これから、この車が変わっていく
時々それが恐くも感じてくる
バタバタとガレージも慌ただしくなってきた
ガス、ガソリンの匂い、どんどん変わる
「あの···本当にこれで間違いないですか?」
かな子が恐る恐る、届いた大きなダンボールをキャスター付きの荷台に乗せて、エンジンをバラしているひな先輩の元へと持ってくると、その蓋を開けて見せている
「問題ないよ、これで間違いない。そこに置いておいてくれ」
「でもこれ···''RB''っていうエンジンの部品じゃなくて、''RD''っていうエンジンの部品なんですけど···。もう運送屋さん帰ってしまって返品も···」
「間違いないよ、置いておいて大丈夫」
そう言われたかな子は不思議そうな顔をしながらも、その場を後にして上に戻っていったのだった
「ねえレイさん、なんであの部品そのまま使うの?違う部品なら運送屋さんの手違いなんじゃない?」
「ん?あのシリンダーブロックのことか?ボルトくれ」
「あ、うん」
今のやり取りを見ていた未央が俺に尋ねてくるのと同時に、助手席の足元に転がっていたボルトを渡してくれた
現在俺は、運転席側から頭を突っ込んで、シートを固定するために床のシートレールとにらめっこを続けていた
後はボルトで室内に固定すれば終了となる
未央はシートを運ぶのを含めて、俺の作業を手伝ってくれていたのだった
「お前がわからないのも無理はない。普通は間違えてると思うから」
レースに出ることを前提にエンジンのチューニングを行うとなると、出力を上げるのは必須となる
いわゆる馬力という数値を高めて走行性能の基本値を底上げするのだ
大体普通の小型車で110馬力から高くて150馬力くらい
ミニバンなら少し高くて150から高級ミニバンなら300前後
それを600馬力近くまで高めてこのGT-Rに載せようというのだから驚きである
ミニバンならまだ車本体が大きくて重いから快適に加速出来るよう馬力が高められているのはわかるが、それを遥かに軽いこのクーペボディに収めるのだ
パワーアップするのはいいが、そこまで馬力を高めるとなると、様々な部品に負荷が掛かってくる
「だから、トラックとかのディーゼルエンジン用に作られた''RD''っていうエンジンの丈夫なシリンダーブロックを組み合わせて、耐久性を上げるんだ。これで幾分かマージンが広がる、普通のエンジンよりは重くなるけどな」
絶大なパワーを受け止める直接的な部品だけに、ここで妥協すると後々でそれが俺自身に牙を剥くことになる
ひな先輩が組み立てようとしているエンジンの周りには届いた部品が次々と並べられていて、どれもメーカー純正品の部品番号の表示はなく、チューニングメーカー独特の番号が書かれているのだった
これだけ揃えるのに一体いくら掛かったのだろう···
あの琴歌から受け取ったカードは次から次へと使い回されていたが、既にカード会社から通達の一つでも届いてもおかしくない額になっているはずなのに、まるで魔法のように部品だけがポンポン届く
まぁ、キチンとしたメーカーの物しかないから安心するに越したことはないが···
とにかく、エンジンのほうは着実に完成へと向かっている
「ねぇレイさん」
「どした」
最後のボルトを未央から受け取ると、話を聞いていた未央が俺に尋ねてきた
「''ディーゼルエンジン''って何?」
「···」
···そうか
「軽油使うエンジンのことだ」
「''シリンダーブロック''って何してる部品なの?あの六個空いてる丸い穴は何?」
···そういえばこいつら素人だもんな
なんて説明してやればいいやら
「···とにかく、あの丸い穴の中に超凄い部品が入って超凄く動くから車がめちゃ速く走るんだ」
「なるほどー!じゃああそこに色々あるのは超凄い部品なんだね!」
「そうだ、そんな超凄い部品を集めてくれてお前たちに感謝してる」
「へっへっへー、もっと褒めてくれたまえ~」
とりあえず納得してくれたところで無事シートの取り付けが終わった
工具を未央に渡して取り付けを確認する
「どう?キチンと合う?」
「ああ、取り付けは大丈夫だ。シートレールにも歪みが無いし、シートも車に対して真っ直ぐになってる」
それだけ確認すると、運転席の足元に置いておいた包装紙などのゴミを取って出ようとしたら、未央に呼び止められた
「あれ?座ってみなよ」
「···まだいい、俺の体の寸法は完璧に測ってもらったし、実際さっきちょっと座ってはみたから」
そりゃもうサイズは完璧に合っていた
あれだけしつこく測られたらそりゃそうだ
「いいから座ってみなよ。レイさんの車だよ?」
「まだ車が完成してないから···」
「いいからいいから」
半ば強引に未央にシートに座らせられる
するとその瞬間、俺は自分に課せられているプレッシャーに気付くのだった
もうしばらくしないうちに、このマシンは完成する
上のバルコニーにいるやつらも、この周りにいるやつらも、地下のガレージにいるやつらも、全員が一つの目標へと向かって自分の時間を削ってまで協力してくれている
「···なぁ、未央」
「なしたの?」
「···ありがとな」
「なぁ~に?レイさんどうしたのさ~。まだお礼言うのは早いよ~。それは優勝した時じゃなきゃ~」
俺は本当にこれを操り切れるのだろうか
こいつらの期待に応えられるのだろうか
レースが近づくにつれて、その不安も大きくなっていく
「いや、何となく···な。とにかく、シートは大丈夫だ。卯月たちを頼む」
「わかった!しまむー!もういいってー!」
未央は車から降りると、上にいる卯月たちに向かってそう言いながら螺旋階段を上がっていくのだった
俺は車から降りて、卯月たちが降りてくるのを待つ
こうしている間にも、続々と荷物がここへ運び込まれてくるのだった
「零次さん、またお荷物が届きましたわ」
後ろから話し掛けられる
そこには両手で細長いダンボールを胸に抱えて持っている桃華がいたのだった
桃華も時間を見つけては積極的に参加し、部品を持ってきてくれたり、工具を片付けてくれたり、ご飯の準備や後片付けをしてくれたりと色々助けてくれていた
お嬢様なのに献身的だった
「今度は何が届いたんだ」
「開けてみますわね」
桃華がハサミで封を切って開けてみると、中にはデリバリーピザの箱のようなものが二つ入っていたのだった
「おお、ステアリングじゃないか」
「まぁ、これはわたくしとゆかりさんが頼んだものですわ。ゆかりさーん、届きましたわよー」
桃華がそう言うと、上からジャージ姿のゆかりがゆっくりと階段を降りてくるのだった
ゆかりも格好からしていつも手伝う気満々なのだった
「零次さんどうぞ、開けてみてください」
ゆかりに諭されるがまま俺は箱を開けてみると、そこにはやはり握りやすそうで立派なステアリングが二つ入っていた
''モモ''と''スパルコ''という二種類のステアリングがあって、二人のどちらがどちらを頼んだのかは何となく想像できた
「言われた通り二種類注文したのですが、零次さんはどちらを使われるのですか?」
「···そうだな」
とりあえずメインとスペアということで頼んだのはいいものの、どちらも良い商品で迷ってしまう
モモのほうは比較的小さめで、握りやすく小スペースで回しやすい
スパルコのほうは純正とほぼ変わらない大きさだが、大きい故に少ない力でハンドルを回すことができる
どちらも甲乙付けがたい
実際に持ってみても、俺の手にしっかり馴染むようにグリップする
二人ともよく考えて選んでくれたようだ
「あら、零次さん。もうどちらを使われるかは決まっているのではなくて?もちろん、こちらですわよね?小さいほうが乗り降りも取り回しも素早く行えるでしょうし」
「大は小を兼ねるといいます。運転するときに負担が少ないほうがよいと思われますが···、ほらここなんか、この隙間からしっかりメーターが見えるものを選んだんですよ?」
二人がここぞとばかりに自分が選んだ商品をアピールしてくる
確かにどちらのメリットも捨てがたいところなんだけど、二人の様子を見てるとハッキリ選ぶのも気が引ける
「もっと見てくださいまし、零次さん」
「ほらここなんか、零次さん」
左右から挟まれてグイグイくる
お嬢様ってのはみんなこんな感じなのか?
もうこのままじゃ埒があかない
「わかった、わかったわかった。後でもこれはじっくり考えられる。とりあえず脱着システムが来るまで上に置いといてくれ」
「···わかりましたわ。ですが···こちらですわよ」
「いえいえ零次さん、こちらで···」
状況を見てあっさり引き下がってくれるところが育ちの良い証拠だ
二人はダンボールを抱えながら螺旋階段を登っていくが···その間も互いの商品のメリットを語っている
意外と独占欲は強いのだろうか、納得するまで諦めてはくれなさそうだった
「零次さーん、メーター持ってきましたよー」
「···よし、付けるか。新田ちゃんたちを下のガレージから呼んできてくれ、いよいよ出番だと」
「わかったよレイさん!しぶりん行くよ!」
「ま、まって未央」
次は卯月たちの番だった
これは配線を確かめながらやらなきゃならない、下で一生懸命調べてくれている新田ちゃんたちの出番だ
ーーーーーーーーーー
それからというもの、準備は着々と進んでいくのだった
「零次さんっ!ネジ取れたよっ!」
「さすがだなみりあ、お姉ちゃんなだけはある」
「でしょー!」
狭いところに落ちたボルトはチビたちが取ってくれたり
「んしょ···んしょ···、やった!付いた!付きましたよ!零次さーん!」
「やったね卯月」
「どれどれ、よし。取り付けはバッチリだ、爪もしっかりはまってる。みりあ、ボルト」
「はいっ!」
「おお···」
新田ちゃんたちが調べてくれた配線もバッチリだった
作動点検は全て終わった後でやらなきゃならないが···恐らくは大丈夫だと思う
メーターを取り付ける際は新田ちゃんたちも興味深そうに覗いていた
「よいっ···しょ、ダーリンどうー?こんな感じー?」
「ああ、型紙通りだ。そのまま押さえておいてくれ、仮止めするから。リヤガラスに当たらないように気を付けておけよ。あと指も挟まないようにな」
「りょー!」
様々な部品が届き、順次取り付けていく
後ろのトランクにも、今立派なカーボンの羽が付いた
「ダーリンこれ何で付けるの?空でも飛ぶの?」
「どちらかというと、車を地面に押さえつけるんだよ」
唯も慣れないながらも、そのいつも付けてるネイルを外して手伝ってくれた
数日後
「それじゃあいくぞ。ちょっとみんな離れてくれ」
ひな先輩の号令で、ベンチというエンジン専用の器具に固定されたエンジンから離れる
専用の強化ピストン、コンロッド、メタル、タイミングベルトが取り付けられたエンジンが遂に完成したのだ
スターターモーターが取り付けられて、そこから配線が伸び、バッテリーに直結される
いよいよ試運転の時だった
「よし、掛けるぞ。耳をふさげ」
その言葉に、これまでの経験からかみんな耳をふさいだ
ひな先輩がマイナスの端子をバッテリーに着けた瞬間、スターターモーターが作動し始めてエンジンが掛かった
凄まじい轟音だった
マフラーなどの消音器が一切ないRB26の咆哮は地下にいたメンバーにも聞こえていたらしく、下からも人が集まってきていた
ひな先輩がエンジンを止めた
その瞬間にガレージに沸き起こったのは拍手と、アイドルたちの可愛らしい喝采だった
まるでライブ会場のようだった
それもそうか、こいつらの努力が報われた瞬間だったのだから
「オッケー、とりあえず回した感じは大丈夫だ。みんなご苦労様、今日はもうご飯にするか」
そう言うとこいつらは嬉しそうに上に登っていく
「零次さん、響子さんのハンバーグですよ!楽しみですね!」
「ああ、そうだな。早く行けほら」
悠貴が俺をこ招く
それに従って俺も上へと上がっていった
車はもう完成する、後は本当にこれを乗りこなせるかどうかだ