俺が寝ている間に、色々な事が変わったようだった
「あ···お笑い芸人ども」
「はぁ?」
俺の言葉に、花瓶の水を変えていた梨沙が呆れた声を出した
俺の視線の先、テレビには歌番組のステージの上で踊っている女の子五人組の姿があった
それだけなら別になんて事ないただの歌番組だったが、何だかその中の数人に見覚えがあったのだった
「あんた、これのどこをどう見たらお笑い芸人に見えんのよ。このグループはね、最近人気急上昇中のアンティーカっていうアイドルグループなのよ。アタシたちも油断してたら足下すくわれかねないわ。要注意よ」
「···お笑い芸人兼アイドルっていう感じなのか?」
「だから、あんたのその謎のお笑い芸人押しはなんなのよ。頭強く打ち過ぎてパァになっちゃったんじゃないの?来週と言わずにもう少し入院したら?」
···世の中の流行の移り変わりとはこうも早く変わっていくものなのか
お笑い芸人志望でもアイドルになれるとは···
まぁ可愛い奴らだとは思っていたけど
ーーーーーーーーーー
「ダーリン、これ食べる?はい、あーん」
「いらんわ、飯食ったばかりだし。そんなに柿の種ばかり勧められても···ピーナッツなら食べる。ピーナッツなら」
唯もよくお見舞いに来てくれた
初めて来たときはそれこそ大騒ぎ、夜になっても泊まって看病するときかずに、帰らせるのにえらい時間がかかった
メンタルも回復して、徐々に仕事に復帰しているようだ
加蓮といい唯といい、まったく···どう反応していいものかわからない
感受性の強い奴らだからということにしておこう
その時、病室の扉がノックされた
「あ、ダーリンいいよ。はーい」
「お前が出るんかい」
唯が立ち上がって扉を開けると、その瞬間に唯は少し後ずさる
その時に、とても見覚えのある姿が見えた
「零次、久しぶりだね」
「カオル、悪いな忙しいのにわざわざ」
「ううん、大丈夫だよ。これお見舞いなんだけd」
カオルが病室に入ってこようとすると、唯が動いた
カオルよりも先に俺に近づき、俺たちの間に割って入るように俺に引っ付いてきたのだ
俺の手を握ってカオルを睨み付ける
「もうダーリンは違うんだよ!今カノはゆいなんだから、ヨリ戻そうとしてもダメなんだからね!」
「···そうなの?零次」
「違う違う」
カオルが持ってきたお見舞いをテーブルに置くと、その時に唯に優しく微笑むが唯は警戒を解かない
もしかして、と思い唯に聞いてみた
「お前···なんか勘違いしてないか?」
「勘違い?何が勘違いなのダーリン。ゆい知ってるんだからね!この元カノさんがダーリンのお家に行って仲良くしてるって!」
「···元カノ?」
カオルも頭をひねっていた
やっぱりか、こいつも犠牲者の一人だ
「唯、こいつがどう見える?」
「どう見えるってダーリン、元カノさんでしょ?そうじゃなきゃダーリンがお家に上げるはずないもん!」
「零次、まだあの女の子と絡みがあるの?」
「ないないない。卒業してから全く連絡とってない」
全く話が噛み合わない
俺はカオルに保険証を見せてやれと催促すると、やっと状況が飲み込めたようだった
カオルは財布から保険証を取り出して唯に見せるが、唯も頭を捻る
「ちゃんとした自己紹介もまだだったもんねー。もしかして···勘違いしてる人も結構いたりして、ごめんね」
唯は見せられた保険証をマジマジと眺めるが、次第にカオルの顔と保険証を見比べるようになる
保険証を裏返して見たりして、ついにはこの保険証が本物なのかどうかを確認し始めた
「···ほんとう?」
「ええ」
衝撃の事実に唯がすっとんきょうな声を出すが、カオルは冷静に答えた
「···同じ?」
「うん、同じ」
俺とカオルの顔を見比べる唯
指差しているその指が俺とカオルの間を交互に動く
「···''ついてる''の?」
「唯、お前···」
「うふふ、はい」
唯は自分が何を言ったのか段々と自覚して次第に顔を赤くする
そんな唯をカオルは微笑ましく見て、改めて挨拶するのだった
「杜若 薫(かきつばた かおる)っていいます。零次とは幼馴染で、昔からよく知ってるから、ちょっと誤解させちゃったね。ごめんね」
可愛らしく手を顔の前で合わせてペコッと唯に頭を下げるその姿はやはりどう見ても女性にしかみえない
どこをどうしたらこう成長するのか、学生時代なんかいちいち説明しないと知らない男が勘違いして迫ってくるからめんどくさいったらありゃしない
っていうか男用の制服を着ている時点で気付けばいいのに、''ファッションだと思った''はないだろう
···でも
「で、お前はどうなんだ。その···愛しの''彼''とは」
「中々振り向いてくれないの。どうにも仕事が好きみたいでそっちに付きっきりでね、ご飯とかに誘ってはいるんだけど···」
本人がこうだから余計に勘違いするやつが多い
新入生が入る頃なんか一緒にトイレに行ったら毎回驚かれるし、何回そんな何も知らない新入生の純粋な恋心を粉々に粉砕してきたかわからない
「こんなに綺麗なのに···」
「あら、ありがとう。今使ってるこの化粧水ね、100円ショップのなんだけど結構質が良くていいよ。この透明なエナメルのポーチも小さくなくて大きくなくて、全部ピッタリ入るからバッグの中占領しなくて楽だよ。中に何入ってるか見えるし」
「え、凄い!もっとゆいにも教えて!」
意外と仲良くなれそうだなこの二人
それから唯は色々とカオルからアドバイスを聞き出し、俺が好きそうなファッションだとかなんだとか、そんなことまで聞き出そうとしていたからさすがに止めさせた
「えっとね、零次の元カノはね···」
「うんうん」
「やめろ、写真はダメだ写真は」
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「零次様、退院おめでとうございますわ!しかし、しばらくお休みになられるんですわよね。まだまだ本調子ではありませんし···」
「まぁな。色々と片付けなきゃならないものもあるし、新しく来る新人の為に机も空けなきゃならないし」
「それは必要あるんですの?だって零次様はこれからも···」
「関係が変わるからな、必要な物を新しいとこに持っていかなきゃならない」
琴歌のリムジンに揺られ、俺は休みの間にどう動くか考えていた
姉さんからの説明はこうだった
今までは青葉自動車に所属し美城プロダクションを手伝っていたが、今度からは美城プロダクションに所属し青葉自動車を手伝う···という手筈になったらしい
結局やること変わらないんじゃないか?と思ったが本職が変わることから色々と手続きが必要だった
転職という扱いから、自分の履歴書を書き直し、略歴書、入社に際しての誓約書
新しい職場での年金の手続き、保険料の控除証明書や源泉徴収票の送付先等々書かなくてはならないもの、印鑑を押さないといけないものが多すぎる
また少し忙しくなりそうだった
「これで零次様も、私たちの仲間になるのですね!私、これからが楽しみですわ!」
「俺は少し恐いけどな···」
「一緒にいても変に思われなくなりますものね!なんといいましても、零次様は正式に私たちの運転手になるのですから!」
琴歌は興奮気味にそう言う
やることは変わらない
ただいつも居る場所が美城プロダクションに変わるだけ···でも、ということは俺のあの場所にこいつらが押し寄せるってことだよな
また好き勝手やられるのか、全くしょうがない奴らだ
「また、娘をよろしく頼むよ。零次君」
「あ、いえいえ。社長さんすみません、今日はわざわざ車を出していただいて」
「いいんだいいんだ、気にしないでくれ。たまたま今日は私も仕事はおやすみでね、零次君に会いたかったのだ」
社長には本当に頭が上がらない
俺の入院費から何から何まで琴歌のお父さんがみてくれたとのことだ
今日だって、社長自ら車を運転して迎えに来てくれたのだ
病院にいた社長のお付きの人が荷物を全て積み込んでくれて、今ごろガレージに降ろしておいてくれていることだろう
俺はただ車に揺られているだけだった
あと星花やゆかりのお父さん、桃華の会社まで、十分過ぎる程のお見舞いをいただいた
俺の親父からも、今度会ったときにお礼を言っておいてほしいと言われた
「そうですわ零次様。たまたま今日お父様はおやすみでしたのよ。''たまたま''」
···なんだか引っ掛かる
どこかで同じような台詞を聞いたことがあるような
琴歌は俺に笑顔を浮かべたまま、何を考えているのかわからない
「ところで、零次君」
「は、はい」
「車は残念だったね、君の車も既にないと聞いているんだが」
「そうですね、部品取りに使ったといいますか···」
俺の車も、あのGT-R完成の為に一役買ってくれた
やはりどうしても基礎構造の部分、フレームなどは錆びてどうしようもなかったところが多かったため、期限も迫っていたのでかなり突貫工事だが、ボディを切っては貼り切っては貼りと共通の部分を補強するために俺の車はもう見る影も無くなってしまっていた
最後の最後で役に立ってそのまま捨てるわけにもいかず、ひな先輩の古い14と共にガレージの裏に置いておくことにした
いずれ何かの役に立つかもしれない
「だから何か適当に探します。中古車でもなんでも乗れればいいので」
欲しい車は無いことはないが現実的ではないので今は保留だ
まずはやることをやってから···でも結局車は必要か
荷物載って楽な車でいい
「そうかそうか零次君。まぁまぁ、好きなものを選べばいいさ」
「そうですわ零次様。お好きなものを選んでいただければよろしいのですわ」
「そりゃそうだけど中古となると状態とかいろいろあるんだよ。それこそ室内から外見まで全部···」
ふと、外の景色が目に入る
気がつけば何だかいつもと景色が違う、帰り道ではない···っていうかここはどこだ?
少々上流の方々が住んでいるような喧騒で、オシャレなお店が並ぶ
どこもかしこも有名なブランドばかりだ、お菓子屋さんでさえ入るのを少しためらうような
街路樹が並び、綺麗に舗装された道が続く
琴歌の家ってこの方向だったっけ?
「零次君、これは娘を守ってくれたお礼だ。退院祝いだとも思ってくれていいよ」
「さぁさぁ零次様!私とお買いものしましょう!」
俺たちを乗せたリムジンはとある駐車場へとたどり着いた
西園寺グループの名前があることからこのバカでかいビルは社長のものなのだろう
なんて豪華な専用駐車場だ
その一角に車を泊めるとそこのスタッフが駆けつけてきてドアを開けてくれる
至れり尽くせりだった、まるで自分もお金持ちになったような···感覚が狂ってくる
「ん~···!はぁっ···。やっと着きましたわね。私、この瞬間を楽しみにしていましたの!お父様のお陰ですわ!」
「これくらいなんてことないよ。退院したら絶対に零次君に贈り物をしようと思っていたからね」
「そんな、社長。気を使わないでください」
「はっはっは、一緒にキャッチボールをした仲じゃないか。今日は、私に奢らせてくれたまえ」
なんという心遣いだ
一体何を奢られるのだろうか?
ご飯だろうか?お菓子だろうか?
どちらにしてももう断っても二人は物凄く楽しそうにして引いてくれなさそうなので、なるべく安いものを選ぼう
やはりこういうところは、琴歌は親父さんの血を引いているんだなと思った
「零次様?どこへ行くんですの?」
「え?」
俺はさっき通ってきた料亭や高そうな定食屋さんが並ぶほうへと歩いていこうとしたが琴歌に止められる
···なんだ?こっちじゃないのか?
「そちらの料理は私もオススメだ。まわりのお店の従業員も利用していると聞く。後で行こうか、その頃にはお腹も空くだろうしね」
「こっちですわ零次様」
琴歌に手を引かれて、社長を先頭に駐車場の反対側へと歩いていく
従業員···ということは、こっち側に職場がある人が多いのか
黙ってついていくが···駐車場の出口付近で''それ''が見えて、すぐに足を止める
「どうしたんですの?零次様」
「いや···どうしたのって···」
「零次君、遠慮するなと言っただろう?大人しく年上に奢られておきたまえ。君は娘の恩人なんだから、はっはっは」
目の前に広がっていたのは大きな一本道の両端にその類いのお店がズラッと並んでいる光景だった
全面ガラス張りの高そうな店舗に、自分の社名をアピールするための大きな看板
立地に左右されず平等に商売ができるようにとここに集められたのだと思う
「さぁ、好きなものを選んでくれたまえ」
「遠慮しなくていいんですのよ?」
軽トラから海外のスーパーカーまで、この高級住宅街近くにしかないようなディーラーの名前がズラッと並び、そのショーケースにはピカピカの新車が並んでいるのだ
「いや、いやいやいや」
「あれなんかどうだい?営業の人もよくしてくれて、2500万ピッタリにしてくれたんだよ。サーキットでの走行性能がずば抜けていてね」
「お父様、零次様は荷物が沢山載る車がいいとおっしゃいましたのよ。こちらの大きい車のほうがいいですわ!」
待て、待て、待ってくれ
そんなに俺の手を引っ張らないでくれ
なんでそんなミニカー買うようなノリでポンポン提案できるんだ?
いやいやいや、そんな一億円近くする車なんて無理無理無理
全部費用はこっちがもつじゃなくて!