「よし、搬入するぞ。乗ってエンジンを掛けてくれ」
ひな先輩がそう言ってガレージのシャッターを開けた
隙間から入ってくる太陽の光、それがガレージの中に入り込んできて、室内を照らしていく
その光が徐々に、そのマシンを照らしていくのだった
真っ赤に光るボディに、新田ちゃんとアナスタシアが選んでくれたマッドブラックのホイールがそのズシッと重い車体を支えている
GT-Rと呼ばれているその車は、今か今かとドライバーが乗り込んでくるのを待っているように見えた
「零次さん、早く早くっ」
ガチャッとご丁寧に、悠貴が運転席のドアを開けてくれた
俺の背後にいるメンバーも俺が乗るその瞬間を待ち望み、今か今かと期待に胸躍らせているようだった
シャッターが完全に開き、その赤いシルエットが姿を見せる
俺は車の鍵を片手に、その運転席の乗り口に手を掛けて鍵を持ち直す
''GT-R''のエンブレムが持ち手で輝き、そのキーリングの先にこいつらが好きなキャラクターなのか、緑色のぴにゃこら太のキーホルダーが付けられている
このキャラクターが流行りなのだろうか、とにかく車へと乗り込んでいった
「よいしょっ···と」
「レイさんどう?座り心地」
「···中々いい」
ギシッと車体が軋んで、俺の体が一気にシートへと収まる
フルバケットシートのためリクライニングはなく、お尻が沈み込む形になるため座るのに少し勢いがつくのだ
「ダーリンカッコいいよ~!早くエンジン掛けて掛けて!」
唯が携帯のカメラをこちらに向けて、撮影を始めていた
デレポで実況しているらしく、俺の携帯も騒がしい
「わかったわかった、じゃあ掛けるぞ」
意を決して、俺は鍵をキーシリンダーへと差し込んだ
ぴにゃこら太のキーホルダーが揺れて、コラムカバーに当たって音を立てる
いよいよだ、独特な緊張感が俺の中に沸き上がってくる
助手席に置いてあったステアリングを手に取って、目の前のボスに差し込む
ガチャンッとステアリング本体が差し込まれて、ステアリングがロックされた
あいつらが選んでくれたものだ、カッコいいじゃないか
「わぁ···!光りました···!」
鍵を回してIG ONの位置へと持ってくると、メーターのインジケーターが点灯し始める
その光景に卯月が車の外で手を小さく叩いて喜ぶ様子が見えた
作動確認の為に動かす時とは別の感動なのだろう
凛が仕事でいなかったのが残念だ
カチカチカチッと、送り込む燃料の量を増やした燃料ポンプの音が後ろから聞こえて、準備が整う
鍵をもう一回だけ奥まで捻った
その瞬間車体が僅かに振動し、エンジンルームからキュルキュルキュルっと音が聞こえてきた
外にいる奴らが耳を塞ぎ始める、どうなるかもう予想がついていたようだった
ここに持ってきた時のような金属音はしない
すんなりとスターターが回って、エンジンに火が入れられていく
そして···
「よしよしよし」
シートから、ケツから、そしてハンドルから、この車の息吹きが伝わってくるのを感じる
振動と音、ガレージを支配し始めるそのRB26改と呼ばれるであろうエンジンのその快音が轟く
徐々にまわりの奴らも耳から手を離していき、その爆音に耳を馴染ませ始めた
コンコンコンと唯に窓をノックされたので開けた、その瞬間に車内にもその爆音が入り込んできた
唯が何か叫んでいたが全く聞こえないので俺はジェスチャーでそれを伝えると、唯は俺に向かって携帯電話を構えながらそのネイルが特徴的な親指を立てて嬉しそうにはしゃいでいた
未央も悠貴も卯月も、嬉しそうに手を叩いて喜んでいる
すると未央がシャッターのほうを指差していた
その方向を見ると、ひな先輩と姉さんが大きく腕を振って搬送車のほうにこ招いている
いよいよ日の光を浴びる時が来た
「···琴歌たちも何て言うか」
琴歌たちが待っているだろう、俺は車を早く出すことにする
ブレーキとクラッチペダルを踏み、シフトレバーに手を掛けて、1速へ入れ、サイドブレーキのレバーを左手で持ち、下に下ろす
そしてゆっくりとクラッチペダルを踏んでいる力を緩めて車を発進させていく
ミシミシッという音が窓の外から聞こえて、それに未央たちがキャーキャーと叫ぶ声が混じっていた
あれだけ一生懸命協力して完成させたものが動く瞬間は、やっぱり感動するものだ
シフトレバーもこのペダルも、拓海や涼や夏樹が選んでくれた
操作しやすく、踏みやすい
やっぱりあいつらはわかってる
「どうだ?動かした感じは」
搬送車の荷台の前まで移動すると、荷台を操作するリモコンを持ったひな先輩に声を掛けられた
「動き出しは凄くスムーズです。これ思いっきり踏んだらどこまでいくのか、ちょっと恐いですね」
「思いっきり踏んでくれなきゃ困る。そういう風にプログラムされている」
エンジンが暖まったのか、徐々にアイドリングの回転数が下がっていき音が低くなっていく
タコメーターの針がドンドン下がっていき、一千回転を下回っていく
「レイさん!エンジン止まりそうだよ!」
走って外に出てきた未央の言う通り、エンジンからは断続的にボッボッボッと調子が悪そうな音が聞こえ始めてきた
車に詳しくない人でもおかしいとわかるその様子にあいつらも心配そうな顔をし始めるが
「大丈夫だ、心配しないで。これで正常なんだ」
ひな先輩が一言そう言うと、搬送車の運転席にいた姉さんも''そうそう''とジェスチャーを送っていた
その様子にこいつらも''そう言うなら···''とでも言いたげな表情で、でも心配そうに車を見ているのだった
俺は特に何も心配することなく、車を搬送車へと乗せていく
車高が下がったことが少し心配だったが、無事に乗せることができた
さてと、あそこへと持っていこうか
西園寺家(を含む)皆様方が待っている
そのお気持ちはとてもとても有り難かったが、それと同時に何だかよくわからない不安を感じているのだった
ーーーーーーーーーー
「ようこそいらっしゃいましたわ!さぁさぁ、どうぞどうぞ!既に場所の手配はしてありますわ!」
某所
人里離れた西園寺家所有のプライベートな空間
山の中に切り開かれた広大な土地に、琴歌の屋敷にも勝るとも劣らない立派な管理施設
その横にはロッジのような、ログハウスのような建物も存在していて、バーベキューハウスまであった
どうやらここで宿泊もできるようだった
「やばいな」
「ほえ~···」
俺は車を動かし、ひな先輩が運転している搬送車に続いて入っていく
大きな門が開かれて、中の''プライベート''サーキットが見えた
プライベートサーキットなんて言葉が本当にこの世に存在していたのか
後ろに座っている卯月がその光景にマヌケな声を出していて、俺の車の後ろを走っている姉さんたちも車内ではしゃいでいる光景が見えた
ゆっくりと敷地内へ入っていくと、コンコンコンと外から琴歌に窓をノックされた
「零次様ようこそ西園寺家のサーキットへ。奥のピットでお父様もお待ちです、どうぞそこのスペースへお車を移動させてください」
「社長もいるのか、何だか悪いな」
「いえいえそんな、逆ですわ。お父様はこの日をとても待ち望んでいましたの!さぁさぁ!どうぞどうぞ!」
琴歌は前を走っているひな先輩にも同じことを伝えると、車の先を歩いてそのピットへと案内してくれていた
確かにその先には、本物のサーキットに設けられているような沢山シャッターのついた立派なピットスペースがそびえ立っているのだった
ひな先輩が運転している搬送車の上で、車も嬉しそうにギシギシと揺られながら、俺たちはそこを目指して走っていく
「ようこそ、青葉自動車さん。お会いできて光栄です」
「いえ、こちらこそ。すみません社長さん、今日は私たちの為にこんな」
「気にしないでください。私はただ、みなさんと遊びたくて誘ったようなものですから、はっはっはっ。いやいや、それにしても、完成したのですね」
ピットへ入るシャッターの前で社長···琴歌の親父さんが出迎えてくれて、搬送車のGT-R
をまじまじと眺めていた
そんなに見られると恥ずかしい、そっちのほうがよっぽど立派な車を持っている
「それはそうと、少し見せたいものが」
そう言うと、琴歌の親父さんはピットのシャッターを開けて中に案内してくれた
リモコンを操作して電気を点けると、中の様子が見れた
中はめちゃくちゃ綺麗だった、ゴミ一つ落ちていない
工具を含む設備は完璧だし、サーキット内を監視するモニターまで天井に付いている
「いや、凄いですね。本当のサーキットのような設備です。私たちが使ってもいいんでしょうか?」
ひな先輩が言う通り、やはり社長は太っ腹だった
「見せたいものはそれだけではないんです」
社長はそう言うと、さらにリモコンを操作して他のピットレーンの電気をつけた
するとそこには
「やっば」
その光景に姉さんも息を呑んだ
そこには琴歌の屋敷の地下駐車場に並んでいたスーパーカーたち
それを更にレース用にチューニングした限定モデルなど時価数億円と言っても過言ではない車たちが奥までズラッと並んでいるのだった
中にはサーキット内でしか走行を許されていないものまで存在している
「し、信じられないコレクションですね社長~。もうこれだけで私お腹いっぱいで···」
いくら姉さんといえどこの時ばかりは苦笑いが止まらなかった
後ろにいるあいつらに至っては琴歌を除きお口あんぐり状態で時間が止まっている
「いえいえ、零次君には本番に備え様々な経験をしてもらったほうが良いと思いましてね。僅かではありますが練習相手にと···、きっと一緒に走ったほうが得られるフィードバックも多い。なのでどうぞ、青葉自動車さんの皆さんも」
そう言うと社長は、入ってきた執事からジェラルミンケースを受け止って目の前で開けた
その中には数々の高級ディーラーのエンブレムが刻まれたキーが、綺麗に並べられて黒いウレタンの上に陳列されていた
「どうぞ、好きなだけ走ってください」
それだけ言って、そのケースごとピットの作業台の上に置いて、ピットを後にしていくのだった
「···ひなちゃんどうしよ」
「どうしよったって···。ご厚意を無下にするわけにもいかないし」
「大丈夫ですわひなさん!お父様もぶつけても全然良いとおっしゃっていましたので!」
「そうじゃないんだよ琴歌、そうじゃないんだ」
ひとまずコレは置いておくことにした