「···さーん、わかりますかー?北崎さーん」
まわり全てが白く染まって、あまりの眩しさに再び目蓋を閉じるが、ゆっくりと目が慣れていって、目を開けていく
白い天井と、そこから自分をグルッと囲むように吊り下げられているカーテンレール
カーテンは片方にまとめられていて、部屋全体が見渡せるようになっていた
片腕には点滴の針が刺さっている
ここはどこだ?
俺はどうなったんだろう
何となく前にひな先輩が入院していた部屋に似ている
それと···記憶が曖昧だ
覚えているのは、チェッカーフラッグを受けた瞬間と、車の後方からの衝撃と、巻き上がる砂ぼこり、迫ってくるバリケード
そして目の前に広がる、真っ赤な炎
包まれていく体に、包まれていく車
何故だか体の痛みよりも、その光景のほうがまだハッキリ覚えている
「先生、お願いします」
「はい。北崎さん、まずは目が覚めてよかった。早速ですが確認させてもらいますね···」
「あ、はい。あの、俺···」
俺の返事を聞く前に、看護師のお姉さんがカルテを片手にペンを握り、医師のおじさんが俺を起き上がらせて体を見ていく
頭、腕、胴体、足など各部毎にお姉さんが医師の言っていることをメモしていき、キチンと感覚があるかどうかなど俺にも確認しながら診断を進めていくのだった
「指は動かせますか?足や腕などをまっすぐ伸ばした時に痛みなどは?」
とりあえず質問するのは止めて、言われた通りに伸ばしたり曲げたりしてみたが、特に動かないということはなかった
ただ、病み上がりだからなのか少しこもった感じというか···なんと説明したらいいかわからない感覚はあったけど
「特には···ただちょっと伸ばした時にまだ違和感があるような無いようなって感じで···」
「そうですか、痛みがないのはよかった。北崎さん、これはまさに私が今まで診てきた患者の中でも特別奇跡と呼ばれる事象に近い。よっぽど日頃の行いがよかったんですな」
さっきから色々と説明されているが、まだ俺は自分の置かれた状況がまるでわかっていなかった
一体何が起こってここにいるのか医師に聞こうと思ったところ、その様子を察したのか医師は別のカルテを用いて説明を始めるのだった
「北崎さん、それではこれからあなたに説明させていただきます。一体あなたに何が起こってここにいるのか、あなたはどういった状態だったのか。今は混乱されているでしょうが、あなたの今の体の状態を診たところ、今はもう大丈夫なので安心してくださいね」
「あ、はぁ···」
「それを裏付けるレントゲンなども用いますので、どうかリラックスして聞いてください」
医師はベッドに備え付けられているテーブルを出して、その上に診断に使ったのであろうカルテを広げていく
「まず、あなたは自動車レースに出場し競争していました。これは記憶にございますか?」
「はい、これは覚えています」
「そのレースが終わった直後、あなたが乗っていた車はバランスを崩し、コース外へと走っていきました。その時に外側の壁にぶつかり、車が炎上したのです」
やはり、覚えていたことは間違いなかった
あの炎も実際にあったことだったのだ
「救急隊が駆けつけた頃には、あなたはもう意識がない状態でした。そしてすぐにこの病院に搬送され、治療が行われたのです。その惨状を聞いて駆け付けた私は正直、最悪の事態を想定していました。しかし···」
医師はレントゲンとカルテを見比べられるようにテーブルの上に広げ、説明を続ける
「耐火スーツのお陰で火傷は殆どなく、手首に少し負った程度でした。左腕と左足、そしてあばらを何本か骨折しておりましたが、そちらは完治しております。少し違和感があるのは、ずっとベッドの上で動かなかったので筋力の衰えと、完治後動かさなかった分の反動が同時に来ているからというのもあります」
レントゲンには確かに折れたら骨の様子と、完治までの経過が事細かに書かれていて、医師の言う通り骨に関してはもう問題なさそうだった
それにしても、これほどまでになっていたとは思わなかった
我ながら恐ろしい
「通常、こういった事故に遭った場合は見えない部分、内蔵の損傷が疑われることが殆どです。見えないところで出血していることもありますから。しかしあれだけ酷い事故だったにも関わらずそれらは確認されませんでした。これで済んだのはまさに奇跡としか言いようがなく、長く医者をやっておりますが、このようなケースは中々ありませんでしたよ。きっと、車が守ってくれたんでしょうなぁ」
「···車が」
「私はそちらは専門外なのでわかりませんが、もう修復は絶対に無理と言わざるを得ない状態だそうです。あなたのお見舞いに来ていた方々が言っていたのを偶然耳にしまして」
···そうか
それを聞いて、妙に合点がいくような気がした
役目は果たした、そう言われたような気がしたからだった
何か寝ている間に夢でも見たのだろうか
「とにかく、身体には今のところ特には何もありません。しかしながら、あなたの意識だけが戻らなかったのです。脳にも特に損傷が見られませんでしたが、意識だけがどうしても···一難去ってまた一難と様々なことを考えましたが、こうやって意識が戻って本当によかった」
「それは、はい」
医師がテーブルの上に広げたレントゲンやカルテを片付ける
一通り説明を受けて、俺もベッドの背もたれに背中を預けると、息を一つ吐いた
なるほど、自分のことについては大体わかった
しかし俺には気になることが最後に一つだけ残っていた
「それと、もう一つあなたに伝えなければならないことがあります。きっと北崎さんも気になっていることでしょう」
医師もそれはわかっていたようだった
すべての書類を片付けて、医師は再び俺と向き合う
「あなたは意識を失い、ここに運ばれてきました。これまであなたのたくさんのご友人たちが心配して見舞い、あなたが帰ってくるのを私が見ていた限りでも一日千秋の思いで待ちわびていたのは簡単にわかりました。私同様に様々な事を考えて、不安に駆られていたことと思います。···そして、あなたが眠っていた期間なのですが···」
そこまで言うと医師は、再度カルテの日付を確認して、俺に告げるのだった
「約五ヶ月間、あなたは眠っておられました」
ガサッと、その時この病室の出入り口のほうから音がした
何やらビニール袋のような物を床に落としたような音だった
「ん?」
俺が出入り口のほうに顔を向けると、そこにいた看護師のお姉さんが体を横に避けた
ほんの少しだけ開いていた病室の扉、その外から誰かが中を覗き込んでいた
呆然としながら、お腹の辺りで何かを持っていたのであろう両手をピクピクと動かし、その長いピンク色の髪の毛の人物が立ち尽くしているのだった
「では、私たちはこれで。また夕方に回診に来ますので、大事をとってあまり動かないようにしてください。何かありましたら、遠慮なく呼んでくださいね」
医師は立ち上がり、病室の扉の付近にいた看護師のお姉さんを連れて病室を後にしていくのだった
出入り口の扉は開かれたまま、医師と看護師の姿が見えなくなるとその人物はハッキリと姿を現す
「···よう、お疲れ。久しぶりだな琴歌」
なんて声を掛けたらいいのかわからなかったので、無難な言葉を選んでしまった
しかし、琴歌は聞いてるのか聞いてないのか、ずっと立ち尽くしたまま何も喋らない
言い方が悪かったのか、そんなことを考えていたら、琴歌の表情が変わっていく
徐々に口元が歪んでいき、その口元に手が添えられていく
その両目にはみるみるうちに涙が溜まっていき、ついには頬を伝って溢れていくのだった
「···琴k」
俺が一言言いきるその前にはもう、琴歌は俺の胸の中へと飛び込んで来ていた
「あああぁぁぁぁっ!あっは···!あっは···!あぁぁぁぁぁ···」
自分の顔を俺の胸の中にうずめたまま、泣きじゃくる琴歌
それは今まで聞いたことのないような声色で、まるで子どものように泣き叫ぶ
それだけでこいつがどれだけの感情を抑えてきたのかが、俺でも身に染みて感じることができた
「···悪かったな、琴歌。色々してくれたみたいでありがとう」
俺の言葉に返事をせず、琴歌はしばらくの間泣き続けたのだった
ーーーーーーーーーー
ガタッ!と事務所のソファーから立ち上がったみりあちゃん
その手に持っている携帯の画面を凝視しながら、驚いた表情で立ち尽くしていた
「みりあ?どうしたのよアンタ」
同じく事務所の中でソファーに座っていた梨沙ちゃんも、突然のことに思わず雑誌から目を離して尋ねていた
みりあちゃんから返事が返ってくる前に事務所の外の廊下から声が響いてきて、思わず出入り口を見る
「しぶりん!しぶりーん!しまむー!ちょっと見て!!」
未央さんの声だった
廊下の休憩スペースにいたのであろう凛さんと卯月さんの元へと駆けていったのだと思う
「ちょっ···みりあ、アンタ···」
すると今度は梨沙ちゃんの困惑する声が聞こえてきた
その視線の先には、大粒の涙を浮かべているみりあちゃん
私も慌てて側に近づくと、みりあちゃんは無言で涙を拭きながら携帯の画面を見せてくるのだった
「ど、どうしたのよ···何か仕事で失敗でもしたの?ち、千枝、アンタ何か知ってる?」
あまりの出来事に梨沙ちゃんも私と共にみりあちゃんの元へと寄り添う
梨沙ちゃんが頭を撫でてあげていた
「り、り、り、り、梨沙ちゃぁぁぁん···うわぁぁぁん···」
みりあちゃんを慰めながら、私は梨沙ちゃんと一緒にその携帯の画面を覗き込んだ
するとそこには、私たちがずっと待ち望んでいた一文がデレぽに上がっていたのだった
琴歌さんからだった
間違いない、すぐさまテーブルの上にあった私と梨沙ちゃんの携帯にも通知が届く
「ふ···ふふふっ、あははっ、あっっっはっはっはっ!」
梨沙ちゃんが高らかに笑いだした
「やっと、やっとよ!!これであのお子ちゃまドライバーにケチをつけてやれるわ!!今まで休んでた分どうしてやろうかしら!!そうよ、麗奈に頼んでイタズラを仕掛けてやるのはどうかしら!あいつきっとぐうの音も出ないわ!あっはっはっ!反論なんてさせてやらないんだから!!」
ここ数ヵ月の沈んだ態度はどこへやら、すぐさま事務所を飛び出していく
私もみりあちゃんを慰めていると、目の前がぼんやりと曇ってきて、すぐに下を向いた
目の奥からポタポタと涙がこぼれ落ち、みりあちゃんと抱き締め合う
神様、ありがとうございます
私の願いを聞いてくれて
既に私の朝のルーティンは百回を越えていて、きっと神様が私の願いを聞いてくれたんだと思った
いや、私だけじゃない、皆の願いが叶った瞬間
迎えにいこう、今度は私たちが彼を迎える番なのだから