ヘイ!タクシー!   作:4m

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13 水平線の幕開け

浮き上がっていく車とリフト

まるで一つの鉄の塊である

車とは考え深い、見方によって姿を変える

 

「すごい、リフトで上げてもドアが開く」

 

少し浮き上がったリフトによじ登り、ひな先輩が車のドアをバタンバタンと開け閉めしてその感触を確かめていた

 

「零次さん、ひなさんの言っていることはどういうことでなんでしょうか。リフトで車を上げたこととドアが開くことは関係があるんですか?」

 

純粋な疑問なのか、ありすはその真っ直ぐな瞳を俺に向けて話し掛けてくるのだった

 

「ああ、これだけ昔の車で、しかもこいつみたいに重い車体だとフレームやボディーがへたって、リフトで上げると車体全体が歪んでドアが開かなくなったりするんだ。それがキチンとドアが開くってことは、へたりが少なくて剛性が高いままのいい状態ってことだ」

「''ごうせい''が高いと何か良いことがあるんですか?」

 

中々にありすも突っ込んでくる

 

「剛性が高いってことはコーナー···、まぁ曲がる時に車が''ヨレ''ることなくしっかり路面に踏ん張ってくれるから旋回性能が上がる。これはめちゃめちゃ大事なことだ」

「旋回性能が上がることがそんなに大事なんですか?スピードが出ればいいのでは?」

「···お前も好きだな」

「興味があるだけです」

 

タブレットを胸に抱き締めながら、ありすは尚も俺に質問を投げ掛けてくる

しかしそれを理解するには、車の基本的な動きである''走る''、''曲がる''、''止まる''を理解しなくてはならない

それも免許の教習所で習うような日常的な使い方ではなく、相手を追い越すため、そして勝つための技術として理解する必要がある

根本的に考え方が変わってくるのだ

 

「それは後で教えてやる、ほら、見てみろ。GT-Rの下廻りなんて中々見れないぜ」

「ありすちゃんはラッキーだよ」

「は、はぁ···」

 

キョトンとしたような顔をして、降りてきたひな先輩が操作しミシミシッと音を立てながら上がっていくリフトを見ているありすだった

 

千枝たちが来た次の日から、いよいよ作業が始まった

まずエンジンが掛からない原因の究明と、必要な部品の捻出、それに伴うスポンサーの捜索だった

古い車だ、必要な部品が何かわかったとしても、既にメーカーがその部品の製造そのものを止めてしまっている場合が多い

そういった場合はインターネットを利用してありとあらゆる場所から探し出す必要があるが···

 

「零次サーン、カムカムー」

 

上のバルコニーから俺を呼ぶ声がした

顔を上げてみると、あきらが手をこまねいて俺を呼んでいる

 

「見つかったかー?」

「詳しいことは上で話しマース」

 

それだけ言うとあきらは顔を引っ込めた

ひな先輩とありすを残して俺は上に上がっていくと、その先のリビングの辺りに···いたよいたいた

俺を見つけるや否やドヤ顔を向けてくるピンク髪のダボT女に、パソコンに向かって何かを調べているあきら

正反対の行動をしている二人が揃っている

 

「これなんですが、間違いない感じデスか?」

 

あきらはリビングのテーブルの上に置いてあるノートパソコンを少し回転させて、その画面を俺に見せてくる

そこには俺が頼んでおいた部品の写真がズラッと並んでいて、教えておいた型式も商品の説明欄に書いてあったから間違いない

 

「さすがだ、こういうのは若いやつに頼んだほうが早いってのがわかる」

「自分も結構ネットで物探したりするんで、調べ方は何となくわかります。SNS使うともっと見つかると思いマスが···」

「いや、十分だ。これで何とか探せると思う」

「凄いでしょ~、ぼくのゲーミングノートPC。いや~まさかこんなところで役に立つとはね!もっと褒めてくれてもいいんだよ?ほらもっとぼくを褒めて···ちょっ!褒めてくれてもいいじゃんかぁ!」

 

とりあえず、モノは間違いないので必要な事だけ教えてあきらにその中でもできるだけ良質な物を選ぶように言っておく

一方りあむが俺の腕を引っ張りながら褒めろ褒めろとうるさいので、後で牛丼奢ってやるからと言ってやると、ニコニコしながらあきらの方へと戻って行った

確かにあいつのおかげでパソコンを揃えることができたから感謝はしてる···が、だから何も言い返せないのが胸に引っ掛かる

 

「零次ー」

「はーい」

 

下からひな先輩の声がしたので階段を降りてリフトへ向かう

 

「悪いけどー、''下''も見てきてくれない?」

「あ、はい。ありす、ひな先輩を頼む」

「任せてください。この前のプレミア試写の時に動き方は勉強済みです」

 

お前より頼りになるかもな、というひな先輩の激励にありすも俺に満足げなを見せるのだった

 

ひな先輩に言われた通り俺は''下''に降りて様子を伺いにいく

螺旋階段を降り、防音仕様の重い扉をゆっくりと開けていくと、中から声が聞こえてくる

 

「うーん、ここがこうだから~···あれ~?夕美ちゃん、またちょっといい~?」

「あ、愛梨ちゃんちょっと待ってください···!えっと、えっと···あ、ここですね。私もちょっと···あ、あった!やっと見つけた!」

 

入り口側に背を向けて、地下ガレージ内のリフトも何もない一角にブルーシートを引き、その上で本とその本に折り畳んで閉じられている紙を伸ばして床一面に並べて、アイドルの中では比較的頭のいい部類の''はず''の大学生組が、スカート姿にもかかわらず四つん這いになりながら一生懸命に頭を捻っていた

 

「美空さ~ん、見つけましたよ~」

「ありがと~、そしたらそこプリントアウト···あらレイジ君!」

 

ガレージ奥の測定ラインの中から姉さんが出てくると、俺の姿を見つけて声を掛けてくる

するとその声に気付いた夕美と愛梨は勢いよくこちらに振り向いた

何だか目を見開いて目玉をギョロギョロ動かし驚くような表情をしたと思ったら、こちらに向けていたお尻を手で覆いながら立ち上がって体をこちらに向けると手で服装を整えるのだった

 

「大丈夫だ、見えてない」

「もうっ···!」

「そういうことじゃな~いっ!」

「あら~、レイジ君のエッチ~」

 

ここでは姉さんの指示に従い、これからの整備やチューニングに必要な資料を探し出している途中だった

確かにネット上にも車の触り方は様々な車種のものがいくらでも載っている、しかしそれは正しいものもあれば順序が間違っているものもあり、内容も詳細なものから文章一、二行で終わるものまで様々である

簡単なことならまだいいが、重要な箇所となるとやはりキチンとした整備要領書が間違いない

 

「で、見つかったんですか?配線図」

「おかげ様で!やっぱり若いっていいわね~、私どうも物探すのって苦手で~」

 

ブルーシートの上に広げられていたのは、表紙に''スカイライン''と書かれていた整備要領書、その題名の下には小さく''BNR34''という型式が書いてあるから間違いない

そこにはページ一面にエンジンルーム内部のイラストと、そこに収められているパーツの名前が事細かに書き記されていた

 

「お前たちもよく探したな」

「全部私たちがやったわけではないんですよ。美空さんに''ここの中から''って教えていただいたからわかったもので···」

「もうこの''配線図''っていうのが大変で~、やっと見つけました···ここ、この部品のところ!」

 

部品について書かれているものとは別に、電気で動く部品の配線について書かれているものが配線図である

大元の電源からどのように配線が伸びて、どの部品に繋がっているのか、これがわからないとたとえ正しく部品を取り付けたとしても正常に電気が回らず動かないことがある

 

この頃も今も車を制御しているのは搭載されているコンピューター

そこからの電気信号を正しく伝え、正しく部品が動くことで車は走る

 

「もう今は整備要領書なんてパソコンで見れるでしょ?だから久しぶりなのよ、この本のタイプって。私もやることあったし、二人がいてくれてとっても助かっちゃった!」

「イグニッションコイルから···クラセンとカムセン、ここエンジンコントロールの部分だな」

「私たちには何が何だかわからないんですが···美空さんが探してたところは見つけました!この線がここから伸びて、こっちへ行って、それがこっちへ行って···」

「そして夕美ちゃんのところから私のところへ来て、ここでゴールです!」

 

配線図の折り畳んでいたページを目一杯開き、ページの上のバッテリーのプラスから始まる細い線を下に追っていく

その線が途中で別れ、さらにその線が途中で別れていくつもの電装部品へ繋がっていき、最後はゴールのボディーアースへと落ちてそこからバッテリーのマイナスへ帰っていく

 

その何十本もある配線の中から必要な一本を見つけるのは時間が掛かる作業だ

姉さんも猫の手も借りたいだろう

 

「大変でしたよ!最初は何が何だかわからないしっ!」

「あ、ああ」

「ほら、ここも裏のページまで伸びてて、コピーして繋いでやっとわかって~、見てくださいここ、零次さん聞いてます~?」

「わかった、わかったから。お前ら近い、離れてくれ。なんでお前たちはそんなパーソナルスペースが狭いんだ」

 

俺が座って見ていると、夕美と愛梨がしゃがみこんで説明してくる

千枝やみりあと違い体つきが大人のそれと一緒なので、二人が近づいてくる度に体のありとあらゆるパーツが密着してきて、肌を出してるもんだから体温も伝わり、いい匂いもしてきて暑苦しい

二人の肩を押して少し離すが、またすぐに寄ってくるのだ

 

「よし、わかった、わかったよ。ここはお前たちに任せる」

「でも、私たちだけで出来るか不安で···」

「人手が足りなかったら今度俺が言ってみくにゃんでもぶち込んでやるから。それに、こういう場合は一人で抱え込むもんじゃない。素直にわからないって言えばいいんだ、そもそもわからなくて当然なんだから」

「そうそう!私が言ったところを探してくれるだけでも大助かりなのよ!ホントこういう時って猫の手も借りたいくらいだから。明日は拓海ちゃんも来てくれるっていうからさらに助かっちゃう」

 

夕美と愛梨に、お前たちもいずれ苦労が分かると言ったが、まだいまいちピンとは来ていないようだった

姉さんのが終わったら次は俺たちが上で交換しようとしている部品の配線を探してくれと頼むと、また二人は四つん這いになって配線図とにらめっこを始めた

 

とりあえず今のところ、どこの部門も順調に作業が進み始めたようだった

地下から出て螺旋階段を上がっていくと、ひな先輩たちもリフトで上がった車の下に潜り、エンジンルームを保護しているアンダーカバーを外し終えたところのようで、二人してペンライトを構えて下から覗き込んでいる

 

「何かわかりましたか?」

「やっぱりセルはダメそうだ。S端子もほら、もう朽ち果てそうでボロボロ。配線もそうだがここまで古いとセルの内部も怪しい、やっぱり今後を考えるとここは交換したほうがいいだろうな。エンジン降ろした時にフライホイールも見て、それ以外は···ノーマルで綺麗だ」

「···なるほど」

「···どうしたんですか?ノーマルってことは何も変わってないってことですよね?いいことではないんですか?」

 

ありすがペンライトの光を消して、俺たちの反応が気になったのかそう尋ねてくる

そう思うのも無理はない

 

「そうだ、ありすちゃんの言う通り。この車の良いところはノーマルで綺麗なことだ」

「では···悪いところがあるんですか?良いことだと思うんですが」

「いい質問だな、ありす」

「そう。悪いところは、''すべてノーマルで綺麗なこと''だ。チューニングパーツが一つもないから、全てイチから始めなきゃならない」

 

ひな先輩がそう言った瞬間、ありすも何となく察したのか'ああ···''と首を数回縦に振っていた

 

そう、エンジン本体やらターボのタービンやらパイピングやらラジエーターやら、どっからどこを見てもディーラーが売った状態そのまんまでとっても綺麗

マフラーもほんの少しだけサビがあるだけで、コレクターにとっては超がつく一級品だろう

親父もよくこの状態を保っていたものだと思った、ボディーの状態を見てもたまに洗車もしていたのだろう

 

しかし、そうなると本当に道のりが長くなる

せめてエアクリーナーのフィルターひとつでも変えてくれてれば良かったんだけど

 

「でもそうなると、言いにくいんですが···お金のほうがかかってしまうのでは···」

「いい質問だな、ありすちゃん」

 

今度はひな先輩がそう言うが、そのひな先輩の視線は俺へと向けられる

ありすもそれを不思議に思ったのか、その視線はひな先輩に向いたあと同じように俺に向けられた

 

そうだ、この車は趣味で改造するわけじゃない

レースに勝つためにエンジンなどの機械はもちろん、シートからメーターからありとあらゆる物を変えに変えまくる

そのレベルまでいくとそう、スポンサーが必要な金額に達してしまうのだが

 

「···もうちょいで来ると思う」

 

そのありすの疑問に応えるように、その瞬間ガレージのインターホンが鳴って···いや、鳴ったと同時にその扉が叩かれた

 

『零次様ー!参りましたわー!開けてくださいませー!』

 

外からガレージ内に響くほどに元気なお嬢様の声がする

 

今回ばかりは、この人物を無下にするわけにはいかないのだ

この改造プロジェクトになくてはならない重要な人物

俺はその人物に言われた通りにガレージの扉を開けて差し上げた

 

「いらっしゃい」

「失礼致しますわ!」

 

何やら大きなダンボールを両手で抱えながら、そのアグレッシブお嬢様は俺に続いて礼儀正しくガレージへと入ってくるのだった

 

「琴歌さん、こんにちは」

「ごきげんようですわ!ありすちゃん!」

「いらっしゃい、今回は本当にありがとうね。なんとお礼を言ったらいいやら」

「いえいえ!仲間が困っているんですもの、私に出来ることをしているだけですわ。父も何かあったら遠慮なく言ってくれとおっしゃっていましたので、どうぞ!遠慮なく!ね?零次様」

 

そう、今回の重要な鍵を握っているといっても過言ではないこの人物

西園寺グループのご令嬢、西園寺琴歌

さっきありすが言った通り、今回のチューニングはパーツが高騰しているのもあって突き詰めると信じられないほどのお金が掛かる

いくら専務が少しは見てくれると言ったとはいえ、そこまで迷惑を掛けるわけにはいかない

 

どうしたもんかと迷っていると、どこから聞き付けたのか琴歌から、いや、西園寺家から俺にお呼び出しがかかった

何か気に触ることをしたのかと緊張しながら西園寺家の屋敷に赴くと、開口一番、社長···琴歌のお父さんは俺に言うのだった

''水くさいじゃないか北崎君、ディナーを共にした仲だろう?''と

 

きっとこの強引さは親譲りなのだろう、そこからトントンと話が進んでいった

さすがに悪すぎるとお断りすると、この車がどうなるのか見てみたい、半分は私の趣味なのだとゴリ押しされた

それに、夏に自分の娘の我が儘を聞いてくれたお礼だとも言っていた

 

もう俺が口を挟む隙はなかった

俺が反論できないように完璧に計算されつくしていた

 

「あ、それと食材を買ってきましたので、キッチンをお借りしますね!すぐに響子さんも来られて、皆さんに昼食を作ってくれると」

「それは楽しみだ、ありすちゃん、すぐに作業を終わらせよう」

「はい」

「響子ちゃんのお昼って聞こえた!」

 

響子の料理は評判なのか、上にいる二人もありすも何だか嬉しそうに作業に戻っていく

 

しかし、ありがたい

響子といい琴歌といい、みんなここまでよくしてくれるとは

俺は琴歌を手伝うようにダンボールを持とうとすると、琴歌がみんなから見えないように手を添えられた

 

「それと、お父様からこれを」

 

ボソッと呟く琴歌のその手には一枚のカードが握られているのがわかった

チラッと見てみると、そこには黒一色の非常にシンプルなカード

クレジット会社の名前だけ書かれた、簡単な物に見えたのだが

 

「限度額はありません、好きに使っていいから···と。それと、娘をよろしく···とも。あ、最後に、今夜またディナーでもどうかと言っておられました。私と一緒に参りましょう?ね?」

 

それだけ俺の耳元で呟くと、琴歌はうふふっと嬉しそうに微笑んで螺旋階段を登っていくのだった

 

「零次さん?どうしたんですか?」

 

気が付くと、響子が後ろにいた

 

「···いや」

 

どう説明したらいいかわからなかった

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