上に向かう階段を、私は登る
階段を使うのは久しぶりだった
んっ、と両手に持った荷物を支える
出入口に一旦荷物を置いて、扉を開けた
声がしない
何でか電気も消えたままだった
いるのかいないのかわからない
「零次さん?」
リビングの扉を開けると、中で人影がビクッと動くのが見えた
私が入ってきたことに気付いてなかったみたい
「びっくりしたお前···千枝、脅かすなよ···」
「電気も点けずにどうしたんです?目が悪くなっちゃいますよ?」
壁にある電気のスイッチを押して、部屋の電気を点けた
途端に部屋が明るくなると、どうやら零次さんはリビングのテーブルで何やらやっていたようだった
私が近くのスーパーで買ってきた食材をキッチンに置いている間に、零次さんはいそいそとテーブルの上を片付け始める
「それで、何やってたんですか?こんな薄暗い中で」
もう時刻は夕暮れで、夕日の光が差し込んでいるとはいえ、中々に部屋の中は暗かった
それに気付かないほどに作業に没頭していたのだから、何をしていたのか気になった
「それは、ほら···あれだよ」
私はビニール袋から食材を取り出しながら零次さんを観察するが、その受け答えがしどろもどろだった
私にはわかる、こんな時の零次さんはどこか嘘をついていること
テーブルの上が片付くと、私から目を逸らしがちに話すこと
その仕草で何となく嘘をついてるんだなってわかった
前に響子さんが自分用に買っていたチョコレートを食べてしまった時もそうだったから
「レースの···走行プランを練っていたんだよ」
「走行プラン?」
確かに、次のお休みに完成した車を走らせにいくとか何とか計画していたようだった
琴歌さんのいくつもあるお家の一つにそういう場所があって、そこを借りることができたとか
琴歌さんのお父さんも沢山車を持っていて、快く貸してくれたとか
「そう、だからそれを紙に書いて覚えようかなってな」
「ふーん···」
私は食材を全部キッチンの上に出すと、零次さんに近づきその紙を見せてもらおうとしたが···
「お前じゃ見てもわからん」
「何でですか、私もちょっと見てみたいかなって」
「ブレーキングポイントとかライン取りとかお前じゃわからんだろ、ダメだ···!これは俺だけの秘密なんだよ···!」
近づこうとする私の頭を掴んで、近づけないように頑なに拒否される
どうやっても零次さんは折れてくれなさそうなので、しょうがないから私は離れることにした
まったく、零次さんはやっぱり子どもっぽいところがある
「それよりも、今日は何を作ってくれるんだ?俺も腹が減った」
「今日はですね···オムレツを作ろうかなって」
前々からの約束だった
零次さんのお家へ行って、ご飯を作ってあげる
いつもみんなからご馳走になってばかりだから、今度は私が作ってあげたかった
ママに相談してみたら、オムレツがいいんじゃないかって言われたから、練習して···ママもこれならOKって言ってくれるまでになった
「オムレツか、いいな。千枝が作るなら美味しいに決まってるな」
「ど、どうでしょうか。あまり自信はなくて···」
キッチンに戻る最中、零次さんにそう言葉を掛けられると···ダメだ、私もまだまだ子どもだ
目の前の冷蔵庫に引っ付いている小さな鏡に、私のニヤニヤした顔が映っていて今零次さんのほうに振り向けない
こんなことで喜んでしまう
なんか私、幸せ···
もう、いつからこうなっちゃったんだろう
簡単に顔が戻らない
私なんだか凄くめんどくさい女かも···
「頑張って作りますね、えっとボウルは···」
日頃の演技力レッスンの成果をフルに発揮して、平静を装う
それでも金属のボウルに反射して映る自分の顔がニヤけているのがわかってしまうのだ
ママも、''今日は泊まってくるんでしょ?''と何かを見透かされたように笑顔で言われたことが頭に浮かんできた
前にまた零次さんを夕食に招待した時も、パパと車の話で盛り上がったのが楽しかったのか、パパも零次さんにまた会いたがってたりするし、相当気に入られてるみたい
ママもパパも零次さんのことを凄く信頼しているのか、すんなり送り出してくれたのだった
「千枝、聞きたいんだけどさ」
「何ですか?」
私は悟られないよう改めて表情を整えると、キッチン下からボウルを取り出して立ち上がる
零次さんは変わらずソファーに座って、テレビを点けていた
こっちを見てなくて良かった
「千枝は好きな奴とかいるのか?」
「えひぇ?」
咄嗟のことだったので、声と息が入り交じったような変な声が出てしまった
だ、だって···いきなりそんなこと言うんだもん
震える手でまな板を取り出しながら、何とか平静を装いながら、なるべく、自然に、答えることにする
「わ、私はべ、別に、いないですけど。じゃないと、こんな風にご飯作りに来たりしないんですけど!?」
よし、普通に答えられた
普通の女の子っぽく、そう、普通の女子っぽい
私だってアイドルなのだ、それくらいは出来る
男を騙せる悪い子にだってなれちゃうのだ
「···そっか」
零次さんは意外にも、それ以上追及してこなかった
な、何故だ···
ここから話が弾んでいって、''零次さんは好きな人いるんですか?''になって、''それは···''って言葉を濁して、そのまま夕食になって、その余韻をなんだか残しつつ食べ終わって、一緒にソファーに座って、私が話を蒸し返して、零次さんに寄りかかっていって、そしてそして、ち、チューして、そこから一緒にお風呂に入って···!それからそれから···!あわよくばあんなことやこんなこと···!っていう計画のはずなのに···!
その為に今日は二人っきりになれるように根回し···いやいや、みんなは今日はそれぞれ仕事で偶然来れない日を狙った···わけでもないっていうのは建前で···
「千枝」
「あひゃい!」
そう、これは普通の事なのだ
女の子なら普通に意識すること!千枝はまだ悪い子じゃない
「いつかそれ、本当に大事な奴に作ってやれよ」
「···はい?」
零次さんが不思議な事を言った
「大事な奴···ですか?」
それは一体···どういう意味なんだろう
「零次さんも、私にとっては大事な人です」
「俺よりももっと良い奴はいる。どこにでもいる兄ちゃんだ俺は」
「そんなことないです」
ただ外見がカッコいいだけで何もできない人より全然マシだとパパも言ってた
零次さんは色々できて優しくてそれで···
いや、だからみんなも零次さんに会いに来るんだと思う
「零次さんより良い人を探す時が来たらそれはもう···失恋したときくらいしか···」
「お前···やっぱりたくましい奴だな」
「だから、この先五年、十年、その時が来るまで私、押し掛け女房しますね」
前に観覧車に一緒に乗ったときに言ったようなことをもう一度、念を押して言っておく
私は食材を取り出して、料理を始めた
それからは特に何も話すことなく、黙々と作業を続けた
そう、その時まで···、零次さんがこの先、受け入れることが出来るようになるまで、私はこの''小さな幸せ''を積み重ねていこう
それが将来私の···私じゃなくても他に大切な人ができた時の為に、零次さんが変わっていけるように
私は自分がやってきたことが間違いではなかったと思えるように、そうしていけるような人間になろうと思った
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「社員の退職を手伝うなんて、私達もクビね」
久しぶりにひなちゃんと私の二人きり、ガレージの上で話していた
完成した車を眺めながら、私はビールの缶を開けて一口飲んだ
思えば中々に騒がしくて楽しい日々だった
こんな日は本当に久しぶり
「ひなちゃんはさっきから何やってるの?」
今回の件で大活躍したノートパソコンと、ひなちゃんは今も向かい合っていた
「最後に···手伝ってくれたみんなに感謝を込めて、これくらいはね。仕上げに自由にやらせてあげようかなって」
「どれどれ~···、あははっ、どんなデザインになるんだろうね~」
これはみんなノリノリで作るんじゃないかしら
帰ってきたときが楽しみね