古い車だし···34セダンで他に程度がよくてそこそこ速い車なんて、もう数えるくらいしか残ってないよ~···てか存在するのかしら。このネットに残ってる中古車だって···ふっつーのセダンだろうし。しかもオートマ」
姉さんもマウスをカチカチ動かしながらパソコンのディスプレイとにらめっこしているが、そんな奇跡みたいな車が見つかるわけがない
そこそこ人気あるし
「ふんっ、誰がセダンで勝負するって言ったのさ」
ひな先輩が姉さんの座っている後ろまで来て、同じようにディスプレイを覗き込んでそう言った
「だって~···、''今乗っているのと同じ車''で勝負しろって専務さんの上司が言ったんでしょ~?そこは守らないと立場が···」
「その上司が言ってたのは今乗っているのと''同じ''車でしょ?''今乗っている車''とは言ってないじゃん」
「ってことは~···、う~ん···えっ、ひなちゃんマジ?」
「マジ」
姉さんが何かを思い付いたのか、ひな先輩と顔を見合わせていた
俺はそんな二人の様子をずっと見ていたが、まだ何を考えているのかわからなかって
「えっでも···、そんな車あるの?」
「もう時間がない、ある程度完成している車じゃないと間に合わない。それに、これしか勝機がない」
「同じ車···っていうかな?それ」
「型式は一緒だもん、何も間違ってない」
「今いくらすんのアレ」
型式は一緒、というひな先輩の言葉である車が脳裏に浮かんだ
確かに···同じ車は同じ車だけど、姉さんが迷う気持ちもわかる
姉さんたちがディスプレイとまたにらめっこを始めてその車を探し始めるが
マウスが止まったところで姉さんは頭を抱えていた
俺もディスプレイを覗き込みにいくが、見た瞬間にディスプレイから顔を逸らす
「もし買うならスポンサーが必要なレベルだな」
他の車とは一桁違う値段がしていた
専務が、お金が必要ならある程度援助はすると言ってはくれたが···これはいくらなんでもダメだ
「だが、他に考え付かない。零次も乗りなれているだろうし、十八番(オハコ)だろう?買えないなら、探すしかない」
やはり人を当たってみるしか方法はないだろう
それに、見つからなかった場合のことも考えておかないといけない
その時だけはもう、腹を括るしかない
時間はもう、あまり残されてはいないのだから