ヘイ!タクシー!   作:4m

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27 水平線の

手と手を擦り合わせながら、私は石段を登っていく

鳥居をくぐり、参道の中央ではなく端を歩いて先にある本堂へと向かっていくのだった

歩く度に吐く息が白く、真冬の寒さに手足が痺れる

階段には私の他に、同じくらいの大きさの足跡が一つ

いつも先回りしてやって来ているであろうその人物に、既に親近感を覚えてさえいた

 

本堂へとたどり着くと、そのお賽銭箱があるところへまた木の階段を上がっていき、鈴緒の前に立った

いつものように階段を上り、指先が冷たいままお財布から百円玉を取り出して、お賽銭箱へと入れる

鈴緒を掴んで鈴を鳴らすと、ニ礼ニ拍手一礼、神様へ向かってお祈りを捧げた

 

この願いが届けば、こんな寒さなんて苦じゃない

そう思いながら今日も、私は手を合わせて願うのだった

 

一通り終わると神社を後にしていく

 

そしてこの神社を出た頃に、梨沙ちゃんからトークが届く

''千枝、あんたどこにいるの?大体わかるけど''という絵文字も何もない短文に、梨沙ちゃんはきっとここにいることを確信している

携帯を持っている指が冷たくなってきた

 

もう事務所にいるのだろう

きっとプロデューサーさんも待っている

私は携帯をポケットにしまうと、同時に両手もポケットの中へと入れて、その場を後にした

朝の出勤ラッシュ、たくさんの車たちが行き交い、サラリーマン、学生さん、大学生さんはもう春まで学校に行かなくてもいいんだったっけ?

友だちで集まって楽しそうに歩いている

 

今日はみんな来るんだろうか?

仕事には行くのかな?レッスンはどうなんだろう

もう少しで合同ライブがあるから、みんなでのレッスンが始まるのが楽しみだ

でも···

 

「···ダメダメ」

 

思わず口から声が出る

私たちはアイドルなんだ

下を向いてばかりじゃダメだ

ダメなんだ、それじゃあダメなんだよ

 

そして私は歩いていくが、道を通りすぎる音の少し大きい車が見える度、少しだけ···歩みが遅くなる

振り返っちゃダメ、もしも振り返ったら···戻ってこれなくなる

そんな気がしていたからだった

 

私は歩き続ける、私たちのお城へ行くために

私たちはそこに居続けなければならない

そうしないと、きっと''彼''に怒られてしまう

 

そんな気がしたからだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「おはようございます」

「おはようございます。オフィスビルでプロデューサーさんが待っていましたよ」

「わかりました、ありがとうございます」

 

本館に入って歩いていくと、正面にある受付のお姉さんがそう教えてくれた

挨拶を交わして、教えられた通りにオフィスビルへと私は向かう

当たり前の朝の風景、そのはずだった

 

渡り廊下を歩く、だけど外を見ても、冬でも中庭には誰かしらのアイドルの姿が見えた筈なのに、346カフェにも、ベンチにも、通路にもその姿は見えなかった

346プロの社員の人たちだけで、楽しい会話が聞こえない

菜々さんもまだ346カフェにいるのだろうか

 

「あ、おっす」

「あ···おはようございます」

 

渡り廊下を抜けて、オフィスビル一階のエレベーター前のロビー、そこのソファーに座って手を上げて挨拶してくれていたのは奈緒さんだった

私服姿だったから、今日は学校がなかったのだろう

静かなロビーでテレビの音だけが聞こえている

でも···そんな時にいつもいるはずの二人の姿がなかった

 

「あの···凛さんと加蓮さんは···」

「あー···んーと、凛は朝から仕事、加蓮は···まぁ···な」

 

奈緒さんは答えづらそうに頭をかく

やっぱりあれから加蓮さんも、あまり会社に来ていないのかも

今は···忙しい人もいるけど、''そういう''アイドルのプロデューサーさんがあまり仕事を入れないでくれてるのかもしれない

 

「千枝のプロデューサー、上のロビーででも待っててくれってさ。ちょっと別件があるからもし見かけたら伝えてくれって」

「はい、ありがとうございます」

「ああ。礼を言われるほどのことじゃないさ。···なぁ千枝」

「はい?」

「···千枝は大丈夫か?」

「···はい」

「そっか···」

 

また答えづらそうにする奈緒さん

加蓮さんも···今はどうしているのか私にもわからない

確かに最近見ないような気がするけど···

 

「とりあえずあたしは、まだ時間があるから加蓮のところへ行ってみるよ。また···''体調不良''じゃなきゃいいけどな」

「そうですね···。あの、お大事にって伝えてください」

「わかった。まぁ···会えるかどうかわからないけど。まったく···」

 

奈緒さんは苦笑いだった

それだけ言うと私は、奈緒さんに手を振ってエレベーターへと向かう

扉が開くと、私は自分の事務所がある階のボタンを押して、扉を閉める

 

さて、と私は深呼吸する

今日はどれだけのメンバーがいるのだろう

エレベーターが上がっていき、階層の表示が増えていくにつれて、私の心臓がバクバクとしてきた

また人が減る、そんな光景はもう見たくなかった

トークを送っても、返事が全く返ってこなかったり、たった一言の返事が次の日に返ってきたり

文章だけみれば大丈夫そうでも、その間隔がとても気になる人もいた

そんな心配ごとの解消方法が、会社に来た同じアイドルのみんなとの会話だった

 

今日はみんないるかな?

増えていればいいな

エレベーターの扉が開く

 

「千枝」

「あ、梨紗ちゃん。おはよう」

「ん」

 

エレベーターから廊下に出ると、その瞬間に奥のロビーから梨沙ちゃんが椅子に座ったまま声をかけてきた

返事をすると梨沙ちゃんは手を上げて応え、再び持っていた雑誌に目を向ける

ロビーは妙に静かで、事務所の中からもほんの少し声が聞こえるくらい

やっぱり何人かはアイドルの子たちも来ているみたいだ、よかった

 

「あの···私も座ってもいい?」

「アタシにいちいち断らなくてもいいわよ。好きに座んなさいな」

「あ、うん···ありがとう」

 

自動販売機からオレンジジュースを持ってくると、言われた通りに梨沙ちゃんの前の席へと座る

テーブルの上に置かれたオレンジジュースを見て、ふんっと鼻で笑う梨沙ちゃん

 

「アンタは仕事?レッスン?」

「私は···仕事。梨沙ちゃんは?」

「アタシは仕事、プロデューサー待ってんのよ」

「そうなんだ···へぇ~···」

 

会話が途切れる

前ならそんなときでも特に気にすることはなかったけど、今はそんな空気が何だか気まずかった

みんなの心の中に残っているのはやっぱり、あの出来事なのだろう

実際に目撃したのなら尚更だった

直接口に出すことはなかったが、みんな言わないだけで覚えている

私もその一人だったから、気持ちは痛いほどわかる

 

「···アンタ、会いにいったの?」

「私は···あの時からは一度も···。忙しくなっちゃったし」

「年末だしね、そりゃあ会いにいく暇もないか」

「それだけじゃなくて···その···」

「···まぁ、アタシたちが行ったところで何もできないけど」

 

雑誌を閉じてテーブルに置き、腕を組む梨沙ちゃん

私から目を逸らして、テレビを眺めるのだった

 

「···千枝は他のアイドルたちに会ったの?」

「仕事で一緒になることはあるけど、でも何だかみんな···無理してる感じがして···」

「ふんっ、ほんっとにどいつもこいつも情けないわね」

「そ、そんな言い方しなくても···」

 

ふんっ、とぶっきらぼうに言う梨沙ちゃんだったが、その言葉が本心からくるものではないということは、私も感じていた

心を痛めているのはみんな同じだということを梨沙ちゃんも知っている

 

みんな各々乗り越えようと頑張っている

そしてきっと良い結果になることを願って、きっとまた私たちと楽しく暮らせることを夢見て、私は何か助けになれることはないかと思ってはいるが、中々良い考えが浮かばないのだ

 

「千枝!悪いな、待たせた」

「プロデューサーさん、おはようございます」

 

書類の束を抱えたプロデューサーさんが、駆け足でロビーまでやってきた

私が挨拶をして頭を下げると、邪魔をしてはいけないと思ったのか、梨沙ちゃんは立ち上がってサッとどこかへ行ってしまう

去り際に手を振っていたあたり、やっぱり気を利かせてくれたみたいだった

 

「今日は来てくれてありがとうな千枝」

「いえ、だって···お仕事ですし」

「いや、違うんだ。なんていうか···本当に出てきてくれてありがとう。ほら···まだ本調子じゃないやつもいるしさ」

「そう···ですね。ははは···」

 

私も苦笑いだった

本当にプロデューサーさんに対して、失礼だったと思う

プロデューサーさんも結構···私たちに気を使ってくれていた

アイドル部門の仕事は回っていないわけではなかったが、代役を立てたりすることがあるなど精神が少し不安定な子達のケアをすることが増えた

特に顕著にそれが現れているときは尚更だった

 

「その···千枝」

「はい?」

「唯は···どうだ?」

「唯さんは···まだ、私はあれから一度も見ていません」

 

私の他にもアイドルの担当をしている今日のプロデューサーさんは、唯さんのことを特に気にしていた

酷く心を閉ざしてしまい、全然話すことが出来なくなってしまったという

あれだけ元気で零次さんと楽しそうにお話ししていたのに、相当ショックだったのだろう

私たちもどうしていいかわからなくなっていた

 

「そうか···仲間同士なら、俺には話せないことでも相談しているかもって思ってたが···そうか、悪いな」

「私も···いつかお話ししようって思ってたんですが、中々···タイミングがなくって」

「いや、いいんだ。何かあった時には教えてくれ。まだ時間が必要だろうから」

「···そうですね」

「ああ。···すまない、まずは仕事の話だな。今日の予定なんだけど···」

「あ、はい」

 

私は自分の手帳をバッグから取り出して、いつも通りにプロデューサーさんと打ち合わせを始める

 

''いつも通り''···か

いつになったら、普通にそう思えるように戻るんだろう

今の私にはまだわからなかった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

エレベーターが開き、私が出て扉が閉まる

部屋の前へ行き、鍵を確認する

もう何回も繰り返したことだ

部屋の番号も、少しコツのいる鍵の開け方も、感覚も、既に覚えてしまっていた

 

「お邪魔しまーす···」

 

鍵はいつもの場所にあった、今日は誰も来ていないようだった

誰もいない空間に、私は挨拶をして入っていく

酷く冷えきった空気の廊下、シン···ッと静まり返っている室内

そんな中を私は靴を脱ぎ、ゆっくりと入っていく

足先から伝わってくる冷たい廊下の感覚、しばらくは暖房をつけてもいないようだった

 

「あ···よかった、まだ綺麗だ」

 

響子さんが掃除していったのだろうか、部屋は埃がまだあまり被っておらず、綺麗に清掃されていた

 

プロデューサーさんとの打ち合わせで今日は仕事が午後からだったので、私は零次さんのお家に行ってみることにしたのだった

梨沙ちゃんからは、どこにいくのかまたお見通しみたいで少し恥ずかしかった

 

みんなで相談して、零次さんがいつ帰ってきてもいいように、定期的にお部屋が汚れていたらお掃除してあげようという話になった

これまで押し掛けてしまったお詫びと、後は···帰ってきてほしいという願掛けだった

それだけを信じて私たちは、彼と再び会えることを願い、待つことにした

再びここで楽しくご飯を食べたり、ゲームしたり、怒られたり、仲直りしたり、そんな楽しかった日々が戻ってくるように

 

リビングに入って室内を見回してみると、本当に綺麗だった

やっぱり色々なアイドルの人たちが目についたところを掃除してくれているんだと思う

 

「よいしょっと···」

 

私も少し埃くらいはお掃除しようかなと手に持っていたバッグをリビングのテーブルの上に置いた

 

その時だった

 

「···うん?何だろう···」

 

そのテーブルの下で、何かが落ちたのが見えた

 

「···手紙?」

 

テーブルの裏に貼り付けてあったのだろうか?

手に取ってみると、やはり手紙のようだった

まるで慌てて封筒に入れたような、少しクシャッとした便箋が中に一枚

申し訳ないと思いながらも、好奇心からその便箋を取り出す

零次さんの字だ

 

「···」

 

少し文字が潰れている箇所があるが、私は手紙を読んでいく

 

「···零次さん」

 

そこに書いていたのは、零次さんの心の内だった

読んでいくうちに私の目頭が熱くなり、段々と視界がぼやけていくのがわかった

 

零次さんはここまで考えてくれていた

普段はこんなことを言わない人だから、そこまでして私たちを守ろうとしてくれていたことを知らなかった

まるでこうなることを予期していたかのように、そこまでして命を掛けていてくれたのだった

 

「···!」

 

私は手紙をバッグに押し込んで、零次さんの部屋を後にした

零次さんの思いに応えなければならない

駆け足で私は、まずはあの子の元へと向かうことにした

下ばかり向いてはいけない、そんなことばかりしていたら零次さんに合わせる顔がない

その事をまず、真っ先に伝えなければならなかったからだった




零次の手紙、本編内にて公開中

気づいていた読者の方、今までネタバレせずにありがとうございます
是非、探してみてください

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