「じゃあ、行ってくるわね。この子たちだけだと···なんだか心配だもの」
「わかった、すまないな奏。本当は俺が行ってやりたいんだが···仕事の割り振りがな、間に合わなくて」
「謝るのはこっちのほうよプロデューサー。なんだか随分私たちのせいで大変なんだもの。これくらいさせてもらうわ」
そう言うと奏は、みりあや仁奈たちを引き連れてエレベーターへと消えていった
そんな様子を見ながら私は、ロビーで一人コーラを飲む
どうやら今日奏は初めて、あの男がいる病院へと向かうのだという
それもそうね、理由はさっき奏のプロデューサーが言っていた通り
空いた枠を埋めるためにLiPPSもてんてこ舞いで凄く忙しかったからだった
奏たちが代わりに行くというのならどんな現場だろうが箱だろうが引く手あまただろう
意外だったのは志希も周子もフレデリカも、いつもなら何かとわがままを言ったりして美嘉を困らせたりしていたが、今回はすんなり言うことを聞いて仕事に向かっていくことだった
それがクリスマス、年末、年明けと続いているのだから美嘉も少し調子が狂っているようだ
「···どいつもこいつも物好きね」
千枝もそう、きっとあいつのアパートにでも向かって掃除でもしてるんでしょう
響子が定期的行って綺麗になってるっていうのに、千枝だけじゃなくて卯月も美優も愛梨もゆかりも、それ以外の他の奴らも飽きもせず代わる代わる毎日毎日ほんっっとうにご苦労なことね
行ったって何が変わることもないのに、結局唯みたいなのが増えるだけじゃない
「んっんっ···ふぅ」
コーラを喉に流し込む、炭酸でも飲んでなきゃやってられないわ
···ふんっ、それもこれもいつまでも寝てるあいつが悪いのよ
寝坊助だからまわりの奴らが大慌てで騒ぎ立ててそれに感化されてまた騒ぐ奴が出るのよ
本当に腹立たしいわ、炭酸でも送りつけてやろうかしら
「梨沙、もう帰ったんじゃなかったのか?」
「うるさいわよチビプロデューサー。こうして乙女が仕事終わりの優雅なティータイムを一人でゆっくり過ごしてるのが見えないの?」
「それ''ティー''ではないだろ···」
またうるさいのが一人来た
こいつも何だか最近ちょくちょく声を掛けてきて様子を伺ってくるもんだから鬱陶しいのよね
許してもいないのにコーヒーが入ったカップを持って目の前に座ってくる
「···私、相席許してないんだけど」
「まぁほら、アイドルの近況を聞くのも仕事の内だから。少し話聞かせてくれよ、最近ほら···あまりそういう機会もめっきり減ってさ、ははは···」
「···好きにすれば?」
何を言ってもどいてくれそうになかったので、追い返すのもめんどくさかったからそのままにすることにした
「千枝は···仕事か?」
「ええ、午後からって言ってたけど。午前中は···いつもの所にでも行ってるんじゃない?」
「そっか···!よかったよかった!千枝も仕事か!いやー、さすが千枝だな!営業も抜かりなし!立派に育てた甲斐があった!はははっ!」
こいつもそれなりに人の心があるのか、触れてはいけないと思った部分はできるだけ避けて言葉を選んで話している
そこまであからさまにされるとかえって面倒だと伝えたら、ははは···と苦笑いだった
「梨沙は?梨沙は何か待ち合わせか?」
「···別に。ただティータイムを楽しんでるだけよ。他に理由なんてないわ」
「···何か話したいことがあったら言ってくれよ。一人で抱え込むより···俺とか、他のアイドルのみんなに相談してくれても···」
「うっさいわね!アタシまだ何も言ってないじゃないのよ!アタシたちはプロなのよ!そういうのはいつまでもウジウジ引きこもってる奴らに言ってやんなさい!こんなんじゃアイドルとして失格じゃないのよ!仕事は仕事として割り切らなきゃ!」
「で、でもな梨沙···」
「何よ!」
「梨沙!」
まくし立てるアタシを、こいつは一言で抑えてくる
「営業とか、レッスンとか、そういうことだけじゃなくて君たちをキチンと見ることも俺の仕事だ。梨沙、無理するな。君だってまだ子どもじゃないか」
「···アタシだってもう、子どもである前にアイドルよ。区別だってキチンとつけられるわ。そうしないといけない世界にいるんだから、そういうのは他のアイドルに言ってやんなさい」
「···何かあったら言うんだぞ。俺たちは仲間なんだから、な?」
「···もう調子狂っちゃうわ。帰る」
これ以上追求されたらめんどくさくて仕方ない
アタシは自分のバッグを持って、コーラの空きカップをロビーのゴミ箱に捨てるとその場を後にする
これ以上追求されたら本当に···もう考えるのもめんどくさい
ああ、本当にもうイヤイヤ
アタシはエレベーターに乗り込んでボタンを押す
「···何もかも全部あいつが悪いのよ」
ここでボヤいたって誰に聞こえるわけでもないのに、言葉が出ずにはいられなかった
アタシたちがこうなったのも全部全部、あいつのせい
あのお子ちゃまドライバーが搬送される時に、颯爽とその手を上げて車の手配から病院、病室の確認までをその家名を掲げてありとあらゆる場所へ連絡し、最高の医療を最高の環境で行えるようにした琴歌
琴歌だけではなく、今後快方までに必要な物を全て提供し揃える準備が出来たとお互いに確認を取っていた星花とゆかり
あいつが入院している間、青葉自動車の社員の精神的、そして一人抜けたことでの経済的な損失の部分を考えて、退院するまで残った人たちが無理すること無く働けるよう金銭面の補償やメンタルケアをすると言った桃華
それら全てがそれぞれの社長から即刻OKが出たのは事故が起こってすぐ、レースをオンラインで見ていた社長たちから直々に10分もしないうちに娘に連絡が来たという
みんなで何とか説得するまで手術が終わってもあいつがいる病室から動こうとしなかった加蓮
お見舞いしたくてもどうしても仕事で行けなくて泣いていた美穂
そして···唯の様に心を閉ざし掛けている他のアイドルたち
特にアタシたちみたいな、子どもにとってはショックが大きかったようで千枝も今のようになるまでは少し時間が掛かった
今日だって、お見舞いに行くって言ってたけど、精神的に大丈夫なのか···
奏がいるから大丈夫だとは思うが、少し心配だ
「···ちっ」
一階についてエレベーターを降りると、アタシは舌打ちしてから歩きだす
まったく、さっさとあいつが帰ってくればこんなことにはならないのに
さっさとそのアホ面見せなさいよ、大バカドライバー
私は正面玄関から出て、ツカツカと歩いていく
ほんっとに気が乗らないわ
ーーーーーーーーーー
「うぐっ···ひっ···うう···うううっ···」
「だ、大丈夫?奏さん···」
「飲み物···持ってきたでごぜーます。これ飲んでくだせー、奏おねーさん」
唯さんを何とか支えながら病院に着くと、すでにみりあちゃんと仁奈ちゃんが来ていたようだった
零次さんがいる病室があるフロアのロビーで、両手で顔を押さえて前屈みになり酷く嗚咽を漏らしている奏さんをみりあちゃんや仁奈ちゃんを始めとするアイドルの子たちがなぐさめているのが見えた
奏さんは初めてここに来たのではないだろうか
「···ダーリンは?」
「あ、えっと···一番奥のお部屋だよ」
私は唯さんの手を引いて、零次さんの病室を目指す
そこは病院の最上階、全室個室が並ぶフロアで、手術室に最も近い場所だった
他の階とは違って静かで、ナースセンターも廊下を含めて全て監視され不届きものがいれば直ぐに通報が入り警備員が駆け付けられる厳重警備
属にいうVIP、何かあれば特に困る人たちが入る特別な階層だという
ここに来るまでも許可がないと使用できない一般の人が使うのとは違う特別なエレベーターで上がってきたのだ
備えあれば憂いなし、そこは文字通り医療の面でも最高の環境が整っている場所でもあった
「今は···誰も中にはいないみたいだね」
入り口横に掛かっているネームプレートを確認して、私たちは扉の前に立つ
「唯···大丈夫かな?自分の脚でちゃんと立ってる?変な格好じゃない?ダーリン···嫌だって言わないかな···」
「大丈夫ですよ唯さん。きっと零次さんも嬉しいと思います」
唯さんをここまで連れてくるのが本当に大変だった
ぐちゃぐちゃになった中から何とか服を見つけようと思ったが中々なく、クローゼットの中にしまっておいたという服を取り出した後にシャワーを浴びせて、フラフラになった唯さんを支えながら何とか服を着せてここまできたのだ
多少はマシだがまだ髪はボサボサなところがあるし、あまり上手く出来なかった
肌もカサカサ、これからとてもいつものように零次さんに会いに行くような状態ではなかったが、もうこれしかなかった
「失礼します。零次さん、唯さんですよ」
「···ダーリン。ダー···リッ···」
病室の扉を開けてまず飛び込んでくるのは、零次さんが寝ているベッド
そしてその横に設置されている大きな機械と、そのディスプレイの上でピコッピコッとリズミカルな音と共に跳ねるデジタル表示
そこから伸びるセンサーがいくつも零次さんに貼り付けられている
そんな中、まるで眠っているかのように落ち着いた表情でベッドに横たわる零次さん本人だった
その体や腕には、打撲の痕や傷跡がいっぱいで、酷いところは包帯が巻かれている
唯一何ともなかったのは、ヘルメットをかぶっていた顔だけだったという
「体は奇跡的に何ともなくて···何ともないっていっても骨はところどころ折れてたみたいだけど···そこは治った···みたいだけど、意識だけが戻らないって···」
唯さんになるべくショックを与えないようにオブラートに包んで、優しく話すことにした
詳細に語ったら、唯さんがどうなるのかわからなかった
「起きるのはいつになるのか···それは本人次第ってお医者さんが言ってて···」
「···ダーリン」
「もしかしたら···私たちがずっとずっと···大人になってからかもしれない···って」
「ダーリン···ダーリン···」
「だから···唯さん」
私が話している傍ら、唯さんはゆっくりと零次さんに近づいていって、その体に両手を乗せると、ゆらゆらと零次さんの体を揺らすのだった
「ダーリン···起きてよぉ···ダーリン···ごめんねぇ···」
「唯さん···」
「ごめんねぇ···ほんとにごめんねぇぇ···ずっと来なくてごめんねぇ···他にも···色々ごめんなさい···もう、唯とデートもしなくていい···何も買ってくれなくてもいいから···お願いだから···ううぅ···ごめんね···ごめんなさいぃぃ···うええぇぇぇ···」
悪くないと言われつつも、責任を感じてしまっている唯さん
彼女は零次さんの体を揺すりながら涙を流し、必死に呼び掛けるのだった
神様、零次さんが一体何をしたというんでしょう
聞こえているならどうか、私たちの元へ彼が戻るように伝えてはもらえないだろうか
彼を待っている人が沢山いるんです
どうかお願いです、彼を連れていかないでください
零次の手紙 ヒント2
''頭''を使って考えてみたら、見えてくるかも···