「ホントに零次さんでごぜーますか?」
「ああ」
「ホントのホントに零次さんでごぜーますか?」
「だからそうだって」
「零次さ~ん!」
さっきからこの調子で一体どうしたらいいものか
仁奈は病室に入ってくるなり、引っ付いてきて離れないのだ
ベッドの隣の棚に大量に置いてあったチョコレートをあげても、それは零次さんの物だときかずに、受け取ろうとしなかった
一体なんだってこんなにお菓子があるのか···
「ここはいいわね、私たちが来ても誰にも気付かれないから」
「時子様!何買ってきたでごぜーますか!」
今日は同伴で時子もやってきていた
最近は特に仁奈と仲がいいようだ
ビニール袋を見てみたが、いくつか飲み物を買ってきてくれたらしい
「これだけお菓子があるのに飲み物が無いなんて拷問ね。ほら、好きなんでしょ?これ」
「仁奈にも見せてくだせー!」
時子がビニール袋の中から一本飲み物を取り出すと、そのままビニール袋を仁奈に渡してお菓子が大量に置かれた棚の上に置いた
オレンジジュースだった
しかも果汁100%の美味いやつ
「勘違いしないで、前に仁奈に言われたから買っただけよ。あなたの好みなんて興味ないわ」
「···サンキューな」
「ふんっ、起きてくれただけマシね。そうじゃなきゃ···仁奈が泣くのよ」
まったく···と頭を抱えながら時子は仁奈を見る
何だか色々と苦労をかけたようだ
仁奈は時子が買ってくれたであろうお菓子を取り出して今は楽しそうにしているが···他のやつもそうなのだろうか
「これからは、私たちの為に馬車馬のように働きなさい。そうでなければ私たちがここに来た意味がなくなるわ」
「零次さんは馬車じゃねーです、車でごぜーますよ時子さまー!」
やはり調子が狂う、と仁奈を静かにさせようとする時子
いつの間にか二人は大分仲良くなっていたようだった
その後も少しの間、二人と話をした
みんなが心配していたこと、時間を見つけてはお見舞いに来てくれていたこと
しかし反対に、あいつらの身に起きていたことも教えてくれた
唯、加蓮、悠貴か、他にも···想像したくないな
加蓮は元々体が弱かったから、大分マシにはなったようだがメンタルの部分で悪いほうに後押しされたのだろう
みんなそこまで考えなくてもいいのに···
まったくお人好しばかりだ
「仁奈、そろそろ行くわよ」
「えぇ~、時子さまー。仁奈もっとお話してーでごぜーますよ」
「ダメよ、お見舞いなんだからさっさと来てさっさと帰るの」
「でも、この日の為に時子さまも仁奈と同じようにお休み取ったって···」
「帰るわよ」
時子は帰る準備を整えると、仁奈を連れてさっさと病室を出ていってしまった
オレンジジュースの隣に無造作に置かれたビニール袋の中には、食べ物の他にティッシュなどの日用品や、仁奈が選んだのであろうあめ玉など様々なものが入っていたのだった
日用品は地味に助かる、爪切りとか小さな小分けのビニール袋とか、長く入院するとなると普段必要なものがまわりに無いのでどうしようかと考えていたのだ
『あっ!加蓮おねーさん!』
オレンジジュースに口をつけようとすると、廊下からそんな声が聞こえてきた
それと同時にツカツカとこの部屋に向かって近づいてくる足音、それも一人じゃない、何人かで来ているようだった
加蓮···ってことは凛とか奈緒とかか?
未央と卯月もいるかもしれない
加蓮が来るのは初めてだな
とにかく、その足音の中の一つがやけに間隔が短かったのだ
その足音が止まる
バンッと俺の病室の扉が開かれた
「加蓮。んーっ」
扉を開けて息を少し荒らげながら、加蓮は立ち尽くしていた
信じられないようなものを見る目、そんな驚いた表情で俺と目を合わせている
俺はというとペットボトルに口をつけながら、手を上げてそんな加蓮に応えるのだった
「···」
加蓮はそのまま動かない
扉にかけた手が段々と下にずれて、ダランと垂れ下がる
「ふぅ···加蓮···。零次さん」
その後ろで手をあげている凛
「あ、レイさん!よかった、起きてたんだね」
隣には未央がいて
「ちょっ、加蓮···はぁ、やっと追い付いた···」
奈緒が息を切らしていて
「零次さん、お、お邪魔します···」
卯月がペコリと頭を下げるのだった
「お前たち···加蓮も、久しぶりだな」
今度はペットボトルを置いて、ちゃんと加蓮と向き合った
すると、加蓮の目から途端に涙が溢れ出して、頬をつたい床へとこぼれ落ちる
部屋に入ってくると、ゆっくりとこちらへ近づいてきて、段々と腰を曲げるようにかがみ始めると、そのままベッドに座っている俺の胸の中に顔をうずめるのだった
「ううぅぅぅぅ···うぅぅっ、ううううっ」
「···加蓮」
「ううううぅぅぅ~···!うっうっう゛っう゛っ~!!う゛う゛う゛う゛う゛~!!!」
そのまま子どものように泣きじゃくる加蓮の背中を、俺は黙って抱き締めるのだった
後から入ってきた凛たちも、その光景を見て思うところがあったのか、口元を手で抑えて目元を拭っていた
「加蓮、大丈夫だ。加蓮、かれ···ちょっ、加蓮」
胸元から顔を離したと思ったら、加蓮は泣きながら俺の胸元を手で軽くはたき始める
「どんっ···!だけっ···!」
そのまま加蓮は感情を吐き出していくのだった
「心配···!したとっ···!思ってんのっ···!」
「···悪かった」
「もう···起きないんじゃないかとか···!死んじゃうんじゃないかとかっ!!めちゃ···!考えちゃったじゃん!!!」
声をガラガラにして必死に叫び、俺の胸を叩くのを止めない加蓮
どれだけ溜め込んでいたのか、加蓮はしばらくそうやって泣き叫ぶ
凛たちが部屋に入ってきて、凛はそんな加蓮の肩にポンポンと優しく触れるのだった
「···ぐすっ」
やっとのこと落ち着いたのか、加蓮はベッドの脇の椅子に座り、目元を拭っていた
「でもよかった···。起きた、起きたねぇ···」
「ああ、だから大丈夫だ。これからは···馬車馬のように働くさ。···っていうか、俺は一体どうなったんだ?どうなったんだっていうのは、仕事の面はどうなってんだ?」
それだけ疑問だった
確かに俺は一番にチェッカーフラッグを受けてフィニッシュラインを越えたが、それ以降はああなってしまったし、俺の処遇は一体どうなったのかわからなかったのだ
「あ~···」
途端に加蓮の背後で未央が苦笑いを浮かべていた
それを見た凛も、奈緒も、卯月も、同じように苦笑いを浮かべて、''どうする?話す?''と何やらコソコソと相談している
···なんだ?
何か後ろめたいことでもあるのだろうか?
「ああ···!違う違うレイさん、そんな顔しないで。別に話しちゃいけないわけじゃないんだけど、なんていうかこう···インパクト的なことで琴歌ちんに許可とらないでもいいのかな~なんて」
「なんだそれ、まわりくどいことはいいからさっさと教えてくれ」
「別にいいんじゃないの?未央。教えてあげても」
「えっ、ちょっ、しぶりんそれじゃ全責任私じゃーん···」
「み、未央ちゃん!私もついてますから!」
卯月の後押しもあり、''じ、じゃあ···''と未央は語り始める
レースが終わってしばらくした頃、その結果について美城プロダクションの上層部の役員たちの話し合いがあったそうだ
結果は達成された、約束通り一位でレースを終えて実力を証明してみせた
自分たちが用意したドライバーも、性能が上の車を用意したにも関わらず追い抜かれたことに驚きを隠せなかったようだった
しかし、上の連中は頭をひねった
やはりテレビ局とのパイプラインは欲しい
そこで目を付けたのはその先の展開だ
ゴールしたのはいいが、グラベルはたまたバリケードに突っ込んでいった光景を配信で見て、まともに止まれないドライバーを雇うのはいかがなものかという事柄が議題に上がったそうだ
「マジか···」
「ほんっと酷いよね、零次さん悪くないじゃん。ね?凛」
「で、そこからの展開を実際に見てたのが奈緒」
「アレはあたしも···ほんと恐かった。初めて見たよあんなの···マジで」
そしてその上層部の判決が出るのを待っていたのは、何よりアイドルたちだったそうだ
その時たまたま事務所にいたのは、休みだった奈緒と、仕事に行く前の琴歌、星花、ゆかり
そして桃華も、仕事は終わったがその日は会議が終わるまでオフィスビルのロビーで待っていたのだという
しばらくして会議が終わったようで、プロデューサーが戻ってきた
しかしその顔は何だか浮かなくて、理由を問いただすとなんと、やはり零次さんをドライバーとして雇うのには賛成しきれず処分を保留にするとのこと
保留といってもその期間はどれだけかわからない、一年先か五年先か十年先か
その間は新しいドライバーを雇い、事をうやむやにして結局は雇わないのと一緒になる
これまでと営業方針は何も変わらず、テレビ局ともやり取りを続ける
表面上はそれっぽいことを言っておいて、色々と理由をつけて認めない、それが出した答えだった
それを琴歌たちが聞いた瞬間だった
琴歌がまず無言で立ち上がり、脇目も振らずに事務所の出入り口まで歩いて扉を開け放つと、それに続いて星花、ゆかりがゆっくりと立ち上がりその後をついていく
その表情といったら普段は絶対に見せることのないであろう鬼のような形相だったようで、奈緒はそれに圧倒されて立ち上がれなかったという
普段はなんやかんや''そんなことないー!''と認めないことが多い奈緒が素直にそう言うんだから相当だったのだろう
「で、そこからは琴歌たちはどうした?」
「あー···、あれはレイさんに見せたかったね···」
凛と未央が仕事から帰ってきてエレベーターに乗っていたところ、それはそれは凄まじい形相をした三人が途中で乗ってきたもんだから、何事かとエレベーターを降りるのを止めてこっそりついていくことにしたのだという
挨拶をしてみたが、三人揃って''ごきげんよう''とほんの少しいつもの穏やかな表情に戻しながら言おうとしていたみたいだが、いかんせん溢れ出るオーラを隠しきれず、逆に不気味になってしまいその迫力に二人はすみっこで身を寄せあっていたという
エレベーターの扉が開くと、そこはちょうど上層部の役員たちが集まっていた会議室があるフロアで、お嬢様方三人はエレベーターを降りるとそこに向かって一直線に歩いていき、勢いよく扉を開いた
凛と未央が追い付く頃には三人は中へと入っていき、上層部が混乱する中お互いに挨拶を交わしているところだったという
凛も未央も中の様子が気になり、こっそりその扉を少しだけ開けて中を見ようと取っ手に手を伸ばそうとしたその瞬間だった
「いやー···なんていうかさ、ダンッ!バリッシャシャーン!みたいな···ね、凛」
「うん···」
思わずその扉から手を離したらしい
しばらくして覗いてみると、そこには床に転がっている会議室の椅子、その椅子が当たったのであろう資料がしまってある棚のガラスが床に散乱しており、その光景に上層部の役員たちは思わず自分の席から立ち上がり、身を引いていたという
その行く末を見守っていた未央と凛が聞いたのは、命を掛けて私たちを守ってくれた人間に対して何と無礼な人たちなのか、それなら私たちにも考えがある···と啖呵を切る琴歌たちの言葉だった
「それ以降は一体琴歌ちんは···はたして何を言ったのかこの未央ちゃんにも推理が難しくて···ね」
「あら、今日は皆さまお揃いですのね?」
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
卯月の悲鳴と共に俺のベッドがあるほうへと身を寄せてくるご一行様方
その驚いた視線の先には、琴歌が花瓶を持って出入り口の部分に立っていた
「そんなに驚かなくても···。まるで怖い話でもしていたような反応ですわ。何の話をしておられましたの?」
「···正直に話そっか、しぶりん」
「うん···」
後が恐かったのか、未央と凛が事情を説明すると、琴歌は''ああっ''と相づちを打って説明を始めた
といっても、それは短い言葉で簡単に説明できるものだったが、インパクトが強すぎた
「私たちはただ、''もしそんな否人道的なことをするなら、今後関係者各位に対して一切の資金援助を打ち切る''と通達しただけですわ。それくらいのことをしようとしたんですもの、私を含めた''皆さま''も当然だと思っております」
「凄いね···琴歌ちん。そんなこと決められるなんて···」
「いえいえ、決めたのは私ではありませんわ。私はただ、通達をしただけですので」
琴歌は最後に付け加えた
「これを決めたのは、私のお父様と''お友達''たちの皆さまだと伺っていますので」
ニコッと微笑む琴歌だった
その現場にいた人間にとってそれがどれ程の恐怖だったのか、俺には想像もできなかった