ヘイ!タクシー!   作:4m

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25 水平線の激闘

青いランプが点灯する

それが開始の合図だった

途端にコース内に響き渡る、これまでにない咆哮

それが存在する全ての車から聞こえ、マフラーから凄まじい量の白煙や黒煙が狼煙のように空中に消えていく

 

「うわっ、すっごい匂いね!排気ガスってこんなんだったっけ!?で、アレ?お子ちゃまドライバーはどこにいるのかしら?ちょっとみりあ」

「零次さんがんばれーっ!!」

 

体感したことない衝撃と匂いそして迫力に、彼女たちは一瞬身を引くのだった

一気に沸く会場内と、彼方へと消えていく車たち

チューニング車、そして一般のノーマルの参加車たちが列を成し、最初のコーナーへと切り込んでいくのだった

会場のボルテージは更に盛り上がっていく

 

「ねぇ!見て梨沙ちゃん!あれ!」

 

それに気づいたのは千枝だった

会場に設置されている大型モニターを指差して、その異変を梨沙も感じとった

 

「なによ、どうしたのよ···!しっかりしなさいよ···!何やってんのよあいつ!」

 

モニターに映っていたのは最初のコーナー、黙視でもまだ確認できる、観覧席のストレートを抜けた端の部分だった

 

「あわわ···!大丈夫なんでしょうか!」

 

卯月が凛に寄り添い、それを心配そうに眺める

凛を含むその他のアイドルたちも、その様子を固唾を飲んで見守るしかなかった

 

他の車がそのタイトコーナーを抜けて次のS字に入っていくが、零次の車はそんな他の車たちに比べて明らかに遅れて抜けていく

練習の時の加速の鋭さが全くない

どんどん置いていかれて、順位が一般車たちの少し前という、何ともいえない結果となってしまっている

 

『おっと···!GT-Rが少し出遅れたか!?先頭との差が離れていく一方だが···?』

『何かしらのトラブル···という可能性もありますね···』

 

実況と解説からも、思わず言葉が飛び出す

青葉自動車のピットの中もざわつき、インカムのマイクを手で押さえて雛子が零次に無線を飛ばすのだった

 

『どうした零次!』

「わかりません···!なんか一気筒ダメみたいな感じです···!詳細をお願いします!」

『お前たちどうだ!』

『ダメッス!零次先輩の言う通りッス!6番の信号来てないッス!』

『何だよこれ···、雛子さん!姉さん!ちょっと見てくれ!』

 

ピットが慌ただしくなる

壁際のデスクで叫ぶ彼らに雛子と美空の二人は駆け寄り、モニターを覗き込む

 

リアルタイムに送られてくるその信号波形を読み解いてみると、確かにエンジンの一番後ろ、6番シリンダーの点火信号が来ておらず、''ミスファイア''の表示がこれでもかと点滅している

オシロスコープの波形を見ても横線が表示されたままで、他の気筒と比べて1サイクルの反応もない

 

6番シリンダーが完全に落ちている

これでは十分にパワーを得られない

 

「何でだ!今日の朝までは何ともなかったのに!他はどうだ!」

「他は大丈夫です!でも、このままじゃ無駄に燃料を使うだけです!」

「必要最低限しか入れてない!それじゃダメだ!」

 

軽量化の為、このレースを走りきる分しか燃料は入っていない

叫ぶ雛子に思わずパーカーのフードを脱いで原因を突き止めようとする彼だが、机上で何をしようと現車を見ないと何も始まらない

パソコンの画面だけじゃ限界があった

 

「···レイジ君、聞こえる?」

 

一刻の猶予もない、美空はインカムで零次に指示を飛ばした

 

『どうします!?ひな先輩!姉さん!』

 

零次からの反応に、美空はレースの状況が映っている天井のモニターとデスクのモニターを交互に確認して、再びインカムに手を当てて答える

 

「その周が終わったら、ピットに戻ってきて」

『わかりました!』

「それと出来るだけ、前の車に差を開かれないように、ラインに沿って走ってきてね」

 

それだけ伝えると、美空は無線を切る

未だ原因はわからないまま、ピット内は慌ただしく動き始めるのだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「零次···」

 

ロビーのモニターの様子が痛ましくて見ていられない

カオルは零次の車を眺めながら、胸の前に手を当ててそう呟く

 

「ふっふっふっ、よくやった。これで''上''もお喜びになるだろう」

 

スーツ姿の、どう見てもレースとは関係ないテレビ局の人間が、カオルの後ろに立ち誰にも聞こえない声で静かにそう言うのだった

その立ち振舞いは、上層部の人間そのものだった

 

「君が彼らの知り合いだったのは良い誤算だった。特に''彼''と深い関係だったことも。試写会の時も、前回のドラッグレースの時も、その時の働きは君の評価に少々···傷がつく結果だったが、今回の件が上手くいったからには、全てお許しになられる」

 

男が長々と語るが、カオルの表情は沈んだままだ

ロビーに集まっているファンの人たちが盛り上がっている中で、その二人を取り巻く空気だけが異様だった

 

「なに、気にするな。古い車なんだ。何かあっても誰も疑問に思わない。君は''正しい事''をしたんだよ?そう、何も心配することはない」

 

男の腕がカオルの肩にまわされる

まるで抱いている疑問を全て払拭するように、その全てが正しい事のように言い聞かせる為なのか、男は洗脳するかのようにそう迫ってくる

 

「君も仲間に入れてあげようか?''楽園''に。なに、何も考えなくていい。それどころか、何も考えられなくなる」

 

やはりこの人たちの考えることは理解できない

いや、理解したくない

カオルは返事をせず、モニターを見続けた

 

彼は昔からそうだった

不器用で、自分が納得のいかない理不尽なことがあれば突っ込んでいく

ぶっきらぼうだけど、決めて行動すれば最後までやる

それが良くも悪くも、色々な人たちを惹き付けた

 

彼のようになれれば、私も違う人生を歩んでいたのかもしれない

カオルはそう思いながら、このレースの行く末を見守ることにした

 

きっと神様は見ていてくれる

そしてきっと、彼らは気づいてくれる

自分がした最後の抵抗に

それに一筋の望みを託し、彼を信じる

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「戻ってきたよっ!」

 

みりあが叫ぶ

ホームストレートを先頭集団が通過してから少しして、零次の車がコースの柵の向こう側に見えた

 

『ここで、スカイラインピットインです!やはり何かしらのトラブルがあった模様!』

『ここでピットインは痛手ですね···巻き返すことが出来ればいいんですが···。チーム346は一体どうなってしまうのか···』

 

実況と解説の言う通り、まさに今この瞬間にも、ホームストレートを車が快音と共に駆け抜けていく

もう後ろの一般車両軍団の中盤以降が過ぎ去っていった、一刻の猶予もない

ピット前まで車が来ると、すぐに雛子と美空が車の前に飛び出てきた

その後ろから工具箱を持って、モニターに向かい合っているパーカー男を除く二人組も駆け寄り、ボンネットのピンを引っこ抜いてボンネットを開けると、美空はペンライトを構えてその中へと上半身を突っ込む

 

その様子を周りの人間は心配そうに見守っていた

他のピットのクルーたちも遠巻きに覗いてくるくらいだった

美空は大まかな故障箇所であるエンジン後方、6番シリンダー付近を調べ始めると、その動きが止まる

 

「姉さんどうなんですか!!」

 

窓を開ける時間も惜しく、運転席のドアを少し開けて叫ぶ零次

思わず美空の隣に駆けつけ、一緒に覗き込もうとする雛子を美空は手で制した

すると美空はその6番シリンダー付近へと手を伸ばして何かをしたのだ

それは一瞬だった、ほんの一瞬手を伸ばし素早く何かをした

そしてボンネットから体を離すと、今度は美空が零次に向かって叫ぶ

 

「吹かしてみて!レッドゾーン越えちゃダメ!!」

 

そう言われると零次はすぐさま右足をアクセルへと添えて、言われた通りに踏み込んでみた

すると、快音と共にエンジンの音がピットレーンに響き、先程とは大違いにスムーズにタコメーターの針が2、3、4、と上がっていったのだ

 

「どう!?モニター!!」

 

思わず美空がピット内入り口付近へ駆け寄り、叫ぶ

 

「DTC消えました!いつでも行けます!!」

 

故障を表すDTCコード、6番シリンダーミスファイアが消えて、エンジン正常の緑表示がモニター端に出現したのをパーカーの男が大きく腕で丸を作ってレーンに伝えてきた

 

「ボンネット閉める!!お前たち戻れ!」

 

コース内から過ぎ去っていく車たちのエンジン音が少なくなって、最後尾の車が近づいてきた

雛子はすぐさま周りで見ていた男二人組に指示を出し、ピットレーンを開けさせる

ボンネットを閉め、ボンピンをはめてボンボンボンと車体を叩いて零次に叫んで伝える

 

「よっしゃ行け!ぶっ飛ばせ!行け行け行け行け!!」

 

その瞬間零次がアクセルを踏み込むと、タイヤのスキール音と共にRB26の本来の快音が響き渡り、凄まじい快音と共にコースへと飛び出していったのだった

 

『どうやら危機を脱したようですね~!』

『これもレースならではの醍醐味ですが、ピットクルーたちは肝を冷やしたことでしょう』

 

実況と解説の言葉に思わずピットレーン、そして観覧席から拍手が舞い上がった

それに応える間もなく、雛子たちはまたモニター前へと戻っていく

状況はさっきよりも悪い、周回遅れにされなかっただけラッキーだった

 

「やったよしまむー!やった!やった!」

「ったく焦らせんじゃないわよ···」

「ダーリンカッコいいー!!キャーッ!!悠貴ちゃん見てー!」

「零次さん···!」

 

千枝たちからも喜びの声が上がる

 

だが、油断はできない

位置は最後尾のすぐ後ろ、ここから一位まで巻き返さなければならない

課題は山積みだった

喜ぶのも束の間、再び食い入るようにモニターを覗き込む千枝たち

車も調子を取り戻したようだ、練習の時そのままの動きを見せてコーナーへと入っていく

 

千枝は少し疑問に思った

零次の車がピットに止まったのは数秒程だ、その僅かな間に直る不具合とは何なのか

誰もが気付くものであれば美空たちが気付かないわけがない

いつもボンネットを開けて整備していたのなら尚更だ

もしかして私たちの知らない何かが起きているのか

 

もちろん零次さんには勝ってほしい

でもレースの行く末が少し不安になった

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