ヘイ!タクシー!   作:4m

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31 水平線の''   ''

白い空。

白い風景。

白い駅のようなホームに、白いベンチが背もたれを合わせるように二つ。

まるで何もない、境界線すら曖昧でどこまで続いているのかもわからない空間。

そこには時折そよ風が吹いて、頬を撫でていく。

 

ここはどこなのか、どこまでつづいているのか、普通なら気になって調べたりするはずなのに、俺は気がついたらここにいて、そんな気がおきないままずーっと片方のベンチに座ってボーッとしていた。

 

自分でも何でこんなところにいるのかわからなかった。

寝ているのか起きているのか、感覚すら曖昧なまま座り続けている。

唯一感じているのは、握りしめている携帯から流れている音だけだった。

 

『···スターライトステージ!』

 

どこかで聞いたことのあるような声が携帯から聞こえて、勝手にアプリが起動したのはいつだったか。

何でそんなことが起きるのかわからない、興味がなく画面を見る気すら起きなかった。

 

''はぁ···''

 

何だかため息ばっかり出て、そのベンチにもたれ掛かりながら眠いようなそうでないような、目蓋を瞑ってもまどろみはするが寝られないような感覚。

そんなことをいつまで続けるのだろうか、どれだけ続けてきたのだろうか。

 

自分でもわからない、なんだかとても疲れた感じがする。

今までずっと何かを頑張ってきたような、記憶すら曖昧になってきている。

 

···一体あっちはどこまで続いているんだろう?

 

顔だけ横に向けると、遥か先まで続いているこのホーム。

風が通り抜けるということは、その風がたどり着く先があるはず。

そのゴールには一体何があるのか、何故だかその事には少し興味が湧いたのだった。

 

''···はぁ''

 

でももう少しここでゆっくりしてもいいかもしれない。

もう少し落ち着いたら···動いてみようか

どうせここには誰もいない。

 

小うるさい''  ''はいない。し、''  ''と''  ''にもからかわれなくて済む。

それに''  ''と''  ''に飯をたかれなくて済むし···。

 

あれ?

''  ''って誰だ?

存在だけが頭に残っている、でも思い出せない。

まぁ、いいか、無理に思い出さなくても···でも、忘れてはいけないことのような気がする。

 

そんなことを考えて目を瞑っていると、音がした。

人の歩く音だ、ハイヒールのようなコツコツとした音だった。

でも、なんだかそれが懐かしくて、心地いい。

 

動こうと思っていたが、そのまま座っているのことにした。

 

その人物は風下のほうから近づいてくると、俺の座っているベンチとは反対のほうのベンチに俺と背中を合わせるように座った。

 

何故だろう、それが一体誰なのか確認したいのに振り向くことができない。

まるで自分の上半身が何かで固定されているかのように、俺は前を向かされたままだった。

 

二人の間に沈黙が続く。

さっきとは違い人がいることで、緊張感から俺の意識も段々とハッキリしてきた。

 

『ここに人がいるなんて珍しい』

 

その人物がふと呟いた。

静かに呟いた筈なのに妙にその声はハッキリと聞こえた。

大人の女の人だ。

 

''あなたは誰?''

 

俺の声が妙にボヤけて響く。

不思議な感覚だった、口から出た筈の声が頭の中にも響くような、そしてこの白い空間にも響くような、そんな感覚。

 

その人物はその問いにすぐに答えることなく、また少し沈黙が続いた。

 

『今大事なのは私の事じゃなくて、それ』

 

背中を合わせて座っているのに、その女の人が言っている''それ''が何なのか伝わってきた。

俺は頭だけ動かして、ベンチの上にだらしなく下ろしている手の上の携帯の画面を見つめた。

何か映っている、四角い窓のようなものがいくつもあった。

携帯を顔の前まで持ってくると、そこには沢山の女の子たちの様々な表情があった。

 

どこかの事務所の中、家の中、浜辺の上、遊園地。

色々な場所の、色々な表情。

それが軽快なBGMをバックに沢山映っていたのだった。

 

でも何でだろう、彼女たちを思い出せない。

 

『君は何でここにいるの?』

 

女の人は俺に尋ねてくる。

でもダメなんだ、どうしても思い出せない。

 

『あなたはそれを思い出さなくてはならないの。私の事は、今はいいから』

 

''あなたは誰なんですか?''

 

同時に俺は尋ねてしまった。

女の人はそれでも、俺の問いに答えることはしない。

 

俺は改めて携帯の画面を見る。

そこには生意気そうな、ツインテールの女の子が映っていた。

 

そうだ、こいつときたらいつも生意気な口をきいてくる。

逆にこのウサギのヘアピンをつけた女の子は大人しくて、俺とそいつのケンカを止めるんだ。

 

それにこっちは···そう、呼んでもいないのに勝手に部屋に上がり込んで勝手にベッドを占領している二人だ。

おかげで俺はソファーも誰かしらが寝てるから床にマットレスを敷いて寝る羽目になる。

 

こいつは暇さえあればデートに誘ってきてそして···。

 

そして···。

 

俺は···そうだ。

こいつらと出会って、こいつらと過ごすようになって、色々なことがあって···。

 

こいつらの為に何かをしたんだ。

 

『私も、あれだけ頼まれたら、見過ごすわけにはいかなかったの』

 

''頼まれた?一体誰に?''

 

『さぁ?誰でしょうね?』

 

女の人は答えをはぐらかした。

零次さん、とその時声がしたような気がする。

声はそう···俺の携帯の中からだった。

とても聞き覚えのある声だ。

女の子、今携帯に沢山表示されている写真のうちの誰かだ。

 

何故だろう、そう呼ばれると、すごく馴染んで落ち着く気がする。

 

『零次』

 

その女の人も俺の名前を呼んだ。

 

『あなたがやったことは、決して間違いではなかった。でも、これからは自分の体のことも大事にしてあげて。あなたはもう···一人ではないのだから、色々な意味でね』

 

''色々な意味?どういうことです?''

 

『それはこれから次々と、イヤというほど味わっていくことになるわ。でも、そんな時でも自分に誇りを持って生きなさい。あなたはもう大丈夫、零次』

 

何故だろう、その女の人に名前を呼ばれると凄く嬉しくて、懐かしい気持ちになる。

もっと話をしていたい、この人は俺の事をどこまで知っているのか、そもそも誰なのか。

聞いてみようとしたその時、その女の人が立ち上がったのがわかった。

 

『これからのあなたの人生が、実り豊かなものになることを願っているわ。私にもっともっと面白いものを見せてね、零次』

 

風が、ほんの少し強くホームの中に吹き荒れると、その風下の風景が変わっていく。

まるで霧が晴れるようにその先が開けていくと···そこには、海と、空と、眩しい太陽。

その海と空が交わる水平線の先に続くように、一本の道がずっと先へと続いていたのだった。

 

『それと零次、ありがとう。またこの子と会わせてくれて』

 

振り返らなくても、その音で''それ''が何なのかわかった。

低く響くマフラーの音に、特徴的なエンジンの音。

考えなくてもその車の名前が頭に浮かんでくる。

 

''···待ってくれ''

 

運転席のドアが開いた音がする。

何故だか、そっちに振り返られない。

 

『あなたはダメ。まだ、隣には乗せられない。そうね···逆にあなたが将来自分の車の助手席に誰を乗せるのか、それは気になるわね~』

 

''待て、待ってくれ。行かないでくれ、お願いだ。待ってよ、待ってくれ。話したいことが沢山あるんだ''

 

『今は共に駆け抜けてくれようとしている人たちを大切にね。これから先、あなたにはきっと楽しい未来が待ってるはず。さぁ、もう時間よ、行かなくちゃ。私はこっち、あなたは···あっち』

 

水平線の反対側、そちらには顔を向けることができた。

そこでこっちに···誰かが手を振っているのが見える。

···それも一人じゃない、沢山の見覚えのあるやつらが、こちらに向かって手を振っているのが見えた。

 

『行きなさい零次。さぁ、行って』

 

その言葉と同時に、その車は快音と共に水平線の彼方へと突き進んで行くのが見えた。

丸い四灯の赤いテールランプ、赤い車体、それらが水平線の彼方へ消えていく。

 

''   !''

 

俺は必死に何かを叫んだ。

しかし、その声は水平線へと消えていく。

きっと聞こえていない、でもありったけの声を出して叫び続けた。

 

それはその人の名前なのか、それとも昔そう呼んでいた時の呼び名なのか。

それすらもわからない程に叫んでいると、そこの空間の風向きが変わった。

海に沈んでいく太陽のほうから、逆方向に突風が吹き荒れたのだ。

 

俺はたまらず顔を腕で覆うが、あまりの突風に体が飛ばされて、背後へと吹き飛んでいく。

みるみるうちに海と太陽と水平線が遠ざかっていって見えなくなると、背後から眩しい光に包まれ始めた。

もう目も開けていられない、目を瞑りながら風に身を任せて、俺は飛ばされ続けるのだった。

そのうちに段々と風が心地よくなっていき、眠気に襲われていく。

不思議な感覚だった。

 

俺は眠ってしまう寸前に、何かをまた呟いたが、それは一体何だったのか。

名前ではない、何か···誰かに対しての心からの気持ち。

それだけわかると、俺は眠りについていく。

 

俺は一体これからどこへ向かうのだろう。

そこには、一体何が···誰が待っているのだろう。

 

でも一つだけわかったのは、それが決して嫌な事ではないことだった。

 

目を開けると···そこには何が待っているのか。

それはまだ、今はわからなかった。

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