ヘイ!タクシー!   作:4m

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14 水平線の団結

改造とは奥が深い

経験を詰めば詰むほど恩恵がわかってくる

中々決まった形が存在しない

色々なアプローチがあるからだった

 

「もうちょい、もうちょい、もう···ちょい、はい、ストップ」

 

それが普通の人がやるタイヤの交換だったり、ちょっと詳しい人ならサスペンションを交換したりエアクリーナーエレメントを毒キノコと呼ばれるものに交換してみたり

大なり小なりはあれど、苦労に見合った恩恵を受けられることに代わりはないのだろう

 

「ドンピシャだ、ありすちゃん。そのままロックを掛けておいてくれ、私はボルトを外す」

 

しかし、それはあくまで世間一般的に言う''普通の人''がやった場合であって、俺たちのような工具も機材も知識も、職としての整備の経験もある者が全てを完璧に整え、戦闘マシンとして車を完成させたらどうなるのか、俺は未だその領域を自分で経験したことがない

 

「零次さん」

「ん、おう。何だ」

「ひなさんが呼んでいます、早く行ってください」

 

ガチャ、ガチャンッと、ありすがリフトのレバーから手を離すと、リフトが落ちないようにロック用のツメがリフトの支柱にかかった音がして、ミシミシッと車が少し揺れた

それにしても、ありすは何だか手慣れている気がする

この前の試写会の時にうちに勉強しに来ていたとはいえ、意外とこういうことが得意なのかもしれない

 

「ああ、零次。悪いけど、ハーネス押さえててくれ。マウント外すから」

「わかりました」

 

言われた通りに、エンジンの周りを走っている電気配線の太い束であるハーネスを手で押さえてスペースを作ると、車の前側からひな先輩がエンジンルームの中に手を突っ込んでいく

 

「うーんしょっと···ありすちゃん、19のディープとラチェット」

「はい」

 

ひな先輩の後ろにあるキャディの上から、カチャカチャと金属が擦れる音と共に、言われた通りの工具を取って渡していた

 

「ロングのエクステもお願い」

「はい、リフトの高さは大丈夫ですか?」

「大丈夫。またレバーの前に行っててくれる?」

 

指示された通りにテキパキ動くありすと、最早当たり前のように指示を出すひな先輩

なんだか似た者同士で息が合うのか黙々と作業を進めていた

 

「将来有望だな」

「あいつアイドルなんですけど···」

「何もできない奴よりはマシだ」

 

将来どうなっていくのか不安だ

ハーネスを押さえながらありすを見てみると、何か不満でもあるのかと言いたげに視線を飛ばしてくる

触らぬ神に祟りなしだ、何も言わないでおこう

 

「···よし、マウントを外す。ボルトをキャディの上に置いてくれ。これと、これと、これだ」

「はい」

 

一旦ハーネスから手を離して、ひな先輩からマウントボルトを受け取ってキャディの上に置いた

キャディの両脇にはキャスターがついている移動式の三段ワゴンがいくつか並び、そこには今と同じように外した部品やボルトが順番に置かれていた

 

冷却水を冷やすためのラジエーター

ラジエーターに風を当てる電動ファン

ラジエーターからエンジンへと繋がっているゴムホース

ターボで加給した空気を冷やすインタークーラー

エアコンのガスを冷やすコンデンサーなど、エンジンを降ろすのに邪魔な部品が外されて、その横にはその部品を固定していたボルトが転がっていた

 

ありすを始め、意外なことにちびっ子たちが役に立ってくれた

作業中、間違って狭い場所に落ちてしまったボルトなど、自分たちでは手が入らない場所の部品を取ってくれるのだ

 

他にもバラバラに置いていたボルトを綺麗にわかりやすく並べてくれたりなど、中々手が回らない作業も手伝ってくれる

 

「OKだ。よし、エンジン降ろすぞ。ありすちゃん、''ちょちょい''で頼む」

「わかりました」

「零次、ハーネスを押さえろ」

 

ここまでくるのに随分時間がかかった

 

映画やゲームみたいに場面が変われば次の瞬間に簡単に外れてるわけじゃない

邪魔な部品は外さないといけないし、作業をしようにもエンジンルーム内はその大きなエンジンのせいでギチギチになり、考えないとそもそも手が入らないのだ

 

「ありすちゃん、ちょいあげ」

 

その瞬間がやってきた

言われた通りにありすがリフトの操作レバーを握って上にほんの少し動かして戻す

ミシミシと車両がリフトの上で前後に揺れ、リフトの支柱から重い車体を持ち上げようと金属の打音がする

 

「零次、そこ、そこのコネクター引っ掛かりそう」

「ああ、ここですね。これで···大丈夫です」

 

エンジンについている突起物や角、外したゴムホースの差し込み口などに配線が引っ掛からないよう、細心の注意を払いながらリフトを少しずつ上げていく

エンジンを車体から降ろすのにはお互いのコンビネーションが重要だ

ハーネスは再利用されるため、引きちぎらないよう常に見ておく必要がある

 

「よし、いいぞー。そのままそのまま、もう大丈夫、上げちゃっていいよー」

 

エンジンが全ての障害物を避けたのを確認すると、俺たちもエンジンルームから体を出して車から離れるのだった

 

「よしよしよし、オッケーオッケー、これならエンジン倒れない」

 

車がリフトで上がっていくと、台車とその上にある当て木に支えられて、ついにその心臓部の全容がその下に現れてくる

 

この車の象徴とも言われる部分

車が好きな人なら一度は名前を聞いたことのある伝説のエンジン

その重量に見合ったとてつもないパワーを発揮する原動機、RB26である

 

「よし、いいよ、ありすちゃん止めて」

 

ガチャ、ガチャンッと、ありすがレバーから手を離し、リフトのロックがかかる

それを確認すると、俺とひな先輩、そしてありすが車の下へと入っていくのだった

 

「芸術品だ。な、ありす」

「よくわかりません。何だか金属の機械という感じしか···」

 

車の下だから影になって少し見えにくいが、それでもその無骨な存在感は圧倒的だった

これが一体どれ程の出力になるのか、考えただけでもゾワゾワしてくる

 

「よし、まずは車の下から出す。私は右を持つから、零次は左を押さえろ。ありすちゃんはエンジンがどちらかに倒れないか前から見てくれ」

「わ、わかりました」

 

エンジンに手を添えて支えると、下でエンジンが倒れないように支えている四角い木の棒と薄い木の板がバキバキッと音を立てる

二人だけで支えられるか不安だ、ひな先輩も本調子じゃないし

ひな先輩に少し待ってもらうように言うと、俺は車の下から出て、上のバルコニーへと声を掛けた

 

「かな子ー、いるかー?」

 

そう言うと、上からドタドタバサバサと忙しなく音が聞こえて、沢山のA4の紙の束とボールペンを持ったかな子が上から俺を覗き込むのだった

 

「は、はーい···!どうしましたー?」

「暇そうなやつ何人か連れてきてくれー。エンジン降りたから移動させるんだわー」

「わかりましたー!」

 

すると上から騒がしく声が聞こえてくる

バルコニーから数人が顔を出して、そのエンジンのない車という珍しい光景に口々に感想が漏れていた

 

「いや~、凄いねしぶりん。車ってこうなっちゃうもんなんだね~」

「筒抜けだね、本当に中の機械を全部外しちゃうんだ。卯月はどう思···卯月?」

「凛ちゃ~ん。さっき印刷した紙が見つからなくてぇ~」

「いやだ!いやだっ!ぼくには力仕事なんて向いてない!メンタルも体も弱々なぼくに何千万もする車なんて!失敗したらどこに売り飛ばす気だよぉ!」

「行きますよりあむさん!ボクとりあむさんの仲じゃないですか!ホラ早く!」

 

ドッタバッタドッタバッタと上で人や物が動く音が聞こえ、''ごめんね、通るよ~''とか''あぁ~!ゴメン踏んじゃった~''とか、騒がしい声と共に人が螺旋階段から降りてくる

 

「これで足りますか?零次さん」

「十分だ幸子、上の様子はどうだった?」

「もちろん、大丈夫に決まってますよ!和久井さんが交渉人なんですから大船に乗ったつもりでどうぞ!」

 

あの人は本当に何でもできるな

なるべく出品者を怒らせることのないギリギリのラインを正確に見極めるその手腕はさすが元秘書なだけある

まぁ、それはともかく

 

「零次さんお願い売り飛ばさないで···、売り飛ばすくらいならその前にちょっとだけお金貸して···」

 

この期に及んでお前という奴は

 

人は集まった

未央、美穂、幸子にりあむ

まぁ、これだけいれば何とかなるだろう

 

「私で大丈夫かな~···みほちーはどう?」

「あの···私もあまり自信がなくて、こんな大きな機械触るの始めてだし···」

「大丈夫だ、そんなに力入れて持たなくていい。ただ倒れないように手を添えてくれるぐらいでいいんだ。あとは私と零次でこっちに引っ張り出すだけだから」

「さぁ、やりますよ!カワイイボクがお手伝いするんですから、さぁさぁ未央さんも美穂さんも!」

 

不安そうな三人を引き連れて、幸子はテキパキとまわりの奴らにも軍手を渡してエンジンのまわりへと赴く

こいつやっぱり色々と度胸が据わってるな

日頃の行いによるものなのか

 

とにかくメンツは揃った

さっさとエンジンを外に出してしまおう

 

「はい、いくぞ。せーの···」

 

ひな先輩の掛け声で俺とその他大勢はエンジンにゆっくりと力を入れていく

台車の上の木材がミシミシっと音を立てると、エンジンが徐々に動き出していく

同時に台車をスライドさせるように動かすのがコツだ

そうでないと上に乗っているエンジンだけ倒れてしまう

 

「うぐぐっ···、レイさん···まだ···?」

「もうちょいだ、もうちょいでベンチまで着く」

「ぐぎぎ···!なんでぼくが···!」

「皆さん、もう少しです。もう少し···ほんの少し右です。あ、私から見ての右です」

 

ありすの誘導に従って動かしていくと、天井の照明の光が差し込んできた

やっとエンジンを固定するベンチまでたどり着く

 

「はい···、オッケーオッケー。ここまで来れば大丈夫だ。みんなありがとう、ふぅ···やっぱりRBは重い」

「こんなに重いものなんですね···、倒れなくてよかった~···」

「これが心臓か···。レイさん、写真撮っていい?」

「ああ、好きにしろ。おーい、お前たちー。エンジン降ろしたからリフト下げるぞー。好きに見てくれー」

 

すると上からドタバタドタバタとまた足音が聞こえ出す

それを見ていたありすは俺たちに気をつけながらリフトを下げると、丁度車内に乗り込める位の高さになると操作をやめる

その頃には周りをアイドルの奴らが取り囲んでいたのだった

 

「卯月、あれだよ。あのメーターの形で間違いない?」

「う、うん。確かに形は同じだけど···零次さん、ドアを開けても大丈夫ですか?」

「蘭子、どうだい?ボク的には黒が似合うと思うんだが···蘭子としてはどう感じる?」

「ふっふっふっ···既に未来は決している。漆黒の衣以外に選択肢などないのだ。それでこそ我が眷属に相応しい···」

「頼むから変なメーカーのだけはやめてくれよ。有名なやつでいいから、とにかく座りやすくてハーネスを通せるので頼む」

「有名なやつって、ど···どれですか?これかなぁ···それともこれ?」

 

蘭子と話している最中も、ドアを開けたり、トランクを開けたり、後ろの席に乗り込んでみたりと色々なところを吟味されていく

 

「あ···杏ちゃん、どうかな?私的にはこの銀色のやつがいいと思うんだけど···ちゃんと零次さんに言われた通り、上がシールじゃなくてキチンと123456、Rって彫られてるみたいだし···」

「いいんじゃない?何で短いほうがいいのか杏にはわからないけどさ」

「車に乗るようになったらわかる、かな子が言ってるので構わない。和久井さんに言っておいてくれ」

 

俺も車の中を覗き込んで相談していると、俺の背中をトントンと細い指で軽く叩かれる

体を外に出すと、そこには胸に書類を抱え込んでいる和久井さんがいた

仕事モードなのか、キリッとした目で俺と目が合う

 

「北崎君、頼まれていた品物のリスト。まだ上の娘達が探しているけど、今確定して取り寄せているものだけでもピックアップしておいた」

「ありがとうございます。すみません和久井さん、何から何まで」

「いや、私のスキルが役に立つならそれでいいのよ。それに···あの子があそこまで真剣なのも久しぶり見たから···少し私も興味が湧いてね」

 

そう言うと和久井さんはバルコニーを見上げた

そのバルコニーの隙間からは、あきら達に混ざって一生懸命ノートパソコンの画面とにらめっこしている三船さんの姿が見えるのだった

 

「彼女も元の経験から、パソコンの操作には慣れているから助かったわ」

「後でお礼を言っておきます。それと···チビ達は今日は来ないんですよね?」

「今日は遠足だと言っていたわね。だから会社からも今日くらいは、と休みをもらったらしい」

 

懐かしいな、遠足

じゃあ今日は騒がしいのは無しってわけだ

 

「だから休みなのをいいことに、学校から帰ると直でここに集合だとも言っていわね。どうやらお泊まり会も兼ねているらしいけど」

 

やっぱりあいつらには油断ならない

また俺は床に寝ることになるのか

 

「それと、今日集まれなくてごめんなさいと、他のメンバーからも言伝を預かっているわ。君も愛され上手ね」

「···後で俺から返信するなりしておきます」

「100人位から預かっているんだけど···まぁ、君がそう言うなら頼んだわ。私は上に戻って金額を計算してくるから」

 

宿題が増えた

 

和久井さんがスタスタと戻っていく途中、俺は周りを見渡す

アイドル達の誰もかれもが自分のやるべき事を理解して動いてくれていた

今日これなかった奴も、昨日も一昨日も遅くまで作業したり、休みだからと泊まっていったり

おかげさまで大分効率よく動くことが出来ている

もちろん大事なところは俺たちの監視付きだが、それでも助かっていることに変わりはない

今地下に潜って必死に配線とにらめっこしているであろう拓海や美世たちにも感謝している

 

一体なんでこいつらはここまでお人好しなのか

 

「零次さーん、夜ご飯出来ましたよー」

「わかったー、下の奴ら呼んでくるー」

 

上からエプロン姿の夕美が俺に話し掛け、響子と新田ちゃんがリビングの部分を片付けているのが見える

夜ご飯の出張サービス、今日の当番はあの三人だった

 

ひな先輩からの号令で作業は一時中断

地下のガレージからも人が戻ってきた

この人数を見ると一大プロジェクトになってしまっているのがわかる

 

ここまでしてくれたこいつらに、俺はどこまで応えてやれるのか

それがわかる日は着々と近づいているのだった

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