カーディガンを羽織って、アタシはお屋敷の玄関から外へと出ていく
やはり季節柄、夜は少し冷えている
外に出ると少し肌寒い風が体に吹き付け、カーディガンを肩にかけ直した
ダーリンは屋敷前の道を真っ直ぐ歩いていったみたいだった
遥か先に人が動く姿がほんのり見える
その先にはサーキット、そして車がしまってあるピットが見えた
一体何をしにいくんだろう?
今日の出来事は刺激的で、驚きの連続だった
あんなに大きな音がする車が猛スピードで目の前を駆け抜けていく光景なんて見たことなかったし、普段の生活じゃ見ることなんてできない
どこかへお出かけしたり、仕事で走ってるわけじゃない
ただ速く走るためだけに車を動かすなんて初めて見たし、あんなに迫力あるんだって思った
でも···
「···こんなに広いんだ」
屋敷は少しサーキットより小高いところにあるからか、道を下っていく最中にその全体が見渡せた
こんなに広いサーキットを、あんなに速く駆け抜けて戻ってこれるなんて
でもひなさんや美空さんが言うにはまだまだ遅いってどういうことだろう
あれよりも速くするなんて出来るんだろうか?
十分速いと思うんだけど···ゆいにはよくわかんない
「あっ···」
ピットの中の電気がついた、やっぱりダーリンは車を見に行ったんだ
シャッターが閉まっていて中は見えなかったけど、屋根のあたりにある窓から光が漏れていた
ピットの横のドアから入ったみたい、足跡がここまで続いていた
カーディガンがずり落ちないように片手で押さえながら、ゆっくりとドアを開ける
お昼みたいな工具とかの音はしなかった
ダーリンは一体どこにいるんだろう
「···ダーリン?」
思わず呼び掛けてみると、車の前あたりから物音が聞こえた
「なんだ、唯か」
どうやらしゃがみこんでいたみたいで、立ち上がってやっとアタシに気づいた
ダーリンはアタシを一目見ると、またしゃがみこんで車を眺め始めるのだった
「どうしたの?」
「いや、別に」
何やってるのか聞いてみたけど、ダーリンはそう言うだけでまた車を眺めるだけ
どうやっても動きそうになかったから、アタシもダーリンの隣に言って同じようにしゃがみこんでみた
ダーリンは何も言わなかった
アタシもダーリンと同じように車を眺めてみたけど、''GT-R''っていうエンブレムが見えるだけで何が面白いのかわからない
チラチラとダーリンの横顔を見ながらジッとしていると、ふとダーリンが声を掛けてくる
「お前は、こういう勝負の時はどうしてる?」
「勝負の時?」
アタシはケンカとかしたことないからわからないよと言うと、ダーリンは''そうか''と一言だけ言って黙り込んでしまった
一体何が言いたいのか、アタシは少し追求してみることにした
「ダーリンは···''勝負''したことはないの?」
「···そういうわけじゃないけど、今回は違う。こんな規模の公の舞台なんて初めてなだけだ」
「ふーん、ってことはつまり···ダーリン緊張してるの?」
「···別にそういうわけじゃ、ってかそれだけじゃない」
「あ~、やっぱり緊張してるんだ」
アタシがそう言うと、ダーリンは不機嫌そうに黙り込んでしまう
ごめんごめんとダーリンの腕を掴みながら謝ると、ダーリンはふんっと鼻でため息をついて再び二人で車を眺める
「でも、そういうことならゆいに相談してよ。きっと力になれると思うよ」
「どうだかな、本当にお前で大丈夫か?」
「うん。だって、公の舞台ならゆいのほうが経験あると思うよ?」
「そうか···」
野外ステージ、ショッピングモール、武道館、ドーム
アタシだけじゃない、まわりのみんなもそういう場面に関してだけはダーリンよりも経験があると胸を張れる
ダーリンの気持ちは凄くわかる、昔のゆいもそうだったから
「ダーリンは···会社のこととか、ゆいたちのこととか、色々と難しいこと考えすぎなんだよ。せっかくこんなに凄い車に乗れるんだから、楽しんじゃえばいいと思うよ!」
ゆいのモットーは楽しむこと
それは346プロに入ったときから···いや、入る前から変わらなかった
プライベートだけじゃない、ダンスを覚えるのも、曲を覚えるのも、厳しいレッスンに耐えるのも、あの''最高の瞬間''がたまらなく楽しいからだ
この気持ちがダーリンにも伝わればいいなって思う
「···お前は凄いよ」
「ダーリンのほうが凄いよ、ゆいはこんな車運転できないもん」
「そうじゃないんだ、唯。大人になるとな、背負うものが増えて心の底から楽しむっていうのが難しくなるんだ。そうしたいと思ってもな」
「うーん、やっぱよくわかんない。でもゆいたちの為に頑張るダーリンはやっぱりカッコいいと思うよ?」
そういうとダーリンは、ふっと鼻で少し笑うのだ
「そうか···、お前たちがなんか羨ましい」
「え?そう~?ゆい今褒められちゃった?」
「···もうそういうことにしておけ」
ダーリンは立ち上がると、大きくあくびをしていた
そういえば真夜中のこんな時間だった
アタシも立ち上がると、ダーリンは電気を消そうと入り口へと向かったので、一緒についていく
「そういえば···唯」
「なーに?」
ピットから出ようとしていると、ダーリンが話し掛けてくる
「前に···一緒に出掛けたときに、考えごとしてて悪かった」
「前?前って···あの''前''?」
「そう、あれだよ···カフェ行ったときの」
「あの時?」
ダーリンがデートしてくれたときのことだ
確かにあの時はダーリンは考え事してたみたいで、少し上の空だった
覚えていてくれたんだ
あの時は少し強引に誘っちゃったから、きっと怒ってるんだなって思ってた
だから他の女の人のこと考えてるのかなって
「ずっと謝りたかった、あれはいくらなんでもナイよなってな感じでさ。悪かった、あの時は色々考え事があったんだ」
「い、いいよいいよ。ゆいもちょっと強引だったもん。ダーリン元気出るかなって思って···ゆい、ちょっと反省。でも、覚えててくれたんだ」
「まぁな。だから、レースが終わったらお前の好きなところに付き合ってやる」
「ホント!?」
「これで貸し借りなしだ。今回は手伝ってくれたし、行きたいところ考えとけ」
「やったー!ダーリンから誘ってくれた!これでゆいが今カノだよね!」
「それは、お応えできない」
もうっ、ダーリンったら恥ずかしがりやなんだからっ!
ゆいはこんな真夜中にも関わらず、色々と爆アゲで一緒に屋敷へと戻っていった
そしてまたみんなと一緒にベッドで寝るのだった
他の人がダーリンに抱きつこうが関係ない
だって約束したもんね!
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「よし、行くか」
「···はい」
いよいよこの日が来た
俺も、車も、この日の為に磨き上げてきた
「あの子達も喜んでたぞ、''これ''を許してくれてって」
「初めて見た時は度肝を抜かれましたが、まぁ···スポンサーはあいつらみたいなものですし、俺には何も言えませんでした」
「ちょっと小洒落たようにも見えなくもないぞ?遠目に見たら」
「私は全然オッケーよ!最高のファンアイテムじゃないの!」
これはどう説明したらいいんだ
ひな先輩がパソコンで色々とレイアウトを考えていたのはこれだったのか···
まぁ、性能に間違いはないはずだ
あいつらの後押しと考えておこう