「こ、琴歌···さん。ボク、こんなに量があるなん···て、聞いてないんですが···!」
「まだまだですわ幸子さん!皆さまから預かった贈り物がまだまだありますのよ!早く零次様にお届けしなくては!」
「だからって···台車とか何か···!借りてくればよかったんじゃ···!」
「もう少しで着きますよ。降りたらほんの少し歩くだけですから」
零次様がいる病室へ続くエレベーターに、幸子さんと一緒にダンボールを抱えて乗り込んでいた
みなさんから預かった数々のお見舞いの品、それが小物だったり本だったりCDだったりと様々で、一番多かったのはお菓子だった
特にチョコレート、確かに時期的考えてそれは当然のことで、ダンボールの中には所狭しと可愛らしい包装に包まれたチョコレート達で溢れていたのだった
「零次さんも···罪な男···ですね!バレンタインになっても···目を覚まさない···なんてっ!」
エレベーターの扉が開くと、私たちはまた二人で歩幅を合わせて歩き出した
一つのダンボールを二人で端を持って練り歩くなんて初めての経験で、こういうのは幸子さんが慣れているとアドバイスを頂いた通り、幸子さんはそれはそれは慣れた手付きで誘導してくれていたのだった
日頃の経験の賜物なのだろう
「零次様は···今必死に闘っておられます。今は零次様を信じて待つしかないと···お医者様も言っておられましたし···きっと帰ってくると私も信じております」
「そうしたら、みんなでひっぱたいてやりましょう!カワイイボクを放っておいて寝てるなんて、零次さんは···本当にしょうがない人ですね···!こ、琴歌さん···!急に立ち止まらないでください···!お、お、重···」
沈みそうになる幸子さんを慌てて支え、零次様の病室を目指す私たち
いけませんわ、考え事をしてしまうとつい立ち止まって、荷物から手を放してしまう
零次様がこうなってしまってからというもの、事あるごとに考え事をしてしまうのは···やはり零次様は罪なお人です
皆さんが待っていらっしゃるのです、これを届けて、声を掛け、早く戻ってくるようにとお話ししなくてはなりません
「幸子さん、ありがとうございます。ここが零次様の病室ですわ」
「ここですか!いやはや、ずっと世界のあちこちに飛ばされてましたから、やっと来れましたよ!琴歌さん?もういいですよね?これを降ろしてもあ゛あ゛あ゛いいぃぃぃ···!」
ほんの少しだけダンボールから手を放して、零次様の病室の扉を開ける
そこから先の風景は、いつも一緒だった
広々とした個室、大きなクローゼットと、バリアフリーの大きなお手洗い、そして窓際に設置されているベッド、その側に置いてある大きな医療用の設備
そして···ベッドに横たわっている零次様だった
「ちょ、ちょ、琴歌さん···!はぁ、まったく···ほんとに···ボク···限界なんですから···!扉を開けると一言···言ってくれれば···!」
「失礼します零次様···あら?」
いつもと同じように挨拶をして病室に入ると、今日は零次様とは違う人影が一つ、ベッドの傍らにある椅子に座り、零次様を見下ろしていたのだった
年配の男性だった
その男性はただ、何も話すことなくそこに座って零次様を見つめている
こちらには気付いていないようだ
私は恐る恐る話しかけてみることにした
「あの···こんにちは···」
「ん?おや、零次の知り合いかい?可愛いお嬢さん方」
その男性が私たちのほうに振り返ると、私たちを不思議そうに見つめるのだった
しかし、その顔には見覚えがあるような感覚だった
記憶力はいいほうだと思う、一度も会ったことはないはずなのは確かだが、その違和感は拭えなかった
「零次の会社の人たちかい?随分と若いようだが」
「そう···ですね、そうといえばそうなのですが、零次様は···」
「零次さんは···!ボクたちの···!そ、送迎ドライバーなんです!」
「ああ、では君たちか。零次がよく話していた子たちは。零次が世話になってるね」
その男性は私たちに向かって、深々と頭を下げた
「あの、失礼ではございますが···あなたは···」
「おっと、これはこれはこちらこそ失礼した。俺は、零次の父親です」
「お父様···!」
「あ゛あ゛あ゛っ!はっはっはぁぁぁ!」
思わず自分の口元を手で押さえて今度はこちらが頭を下げる
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません!私、零次様に大変お世話になっております!西園寺琴歌と申します!お父様になんというご無礼を···!」
「ああ、そうかそうかお嬢さんが西園寺さんの。いやいや今回は息子の為に色々としてくれたみたいで、こちらこそ何とお礼を言ったらよいやら···」
「そんなかしこまらないでください。私は当然の事をしたまでですから」
「零次···さんの···お父さん···ぜぇ···ぜぇ···はぁ···」
「お嬢ちゃん大丈夫かい?」
幸子さんがダンボールを床に置いて息を整えていると、お父様はその上が開いているダンボールの中身を興味深く見ているのだった
「あ、これはですねお父様、私と同じアイドルの皆さまからのお見舞いの品々でございます。中々皆さま忙しくて、お見舞いに来れないのが残念だと言っておりまして···お気持ちだけでもと」
「いやいや、ありがとう。まったく、こいつも贅沢な奴だよ本当に」
幸子さんがダンボールから次々と品を出して、ベッドの横にあるデスクの上にいくつか並べていく
バレンタインデーだったのでチョコレートが多かったが、いつ目覚めるかわからない彼のために日持ちするものを選んで持ってきたようだった
恐らく、その消費期限が過ぎるまでに目覚めて欲しいという願いも込められているのだと思う
「零次様は私たちの為、今まで頑張ってくださいました。ですが私たちはまだ零次様について知らないことが沢山ありまして···自分のことをあまり話さない人でしたから···」
「そうですよ。ボクを含むアイドルのみんなからチョコレートを貰ったりするのに、零次さんはいつもそっけなくて···でもちゃんと貰ったものは食べてはくれるんですが!」
「···そうか。こいつ、まだお嬢ちゃんたちに話してないのか」
お父様は寂しげに零次様を見つめ始めた
その目はどこか懐かしむような感情がこもっていて、遠くに零次様を見るようなそんな感覚だった
「男手一つで真っ当に育てたつもりだが、キチンと成長してるのか、俺にもわからなくてな···、お嬢ちゃんたちにもきっと苦労かけたな」
「あの、それは···どういう···?」
「こいつがチビの頃から、母親がいなくてなぁ。ほんっとうに苦労した」
「大変失礼で申し訳ないのですが、お母様は一体どのような···」
「ちょっと病気でね、確かに少し体が弱い所はあったが···まさかなと思ったさ、その時は」
「そ、そんな···そんなこと零次さんは一言も···」
「人に言わないんだよこいつは、チビの時から」
今までの事を振り返ってみても、私は零次様から聞いたことはなかった
でも確かに零次様はケンカすることはあったものの、私たちのことを蔑んだり、無理強いしたりすることはなかった
逆に私たちがいうワガママを聞いてくれて、お食事したり、遊んだりと色々してくれた
今回のこともそうだった
「自分なりのプライドがあるんだか、だから何だか女を相手にすると一歩引いたような態度をとるんだ。前に彼女がいた時も、どこか相手に母性を求めてるところがあるんだかないんだかって、言われたとかなんとか。あんまりこういう話をしたことはないんだけどさ」
「零次さんの前の彼女さんですか···」
「そう、だから上手くいかなかったんだと。情けない話だけどな」
お父様は少し笑いながらそう言う
「まぁ、こいつが車を好きになったのも、俺じゃなくて母親の影響が強かったのもあったんだよ」
「···では、レースで使っていたあのお車は···」
「そう、俺のじゃない。元は女房が乗ってたものだ」
「え、でも···よかったんですか?もの凄く高い車だって零次さんもみんなも言ってましたけど···」
「女房からな···まぁ、遺言みたいなもんを言われててね。あの車がどうしても必要になったときは、零次に好きに使わせてやってくれと。でもこいつは、今の今まで頑なにあの車は使おうとはしなかった。たとえどんなことがあってもな。今回のことは、こいつにとっても相当大事なことだったらしい」
知らなかった
ある時ふとあの車が零次様たちのガレージにあったのを見て、どこかから都合がついたのかと思ったが、まさかお母様のものだったとは思わなかった
私は今までの零次様の姿を振り返ってみた
あのいつも車を大事に乗っていたのにも、何か理由があるのかもしれないと思ったからだった
「まぁ、とにかく。あとはこの寝坊助が起きてくれればいいんだがな、お嬢ちゃんたちにはまたまた苦労をかけてしまうが···」
「いえいえ!何をおっしゃるんですかお父様!何かございましたらご遠慮なく私にお申し付けくだされば!」
「みんなあきらめずに待っていますよ!零次さんが起きてくれないと、このカワイイボクも、他のアイドルのみんなも困ってしまいますからね」
「そうかそうか、本当に恵まれてるなこいつは。すまないが、息子を頼むよ」
それから私たちは零次さんの色々な話をお父様から聞いた
昔のこと、今のこと、零次様に少し悪い気はしたが、普段は見たことも聞いたこともないような様子も教えてくれた
そんな中で一つ、私と···おそらく他のアイドルの方々も勘違いしている事柄があった
それは私の口から話すより、実際にご本人を前にして説明したほうがよさそうだった
とにかく、私たちは今日も彼の目覚めを待つ
それがいつになろうとも、必ずその日が来ると信じて